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83話 消えない

 グラファの悲鳴に近い絶叫が、他で行われる戦闘の音と共に響き渡る。

 カロスにとってその絶叫は、他に変えられない気持ちのいいものであった。


 「この俺が、この俺がこの俺が俺が俺が俺がぁ! 負けるはずがない! 今すぐこの鎖を引きちぎってやる!」


 両腕が切り落とされているにもかかわらず、体全身を使って暴れる。

 だが、そんなことでカロスの氷の鎖から逃れられるわけがない。


 そんな哀れの姿を見ながらカロスは一歩一歩近づいて行く。


 「どうしたグラファ。いや、今はあえてナイトと呼ぼうか」


 ナイト、そう呼ばれグラファは顔全体で怒りを露わにする。

 ナイトと名乗った時、カロスは手を出すことができずに終わった。

 しかし、今はあの時と比べて立場が逆。

 ここでナイトと呼ぶ行為は、計り知れない程の侮辱になるだろう。


 「何故だ……。なぜ貴様は強くなっているんだ! 答えろ! 氷結の白狼!」


 目の前まで来た、漆黒に染まる狼にそう叫ぶ。


 俺はあの時、お前を圧倒した。

 心が折れるほど叩きのめし、そして勝利した。

 それなのに……それなのに、一体何がお前を変えたのだ! 

 何故俺を、貴様なんかが圧倒するのだ!


 「命だ」

 「は?」


 突然放たれた言葉に、意味がわからなかった。

 命? 

 命とはいった何のことだ。


 「貴様は今、何故我が突然変わったのか疑問だろう。だから、答えてやる。

 我は、命を代償に力を得た。それほど我は、貴様を恨んでいる……! 

 大切な命を守るために、そして、殺さなければならない相手が目の前にいる時、我は己の命など惜しくはない」


 怒りの籠った目で睨み、爪を剥き出しにしながらそう吐き出す。


 「貴様には分からぬだろうな。自分にとって大切な命が、愛していた命が奪われ、自分の不甲斐なさに怒りを覚えて、憎しみを覚える。

 この黒く染まる魂が、貴様に分かるか!」


 木一本はあるだろう右前足を、空高々に上げて鎖で縛られる者へ一気に振り下ろす。

 強靭な爪は、皮膚を切り裂き肉を絶つ。

 そして、鮮血が流れ出る。


 「この憎しみや怒りは、貴様にぶつければいい。だが、我の中から一切消えない悲しみは! 一体どこにやればいい!」


 次は左前足を上げて、そして振り下ろす。

 また、鮮血が散る。

 

 「貴様のせいだ!」


 右前足を上げる。

 振り下ろす。

 鮮血が散る。


 「貴様がいなければ……! 我を愛してくれた魔獣の王は! 死なずに済んだのだ!」

 

 左前足を上げる。

 振り下ろす。

 鮮血が散る。


 「何故だ! 何故我を殺さなかった!」


 鮮血が散る。


 「死ぬべきは我だった……! 魔獣の王ではなく、我だ! 何故我よりも先に魔獣の王が死んだ!」


 鮮血が散る。


 「我は……! 我は……まだ、魔獣の王と共に……この世界を生きたかった……」


 カロスの手が止まる。

 もう、グラファは人間の形を保ってはいない。

 

 大量の血を浴びて、ポタポタと両方の前足から血が垂れる。

 だが、カロスの毛は漆黒のままだった。





 「カロス……」


 何と声を掛ければいいのか分からない。

 どうしようかと色々考えた結果、ベルゼルフはただ名前だけを呼んだ。


 「どうすれば良いのだ」

 「え?」


 正直、無視されるだろうと考えていたベルゼルフは、反応してきたことに驚いて声が出た。

 しかし、カロスはこちらを向くことはない。


 「怒りも、憎しみも、ほとんど消えていったのだ。それなのに、悲しみだけ消えぬのだ」

 「ぁ……」


 声をかけようと思ったのに、言葉が全く出てこない。

 本当に、分からない。


 カロスのこんなにも弱気の姿を、随分長い間生きてきたが見たことはなかった。

 それ故に、言葉が出ない。


 「皆我を置いて先立ってしまった。だが、もう、これからはそんな悲しみで苦しまなくてもすむ」

 「それは一体どう言うことだ?」


 ベルゼルフの口から出た言葉は、気遣いの言葉ではなく、疑問の言葉だった。


 そうか。

 さっき、グラファ言っていたことは、聞こえていなかったのか。

 なら、嘘偽りなく説明しなければならないな。

 これで、長い間共に生きたベルゼルフとも、別れの時なのだから。

 

 


 

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