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迫られる決断

最近、特大スランプに見舞われて投稿できずに申し訳ありません。

読者の方からの、「続きを楽しみに待っています」という声のおかげで執筆作業に舞い戻ることが出来ました。

応援の感想を送ってくださった読者様には、謹んでお礼申し上げます。


 シャーロットは教会の一室に籠り、グリーンゴブリンたちが持ってきた古い手紙の封筒を慎重に開けた。

 

「これは……かなり古い文字ですね」


 封筒の中身には一体どんな言葉が綴られているのかと思っていたのだが、中に入っていたのは現代ではどこの国でも使われていない古字だったのだ。

 如何に博識なシャーロットでも、故郷であるグランディア王国の古字は訳せても、他国の古字となると知識の範囲外で、このままでは読むことはできない。

 まずどの国で使われていたものなのかを知る必要があるのだが、その点については心当たりがある。


「《ゼオニール物語》とこの手紙に使われている文字は、女神教総本山、エレシュキガル聖国で使われていた古代文字のはず」


 文字自体は読めなくても、文体からどこの国で使われていたくらいかは分かる。それもシャーロットは敬虔な女神教信者、グランディア王国に居た時から女神教徒の聖地とも言える国について勉強をしていたし、古字に関しても参考書類が手に入れば学ぼうと考えていた。

 となれば、解読するにはエレシュキガル聖国に赴くのが妥当だろう。巡礼の旅の途中で必ず行く場所でもあるし、丁度良い。


「ですがなぜそんな文字で書かれた手紙を私に……?」


 何か伝えたいことがあるのなら現代文字……それが無理なら、せめてグランディア王国の古字で書いてくれればと思うが、手紙自体がかなり古いものだ。

 かつて世界の識字率というのは異様なまでに低く、他国の文字を覚えるなど以ての外だったのだろう。そう考えれば納得も良く……と、言いたいところだが。


「その割には、宛先の名前が現代のグローニア文字なんですよね」


 このあべこべな手紙は何なのだろう。少なくとも、この手紙を綴る文字がエレシュキガル聖国で使われていたのは数百年も前の事で、廃れた当時において今のグローニア文字は影も形もなかったはずだ。

 時系列が合わない奇妙な手紙にますます疑念を浮かべたシャーロットだが、ふとあることを思い出す。


「そういえば、この《ゼオニール物語》の作者であるラテアス・メイプルが活動していた時代は、まだこの古代文字が使われていましたね」


 手紙と一緒に渡された《ゼオニール物語》の原本の一部。これに作者本人が何の関わりもないとは考えにくい。

 そして何より……ラテアス・メイプルは予言者としての逸話も多く残している人物だ。

 そういう類のスキルを持っていたのだろう……ラテアス・メイプルは、飢饉や災害といった誰も予見していなかった未来をあらかじめ言い当てていたことが何度もあったらしい。


「もしそれが本当だとするなら、この手紙の差出人は彼女ということに……?」


 もちろん証拠のない推察だが、あながち間違いでもなさそうだ。とりあえず今は読むことのできない手紙と本を大事にカバンの中に仕舞うと、少し荒いノックの音が扉から聞こえてきた。


「シスター・シャーロット。今、よろしいか?」

「大司教様? はい、ただいま扉を開けます」


 扉を開けると、そこには額に汗を滲ませる大司教が立っていた。一体何事かと思っていると、大司教は深く息を吐いて落ち着きを取り戻してから語り始める。


「落ち着いて聞きなさい、シスター・シャーロット。今ここに、メイナード侯爵がローレンツ宮廷魔術師を連れて来訪しました」

「それはやはり……」

「恐らく……ルアナさんの事でしょう」


 侯爵邸に忍び込んでルアナの救出に出向くという違法行為を強行したシャーロットだが、大司教と女王エーデライトだけはその事を事前に伝えられている。大司教としては本当に罪もなく苦しめられる者がいる可能性を考慮して、エーデライトはきな臭い匂いを漂わせるルキウスを見極めるために、シャーロットの行いを表面上は認知しないことを条件に黙認したのだ。


「一先ず私が対応し、ルルとルアナさんには奥の部屋で待機してもらっていますが……」

「……大司教様。僭越ながら私も書官(しょかん)として同席させていただきませんか?」


 書官とは、女神教にとって重要な来客が訪れた際、それを対応する大司教などを補佐するシスターのことだ。

 来訪者へのお茶出しから、要望や要件の記録、対応……主に貴族の来訪者が来た際に付ける教養の高いシスターだけが務まる役である。確かに書官としてなら、シャーロットは特に怪しまれることなく同席し、話を聞けるだろう。


「……分かりました。必要な物を用意次第、すぐに応接室へ」


 その言葉を聞くや否や、シャーロットは修道服の裾を翻し、紅茶や記録紙を手早く用意し、大司教の後に続く形で応接室へ向かう。


「やぁ、待っていたよ、大司教閣下。…………と、そちらのシスターは確か以前……」

「以前、私の代理として治療に伺ったシスター・シャーロットです」


 シャーロットは会釈をしつつ、ルキウスを……その次にカーネルの様子を窺う。


「…………っ!?」


 その瞬間、シャーロットの頭の中に鋭い衝撃が一瞬だけ走った。顔を伏せていたこともあって、それを誰かに気付かれる様子もなかったが……一瞬、シャーロットの記憶には一切ない光景が浮かんできたのだ。


(これは……?)


 それは、それぞれが一人の男を、一人の女を貶める二人の男性の姿。いったい今の光景は何だったのかと疑問を抱きながらも、シャーロットは何とか平静を取り戻し、顔を上げる。


「カーネル? どうした?」

「いや……何でもないよ、ルキウス」


 見てみると、カーネルも何やら額を押さえながら顔を歪めている。もしかしたら、今シャーロットが感じたのと同じような現象が、カーネルにも起きたのだろうか?

 そんな事を考えながら、シャーロットは大司教が椅子に腰かけた後、三人に紅茶を淹れ、大司教の隣に座って記録紙の用意をする。


「して、本日は如何なさいましたかな? お怪我も回復したと聞きましたが、まだ痛みでも?」

「いいや、怪我は本当に治って経過も良好だ。そちらのシスターにも感謝している。本来ならば礼でもと思っていたのだが……今回は別件でな」

「……と、言いますと?」


 大司教の探るような声を聞きながら、シャーロットはインクを付けた羽ペンを握る手の力を無意識に強める。


「実は先日、盗みを犯して我が屋敷の地下牢に閉じ込めていた犯罪者が、朝には脱獄をしていてな。その行方を捜すために方々に聞きまわっているのだ」

「……それは大変痛ましいことです。ですが、そのように道に迷った子羊を見かけたのなら、通達だけでもしてくれなくては困ります。教えていただけたなら、我々も住民の方々への注意喚起を呼びかけられたと言いますのに」

「犯人はすぐに捕まり、事を大袈裟に教える必要はないと思い、報告は後回しにしていたのだ」


 そういう設定か。シャーロットは表情を変えないまま、ルキウスたちを見ながら手を動かす。

 貴族の屋敷には義務として備え付けられているものの、牢屋の私的利用は禁じられている。なのでルアナを拘束するにあたって、もし露見した時の為の濡れ衣を一つでも用意していると思っていた。


「今は逃亡犯の捜索に尽力しているのだが、もしや難民を装って教会に保護でもされたのではないかと思ってな。何か心当たりは? 犯人はクォーターエルフの女で、ルアナという名前なのだが」

「いえ、存じ上げませんな」


 即答する大司教に、ルキウスは鋭い視線を向ける。


「本当にそうか? 女神教の寛容さは時に行き過ぎることを知っている。犯罪者を匿うことは、如何に大司教と言えども責任問題となるが」

「メイナード侯爵……私たちは本当に、罪を犯したというクォーターエルフの方を知らないのです。それにもし知っていたとしても、私たち女神の信徒がすべきは、罪を見逃すことでは無く、罪を犯してしまった者と真摯に向き合い、人生をやり直す贖罪の一助となること。首都の治安の一翼を担う貴方に話を通さないことなど決していたしません」


 無理矢理監禁されたクォーターエルフのルアナは知っていても、罪を犯したクォーターエルフは知らない。そう言外に答える大司教の有無を言わせない真っすぐな視線にルキウスは怯み、二の句が告げられない様子で唸る。


「もし罪人(つみびと)を見かけたのであれば、我らはすぐさまメイナード侯爵にお伝えしましょう。他に何か御用はありますかな?」

「……いや。存ぜぬのならそれでいい。時間を取らせてすまなかったな」

「いいえ。疑い、行動に移すことは貴方の立派な勤めでありましょう。謗る事などもってのほかというものです」


 これ以上は情報を探れないと判断したのか、席を立っるルキウスとカーネル。二人を見送る為に大司教と共に出入り口まで見送るシャーロットに、カーネルは不自然なまでに視線を向けていた。




「確信を得られた……とまでは言いません。ですが、怪しまれたことは事実でしょう」


 ルキウスたちが帰った後、応接室に紅茶や茶菓子の片付けに戻ったシャーロットに、大司教は重い口を開く。 


「シスター・シャーロット。私はルアナさんが罪人ではないということを信じております。ですがそれを証明するための手段がなく、教会の威光を以てしても庇いきれない。悔しい話ですが、かの侯爵家の力はそれほどのものなのです」

「はい……存じております」


 相手は古くからこの国に仕えてきた名門貴族だ。白いものを黒と言い張り、染め上げる力を実際に有しており、頼みの綱の女王ですら表立って迂闊に蔑ろに出来る相手ではない。たった一人の平民の為に敵対し難いだろう。


「となると、いっそのこと新天地へ向かった方が良いと考えます。この国に居ては、ルアナさんもルルも常に侯爵家の影に怯えて暮らさなくてはなりませんから」

「でしたら、エレシュキガル聖国へ向かうとよろしいでしょう。私直筆の移住届を持たせますし、住むところや仕事先もある程度優遇してくれるはずです」


 それ以外に手立てがない。エレシュキガル聖国まで行ってしまえば流石に追っては来れないだろうし、たとえ追ってきたとしても真偽も分からず簡単に住人を引き渡すような国でもない。

 無理に迫ればエレシュキガル王国は必ず事の真相を明らかにする……そうなれば苦しいのはルキウスたちだ。


(折角ゼオが近くにいることが分かっているのに、心苦しいですが……)


 エレシュキガル聖国に入り、正式に住人になるまで、シャーロットはルアナとルルを護衛して進まなければならない。追い求めたゼオが近くにいることが分かっているにも拘らず離れなければならないが、二人を送り届けた後に戻ってきても良いし、ゼオの居場所を示す魔道具もある。


(何より、あの宮廷魔術師からは嫌な予感を感じます)


 強硬策に出る可能性も考えれば、ルアナたちの平穏が終わるのも時間の問題だ。

 今回ばかりは優先順位が違う。そう割り切ったシャーロットは、一度この地を離れ、後で必ず戻ってくることを決めて、二人を連れてエレシュキガル聖国へ向かう準備を始めるのであった。




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[良い点] 更新お疲れ様です!
[一言]  更新お疲れ様です。  体調に気を付けてください。
[良い点] 続き待っていました [気になる点] シャーロットが一度二人から離れるっていうのがなんか嫌なフラグ立ってる感がある [一言] 次の更新待ってます
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