地下洞窟の門番
(移動速度そのものはゆっくりだから今のところは見失う心配はないけど……それも時間の問題かもしれない)
マティウスは先ほどから何度か岩を透過しながら進んでいる。幽霊なだけあって、物体は通り過ぎる力があるのだろう。壁に入り込まれれば、もう追跡は不可能だ。
(王権スキルとか、その他色々に関する重要な手掛かりがあるかもしれないし、出来れば見失いたくはないんだけど)
当の本人には明確な意思があって進んでいるわけではないということくらい、ステータスを見れば分かる。ここは天然で出来た地下の迷宮……壁を破壊して進むことも出来ないのだ。
「ゴブゴブゴブゴ。ゴブ」
「ガァ」
気付かれないようにこっそりと後を付けながら、ゼオはゴブマルが差し出した焼いたキノコを齧る。気分はアンパンを齧りながら容疑者を見張る刑事だ。
このまま重要な手掛かりが見つかるまでは壁に入り込まないでくれ……そう願いながらも、現実は無情にも訪れた。
(げっ!? あの野郎……壁の向こうに消えやがった!)
岩壁の向こうに消えているマティウスを悔しげに眺めるゼオ。急いで駆け寄ったが時すでに遅く、幽体の体は壁の向こうへと消えていってしまった。
(くそっ!! せっかく見つけた手掛かりだったかもしれないのに……!)
このグランドホール内を徘徊していれば、いずれまた出会えるかもしれないが、それも保証のない話だ。逃がした魚の大きさを予想しながらため息を吐いていると、ゴブマルがツンツンとゼオの肩を突いた。
「ゴブゴブ」
(ん? どうしたの?)
ゴブマルがよく見ろと言わんばかりに岩壁を指さす。ゼオは少し岩壁から離れて良く見てみると、マティウスが透過していった岩壁だけ、他と比べて平らなのだ。その上、まるで整備されたかのような四角形。
極めつけに、その上から下へと中心に走る線……分かりにくかったが、それが巨大な扉だということが分かった。
(ま、まさかの人工物!? こんなところに、誰が!?)
並の人間なら重力場に潰されて死んでいるような洞窟だ。一体誰が……何のために?
(いや、そんなことはどうでも良い。これがもし、開け閉めできる事を前提に作った扉なら、そんな重量を嵩むようには造らない筈)
ならば単なる岩盤と言えるくらいには……場合によっては、想定よりも更に薄いだろう。そんな岩壁程度、簡単に破壊することが出来る。
ゼオは《収縮》のスキルを解除。ステータスと体の大きさを元に戻し、《猿王の腕》で強化した腕で岩扉を殴りつけた瞬間……確かに鉱石を殴ったような感触と共に、岩扉が水のように大きく波打った。
(は? 何これ?)
ただの岩ではない。そう感じた瞬間、岩扉の左右に、それぞれ四つの眼と一つの口が浮かび上がる。
『侵入者と認識』
『警告。これより先を通ろうとする場合、我々は侵入者の排除を開始する』
浮かび上がった計二つの口からそんな声が発せられると、岩扉がスライムのようにグニャグニャと歪み、四眼四手で全身の筋肉が隆起の裸夫像を二体作り出した。
(侵入者……排除するって……こいつら、門番か!?)
【スライムロックフォート】
【世にも珍しい流動する岩石、スライムロックを材料に作り出された二身一体の門番。普段は人の魂を持つ者からグランドホールの最奥へ続く道を塞ぎつつ、侵入しようとする者には容赦しない。かつて不世出の天災魔道具職人によって生み出された】
(この解説文……もしかして、ライジングを作った奴と同じか!?)
樹海に住んでいた頃、ゼオを完膚なきまでに打ちのめした、全ステータスが二万を超える、一見弱そうな埴輪型ゴーレムだ。あの時は樹海の奥に進もうとしたら、スライムロックフォートと同様に人間の魂の持ち主が奥へ進まないように遮ってきたのである。
明らかに魔物の強さが一線を画する危険地帯。その場所の奥へと何者かが進ませないようにしている。そんな確信をしながらゼオはさらに相手のステータスも確認した。
名前:アンギョウ(ウンギョウ)
種族:スライムロックフォート
Lv:115
HP:15000/15000
MP:15000/15000
攻撃:10500
耐久:10500
魔力:15000
敏捷:17000
スキル
《武器変化:Lv6》《ダイラタンシー:LvMAX》《流動する肉体:Lv6》
《人造霊魂:Lv--》《風裂刃:Lv5》《業火斬:Lv4》《大地魔法:Lv7》
《重力耐性:LvMAX》《精神耐性Lv:MAX》《状態異常無効:LvMAX》
称号
《地下洞窟の門番》《無感情》《造られし命》《鋼王候補者》
《最終進化者》《レベル上限解放者》
今まで倒してきたものの、誰よりも高い総合ステータス。それが二体。《邪悪の樹》発動中における停滞する時の中で、ゼオはしばらく思い悩む。
(どうする……挑むか? ステータスだけなら、俺が勝っている。スキルの数も少なめだ。その事実だけを見れば勝てる……このスキルさえなければだけど)
【スキル《ダイラタンシー》。圧力や衝撃を受けると瞬間的に耐久値が増加するスキル。レベル1ごとに元のステータスの1.1倍上がる】
【スキル《流動する肉体》。スライムを始めとする流動する体を持つ魔物特有のスキル。あらゆる攻撃を受け流すことが可能で、飛び散った肉体はMPを消費して回収できる】
(水溶き片栗粉かよ)
いずれにせよ、とんでもなくしぶとい敵であるというのが理解できる。レベル最大の《ダイラタンシー》がある以上、アンギョウとウンギョウの耐久値は共に二万を超えるということ。それだけでも長期戦は必死なのに、その上攻撃を無効化するスキル。
少なくとも、ゼオが使える近接攻撃は殆ど無意味だろう。こんな明らかにしぶといと分かり切っている強敵、正直に言って相手にしたくない。
(でも……もう、そうは言っていられない)
王権と神権のスキル。シャーロットとセネル。リリィと和人。ルキフグスとマティウス、そしてカーネル。危険地帯とその奥に進ませないようにしている人造の魔物。そして、各系統の頂点に立つという、最強の魔物たち。……これらが全て繋がっているような気がしてならないのだ。
(《貪欲の王権》と何らかの関りがあるらしい、貪欲という意味を持つ名前を与えられたノーデスは、人造の魔物に守られた危険地帯の奥地に居た。そしてライジングと同じ人造の魔物が守る危険地帯の奥地と、そこに入っていった王権スキルを奪われたマティウス)
この先に何かがある。ゼオが異世界に転生してきた理由……それに繋がる何かが。
「グルルルルルル……!」
今は逃げる時じゃない。ゼオは戦うことを決め、四肢の爪を地面に食い込ませながら牙を剥き出しにして唸る。チラリと隣を見下ろしてみると、ゴブマルもゴブリンソードを構えながら静かに、油断なくアンギョウとウンギョウを見据えていた。
前までの自分なら、戦力差を冷静に判断して逃げていただろう。しかし今のゼオには、共に肩を並べて戦える心強い味方がいる。厄介なのは耐久スキルだけで、攻撃スキル自体は特別厄介というほどではない以上、戦力は互角と判断した。
『侵入者の敵対意思を確認』
『これより侵入者の排除を開始する』
「ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
両腕を剣や斧、槍に変える二体の門番に、ゴブマルは軽やかに、ゼオは荒々しく地面を踏み砕きながら腕を上げ、《妖蟷螂の鎌》で変化させた腕をアンギョウに振り下ろした。




