ある日森の中オカマに出会った俺は新たなざまぁ案件と遭遇する
前話でのラブのステータスの称号を一つ追加しています。気になる方はチェックをどうぞ。
そんなこんなで最新話更新です。お気にいただければ評価や登録、感想のほどをよろしくお願いします
「どうしちゃったのかしらん? そんな驚いた顔をしてぇ」
目の前のオカマ兼祭司は腰をクネクネ揺らしながらゼオに近づいてくる。よくよく見れば、その祭服は女物を改造しているらしい。胸元が解放され、スカート部分の深いスリットからは、筋肉質の太い足を覆う網タイツが見えた時点で、ゼオは「何てもん見せやがる」と嘔吐しそうになった
(な、何だこいつ……!? ステータスが尋常じゃねぇ……! ラブっていうか、羅武だろお前の名前! ていうか源氏名って何!? 本名ヒ・ミ・ツって、ふざけてんのか!?)
そもそも、ステータスの名前部分を改竄されている時点で意味が分からない。まさかそんな事を出来る輩がいるとは思いもしなかったゼオは、戦々恐々とした思いで後退る。
(敵かどうかなんて関係ねぇ……! こいつは色んな意味でヤバい! 早く、このオカマゴリラから逃げないと!! 俺には、お嬢を守るという使命があるんだ!!)
ゼオは一目散にその場から飛び去った。加えて《透明化》も発動。ステータスを見る限り、ラブは肉弾戦特化の色々間違っている僧侶だ。翼の無い彼(彼女?)に、空高く飛翔するゼオを捕らえることは出来ないと踏んでの、誰から見ても最良の策であったはずだが。
「だぁれが見ただけでドラゴンも泡吹いて気絶する化け物系オカマゴリラ女子だごるぁああああああっ!?」
(ぎゃああああああああ追って来たぁああああっ!? 誰もそこまで思ってねぇよ!? なんで分かんの!?)
【スキル《思念探知》。相手の思念を読み取り意思疎通を可能とするスキル。一般的に高度な会話が可能な《念話》の下位互換と言われるが、会話では伝わらないイメージ映像の伝達や言語が理解できない魔物とも交渉も可能】
(あ、なぁるほど。これが原因か……って、今はそれどころじゃねぇぇえええっ!?)
《透明化》を発動しているにもかかわらず、迷うことなく真っすぐにこちらへ走ってきているのは、恐らく思念の出所を大まかに探っているからだろう。
眼下を見てみると、そこには鬼神の如き形相を浮かべながら、木々を小枝のように圧し折り追いかけてくるラブの姿。途中で遭遇したグレイウルフの群れが、まるでアニメや漫画のように吹き飛ばされ、一匹残らず空の彼方のお星さまにされていた。
(威力も速度もヤバすぎだろ!? 障害物なんてないようなもんだし! これ何時まで経っても振り切れないんじゃ!?)
もしも脇目も振らずに逃げていれば、まだ猶予はあったのかも知れないが、そんな余計な思考が命取りだった。ラブは地面を踏み砕き跳躍、天高くまで巻き上がる土煙の中から体を大の字に開きながら飛び出したオカマは、早くも飛行するゼオを間合いの内に捉えた。
「ヴィーナス☆ハグっ!!」
(ぎゃああああああ!? 胸毛がジョリジョリするぅぅぅぅぅっ!!)
逞しい両腕と胸毛の生えた厚い胸板による熱烈抱擁を受けたゼオは、そのあまりの暑苦しさに意識が千切れそうになりながら、轟音と共に地面に墜落した。
「もう! 怪我をしているのに無理に動いちゃダメよぉ。そんな自分を大切にしない子には、お姉さんも怒っちゃうんだからぁん! ぷんぷんっ!」
(あ……はい。何か、すんません)
どうやら追いかけてきたのは、まだ腕から血を流しているゼオを心配しての事らしい。ラブの《治癒魔法》でHPが全回復したゼオは、とりあえず平身低頭の体勢でこの場をやり過ごしていた。
「それにぃ、女の子に化け物なんて失礼なことを考えちゃメッ! よぉ。乙女というのは傷つき易いガラス細工のドールなんだからぁん」
「…………」
ゼオはこの瞬間だけ、明鏡止水の境地に達した。素直なリアクションをすれば殺される。そんな根拠が、ラブの称号にあったのだ。
【称号《レベル上限解放者》。通常100レベルが上限だが、その限界を超える、またはその素質も持ったことによって得た称号。ステータスに大幅なプラス補正がかかる】
どうやらこのオカマ、強さという意味でも限界を超えた超生物らしい。レベルも異様なまでに高いし、正直勝てるビジョンがまるで浮かばない。
しかしどういう訳か、ラブは魔物であるゼオを見ても敵意を持っていない。《思念探知》によって人間並みの理性を持っていると理解してくれたおかげかと思ったが、ラブの口から発せられたのは意外な言葉だった。
「貴方、シャーロット嬢の友達なんでしょ? そんな酷い事はしないわよぉ」
(え!? ラブさんお嬢を知ってるんですか!? ていうか、なんで俺とお嬢が知り合いだって……!?)
この短時間でラブに敬語を使い始めたゼオは、意外な人物との接点に瞠目する。見目麗しく心優しい令嬢と、筋骨隆々の暑苦しいオカマに一体どのような接点があるというのか。
「ん? 何で知っているかって? まぁ、知り合いというほどでもないんだけどねぇ。枢機卿なんて立場になると、高位貴族の顔を見ることもあったりするもんなのよぉ。ワタシは頑張り屋さんが大好きでねぇ、あの子の事はよく憶えてるわぁん。ワタシと追いかけっこしてる間もずっとシャーロット嬢の事を考えてたから、ワタシのスキルで貴方たちの接点を知ったってわけ」
ここで馬鹿正直に、「オカマに追いかけられた恐怖で走馬燈を見たからか」と考えそうになったが、ゼオは慌てて別の事を考える。
枢機卿。ということは、ラブは女神教でもお偉いさんという事なのだろう。ということはだ、ゼオでは現状どうしようもない、シャーロットの立場や身分を守ることも出来るのではないか?
ゼオはシャーロットが置かれている現状のイメージを浮かべながらラブに懇願するが、彼女はただただ悲しそうな表情を浮かべて首を横に振る。
「……まさかそんな事になっているなんて。でも、ワタシが今のシャーロット嬢を社会的に守るのは難しいわねぇ」
(な、何でですか!?)
「女神教は信仰の自由を得るために、グランディア王国の王家や高位貴族に教徒として以外は干渉しないという条約を交わしているのよぉ。枢機卿であるワタシが条約を破って王侯貴族のやり方に嘴を挟めば、女神教とグランディア王国との間に対立が起こるわぁ。そうなったら、信徒たちにどんな犠牲が起こるか……立場だけで言わせてもらえば、たとえシャーロット嬢が処刑されるとしても動けないわねぇ。良心に従うという教義に沿えない、そんな自分が嫌になるわぁ」
その言葉を聞いてゼオは押し黙る。ラブは上に立つ者として、何千何万もの信徒たちを守らなければならないのだろう。心は納得していないが、とてもシャーロット一人と天秤にかけていいものではないと理性が厳然と告げていた。
「でも、そういうのは得てしてバレなかったり、条約に抵触しない限りは何をしても問題ないものよぉ。状況にもよるけれど、ワタシの立場なら皆の思考を誘導してシャーロット嬢の正当性を間接的に訴えられるし、もし仮に貴族でいられなくなっても、女神教で保護できるようワタシが取り計らうしねぇん」
(マジっすかラブさん!? あざぁすっ!)
「あら、お礼を言っているのかしらん? 気にしなくてもいいのよぅ。さっきも言った通り、ワタシは頑張ってる女の子が好きだから出来るギリギリの事に手を貸すって言ってるだけだしねぇ。……それにしても、そんなに彼女の事を想っているなんて、正に愛だわぁ~♡」
紅潮した頬に両手を当てて腰をクネクネ動かすラブを見て、心を無にするゼオ。その後、実は公爵邸からも近い教会にラブがしばらく滞在することとなった事と、山道に迷っていることを知ったゼオは彼女を街まで案内することにした。
あなたが道に迷った時、まずはあなたの良心に耳を傾けなさい。女神はあなたの良心を通してあなたに語りかけるのだ。
女神教の聖典、その第一節を聞いて感動した、後にラブと名乗る若者は信仰の道を進むこととなる。
色んな意味で奔放な彼女は、教会の懺悔室と酒場を兼用という色んな意味で斬新すぎる手段をもってして、荒くれ者や水商売の女といった祈らぬ者たちの声にも耳を傾け、教えを広めてきた。
いつしか《教会のママ》と呼ばれるようになった彼女は、教会所属の戦力である聖騎士としても活躍。三十という若さで枢機卿に抜擢され、聖男神教や魔物との戦闘から懺悔に布教と、幅広い活動を繰り広げていた。
そして二年前、ラブが三十七歳の時、グランディア王国から派遣されきた救援隊の内の一人である少女を目にすることとなる。
国から派遣された戦場での負傷者の手当てや敵と戦うための救援部隊といえば聞こえはいいが、その実態は貴族の令息令嬢の善行を世間にアピールするために送られたお荷物十数名だ。
猫の手も借りたい状況であることは確かなので教会としては受け入れているが、その評判は良くない。何せ今まで日々の生活を使用人に任せっきりにしてきた者たちだ。血や泥に汚れることを嫌がり、重傷を負った兵を見て腰を抜かしては作業を滞らせる。
ラブですら彼らには一切期待していなかった。彼らの本分は人や物資の流通や整備であって、前線に出ることではない。戦火が飛び火する前に帰った方が良いと常々思っていた。
『皆さんっ! 大丈夫っ! 大丈夫ですからっ! 私たちが付いていますからねっ!』
そんな戦場での覚悟無き貴族の子供たちの中にあって、血と泥に汚れることも厭わず負傷者たちを癒し、救う美しい娘。
公爵令嬢であり、未来の王妃でもあるシャーロット・ハイベルは、国を侵さんとする聖男神教と戦う戦場に自ら志願して救護活動に赴いてきたという。
初めは足手纏いとしか思っていなかった他の軍医すら圧倒される高度な治癒魔法と、どれほど絶望的な重症であっても決して救うことを諦めない意志力には、ラブを始めとする女神教の軍も、貴族の救援隊は役立たずばかりであるという考えを改めざるを得なかった。
――――地獄に天使を見た。
獅子奮迅、苛烈なまでの活躍を見た兵士はシャーロットをこう評した。当時まだ十六歳だった少女が、未来の臣民の為に少しでも出来ることをしようと血と汗を流すその高潔さは、ラブの記憶に鮮明に刻まれている。
だからこそ解せない。何故そんなシャーロットが、急に周囲から虐げられるようになったのか。
情報源となったのは、まるで人間が魔物の姿をとったかのように頭の良いキメラの子供。スキルの特性上、嘘は付けないのでシャーロットを取り巻く悪環境は真実なのだろう。
一体彼女の周りで何が起きているのだろうか? シャーロットの居場所を奪うかのように現れたピンク髪の少女は何者なのか? ラブはふと、グランディア王国のハイベル領に赴くことになった理由を思い出す。
元々、女神教が広がっているグランディア王国に聖男神教の動きがあることを知ったのが始まりだったのだが、キメラの訴えを聞いた後では、罪なき少女を襲う悲劇を見た女神の、涙混じりの天啓だったように思う。
(知ってしまったのに知らんぷりじゃ、女神の信徒の名折れでしょ)
立場がある以上できることは限られている。しかし良心に従うということは、出来ることから始めることにある。まずは件の少女の事を調べてみよう。ラブは上空を飛行するキメラの後を追いながら、今後の方針を定めるのであった。
「ここまでで良いわよぉ。おかげで助かったわぁん。ありがとね。ん~……チュッ♡」
ラブを街が見える場所まで誘導したゼオは、バチコーン! という効果音が出そうなウインクと共に回避必須の投げキッスを送ってきたオカマから逃れるように上空へと非難すると、街でも一際大きな建物が見えた。
(もしかして、あれが学院なのかね? ……何気に街全体を見下ろすのは初めてだ)
ここまで来ると探索したくもあるし、何よりシャーロットの様子が気掛かりになってくる。ゼオは《透明化》を発動して街上空を飛行し、シャーロットが通っていると思われる学院へと移動する。
(ビンゴだな)
山一つ越えるのにも一分足らずで超えるゼオからすれば、街の端から中央にある学院に到着するなどあっという間だ。
宮殿を思わせる校舎が建てられた敷地内に降り立つと、そこには今まさに帰寮しようとしている白い制服の女生徒を見かけた。それはシャーロットが着ていたのと同じ制服である。
(さぁて、お嬢はどこにいるのかなっと)
昼になってから既に数時間。時間帯からして受講終了時刻なのだろう。となると、シャーロットの居る場所は生徒会室だと思われる。
こういう時こそ、《言語理解》のスキルが輝く。ゼオから見ればミミズを並べたような、古代エジプト語のような、とにかくそんな理解不能の言語でも、全て頭の中で日本語に翻訳してくれるのだ。
幸い、部屋ごとに室名プレートがつけられている。これなら迷うことなく生徒会室に辿り着けるだろうと、透明になったゼオは内心スパイ気分でドキドキしながら校舎内を探索する。
教師や生徒の隣を横切り、一階と二階を調べ終えると、続く三階でようやく生徒会室を見つけたゼオ。もしもシャーロット一人だけなら、窓を軽く叩いてから姿を現して、少し驚かせてやろうと廊下に面する窓ガラスから部屋の中を覗くと……。
(……は?)
そこにはロープで手足を拘束されて床に転がされながら眠るシャーロットと、そんな彼女の首に輪を作ったロープを引っ掻けようとする従者、アーストの姿があった。
ラブに本気で暴れられたら、ゼオの見せ場が無くなるのでこういう設定にしました。今回は少しギャグテイストでしたが、いかがでしたでしょう?