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不屈の聖女



 カーネルが杖の先から放った巨大な魔力の砲撃。それに対してスキルを発動したのは咄嗟の判断だった。


「《フォースフィールド》!!」


 半円型の結界を展開。シャーロットと、馬車の中で互いを庇うように抱き合うルルとルアナを外部から遮断し、目の前の猛威を跳ね除けようとしたが、魔力の砲弾が着弾すると同時に、結界はガラスを叩き割るような音と共に砕け散った。


「く……!」


 凄まじい衝撃と風圧がシャーロットに襲い掛かる。重心を前に傾け、何とか吹き飛ばされずにすんだが、シャーロットの表情は優れない。


(なんて破壊力……! これは……!)


 巡礼者となってからは、まともに破壊されることのなかったシャーロットの結界。それをいとも容易く砕いた結果から導き出される答えは一つ。


(彼の力は……スキルは……私のそれを上回っている)


 怪我人と子供を守りながら戦わなければならないシャーロットにとって、それは余りに無慈悲で残酷な事実だった。しかもシャーロットにはまともな攻撃手段が殆ど無い。人によってはすでに詰んだ状況と言えるだろう。

 ……本能が囁く、「自分だけでも逃げろ」という声を自覚しながら、シャーロットは理性でそれを踏みつぶしてカーネルを睨む。


「驚いたな。僕の攻撃を凌ぐ者がこの世に存在するとは……大聖堂で不思議な直感を感じていたが、やはりただのシスターなどではないな?」

「直感……ですか。それは、どのような直観だったのでしょう」

「簡単さ…………君を殺さなければ、僕たちの望みを果たせないという事だ」


 明確な殺意と共に、魔力の砲撃が、巨大な火炎が、竜巻が、轟く雷が、岩の槍が雨あられと放たれる。それに対してシャーロットは防戦一方……《フォースフィールド》を砕かれては張り直すを連続かつ最速で繰り返し続け、悪戯にMPを削られていくしか出来なかった。


「くっ……ああああっ!?」

「シスター!」

「そ、そこを出てはいけません!」


 結界が砕ける度に、殺しきれなかった衝撃と風圧に何度も吹き飛ばされ、地面に転がるシャーロットは馬車から飛び出そうとしたルアナたちを鋭い一声で呼び止める。


(《アークエレギオン》を……! いえ、ですがそれは……!)


 スキル《結界魔法》レベル5で習得した、シャーロットの最大防御。かつて危険地帯に潜む強大な魔物たちの侵攻から、町一つを守り抜いた結界をもってすれば、カーネルの攻撃も防ぎきれるかもしれない。

 だが、《アークエレギオン》は発動時だけでなく、維持するだけでも魔力を激しく消耗する。二人を連れて逃げる算段が立てられない今、大量の魔力消費は避けなければならないのだ。


(なら……っ!)


 意を決し、シャーロットはカーネルたちを睨みつける。それが気に食わなかったのか、二人は粘着質な視線をルルから逸らし、忌々しそうにシャーロットを睨む。


「屋敷で会った時はそうでもなかったはずなのに、教会で再会した時は妙に気に食わないと思っていた。……どうやらそれは気のせいではないようだな。カーネル、奴を甚振り殺せ! ただ始末するだけでは無性に気が済まん!」

「同感だよ、ルキウス。そんな光が灯った眼で見られるとさぁ……誰かさんを思い出してムカつくんだよ!」


 まるでこの場にいない誰かを思い出して、八つ当たりするように更に激しく魔法をぶつけ続けるルキウス。ついにはシャーロットも結界で凌ぎきれず、魔法の威力を残したまま結界の突破を許してしまった。


「《バリアアーマー》!!」


 直撃の寸前、シャーロットの全身に青白い幕のような結界が張り巡らされ、魔法の威力を妨げる。《結界魔法》レベル2で習得した、《バリアアーマー》は対象の全身に動きを阻害することのない防護幕を張る魔法だ。


「かはっ!?」


 だが機動性が保たれる分、結界としての耐久力に乏しい。威力が削がれた魔法でも防ぎきれず、シャーロットは全身に激痛を感じながら、体を引きずるように地面を滑った。  

 特に痛む脇腹を手で押さえると、ヌルリという感触が伝わってくる。魔法の余波が肉を抉ったのだろう……無視するには大きい傷を負ってしまったシャーロット。


「…………っ!!」


 回復を……という意思を強引に却下する。ここで回復に回すだけの余力はない。シャーロットは歯を食いしばって耐えることを選択するが、それを見たカーネルが容赦をするはずもないのだ。


「もう限界のようだな……ほら、守らなくても良いのか?」

「……っ! フォ、《フォースフィールド》……!」


 体勢を崩し、意識が途切れ途切れの状態で受けきれるほど、カーネルの猛攻は甘くはない。防ぎきれなかった連続攻撃の余波を浴びて、何度も無様に地面を転がるシャーロットだったが――――


「……何だその目は……!」


 穏やかな蒼穹にも似た碧眼は、眼差しだけで不屈を訴える。それが心底気に食わない様子のカーネルは、杖の先端から魔力の刃を形成。そのまま近接戦へと持ち込んできた。

 シャーロットが使うスキルは発動者本人の体勢や位置などは関係なく本領を発揮するので、遠距離から攻撃するのは体力を削るばかりで確実性に欠ける。そう判断したカーネルは近接戦の間合いからシャーロットを甚振ることにしたのだ。


「なぜ僕をそんな目で見る……! この圧倒的な力……誰もがひれ伏す力を前にしたのなら、大人しくしていればいいものを! だというのに、そんな不愉快な目で僕を見るなんて、そんなことが許されると思っているのか!?」

「がはっ!?」


 足止めに張り巡らされる結界を魔法の砲撃で破壊し、シャーロットに近づいたカーネルは彼女の腹部を力いっぱい蹴り上げる。

 如何に《バリアアーマー》の障壁で守られた体とは言え、当人たちの力と耐久力に差があり過ぎる……この戦いで初めてまともに攻撃を食らったシャーロットは、口から血を吐き散らした。


「まずは僕の邪魔をし、生意気な目で見てきた罪で、手足の端から切り落としていく。死へ迫る苦痛の中、この世に生まれたこと、そして彼女らに関わったことを後悔するといい」


 その様子を見たカーネルはようやく気が晴れた様子で、醜悪な笑みを浮かべながら魔力の刃でシャーロットの脚を端から切り落とそうとしたが、その前にシャーロットの地に濡れた唇が動くことに気が付いた。


「……先ほど……私を殺さなければ、貴方たちの望みを果たせないと直感したと言いましたね……?」

「……何?」


 この状況で一体何を……そう思った瞬間、シャーロットがスキルで体の傷を癒していることに気が付く。


「それは私も同じ……貴方たちを倒さなければ、二人を守れないと不思議と直感しました!」

「貴様ぁあっ!?」


 咄嗟に杖を振りかぶるカーネル。だが、それはあまりに遅い。もはや死に体と侮ったシャーロットの奇襲は成功し、逆転のスキルは発動する。


「《ペインリプレイ》!」


 スキル《再生魔法》レベル3の魔法。その効果がカーネルと、その後ろに居たルキウスに及んだ瞬間、二人の全身は信じられないほどの激痛を感じる。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?」

「ぐがあああああああああああああああああああああああっ!?」


《ペインリプレイ》は、対象となった者がこれまで受けてきた痛み、与えてきた痛みの全てをその身で再現させる魔法だ。特にカーネルのような強大な力を持った魔術師となると実戦経験も豊富なのだろう……その痛みは、常人なら十回は精神を崩壊させるほどのものに違いない。

 とは言っても、それはあくまで幻痛だ。ルキウスは泡を拭いて気絶したが、カーネルは未だ気絶する様子が無い。……だが、あまりに痛みに意識が薄れ、身動き一つまともに取れていないのは明白だ。


「あああああああああああああっ!!」


 シャーロットはカーネルに飛び掛かり、首に腕を回して思いっきり締め上げる。筋力差はあるだろうが、相手は《ペインリプレイ》によって満足に体を動かせない状態だ。

 このまま意識を絶たせ、その隙に逃げるしかない。かくして、彼女の身を挺した策謀は成功し――――


「おおおおおおおおおおっ!!」

「がっ……!?」


 ようとした瞬間、シャーロットとカーネルの間に凄まじい爆発が生じ、シャーロットは空中へと放り出されて地面に落ちる。

 シャーロットの知識が正しいのなら、今の爆発は《炎魔法》のレベル5で覚える《エクスプロード》という魔法のはずだ。それを自爆する形で発動し、シャーロットを無理焼き引き剥がしたのだろう。


「ふーっ! ふーっ! ……やってくれたなぁ……!」


 これまで彼が他者に与えてきた死の痛みの全て。それを受けても尚、意識を保って憎悪の眼差しをシャーロットに向けている。

《ペインリプレイ》はまだ効果を発揮している。カーネルは今なお、これまで与えてきた苦痛の全てを体感しているはずなのだ。それでもまだ、敵意が挫ける気配がない。

 それはつまり……彼の妄執が奮い立たせる精神力が、《ペインリプレイ》の力を凌駕しているという事だ。


「僕は姉さんを苦しめるんだ……! 未来永劫、輪廻の果てまで姉さんを苦しめるんだ! その邪魔をするなぁあああああああああああああっ!!」


 一体、何が彼をそこまで駆り立てるのか……全身の激痛を無視して、極大の魔法をシャーロットに雨あられと浴びせる。

 夜の平野に巻き起こる大爆発。最早生物が原形を留めていられる筈もない魔法の集中砲火だ。たとえ守りを得意とするシャーロットでも、辿る末路は同じだろう。まるで子供のような癇癪を起こしたカーネルは荒い息のままルアナとルルに視線を向けた……その瞬間。


「な……何だとぉ……!?」


 誰かが、地面を踏み鳴らして立ち上がる音をが聞こえた。慌てて振り返ってみると、そこには濛々と立ち込める煙の中、長い三つ編みが解け、全身くまなく重傷を負いながら、それでもなお二本の足で立ち上がり、こちらを睨んでいるシャーロットの姿があった。


「何故だ……なぜ立ち上がれる!? あれだけの攻撃を受けて生きていられるはずが……!?」


 まるで執念だけで動くゾンビのような姿に、カーネルは思わず後退る。

 シャーロットは込められるだけの魔力を《結界魔法》に込めて発動させていたが、それだけでは防ぎきれないほど、カーネルの集中爆撃は凄まじかった。もはや体は痛みを正確に判断できない程に傷つき、意識は朦朧としている。

 それでもなお……シャーロットは不屈を視線に込めて立ち上がった。それを何故と問われれば……彼女の脳裏には一頭の怪物の姿が過る。


(貴方も……こんな痛みと苦しみに耐えながら立ち上がったのですね……)


 今でも夢に見る。かつて故国の王都で処刑されそうになったシャーロットを救うべく、傷つき、血を吐きながら敵に立ち向かったゼオの姿を。

 あの時のシャーロットは無力で守られるだけの娘だった。命も心も救われておきながら、自分がどれだけゼオに恩を返せただろうかと、今でも思い悩む。

 そんな彼女がこんなにも苦しくて辛い思いをしながら立ち上がる理由なんて単純なものだった。罪なき母娘を救うため、目の前の悪に立ち向かうため。


(何よりも……貴方と、対等になるために……!!)


 ゼオに救われた命は簡単に散らせていいほど安くはない。だがそれと同じように、ゼオに顔向けできないような生き方をすることも許されない。

 ならばこそ、立ち上がらなければならない。この足はまだ動く。この瞳はまだ不屈を訴えられる。目の前の不条理に屈することなく、望んだ未来をこの手にするために、今こそ諦めずに立ち上がれと、内なる激情がシャーロットを突き動かした。


「まるで亡者の様に見苦しい女め……! 僕の目の前から消えろぉ!!」


 今度こそシャーロットの命を狩り取るであろう魔力の砲撃が放たれようとする。それに対してシャーロットが手のひらを突き出し、スキルを発動させようとした瞬間――――


「ぐあああああっ!?」


 天から墜ちてきた巨大な火球が、カーネルを呑み込んだ。




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― 新着の感想 ―
[気になる点]  「天から墜ちてきた巨大な火球が、カーネルを呑み込んだ。」  天罰?それともゼオ?
[良い点] とても面白くて、一気にみてしまいました。 続きがとても気になります! [一言] とても!面白いです! 更新頑張ってください!
[一言] 更新ありがとうございます! 次回がとても楽しみです!
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