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第十二話 訓練所にて

012

 

 訓練所の入り口付近で、僕は勇者候補生に志願して本当に良かったという思いを噛みしめていた。

 


 なんせ学校でもそれほど親しい級友も居ないし、花壇で植物の観察記録をしたり、小動物の世話をして飼育記録を付けたり一人で黙々と進められる作業が性に合っていて、結局それが趣味となり日常となり本を読む機会も増え、なぞなぞやクイズの類の本で頭の体操をするのが普段の自分だった。


 まあ、だからと言って記憶力が特別良いとか、謎解きが早いとかに繋がっている人では無いんだけど。

 得意じゃないけど好きに成れた事がそれだったってだけだ。


 だけど、たった今候補生に成って良かったって思えた。

 ヤンくんを含め、4人の友達が出来たことが何より僕の心を躍らせていた。


 

 候補生に成って置けば、少し退屈だった日常からの脱却も含めて冒険も出来て将来の為に貯金も出来るって言う一挙両得が出来るから……それはそれで寂しいものがあるけど。

 

 日常に何らかの刺激や変化を求めて居たのは事実な訳だし。


 そして、スキル能力を授かれる結果に至った。

 これもワクワク要素と成り、候補生暮らしのモチベーションアップに一役買って、強がりだけでロクに喧嘩も出来ないヤサ男のぼくでも、戦闘クエストをこなせる自信に繋がって来たのだ。


 それでも本当は、気楽に共通の楽しみや不安の解決に向けた情報交換ができる仲間が欲しかったんだ。

 

 ずっと欲しかったんだ……。


 欲しい物リストには、次々とただならぬ欲求だけが募っていく。

 そのどれもが思うように手に入らない物ばかりだ。

 

 欲しがりの僕は、子犬のチャオズもリストに揚げ、手に入れた。

 でも、すぐ僕の元から居なくなったから不安になっていたんだ。

 寂しさや不安の数だけ、その心の隙間を埋める何かを求める自分がいた。


 誰とも全く話さないと言った病的なものでは無いんだけど、仲良しになっても長続きせずに返って辛くなる結果が待ってやしないか。


 その様に思い始めた出来事がかつてあった……あれは低学年の頃だった。

 ある日の下校途中の道で同級生3人に珍しく声を掛けられたんだ。


 「よう、ニルス! 帰宅して鞄を置いたら、夜叉渓谷に続く林道へ4人で行かないか?」


 この3人は、クラスでもとても活発でリーダーシップを発揮していて常に人気者だった。

 僕も、日頃から彼らには憧れの念を抱いていたから、誘いの声を掛けられた時は

、つい


 「勿論、行くよ! 誘ってくれてありがとう!」


 嬉しくて、弾むような声で誘いを受けていた。

 条件反射だった。

 

 

 その林道は、町の中にあって東の門から西の門までほぼ一本道で町の中心に横たわっていた。

 その両端は町の外へと続いていたが、どちらも外へ出る所から水路になっていて大きくて頑丈な鉄柵が下ろされていた。


 東西2つの水路は町の分厚い防御壁の下を(くぐ)るように、天井がアーチ状の半円形の通路として町の外まで伸びていたが、鉄柵の地点で行き止まりになっていた。

 鉄柵の向こうの水路はわりと大きく、大人5人が余裕で屈まず歩いて行ける空間だった。

 その為に水路を抜けた先の外の景色が垣間見えるのだ。


 林道自体は、町のウォーキングスポットで有名だった。

 家から北に5分も歩けば林道に合流する道が整備されていた。

 林道へ続く道は、急斜面で高い階段が続いていた。

 民家からは、見上げる様な高い場所にあった。町の南北を隔てる様に横たわっていた。

 町の中も外も自然が豊かで、山や谷の地の利を活かして魔物対策の為に切り開かれた国だ。

 

 林道に合流してから西へ進めば、夜叉渓谷へと道は続くのだ。

 夜叉渓谷は水路を抜けた町の外にあるので、そこまでは行かない分けだが。

 水路の鉄柵から見下ろす外界の景色が風流で最高なのだとか。

 

 美しい大自然がもたらす景観に想いを馳せて語らい歩くのが、この町の嗜みだったのだ。


 僕も家族と何度か歩いた道だ。

 一人で歩きに行った事もあった。

 行き交う人々はいつも友と笑顔を連れていた。

 その時は少し寂しく、また羨ましくも感じていた。


 いつか、僕も友と笑顔を連れて歩き出す日を想像しながら、足元に軽快なリズムを刻んでステップを踏める好機があると信じていた。

 

 待っていたものが、不意に訪れた。

 僕の心は、踊り出す数秒前に耳に訊ねた。

 幻聴じゃないよね?

 数秒後、僕の心に到着した言葉は、少年ニルスよ大志を抱け!


 「──じゃ、決まりだな。林道の手前に集合だ!」


 三人は、親指を立てた握りこぶしを一斉に僕に向けて、グッジョブ! 

 と言わんばかりに屈託のない笑顔を見せた。

 僕は、気付くと彼らの輝く瞳の中に志の第一歩を躍らせていた。

 

 彼らも各々、鞄を置きに家に帰って行った様だ。

 僕も負けじと自宅に猛ダッシュした。

 

 「ただいま!」

 を親に告げると、すぐに出かける旨を伝えて約束の林道手前へと駆けて行った。

 息を切らせるほど全速力で走ってきたせいで、1分で着いてしまった。

 

 まだ誰も来ていなかった。

 低学年の下校時間はお昼の給食後、昼寝を20分して帰宅の為、午後1時30分前後だ。

 学校は皆の家から徒歩で20分くらいの場所だが、送迎車のサービスがあるので片道3分だ。

 

 昼食も済ませたが夕食前には帰宅したいので、午後4時くらいと見ても2時間以上は遊べる。

 林道を仮に1時間ほど走り続けたら、話に聞いていた水路の鉄柵前まで行けるだろうか。

 子供の足じゃとても無理だ。

 

 そんなことを思い浮かべて彼らを待っていた時だった。

 背後から不意に声がして


 「随分と遅かったわね? 待ち合わせの3人ならとっくに林道の中よ」


 振り向くと、一人の少女がいた。

 歳は10歳くらい。僕の好みじゃないけど整った顔立ちをしていた。

 上流のお嬢様だろうか、ブランド品店に並ぶ上質のシルクの衣が風ではためく。

 鮮やかな青空と白い雲を連想させる清潔感たっぷりのストライプ柄の巫女装束だ。

 こめかみから胸の下辺りまで伸ばした真紅の髪が軽く風に揺れていた。


 「え? そんな筈は……」

 「あら、私がニルス君を騙そうとしていると言うの?」

 「……だ、誰ですか?」

 「私の名前は、シャルル・ド・リーフ・エヴァンよ。はい、名乗ったから不審がらないで」

 「は、はあ。……シャルルさん、ですか」

 

 両手を腰に当てて、でんと胸を張りながらリーダーシップを発揮するクラスの班長の様な口振りだった。

 彼女は綺麗な顔立ちだったが、言いたい事を遠回りに言わず、且つ、ソフトに言い回さないタイプの様だ。

 僕には少し、ストレスになるタイプかな。


 「さっき3人が、ここを凄い勢いで走って来て私とぶつかった。その時彼らは、ニルスが追い付かないうちに! そう言って、ロクに謝りもしないで林道を西に入って行ったわ」


 「……」

 「そうよ、あなた置いてけぼりにされたのよ。しかも、あのガキんちょども鞄を持って居たから寄り道だと見受けたの。風紀委員の私の目は誤魔化せないわよ……どうやら、ニルス君は違うみたいね」



 僕は、突然現れたシャルルさんの言葉に動揺を隠し切れなかった。


 

 何故、そんなデリカシーの欠片もない言い方をするのか。

 初対面の幼子に容赦なく豪速球のストレートを投げて付けて来る彼女の言葉に、デリケートな僕の心は、その言葉の球威によって生まれる真空かまいたちに遭い、痛みを覚えずにはいられなかった。

 

 寄り道って事は……最初からクラスで目立たない僕をからかうつもりだったのか。

 なのに気付きもしないで、道中で草花の観察のための栽培手帳まで持って浮かれてやって来てしまった。

 

 もう彼らを追いかける気にもならなかった。

 それ以上、傷付きたく無いから。

 

 僕は、この同級生との出会いが憎い。

 いや、手拍子で返事を返す尻軽な己が恨めしいのだ。

 甘言に弱く、簡単に他人を信じる無防備な自分に腹が立つのだ。

 

 無性に街を抜け出したい気分になる。

 逃げてしまいたい訳じゃない、ただ本当にやりたい事が何かを知りたいし、それが分かるまで旅立てやしない。

 今は、非力な自分だから尚更だ。

 

 その後も何かある度、こういう痛みの記憶を思い返して立ち止まった。

 いつしか不運の星の元に生まれたと諦め半分の考えを持つようにも成った。


 

 それが、どうだろう……。



 候補生に成ったこの日は、1つ年上で頼もしい先輩が4人も。

 フレンドリーに接してくれてその上、タメ感覚で気軽で良いなんて、そんな夢みたいな友達が出来たんだ。

 

 実際、付き合っていて心地良かった。

 今日は、人生で一番ときめいた日かも知れない。


 だから、これからも彼らと一緒に有意義にときめく毎日を過ごす為にも、彼らは必ずクリアするだろう初回クエストの魔物を退ける試練を僕も勝ち越えたいんだ。



 僕は、魔物と戦い勝つ為の決心がこの先輩達との出会いによって、より一層強くなって行くのを感じた。

 

 

 利き腕の右拳をぎゅっと握りしめた。



 

 ──さて、訓練所に入る手続きも先輩達からそれとなく教わっていたので、あっさりと訓練所の中に入って来ている。

 

 なあに、手続きなんて楽なもんさ。


 ここにも補佐官が居るので、訓練を受ける意思を伝えて、名簿にサインをするだけで良いんだ。

 すると補佐官は、助役を適当に2人呼び寄せた。


 補佐官は、助役の役割をぼくにこう告げたんだ。


 「彼らは、君の傷の回復を担当する。回復スキルを有する中級の武官だ。だが、一切戦闘に関われないんだ。いいね、君が深手を負った時と命の危機に瀕した場合だけ救護する……」


 うむ。つまりはサポート僧侶って訳だ。バフとなる補助も一切無し。

 候補生が無理を通し過ぎない様に見守る役目もあって、回復措置は1試合で3回まで。

 

 一日に三試合まで継続できるそうだ。

 いかにして自分が傷付かずに敵を追っ払うかと言う戦いになると。

 

 この人達がまともに戦えば、僕がこれから戦う魔物なんか、屁みたいなレベルなのだろう。

 要するに、勇者としては強すぎるのでクエスト達成に関して一切手を貸せないので


 「いいねニルス君、彼らを恨まないでやってくれよ」

 

 と言う話だった。

 

 

 助役のおじさん達……歳は30くらいかな。

 でも、おじさんは可愛そう。お兄さんかな。


 その助役の2人を恨まないと言う誓約書のサインをさせられた訳ではないけど。

 お愛想で恨まないでやってくれと優しい笑顔で言われたので、僕は快く


 「はい! 分かりました」


 補佐官に敬礼しながら、気の良い返事を元気よく返した。



 この時、出会った二人の助役がその後もずっと僕の旅のお供をしている、バキ先輩とルク先輩だったのだ。



ここまで読んで下さってありがとうございます。遅筆ゆえの不定期更新ですが、温かい目で見て頂ければ幸いです。

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