レイア編 ようやく始まった旅だけど、場所が変わった位じゃあみんな何も変わらない
冷たい風が草花を揺らしながら自然の優しい匂いを運ぶ。耳を澄ませば葉と葉が擦れあう音が聞こえ、揺れる木々はまるで宝石をばらまいた砂漠のようにキラキラと光っている。一週間以上前に祖国から旅に出る決断をしなければ、一生見られなかったであろう美しい景色。
はじめてみたときの感動と同じくらいのものを祖国を飛び出して、約一週間たった今でも変わらない。いや、むしろどんどんその感情が増しているといっても過言ではないだろう。
少なくとも、レイア=ルーティス=リーシュとして一生を終えていたのでは見られなかった景色であることには変わりない。ほんのちょっとだけ、責任と重圧がかかっている旅に出て良かったと思えるのであった。
「それでな~、あの頭の固い大臣がよ~」
隣には、いつもと何ら変わらない笑顔を浮かべながら国の中で起こった笑い話を話しているレン。その話を聞きながらコロコロとした笑い声をあげているルティとエイルがいる。
場所や一緒にいる時間が大幅に変わっても、喧嘩することがない。とても仲がよいのであった。
それはそうとして、ルート王国ではわたくしやレオン様……ルティがいきなりいなくなったことで大混乱しているらしい。風の噂では、誘拐だとか暗殺されたとかいう話が流れている……とまあ、これが表の話。
ウェンリーが不可視の魔法をかけてルート王国のお偉いさんの話を盗聴しにいってくれた時に聞いた話だと、幸いなことにルート王国を出る前に書いたあの手紙が見つかったとか……表沙汰には公表されていないけど、裏では雪桜伝説についての調査が進められているらしい。
流石に、公表するまでの決断には至っていないとのことだ。当たり前だよね、あんな世界が滅びるなんていう話を全世界に出したらそれこそわたくしたちが居なくなったという騒ぎよりももっと大変な騒ぎが起きてしまうだろう。あの王国の人間も、そこまでバカじゃない。きっと、わたくしたちがどうしてこんなことをしたのか位は理解してくれるだろう。
「そういえばさ、今ってどこに向かってるんだっけ?」
その金髪でぼさぼさの髪を風で揺らしながら、レンがすっとんきょうなことをいった。呆れの感情が心の中を埋め尽くす。普通、旅の行き先くらいなら把握しておくべきであろう。
「そんなのも覚えてないの?」
「ああ、覚えていない。覚える気もない」
「アイシュ王国の首都」
感情が一切こもっていない、無機質な声で言った。別に、意図して感情を抜いているわけではない。外にいるときは大体こうだ。表情を作るのがただめんどくさい、それだけだ。
「そっか、ありがとうな」
ニコッと歯を見せて笑うレン。私は、少しだけ作り笑いを浮かべた。感情が全くこもっていないと思いながら。
「ねぇレイ、そういえばこの後ってなにする予定なの? 正直、そろそろ食料がなくなりそうだから買い物に行きたいところなんだけど……」
そういえばそうかもしれない。食料は結構計画的に食べていたけど、持っていける量にも限度があるのだ。そろそろ街に買い物にいってもいいかもしれないな。
「うげぇ……まだ良いじゃないか。少なくとも俺は買い物なんて行きたくないぞ」
「おいおいレン、そしたら食料なくなっちまうぞ?」
エイルが、優しくレンに言った。けど、レンは嫌だけど面倒くさいとでも言わんばかりに言葉を紡ぐ。
「それはいやだけど……でも、買い物する暇があったら進んだ方がよくないか?」
「まあ、そうかもしれないけど……そんなことを言うならレンの分の食料減らすよ? そうすれば、しばらく買い物にいかなくていいけど?」
先程とは対照的な、意地の悪い笑顔を浮かべて言う。すると、レンは悪かったといい黙ってしまった。
「それじゃあ、近くの街に買い物に行くってことで良いのね?」
《わかった(わーった)(わかったよ)》
三人の声が重なったことを確認して、地図を取り出した。今の現在地は大体ルート王国を抜けて、アイシュ王国に入ったばかりのところである。今近くにある都市は……レイト?
「レイトっていう都市、レンはしってる?」
わたくしは、レンに訪ねた。外交とかについては腐っても王族であるレンの方が詳しいと思ったからだ(ただ地理があまり得意でなかったとは口が裂けても言えない)
「レイト……レイト……あっ‼ 確か有名な外交都市じゃないか?」
「外交都市ってことは、商業が発達しているってこと?」
「そうそう、昔家来連れて遊びにいったことあるんだけどさ、なかなか面白いものが並んでいたわけ。俺そこだったら行きたい‼」
「俺もレンが面白いっていうものは見てみたいかもな……買い物イヤだけど」
「私も珍しいお茶とかクッキーとか見てみたい‼」
『クッキー‼』
ずっと黙っていたウェンリーを含む全員の意見は、わたくしそっちのけでレイトに行きたいということで固まったらしい。
「ここからそんなに遠くもないし、今日中には着きそうだから決定でいい?」
《勿論‼》
ということで旅に出て約一週間、ようやく目標らしい目標が出来たのであった。