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プロローグ


【鋼王ゼルファート】

【鋼の武神。第三の怪物。ありとあらゆる無機物系魔物の頂点に立つ存在。古き言葉で拒絶を意味する名を冠された者にして、霊王たる聖女の守護者。技術から魔法に至るまで、人が習得できるあらゆる術を無意味なものとする圧倒的な力の持ち主であり、単身で星を切り裂くことが出来る、最も強き魔物たちの一体。普段は自身の縄張りであるグランドホールで過ごしているが、課せられた使命を果たす時が来れば、この世に並ぶもの無き武技の全てを解き放つだろう】


 ヤバい……ゼオの頭の中は、その言葉だけで一杯になった。

 恐らく、ノーデスにも匹敵しうるステータスとわざわざ確認するのもバカバカしくなるほど大量に保持する高レベルのスキル。爛々と輝く紅い瞳と隙間から立ち上る蒼炎。二本ではなく六本の腕を持つ、所謂一人で動く鎧(リビングアーマー)にも似たこの魔物が放つ威圧は、腕の本数も合わさって本物の戦いと災いの神、阿修羅が舞い降りてきたことを錯覚させる。


「ゴブブゥ……!」


 ゼルファートが放つ威圧はゴブマルも正確に把握しているのだろう。ゴブリンソードを構えながらも、全身から嫌な汗を流しながらジリジリと後退していることが分かる。ただ背を向けて逃げれば切って捨てられることを、ゼオもゴブマルも感じ取っているのだ。


(ゴブリンソード……懐かしき剣だ。貴様らはあの夫婦の(えにし)に導かれた者たちでもあるようだな。魔王の素質を持つ者よ)

(さっきからよく分からないことを言われて、俺たち完全に置いてけぼりなんだけど……アンタは、ゴブリンソードを作ったエドワード・クランチとその奥さんと知り合いだったってことか? ……いや、それよりも、どうして俺に魔王の素質みたいなのがあるってアンタに分かる?)


 頭の中で響く念話のスキルに、頭の中で話し返す。停止した時間の中で、ゼルファートのスキルを軽く確認してみたが、相手のスキルや称号を確認できる類のスキルは持ち合わせていない。

 

(元より、ゴブリンソードを有するグリーンゴブリンの一族は、魔王の証たる《邪悪の樹》のスキルを持つ者に協力するようにエドワードから伝えられてきた。当代のゴブマルが種族の異なる貴様に助力しているということは、つまりそう言う事であろう)

(そんな事まで……)


 どうしてそんな事までしっているのか……困惑しているゼオを見て、ゼルファートは全身から放たれる威圧感を収める。


(……何故(なにゆえ)我が知っているのかも分からぬということは……どうやら貴様は何も知らずに訪れたようだな。ならば、この挑戦は無効である)


 そう言い残し、ゼルファートは背を向けた。


(立ち去るがいい。素質はあれど、覚悟なき者に課す試練はない)

(ちょ、ちょっと待った!)


 ゼオは慌てて呼び止めるが、立ち止まって振り返るゼルファートに思わず怯む。機嫌を損ねればまず間違いなく殺される、最強の魔物たちの一体。……しかし、ゼルファートはゼオが知りたいことを知っている可能性が高いことを確信している。ゼオは威圧感に耐えながら問いかけた。


(エドワード・クランチと……多分、その協力者であるラテアス・メイプルは、俺がグリーンゴブリンの巣である遺跡に来ることを予見して、手の込んだ仕掛けをした。異世界で死んで、この世界で魔物として生まれ変わった俺を)

「…………」

(アンタはそれも知ってたんだよな? そんなアンタなら知ってるんじゃないのか? 俺は何のためにこの異世界に転生させられたのか) 


 そして、白昼夢の中で現れた白い女の事も、何もかも。王権スキルにも関わり深い説明文を宿すゼルファートなら知っているはず。そういう期待と確信を抱いて問いかけたゼオだが、ゼルファートは視線を切って素っ気なく返した。


(それを我が全て語り聞かせても意味のないことだ。話を聞いたところで、貴様には何の実感も湧かぬだろう)

(それは……まぁ、そうかもだけど)

(……貴様は神権スキルを持つ者と対峙したか?)

「え? あ、あぁ、神権スキルの事も知っているのか? 戦ったけど」

(ならばそれで良い。全てを知りたければ、全ての王権スキルと神権スキルを持つ者に会いに行け。その果てにこそ貴様が求める答えがある。それを得た先で、貴様が何を思い、どうするか……それは貴様の自由だ)


 ……要するに結局振り出しだ。核心部分について答えるつもりはないらしい。

 しかし折角こうしてあったというのに、何の収穫もないままでは終わらせたくない。


(待って! もうちょっと聞きたいことがあるんだって)

(……なんだ?)


 話は終わったと言わんばかりに立ち去ろうとするゼルファートを引き留めると、鋼の王は軽く溜息を吐きながら近くの岩に腰を下ろして座った。

 どうやら長くなると分かっていても、ちゃんと答えてくれるつもりのようだ。素っ気なさそうに見えて、実は面倒見がいいのかもしれない。


 ……こいつ、さてはツンデレだな?


 ゼオはそんな印象を抱いた。


(そっちで答えても良いと思った範囲でいいから色々聞きたいんだけど……このグランドホールにルキフグスっていうデカい魔物が出入りしてるよな? ……あの魔物ってさ、もしかして《拒絶の王権》を持ってる奴が魔物に姿を変えた結果なのか?)

(然り。王権スキルや神権スキルに問わず、あまりに強大なスキルは人の身に制御できるものではない。あのように肉体が変じ、種族すら入れ替わるほどの暴走をするスキルは他にないが……それでも、ある一定の条件下のみで起こることだ。神権スキルの持ち主と戦ったことがあるというのなら、前兆を理解していると思うが?)


 リリィがメタトロンに変化した時の事。和人がラファエルになった時の事を思い返す。そのどちらもゼオが攻撃し続け――――。


(追い詰められた時……? 王権スキルや神権スキルの持ち主は、命の危険を感じれば暴走するのか?)

(…………半分は、正解だ。あの者が何を想い、何があってあのような末路を辿ったのかは、我も知らぬがな)

(もう半分は?)


 ゼルファートは無言で返した。どうやら質問に答えるつもりはない……彼風に言えば、今聞かせてもも意味のないこと、なのだろう。


(質問を変えよう。ルキフグス同様、このグランドホールに住み着いている、人間の幽霊がいないか? そいつも《無感動の王権》ってスキル持ってて、でも今はカーネルっていう《理解》と《慈悲》の神権スキルを持ってる奴に奪われたみたいなんだ。俺はあの幽霊……マティウスなら何か手掛かりを持ってるんじゃないかって接触しようとしてるんだけど)

(……そうか)


 ゼルファートは視線を伏せ、何かを考えこむように六本の腕を組む。短く発せられた三文字の言葉には、憐憫の溜息が混じっているように感じた。


(……今生もまた、あの者たちの魂は囚われているのか……)

(え? 今何か言った?)

(貴様が今気にすることでは無い。……今の貴様が気にするべきは、《理解の神権》を司るその男との戦いではないのか? そうでなければ、このグランドホールで修練を積もうなどとは思うまいし、何より貴様の眼には確かな闘志が見える)


 どうやら何もかもお見通しのようだ。頷くゼオに、ゼルファートは厳しい声色で問いかける。


(だが時間もないと言わんばかりの焦りも感じる。かの者との実力差だけではない……今すぐにでも強くなる必要を感じているのではないのか?)


 カーネルやルキウスという得体が知れず、明らかに後ろ暗いことをしていることをしていると分かり切っている相手の元に、助けると決めたルアナが何時までも居続けるのは非常に良くない。彼らの気分や考え次第で、何時殺されてもおかしくはないのだ。

 だからゼオは最低でも次の進化を果たしてステータスを大幅に上げる必要がある。そうすれば――――


(それでも、お前は奴には敵うまい。進化を果たし、さらにレベルを上げなければな)


 心の奥底まで読まれた気分になったゼオ。経験則では、進化さえすればカーネルにも勝てる可能性が出てくる。しかし確実ではない。

 人の世の住人であるカーネルが、ゼルファートやノーデスのような尋常ではない強さを誇る魔物が居るような場所まで踏み込むことなどそうあることでは無いだろう。今でこそ大人しくしている印象があるが、一度暴虐の限りを尽くし始めれば、最早ゼオ以外に止める者が居ないほどにステータスを高めている。

 ……その矛先がいずれ、シャーロットやセネルにまで届くようなことがあれば……そう考えると、ゼオは次の戦いに決して負けられない。


(ゼルファート……いや、ゼルファートさん……いいや、ゼルファート大明神様)

(……何の真似だ? 突然(へりくだ)り始めて)


 時間はない。強くなるための時間が。だがそれを一気に解決できる方法を思い付いたゼオは、《収縮》スキルによって体を縮め、視線の高さをゼルファートよりも下にし、顎と腹と腕を地面につけた構え……キメラ風土下座をする。

 アンギョウとウンギョウの門番に阻まれた先、グランドホールの最奥部が、樹海でいうノーデスの縄張りと似たようなステータスを持つ魔物の住処で、その頂点に立つのがゼルファートなら、彼の協力さえ得られれば必ずできるはずだ。

 かつて地球のゲームで何度も行ってきたプレイ方法。レベルの低いキャラクターのレベルを手っ取り早く上げるため、全世界のゲーマーが必ずしているであろうあの方法。レベルと強さが直結し、進化を繰り返すたびに基礎能力が高くなるこの世界だからこそ、現実的に成立する夢のような修行法が。


(俺とゴブマルを、レベリングしてくださいっ。お願いしますっ!)


 簡単に言えば、ゼルファートがゼオたちよりも強い魔物を追い詰めて、弱ったところをゼオたちで倒し、経験値を頂くという、親切心ありきで初めて正当化されるハイエナ行為だ。人によっては……特に、ゼルファートのようなお堅い武人然とした相手には拒否されるかもしれないが、現状を打開するには一番の方法には違いない。

 ざまぁでレベル上げをしたくても条件がハッキリしていない。これまでシャーロットやセネルを虐げる者にざまぁをして大幅にレベルを上げてきたが、ルアナを虐げるルキウスにざまぁをしてもレベルが上がらなかった。確実性のない方法をいつまでも試していられない。

 プライドも何もかもを無視して、現実だけを見て下げるべき頭を下げたゼオ。そんなゼオの姿にゴブマルも続けて土下座をする。そんな二体の魔物を見下ろし、ゼルファートは静かに――――。


(……れべりんぐ、とは何だ?)

(しまった。思わず地球のゲーム用語を)


   


     

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― 新着の感想 ―
[一言] 圧倒的脅威がまさかのツンデレ師匠キャラにw
[良い点] どうなることかと思ったけど、一気にかなりの謎に答が! ツンデレゼルファートさん親切すぎワロタ。 そして「しまった」と言いつつも、レベリングという言葉を出したことで、結果的に、この世界が…
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