再会の前に
ゼオが感じたそれは、まるで視覚や聴覚から情報を得たかのような、直感というにはあまりにも明確なものだった。
「グルルル……」
ゴブマルを背中に乗せ、グランドホールの出入り口である大穴を飛翔するゼオは、何とも言い難い焦燥感に駆られる。
急がなければ、何かに間に合わなくなる……そんな危機感を感じたキメラは翼を翻し、ただ天を目指す。
(何だ……この感覚は……!)
この感覚には、どこか覚えがある。それはグランディア王国で……あるいは大樹海で感じた、猛烈な嫌な予感。
直感が向かう先に何かがある。ゼオにとって、身命を賭してでも守り抜かなければならない、大切な何かが。
なぜそう思うのかまでは分からないが、ゼオは翼の付け根が痛くなるまでに加速し続け、グラントホールから飛び出す。
日が差し込まない地下暮らしのせいで時間の感覚が完全に狂っていたが、既に深夜帯に差し掛かっていたらしく、地球ではもう滅多に拝めない眩いほどの三日月と星の光が地上を照らしていた。
「グォオッ!?」
そんな静寂の帳には似つかわしくない爆音が遠くから山に響く。遥か上空を翔けるゼオが辺りを見渡すと、王都からほど近い場所にある平野で凄まじい爆発が起こり、濛々と煙が立ち込めているのを視認できた。
(――――あそこだ!)
得体の知れない……それでいて、身を委ねることに躊躇いを感じさせない直感がゼオを突き動かす。
あの凄惨極まる爆心地に必ずいる。必ず倒さなければならない者と、命を懸けて守らなければならない者が。
――――お前と聖女の邂逅は近い。
この時、ゼルファートの言葉が頭によぎる。焼け焦げた平野に立つカーネルと、満身創痍でありながら立ち上がる少女の姿を目にした時、鋼王が放った言葉の意味、その全てが理解できた気がして、ゼオはありったけの魔力を込めた《業火の息》を放った。
……あの日、処刑場に立たされた彼女を救った時と同じように。
シャーロットの脳裏にあの日の光景が目に浮かぶ。
病に侵され、抵抗することも出来ずに処刑場に立たされた、弱かった自分を救うために文字通り飛んできた小さな魔物の姿を。
(あの日も……あの子は……)
もうあの日以前には戻れない。過ぎた時間が逆巻くことは無く、小さな部屋の中で過ごした安寧の日々が訪れることは二度と無いだろうと、化け物となってまで自分を救った優しい怪物を見た時はそう思いもした。
それでも、シャーロットは怪物を探す旅へ出た。前にも後ろにも進めなかった過去の安寧を取り戻す為ではなく、怪物と再び出会い、一人と一頭で新たな道へと進むために。
故郷を離れてまだ一年も経っていないとは思えないほど、濃密な旅路だった。苦しいことは多く、その中で得難いモノを手にしていく、短く、それでいて長い旅。
時に寄り道をし、自分が掲げた信仰を貫きながら突き進んだ旅路の最中……シャーロットは遂に手の届く場所で彼を見つける。
(体……最後に見た時よりもずっと大きく……)
最後に見た時から、また進化をしたのだろう。胸の中心にある光輝く大きな結晶も、電流が迸る王鳥の翼も、鼻先から伸びる強靭な一本角も、二又の舌を舐めずりまわす蛇頭の尾も、シャーロットには見慣れない姿だ。
それでも、あの目だけは変わらない。強く輝く意思を宿した、あの瞳だけは。
だからこそ、シャーロットは自分とカーネルの間に割り込むように天空から舞い降りた、見知らぬ姿をした巨大な怪物をこう呼ぶのだ。
「……ゼオ……っ!」
そのか細く、途切れそうな声で呼ばれた怪物――――ゼオは、頭を疑念で埋め尽くされた。
(何で……何でお嬢がここに……!?)
ゼオにとって、シャーロットがこの場所に居ることなどあり得ない。彼女は今頃、故郷であるグランディア王国で信頼を取り戻し、かつて約束された幸せな人生を謳歌しているはずだった。
まかり間違っても、こんな人間の皮を被った怪人カーネルとボロボロになるまで戦うようなことになるはずがない。なのに、なぜ……?
(……いいや、そんなの愚問だった……)
あの結末を、彼女が納得するというのか。自分一人が破壊された王都の人々全員の怨嗟を背負って、身を挺して庇おうとした彼女を無理矢理眠らせて飛び去って行く……そんな結末を、こんなにも優しい少女が納得などできるはずもない。
ゼオは自分の浅はかさを呪った。今の今まで気が付かなかったが、よく考えてみればこうなりそうなことくらい予想がついていたのに。
(話したいことは……幾らでもある)
自分で選択しておきながら女々しいとは思うが、グランディア王国を離れてからも、ゼオはシャーロットを忘れたことなど一度もない。
問い質す言葉を発せなくても聞きたいことが……訴える言葉を発せなくても言いたいことが募るの募っている。
(……でも、今は……!)
ゼオは大火球の着弾点……爆炎に呑み込まれたカーネルを睨む。
「その姿。まるで人を助けるような行動……貴様、あの時のキメラだな?」
進化によって絶大な火力を得たゼオの最大火力スキル。それを受けても大きな損傷が見られなかった。精々服の端々が焦げている程度だ。
(《マナシールド》……魔力値に応じた強度の障壁を展開するスキルか)
カーネルが持つスキルの中で、単純に考えられる手段はコレだ。カーネルの魔力値はゼオの魔力値よりも高いので、超火力の《業火の息》でも防げるのだろう。
「グルルル……!」
「ゴッブゥ!」
背中に乗るゴブマルに視線を送ると、その意図を察してくれたのか、ゼオの背中から飛び降りたゴブマルはシャーロットの元へと向かい、《治癒魔法》で彼女の傷を癒す。
それを視線だけで確認するや否や、ゼオは《竜巻の息》でカーネルを吹き飛ばした。
「くっ……!? こ、これは……!?」
無色透明の乱気流の渦の中、カーネルは黄緑色の障壁に守られながら遠くへと運ばれていく。やはり《マナシールド》によってダメージは入っていないが、目的はカーネルをシャーロットから引き離すことだ。
満身創痍の彼女の近くで戦うのは無理がある。とにかく遠くへと戦いの場を変えなければならない。
「賢らな真似を……! 僕をあの場から引き離すつもりか――――」
「シャーッ!」
その事をカーネルも悟ったのだろう、ゼオの口から吐き出される竜巻から逃れようとしたが、それに機先を制したのはスネークテイルだ。
進化してからというもの、ゼオに噛みついてばかりの厄介者だが、共通の敵が現れたことでそのターゲットをカーネルに変更された蛇頭の尾は、《電撃の息》でほんの一瞬だけカーネルを怯ませる。
「ガァアアアアアアアアアッ!!」
その一瞬の隙をゼオは見逃さなかった。《重力魔法》で自身に掛かる重力を減らし、《飛行強化》によって極限化された速度で低空を翔け抜ける。
長い間、超重力が掛かり続けるグランドホールに居続けたゼオは、まるで枷から解き放たれたかのように凄まじい速度で接近。
「魔物風情が……僕の邪魔をするなぁあああああっ!!」
それに対してカーネルは杖の先端から巨大な光の刃を作り出し、カウンターのようにゼオに向けて突き出した。
《マナブレード》のスキルだ。詳細を確認してみれば、魔力値に応じて切れ味が上がる光の刃を生み出すスキルのようで、このままではゼオは串刺しになるだろう。
(させるかぁあああああっ!!)
魔力の刃で貫かれる直前、《重力魔法》解除と同時に《鋼の甲羅》を発動。全身に鉄壁の防御を張りつつ、《回転甲羅》と《天空甲羅》も同時発動し、其のまま魔力の刃に突っ込んだ。
(ぐぅうううううううっ!?)
魔力値三万越え。その数値に相応しい切れ味を誇る魔力の刃が、回転する鋼鉄の甲羅を削り抉る。
だが全力飛行の勢いを味方につけたゼオに分がある。そのまま魔力の刃を弾き、高速回転をしながらカーネルに強烈な体当たりをお見舞いした。
(よし、ここまでくれば……!)
当初いた場所からは簡単に戻れない距離までカーネルを運ぶことに成功した。
だが、ステータスを見て見ると、HPとMPの減少は殆ど見受けられず、カーネルも明確な憎悪と殺意を孕んだ視線をゼオに向けている。
(第二形態無しでコレか)
これまでの神権スキル持ちとの戦いは、圧倒的なステータス差で圧倒してからの本番、第二形態との戦いだったが、未だに第一形態のカーネルは底を見せていない。
間違いなく、異世界に来てから最も苦しく、長い戦いになる。そう確信したゼオは、静かに褌を締め直した。




