行き詰まる進化
必然、ゼオは《邪悪の樹》のスキルによって世界が停止しているのを良い事に妄想を繰り広げる。
今回の仮想敵役はweb小説では最早お馴染みの転生系。前世の力を引き継いで、今世ではっちゃけてる奴らだ。そしてそういう奴らに限ってすぐにハーレムを作る。まさにモテない男の敵。
『こいつが危険度SSSのキメラ、ゼオか。瞬時に片付けてあげるよ』
『『『キャー!! ○○カッコE!!』』』
頭の中で繰り広げられる妄想は何でもあり。ゼオは世界中から恐れられる凶悪な魔物と言う設定だ。
『所詮はただの魔物。この程度の敵なら中級魔法で十分かな』
『こ、これは現代では再現不可能といわれる古の最上級魔法!?』
『全然中級魔法じゃない! 中級魔法じゃないよ!!』
『え? 何を驚いているの? このくらい普通でしょ?』
なんてことを言いながらゼオの上空に複雑怪奇な巨大魔法陣を描く○○さん。天地が鳴動する魔力の中心の中にあってもゼオは一切動揺を見せず、片手で顔を覆い、指の隙間から光り輝く魔眼でハーレムメンバーたちを睨みつけた。
『『『……あふっ』』』
『な!? ボ、ボクの嫁たちが突然気絶を!? 一体何をした!?』
『知れたこと……我が眼に宿る《光と闇の邪神眼》からは何人たりとも逃げられはしない。そ奴らは外界を覗く我が内なる深淵に晒されたにすぎぬ』
『急に流暢に喋り始めたね。何言ってるの?』
『お黙り』
興が乗っているのに冷静な理性からのツッコミが妄想に水を差すのはご愛敬だ。
『とにかく……えーっと、アレだ。俺の魔眼で見られた奴は……石になれ!!』
『そんな投げやりな……って、あー!? か、体がホントに石になってりゅうううううううっ!?』
目視されただけ。ただそれだけで石になっていく○○さん。この際、片手で顔を覆いながら指の隙間から魔眼を光らす決めポーズを忘れてはいけない。全身くまなく石になった○○さんは粉微塵になって風に吹き飛ばされていった。
『我に関わったのが運の尽き……貴様らの魂は冥府へと誘われた。……くっ!? 力を酷使しすぎたか……鎮まれ、我が右目に秘められし邪神よ……!』
勝利後は右目を押さえながら呻くのも忘れない。特に疼いてはいないし、邪神なんて封じられていないが、それでもやる。それが魔眼を持つ者のマナーなのだ。
(……魔眼、最高かよ)
と、こんな感じの妄想を繰り広げていたゼオはすっかり魔眼スキルを購入する方向で考えを固めていた。単なる浪漫も理由の一つなのだが、目視しただけで敵に効力を現すというのは普通に強いのだ。現在購入可能な魔眼スキルもそういう類のものばかりで、いずれも有用そうに見える。
(これはもう早速購入するっきゃないでしょ!! ……と、言いたいところなんだけど、まずは次の進化に必要なスキルとか見ないとな)
逸る気持ちを必死に留め、《邪悪の樹》の力の一部である《進化の軌跡》を発動。ブレス・キメラの次の進化形態、その選択肢を確認する。
【メギド・キマイラ】 進化Lv:200 必要スキル:《荒魂》《黒炎破》
【地獄の黒い炎を操り、理性と知性を失う代わりに絶大な殲滅能力を手にしたキメラ。メギド・キマイラが放つ黒い炎は一年消えることなく大地を呑み込みながら燃え続け、世界の炭の大地に変えるという、地獄の窯の番人。メギド・キマイラがこの世に現れれば、人々は国を捨てて逃げおおせなくてはならなくなるだろう】
(黒い炎……ごくり)
最早恒例の狂化する進化形態。勿論こんな進化先を選ぶつもりは毛頭ないのだが……先ほどまで中学二年生の頃の気持ちを思い出していたゼオは、黒い炎というワードに耐え難い誘惑を感じていた。
(待て待て待て、落ち着け。別に進化しなくても、この《黒炎破》というスキルは覚えられるんだから、それでいいじゃないか)
【スキル《黒炎破》。地獄に燃え盛る黒い炎を操るスキル。この炎は触れた者に纏わり付きながら大きくなり、消えることなく敵にダメージを継続的に与え続ける。この呪いの炎を消すにはスキル発動者の任意、もしくは《浄化魔法》などが必要】
(黒い炎を操るスキル……超、欲しいぞ)
予想以上に高性能のスキルだ。魔眼に続いて絶対に購入しておきたいスキルを脳内でリストアップすると、ゼオはあることを思い出した。
(そういえば、ルキフグスも《黒炎破》持ってたな)
地獄。これに関わりのある魔物は標準装備しているスキルなのかもしれない。そんなことを想いながら、次の進化先を見てみる。
【デスパラサイト・キマイラ】 進化Lv:200 必要スキル:《触手》《浸食蟲の牙》
【数多の寄生虫が集まり、一体の魔物となった姿。全身に蠢く太く長い寄生虫はどんな生物の皮膚も食い破り、神経や内臓、脳を乗っ取って肉体を仮宿にする凶悪無比な虫系キメラ。その醜悪な姿は悪魔すら裸足で逃げだすほどであり、デスパラサイト・キマイラが歩いた後は腐り果て、草木一本も生えなくなるとか。数多の状態異常系のスキルを習得可能で、敵に絡みつきながらジワジワと仕留める戦法を得意とする】
(アウトォー!!)
絶対にこれにだけはなりたくない、そう思わせる進化先だ。しかも外見を確認してみれば、本当に多種多様で醜悪な寄生虫がゼオのシルエットを形作っているような姿であり、ちょっとお茶の間ではお見せできない感じだ。
(なんて進化先を用意しやがる……超有名監督の超有名アニメ映画に出てきたイノシシを思い出したわ。マジであんな感じだったし)
気を取り直し、次の進化先を確認する。
【マンティコア】 進化Lv:175 必要スキル:《食人嗜好》《無尽の棘》
【人間のそれによく似た顔を持つキメラ。生粋の食人嗜好を持つ怪物であり、顔が人間に似ているのは今まで食らってきた人間たちの怨念によるものだという俗説があるが、未だ原因は解明されていない。全身から鮫の牙のように折れても瞬時に伸びる、太く長い杭のような棘を生やしており、それを飛ばして得物である人間を地面や壁に刺し留めることで、餌を逃がさずに保存する凶悪な習性を持つ、第一級危険生物に認定されている魔物】
(これも無いな)
生態もそうだが、魔物の体に人間の頭部という外見を考えてみても、マンティコアに進化するのはあり得ない。デスパラサイト・キマイラほどではないにしても、ビジュアル的に悪すぎるのだ。
ゼオ自身、もしマンティコアが目の前に現れようものなら、間髪入れずに顔面から破壊しに掛かる……そのくらい、マンティコアの外見は悪い。
(気を取り直して、次いってみよう)
【ウッドフォート・キマイラ】 進化Lv:200 必要スキル:《根を張る》《豊穣の粉塵》
【雄大な大樹の力を取り込んだキメラ。ウッドフォート・キマイラは進化と同時にその場に根を張り、周囲を芳しい香りの花と、美味な果実が生る木に満たされた楽園へと変える。人々は楽園を求めてウッドフォート・キマイラの根元に国を作り、ウッドフォート・キマイラは人々に加護を与えるという、存在そのものが聖獣と呼ぶべき魔物。支援系スキルに特化しており、非常に高い耐久値とHP、MPを得ることができるが、移動することが出来ず、攻撃スキルは全て使えないのも特徴】
(一瞬良いと思ったけど……ダメじゃん)
まともに攻撃も出来なくなる。それどころか、行動すら完全に制限されるなどデメリットが大きすぎる。これが普通の、それこそ人としての感覚が無い魔物なら耐えられても、人間としての感覚を有するゼオからすれば、心の崩壊の危険があるのだ。
考えても見てほしい。人間が動くことも出来ない植物になってしまえばどうなるのか……少なくとも、自我の崩壊はあっという間だろう。幾ら人々に崇められ得る存在になれたとしても、ゼオには目的もあれば、生きる上での楽しみ方も知っている。この進化先は、下手をすれば他の進化先よりも遥かに質が悪い。
(つ、次の選択肢で最後か……ええっと……)
祈るような気持ちで最後の進化先を確認するゼオ。
【屍毒撒き散らす腐肉の塊】 進化Lv:175 必要スキル:《ゾンビ化》《猛毒の血潮》
【数多の魔物の死体が合成されて生まれたキメラ――――】
(却下)
しかし祈りは通じなかったらしい。説明文を最後まで目を通すことなく、ゼオは当然のように最後の進化先を選択肢から外す。
(えぇ……ちょっと待ってよ。もしかしなくてもコレってさ……)
実質、進化を封じられたも同然になったゼオは、停止した時間の中、スネークテイルに尻を噛まれながら、ただただ途方に暮れていた。
「あの……ルルは本当にここに居るのですか?」
「勿論。さぁ、こちらですよ」
明け方、ルアナを背負いながら教会に戻ったシャーロットは、急いでルルが寝泊まりしている部屋へと向かい、扉を軽く叩く。
「お姉ちゃん……? どうしたの――――」
ノックの音で目が覚めたらしいルルが眼を擦りながら扉を開けると、シャーロットの背中から下りたルアナの姿を見てしばし唖然とした。事前にルルの事を知っていたルアナも、何と言って良いのか分からないとばかりに、ゆっくりと膝を床に付け……ただ両手を迎えるように広げる。
「…………っ!!」
やがて眼に一杯の涙を湛えながら、ルルは我慢できないとばかりに、飛び掛かるような勢いでルアナに抱き着いた。
幾度も互いを心配し、眠れない夜を経て再会した二人は、これまで会えなかった時間を埋めるように固く抱きしめ合う。その姿を見て、ようやくルルとの約束を果たせたのだと確信したシャーロットは、安堵を息を漏らしながらどこまでも暖かな笑みを浮かべる。
(良かった……本当に……)
この光景にこそ、これまでの労力の対価、その全てがあった。今しばらくの間は二人っきりにしておくべきだろう……そう思ったシャーロットは、そっとその場を後にし、聖堂に置かれた長椅子に腰を掛けて疲れを癒しながら、懐から手紙と本を取り出す。
(それにしても……なぜグリーンゴブリンたちがこんなものを私に……?)
シャーロットの知識に間違いが無ければ、本の方は古語で綴られた《ゼオニールと二柱伝説》、その原本である《ゼオニール物語》の一部だと思われる。
だが、一番の疑問はグリーンゴブリンたちがその本をシャーロットに渡したこと自体ではない。肝心なのは手紙……状態保存の魔法か魔道具かを使われてるのか、原形は留めているが何百年もの間、外気に晒されて汚れ塗れの封筒に書かれた、宛先人の名前だ。
(私への……手紙? こんなかなり古い手紙が……?)
そこには確かに、『シャーロットへ』と記されていた。




