一難の先の最悪
(今まで死にスキルだったけど……この手の相手なら、コイツは効くだろ!)
ゼオは蒼炎の翼をより激しく燃え滾らせる。スキル《死霊の翼》の発動だ。
相手の霊魂に直接ダメージを与えるというこのスキルは物騒という理由で半ば自己封印していたのだが、物理的な攻撃が効かないに等しい相手ならば最早どうこう言ってはいられない。
蒼炎の翼はスキルの発動に伴い巨大化。さながら巨人の腕の如く薙ぎ払われ、アンギョウの胴体に叩きつけられる……と思いきや、そのまますり抜けた。
(……ノーダメ? いや……)
ゼオはすかさずアンギョウのステータスを確認する。
名前:アンギョウ
種族:スライムロックフォート
Lv:115
HP:14950/15000
MP:13567/15000
ダメージが入っている。やはり《死霊の翼》が有効打だったとゼオは確信した。
アンギョウとウンギョウはステータスとスキル構成は全て同じだが、スキルの中に《人造霊魂》というスキルを擁している。このスキルは人工の魔物、スライムロックフォートを動かすための要のようなスキルであり、相手の行動を見て対応を学習するAIのようなものだ。
しかし人造とは言えども霊魂は霊魂。《死霊の翼》の影響が及んだわけである。ゼオは畳みかけるようにして左の翼、右の翼の順番でアンギョウの体を薙ぎ払うと、アンギョウは特に痛痒を感じた様子もなく蒼炎の翼を突っ切って攻撃してきた。怯んだ様子もない連続攻撃だ。
「ガッ!」
元々、物理的作用が働いていないようなスキルだ。こうなるであろうということは何となく察していたゼオは、突き刺すように向かってきた刃を硬い鱗の生えた腕で弾き、身を掲げながら回避しながら再びステータスを確認すると、アンギョウのHPが先ほどよりも100減っていた。
(50でダメージが固定されている? 固定ダメージを入れるスキルなのか?)
基本的に攻撃した際に発生するHPの減少値は乱数だ。一定するものではない、というのがゼオの認識だったが、こと物理作用もなくダメージを与えるスキルに関しては例外なのかもしれない。
しかしそれが事実なら、これを延々と続けていればいつか必ずアンギョウとウンギョウを倒せる……となるなら話は早いのだが、実際はそこまで甘くはない。
名前:ゼオ
種族:アビス・キメラ
Lv:96
HP:12098/16702
MP:11987/16689
この《蒼炎の翼》、とにかくMPを消費する。しかも《猿王の腕》や《妖蟷螂の鎌》などのような一度発動すれば再発動まで強化状態が続く持続性のあるスキルとは違い、各ブレス系のスキルのような単発式のスキルだ。
相手に固定ダメージを与えるだけあってか、そのMP消費量も250で固定されているらしく、調整が出来ない。アンギョウを倒す前にゼオのMPが切れるのが目に見えている。そうなってしまえば勝ち目が無くなる。
(《死霊の翼》だけで決めれるなら話は早かったけど……こうなったら、次の策に移るか)
すなわち、普通に攻撃して倒す事。それに尽きる。無策と聞けば誰もが呆れるような結論だが、実はそれはあながち間違った選択肢ではないということをゼオは確信していた。
「ゴォオオッ!!」
《火炎の息》を触手から四発、《烈風の息》を口から一発アンギョウに食らわせる。石の守護者を起点に爆炎が飛び散り、鎌鼬の渦で巨体を押し流すが、肝心のアンギョウは無傷。《ダイラタンシー》によって硬化した表面すら突破できていない。
(それでいい。《ダイラタンシー》を突破しちまったら、《流動する肉体》で受け流されちまうからな)
今の五連射はアンギョウを吹き飛ばすことが目的だ。その先には、怒涛の連撃でゴブマルを追い詰めんとするウンギョウの姿。
「ガッ!? ……ァアアッ!!」
反撃で繰り出される無数の刃に全身を切り刻まれてHPを多めに削られるが、それを無視。今度は《猿王の腕》を解除した、平常時の拳でアンギョウの横っ面を打ち抜く。更にウンギョウとの差は縮まったが、それに気が付いたのか、ウンギョウはアンギョウとぶつからないように距離を取ろうとし始めた。
(くそっ……!)
思わず舌打ちをしそうになったゼオ。ウンギョウの無表情が憎たらしい嘲笑にすら見えた瞬間、ウンギョウの背後に迫る小さな影が見えた。
「ゴッブゥウっ!!」
ゴブマルが《縮地》でウンギョウの進行線状に回り込み、《ゴブリン彗星拳》のゼロ距離発射でウンギョウをアンギョウの元に吹き飛ばしたのだ。勢いを止められずに轟音と共に衝突する二体……先ほどとは一転し、ゼオは嬉々として口角を釣り上げた。
(偶然かどうかは知らないけどナイスアシスト! 喰らえっ!!)
上限一杯までMPを込めた、全力の《火炎の息》五発同時発射。広大極まる地下洞窟が崩れてもおかしくないのではと思わせるほどの大爆発が巻き起こり、アンギョウとウンギョウの肉たちが細々と弾け飛んだ。
(……当然、この攻撃じゃ二体のHPは1ポイントも削れない)
案の定、壁や天井、地面に四散して張り付いた破片はグニョグニョと蠢きながら二ヵ所に収束している。ステータスを確認してみてもアンギョウとウンギョウのHPに変化はない。…………その代わり、MPは着実に削れている。
「ガアアッ!!」
ゼオは二発、《烈風の息》を破片が収束する二ヵ所に発射した。先ほどのような多くのMPを込めた攻撃ではなく、最低限の威力が発揮する程度の軽い一撃。そんな風撃を受けたアンギョウとウンギョウのなり損ないは……風と真空波の刃を受けて、またもや四散。再び蠢きながら収束を開始するが、ゼオはまた収束し始めたところを《烈風の息》で吹き飛ばし、三度目の四散を迎える。
(そしてMPは……四散して元に戻ろうとする度に減っていってる……!)
アンギョウもウンギョウも、MPを消費することでダメージを無効化している強敵だ。しかしそれは、MPさえ無くなれば厄介な要素のないステータスが高いだけの敵とも言える。そんな敵を二体纏めて全身吹き飛ばし、最も弱体化した状態と言える、肉体が戻る間際の瞬間を邪魔し続ければどうなるのか……その答えこそが目の前の光景とステータスの数値だ。
名前:アンギョウ
種族:スライムロックフォート
Lv:115
HP:14950/15000
MP:9567/15000
名前:ウンギョウ
種族:スライムロックフォート
Lv:115
HP:15000/15000
MP:9721/15000
「ゴブゥ!」
もはやMPを削るための作業と化した攻撃。問題はこちらのMPが足りるかどうかだったが、何度も二体を四散させているのを見たゴブマルがこちらの狙いを察したのか、再生しようとするウンギョウを細切れにするのを繰り返し、ゼオの負担を軽減する。
それを何十回と繰り返し続け……ついに門番たちは沈黙。自身のステータスを確認してみると、レベルが96から111にと大きく上がっていた。
(倒した……って、事だよな?)
そう確信を得た瞬間、ゼオは思わずへたり込んでしまった。隣を見てみるとゴブマルも同じように尻もちをついていたが、そうなっても仕方のないくらいの強敵であったのに違いはない。人に依っては解決策が思い浮かばず、《ダイラタンシー》の防御を貫いて全身を吹き飛ばすほどの高火力スキルが無ければ詰んだと思うだろう。
(とにかく、ちょっと休憩しよう。この先を進むにしても、HPとMPを回復しないと――――)
そう思って《収縮》スキルを発動しようとした瞬間、アンギョウとウンギョウによって阻まれていた通路の奥から、ガシャン、ガシャンと、何かの足音が聞こえてくる。
何かが近づいてくる……そう思って慌てて臨戦態勢を取ると、頭の中で声が響き、ソレは突如として、最初からそこに居たかのようにゼオとゴブマルの正面に現れた。
(其方らが門番を倒した者どもか)
「「っ!?」」
何時目の前に現れたのかすら分からなかった。そんな得体の知れない相手からゼオとゴブマルは大急ぎで距離を取り、その全体像を捉える。体長こそはゼオからすれば大きくはない。精々二メートル半ばと言ったところだろう。そんな相手の第一印象は、独りでに動く甲冑だ。
全身が艶やかな程に磨かれた鋼で構築された、日本の具足武者にも西洋の鎧騎士にも見える和洋折衷のデザインの全身鎧。そんな鎧の隙間からは青白い炎のようなものが漏れて揺らめいている。
(何だコイツは……!? 一体いつの間に現れて……!? それに、さっきの声も、コイツが話しかけたのか?)
(然り。我は《念話》のスキルを持つ者。確かな自意識と知能を持つ者なれば、意思の疎通も容易いことだ、魔王の素質を持つ怪物よ)
今度は考えごとに割り込むように頭の中に話しかけられた。あまりに得体の知れないこの全身鎧のステータスを確認する直前、全身鎧は更に問いかける。
(話を戻すが、貴様らはグランドホールの最奥である我の住処へ続く道の門番を倒した。それはつまり、我への挑戦であると判断するに値する――――)
名前:《鋼王》ゼルファート
種族:タケミカヅチ
Lv:?
HP:2899327681/2899327681
MP:2898859899/2898859899
攻撃:2005349809
耐久:3810868430
魔力:2005276452
敏捷:3000002134
(挑戦者である以上、我が全霊を以って貴様らの命を砕く。いざ、覚悟は良いか?)
兜の中心辺り、眼と思われる二つの赤い光が煌々と輝きながらゼオたちを見据えていた。




