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ついではついででも、本気で殺ろう

───

 ゼオは一旦、次の進化を考えるのを保留にすることにした。

 どれもこれも選択肢に入れたくない進化先ばかり。唯一まともに活動できそうなのはマンティコアだが、ビジュアル面もさることながら、進化の為に習得しなければならないスキルも厄介極まる。



【スキル《食人嗜好》。人の血肉を食らうことでHPとMPを大幅回復し、大量の経験値とSPを習得できる。ただし、人以外からは生命維持に必要な栄養を摂取できなくなる常時発動スキル】



 以前、バーサーク・キメラから進化する時にヌエという《食人嗜好》が必要な進化先が候補にあったが、それを拒否したのも同じ理由である。

 強くなるためにマンティコアになるということは、正真正銘の化け物になるという事。体はキメラでも心は人間であるゼオは、人間である為に人は食わないという、その矜持だけは何があっても捨てられない。


(それに最悪、進化しなくたって俺のレベル上限は取り払われているしな。大幅なステータス強化や得られるスキルが増えなくなることにさえ眼を瞑れば、ブレス・キメラのまま強くなることだってできるだろ)


 そう考えれば思いっきり開き直れる。最低な進化先など選ばなくても、努力次第で強くなれるのだから。


(という訳で、まずは死ねぇえええっ!!)

「グギュルアアアアアアアアアアア!!」


 という訳で、ゼオは今、絶賛新たな力の使い具合を、グランドホールの魔物をサンドバック代わりに確かめていた。

 進化に伴って強化された各種ブレス系のスキルに《増幅の翼》による強化。《息吹連射》と《触手》スキルによる複数の発射口からの連続砲撃。《エネルギーコア》によって今までよりもMPの自然回復量が増えた。

 これらの力によってゼオは、平均ステータス二万以上の魔物を複数相手取りながらも、それらを近寄らさないどころか、何もさせることなく完封すらしていた。特に体の大きい魔物は直撃を免れることが出来ず、ステータスに大きな開きが無ければ延々と怯み続け、そのまま地面に倒れ伏すのみ。


(はははははははははは!! 素晴らしい! 最高のショーだと思わんかね!?)


 敵から離れた安全圏で、一方的に遠距離攻撃をし続ける。これが一撃一撃で敵を吹き飛ばすような高火力ともなると、妙な爽快感すら生まれてくる。


「ジャアアアアアアアアアア!!」

(あっ!? 一匹砲撃を掻い潜って……!)


 しかし、中には体が小さめで、敏捷値に優れた魔物がいる。そういった魔物が砲撃の雨を掻い潜ってゼオと距離を詰め、その鋭く尖った爪を立てようとするが……飛び掛かってきたその瞬間、魔物の体が突然硬直し、ゼオの体にぶつかってそのまま地面に落ちた。


「ッ……ガ……!?」


 そのまま黒い炎に全身を呑み込まれ、声を上げることも出来ずに崩れ落ちる。その姿を見て、ゼオの背筋に快感に似た感触が伝った。

 

(《硬直の魔眼》に《黒炎破》……このスキル、最高に気持ち良すぎる……!)


 進化先がロクでもないものばかりだと知った後、思い切って睨んだ相手の動きを封じる《硬直の魔眼》と合わせて《黒炎破》も購入していたのだ。

 使い心地はまさに最高の一言。《黒炎破》は注視を肝に発動する。超能力に例えれば念発火に似たスキルであり、魔眼スキルとの同時発動においては相性抜群。睨んだ相手の動きを止めながら消えない炎で燃やすというコンボが成立した。


(難点としてはまだスキルのレベル自体が低くて、拘束力も火力も弱めってところだな……これからはバンバン使って強くしていくぞ)


 新しく得たスキルの有用性に浸るゼオ。唯一不満があるとすれば――――


「シャーっ!」


 スネークテイルの事である。共有するMPを消費し、最も高火力である《火炎の息》を相手の魔物にぶつけるが――――


「……?」


「今何か当たった?」と言わんばかりに首を傾げるだけで全く効いていない。それもそのはず、ブレス系の威力の決め手となるのは魔力の数値であり、スネークテイルの魔力はグランドホールの魔物の耐久値を遥かに下回る。

 戦闘になれば噛みつくのを止めて共闘をしてくれはするのだが、正直な話、戦力になるかと問われれば首を傾げざるを得ない。むしろ今までの尻尾の方が、ゼオ自身の筋力値に依存した一撃を出せる分、強かったと言える。


(コイツをどうするかは……まぁ、追々だな)


 準備不足感が拭えないのは事実。しかし、無事に進化を果たし、新しい体とスキルの感覚にある程度慣れたゼオは、一度このグランドホールを後にしなければならない。


(グランドホールに潜って結構経つ……地下牢に居るルアナも心配だし、カーネルの奴を色々探らなきゃだしな)


 最低限戦えるだけのステータスにはなった。プランとしては、被ダメージ覚悟でカーネルを市街地から誘き出し、そこでボコボコにした後でルアナを救出するのが堅実だ。王都の外にさえ出てしまえば、ゴブマルの力だって借りられる。


(それじゃあゼルファート、世話になったな。俺たち、もう行くよ)

(待て)


 最後まで付き合ってくれた面倒見の良い魔物にしばしの別れを告げ、ゴブマルを背中に乗せて、共に地上に出ようとするゼオだったが、その直前に呼び止められる。


(……え? 何? どうしたの? お礼なら金以外でお願いしたいんだけど)

(戯け。魔物たる我にそのようなものは要らぬ。…………貴様らが戦いに赴くのは構わぬが、その前に奴と話を付けた方が良いのではないのか?)


 ゼルファートの視線の先に顔を向けると、そこには死してレイスとなったマティウスが半透明の体を揺らしながらこちらを見ている。


(あの者は、貴様が寝静まった頃に現れ、貴様に対して何かスキルを使った事がある)

(……え? そうなの?)


 死んだ影響なのか、《無感動の王権》を引きはがされた影響か、マティウスはステータスはほぼ無いに等しく、スキルと言えば一つだけ……《以心伝心》というものがある。


(相手の記憶を読み、自分の記憶を相手に伝えるスキル……だったな)、 


 恐らく記憶を見られた。虚ろとなった思考で、一体何が目的でそんなことをしたのか……そんなことを考えていると、マティウスは踵を返し、追いつけるかのような速度で、道に沿って進んでいく。まるで、後を追ってくれと言わんばかりだ。


(王権スキルに関する手掛かり……確かに、出る前に向き合った方が良いな)


 ゼオはゴブマルを乗せたままマティウスの後を追い、ゼルファートがその後ろに続く。光る鉱石が照らす地下空洞、漂う幽霊を追いかけて、更なる地下へと進んでいくと、一際広い空間の中で、体を丸めて眠りにつく巨体があった。


(うおっ!? ル、ルキフグス!?)


 いつか遭遇する可能性があるとは思っていたが、まさかマティウスに誘導される形で遭遇することになるとは思いもしなかった。

 悲鳴を上げる直前、起こす可能性に気付いて慌てて口を両手で塞ぐゼオ。一体どういうつもりでここまで誘導したのか……そう思ってマティウスの方を見てみると、彼はルキフグスの威容に臆した様子もなく、その透ける手を、真っ黒な頭部に沿える。

 ……まるで、恋人の頬を撫でるように。本当に大切なものを扱うような優しい手つきで、強大な怪物を慰めるように。

 

(うっ……!?)


 その瞬間、マティウスを中心に真っ白な光が拡がり、ゼオを包み込む。その正体が《以心伝心》による力であるということは、頭の中に流れ込んでくる光景ですぐに理解できた。

 その光景とは、マティウスの記憶。彼が生まれてから死に、そして今に至るまで……その全てだ。


   


 彼は貴族に生まれたことを除けば、どこにでもいる善良な男だった。誰かを想い、自分の将来を見据え、真面目に生き……そして、一生ものの愛を胸に妻を迎えて子を成した……そんなごく普通の日々を生きる、誰にも憚れる謂れのない生を全うした男。

 だが特別な事のない人間にも、悪意というのは災厄の如く訪れる。……実の弟と、妻の弟という形を成して。

 

 ――――ひ、ひひひひ! や、やったぞ! これで姪は……彼女の娘は私のものだ!

 ――――今までありがとうございました、お義兄さん。貴方が姉さんを持ち上げてくれたから……高い所から叩き落せますよ。


 夜道に自分の背中にぶつけられた魔法は痛覚すら感じさせぬほどの損傷を与え、自分の頭を踏みにじりながら哄笑を上げるのは、本当に自分の弟と、妻の弟なのか……否、本当に同じ人間なのかと疑ってしまうほど、まさに悪魔と称せるほどに醜悪だった。

 確かにルキウスとは仲の良い兄弟だったとは言えなかったかもしれない。弟が自分にコンプレックスを抱いていたのは、何となく感じ取っていたから。

 それでもマティウスなりに兄弟としての情を大切にしてきていたし、なぜ義弟と一緒になってこのような凶行に及んだのか、そこまで自分は憎まれていたのか……自分が死んだら、妻と子はどうなってしまうのか、止めどない悔恨と未練が心中を占める。

 明確に近づいてくる死を間際にして、マティウスは愛する妻と、その腹に宿る子を思う……しかし、そんな死に際の思慕すらも悪魔は許さない。


 ――――さて、死んでしまう前に貰えるものは貰っておきます。お義兄さん、貴方の輝かしい人生を培ってきた力は、これからは貴方が愛する妻と子を苦しめるために使われるんですよ!! 


 何か良くないことを起こそうとしている……そう思った瞬間、肉体からではない、例えるなら魂が引き裂くような痛みを脳が認識し、マティウスは激痛の中に死に絶える。

 次に気が付いた時、マティウスは肉体を失い、霧が掛かったようにぼやけた思考から抜け出せないまま、残った記憶を頼りに呆然と彷徨っていた。

 最終的に彼の魂が導かれた先に居たのは、自分が居なくなって日々憔悴していく最愛の妻の姿。それが空虚となった心に締め付けるような苦しみを与え、たとえ慰めの言葉をかけることも、硬し身に震える肩を抱きしめることが出来なくても、ただ側に居続けることしかできない。

 そんな妻が腹の子を支えにようやく立ち直り始め、漠然とした安堵に包まれたが、それも長くは続かない。恐るべきことに、弟が自分と妻の間に生まれたばかりの娘に獣欲が絡んだ視線を送り、その身柄を求めてきた。

 それに対して危機感を覚えたのは妻も一緒だったのだろう、信頼する侍女に娘を託し、自らは実の弟の怒りと、義弟の苛立ちを一身に受ける道を選んだ。


 ――――こんなことをしても無駄だよ。すぐに見つけ出して、幼い愛娘がルキウスに犯されるところを見せつけながら殺してあげるよ、姉上!!


 それから妻は、殺されないように加減されながらも熾烈な拷問を受け続ける日々を過ごした。

 逃げられないように両足を奪われ、時に三日三晩に渡って痛めつけられ、時に薄汚い荒くれ者たちに犯され……そんな日々を過ごし続けても尚、娘の行方を一切口にしようとせず、毎朝毎晩寝起きする度に死んだ夫の名を口にする妻を見て、声を上げることすら出来ないまま、マティウスの心は悲鳴を上げる。

 

 ――――こんな結末があって良いのか。こんなの、あんまりではないか。


 助け出したいのに、その為の体はもう無い。慰めたいのに、言葉を失ったばかりか声すら届かない。ただ見ているだけしかできないなど、こんな仕打ちがあって良いのか?

 いったい自分が……そして妻が一体何をした。何をすればこんな目に遭わなければならないのだ。誰にも届くことのない慟哭は、ただマティウスの心中の中で響き続けた。

 やがて時が経ち、ついにルキウスたちが娘の居所を探し当て、女神教の教会に匿われる娘を差し出せと、捕らえた侍女に迫る。この時も何も出来ずにいたマティウスの魂だったが、妻は違った。


 ――――手は……出させない……私と、あの方の……。


 そう呟いた瞬間、妻の体は巨大な怪物となり、娘のすぐ近くまで迫ったルキウスたちを追い払って、山に陣取ったのだ。一体どうしてそうなったのか、意識に障害をきたしたマティウスには判別が付かない。ただ妻は娘を守るためにその身命を悪魔に捧げたのではないのか……そう漠然と思わせる姿だった。

 そしてグランドホールを住処とし始めた妻に付いていった時には、マティウスは今更ながらに人の目でも見ることができるレイスという魔物に変じることとなる。一説では、何らかの条件下だと、強い未練や恨みを残して死んでもレイス化しないらしい。

 そうして正真正銘魔物と化したマティウスは、最早心身共に人とは呼べない怪物と化した妻に寄り添い、待ち続けた。

 確信があった。ルキウスたちは娘の事を決して見逃さない。また魔の手を伸ばすだろう。……マティウスは薄れた自我の中、合理的な行動をとることが出来ずに、怪物と化した妻と共に、ただただ待ち続けたのだ。

 自分たち夫婦の無念を晴らし、娘を救ってくれる存在が現れる……そんな救済の時を、唯一残された《以心伝心》のスキルと共に。

 そして偶然か、必然か……見かける生物に手あたり次第《以心伝心》を使い続け、ついに見つける。……人の心を持った、情け深い魔物を。




 光は収まり、ゼオの視界はグランドホールの空洞に戻る。今見た光景がマティウスの記憶だというのであれば……ゼオが何かをしてやる義理はない。

 マティウスも、その妻であったというルキフグスも、彼らの娘も、ゼオには全く関わりのない他人だ。見ず知らずの誰かの為に義憤に駆られ、行動に移せるほどゼオも善良ではない……つもり、だった。


(……でも、なぁ……)


 ルアナの時と同じだ。知ってしまった以上、放っておくのは忍びない。

 そしてシャーロットがゼオと同じ立場なら、誰もが安心するような笑顔で大丈夫だと言い、全てを自分一人で背負ってしまうのだろう……そう思うと、無情な対応はどうしてもできなかった。


(でもまぁ、難しく考えることじゃないか)


 どのみち、戦いは避けられそうにない。ならばやることはこれまでと同じだ。人の世としての裁きは人に任せ、魔物は魔物らしく――――


(お前らを酷い目に遭わせた奴ら全員、物理でざまぁしてやればいいんだろ?)

    

 

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― 新着の感想 ―
[一言]  作者様 お疲れ様です。  続きをよろしくお願いします。
[一言] この進化先ってスキルの習得とか熟練度とかで増えたりしないのかな?
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