地下洞窟の幽霊
「ガァアアアアッ!!」
「ギャアアアアアアッ!?」
ゼオは竜の腕を剛毛が生える巨腕に変化させて、醜悪な悪魔の容貌に似た妖精の全身を強かに殴りつける。まるで石ころのように吹き飛ばされたデビルズフェアリーは岩盤に叩きつけられ、背骨が圧し折れてそのまま動かなくなった。
種族:デビルズフェアリー
Lv:98
HP:2/4320
MP:5879/6300
攻撃:2102
耐久:4098
魔力:4310
敏捷:4034
スキル
《毒の息:Lv5》《麻痺爪:Lv4》《マインドブレイク:Lv3》
《硬直の魔眼:Lv2》《腐食の牙:Lv5》《重力耐性:LvMAX》
称号
《醜悪な妖精》《地底のハイエナ》《腐肉喰らい》《卑劣な魔物》
(これだけのステータス差でも一撃で落とせないあたり、俺もそれなりに重力の影響を受けてるってことか)
恐るべきことにこのデビルズフェアリーたち、人間ほどの大きさしか無いにも拘らず、バーサーク・キメラの最大レベルよりも明らかに強いのだ。しかもスキルは軒並み状態異常系のスキルばかり。たとえこの超重力の中を動くことが出来たとしても、強敵である事には変わりはない。
(俺の場合は、《邪悪の樹》に複合されている状態異常耐性で毒、麻痺は効かない。《マインドブレイク》は相手を放心の状態異常にするスキルだからこれも効かない。問題は……!?)
そう考えた矢先、ゼオの体が突如硬直する。視線だけで辺りを見渡してみれば、デビルズフェアリーの一体がこちらに怪しく光る眼球を向けていた。
(硬直の魔眼……! こいつは厄介だ……なぁ!!)
視線の先に存在する者の動きを封じる厄介なスキルだが、スキルレベルも低ければ、それを操るデビルズフェアリーのステータスも低い。説明によると硬直力はスキル発動者の魔力値と受ける者の魔力値に比例するらしいので、動きを封じることが出来るのも精々一秒ほどが限界。ゼオは力任せに硬直を振り解き、前方のデビルズフェアリー四体を《凍える息》で纏めて氷漬けにし、背中から生やした《触手》で纏めて薙ぎ払い、砕いた。
「ゴブゴブゴブゴォオオオオオオ!!」
「ギャアアアアアアアアアア!?」
一方、デビルズフェアリーよりもずっとステータスが低いゴブマル。相手の耐久値を無視する《鎧通し》のスキルの真価を遺憾なく発揮し、聖剣ゴブリンソードでデビルズフェアリーの全身を高速の太刀筋で延々と切り裂く。
一度発動すれば、スキル発動者が解除するまで無限に相手を切り続けることが出来る《小鬼連撃斬》のスキルだ。四肢、喉、腹、鳩尾、眼球、とにかく相手が怯みやすそうな場所ばかりを狙い澄ませて斬りつけ続けることで反撃も許さないハメ技で一体仕留めたゴブマル。
「ギャギャギャ!!」
「ゴブッ!!」
そんなゴブマルを仕留めるべく、他のデビルズフェアリーたちが毒霧を吐き、麻痺毒滴る爪を振るい、更には《硬直の魔眼》を発動するが、ゴブマルはデビルズフェアリーたちの視界から瞬時に消えるように、死角に回り込んだ。
《縮地》スキルによる圧倒的な速さを誇るスタートダッシュと爆発的な加速によるものだ。身を屈めるようにデビルズフェアリーの側面に回り込んだゴブマルは、無駄に輝く拳を無防備な脇腹に突き刺す。
「ギャアアアアアアアアアアッ!?」
スキル《ゴブリン彗星拳》ゼロ距離発射。本来遠距離スキルである為に《鎧通し》の効果適用外だが、それを拳打のインパクトと同時に放つことでスキルの効果適用内に収め、ただ威力が高まった拳を相手の耐久無視で叩きこむことに成功し、デビルズフェアリーは無駄に輝く衝撃波に吹き飛ばされた。
(こいつらで……最後だ!!)
ゼオが残ったニ体を《猿王の腕》で変化させた両手の拳槌打ちで叩き潰し、ゴブマルは吹き飛ばされた一体に飛び掛かるようにしてゴブリンソードの一突きで喉を貫き、絶命させると、ゼオとゴブマルはようやく一息ついた。
(……中々戦いにくいところだな。敵も強いし)
このグランドホールでレベル上げを始めてから幾日が過ぎた。
常に《重力魔法》で全身に掛かる重力を相殺し続けなければならないため、ゼオとゴブマルは離れて戦うことが出来ない状態。敵は油断ならない。そんな過酷な状況下であっても、ゼオの成果はあまり芳しいとは言えないのだ。
名前:ゼオ
種族:アビス・キメラ
Lv:96
HP:15998/16702
MP:14999/16689
攻撃:13350
耐久:13350
魔力:13300
敏捷:13345
SP:5498
スキル
《邪悪の樹:Lv6》《火炎の息:Lv8》《雷の息:Lv3》
《凍える息:Lv8》《烈風の息:Lv6》《睡眠の息:Lv4》
《火炎放射:Lv4》《収縮:Lv5》《デコイ;Lv2》
《透明化:LvMAX》《嗅覚探知:Lv3》《猿王の腕:Lv9》
《妖蟷螂の鎌:Lv9》《触手:Lv8》《鮫肌:LvMAX》
《死霊の翼:Lv1》《鋼の甲羅:Lv4》《天空甲羅:Lv4》
《回転甲羅:Lv4》《息吹連射:Lv3》《大地魔法:Lv3》
《重力魔法:Lv7》《飛行強化:LvMAX》《精神耐性Lv:MAX》
《空間属性無効:Lv2》
称号
《転生者》《ヘタレなチキン》《反逆者》《狂気の輩》
《魔王候補者》《解放者》《殻付き勇者》《王冠の破壊者》
《栄光の破壊者》《彫刻職人》《レベル上限解放者》
度重ねる戦闘を経て、スキルレベルが上がったことが嬉しいが、肝心のステータスが上げられない状況にやきもきするゼオ。今までのレベルアップには、特定の条件を満たした相手をざまぁすることによって上がっていた部分も大きかったので、なおさら進歩が停滞しているように感じるのだ。
(肝心の、ざまぁしたらレベル上がりそうな奴も現状俺より強いしなぁ)
あの片眼鏡の男が一体何をしてきたのかは分からないが、奴をざまぁすればレベルが上がるという妙な確信がある。今向かっても殺されるオチが見えるのでできないのだが。
(その代わりと言ってはなんだけど、ゴブマルはだいぶ強くなったよな)
名前:ゴブマル
種族:ゴブリンヒーロー
Lv:83
HP:4001/4221
MP:1499/4000
攻撃:3125
耐久:3104
魔力:2999
敏捷:3321
スキル
《言語理解:Lv8》《仲間呼び:LvMAX》《武器使い:Lv7》
《物作り:Lv5》《逃げ足:LvMAX》《小鬼連撃斬:Lv5》
《ゴブリン彗星拳:Lv4》《ゴブリン昇竜脚:Lv4》《火炎斬:Lv3》
《鎧通し:LvMAX》《縮地:Lv7》《剣戟防御:Lv8》
《スキル伝授:Lv6》《危機探知:Lv8》《鼓舞の咆哮:Lv5》
《治癒魔法:Lv7》《大地魔法:Lv7》《毒耐性:Lv5》
称号
《聖剣に選ばれし者》《小鬼のリーダー》《小さな英雄》《最終進化体》
《大物喰らい》《レベル上限解放者》
実際の強さはともかく、ステータスという額面上の強さだけなら自分よりも格上の魔物とばかり戦い、勝利し続けたせいか、ゴブマルのレベルアップは驚くほど順調なのだ。
心強い味方ではあるし、《治癒魔法》のスキルのおかげで急激な回復が見込めるので非常にありがたいのだが、何か釈然としない。むしろ、戦闘技量の事を鑑みれば、今のゴブマルの方がゼオよりも強い可能性がある。
(それにしても……この地下洞窟、重力を除けば意外と過ごしやすいんだよなぁ。ホント、重力さえなければ)
ここ最近、レベル上げと同時に探索を繰り返しているのだが、このグランドホールはとにかく広い。何とか出入り口を見失わないように、壁に目印を刻みながら移動しているが、それでも全容を未だに把握できている気がしないのだ。
まず、本来日の光など差さないにも拘らず、昼間のように明るいのだ。原因は壁や地面、あちこちに露出する光る岩石だろう。《鑑定》してみれば、発光石という暗闇の中で光る、縁日の玩具のような石らしい。
(で、食事はこれ)
ゼオは辺りに敵がいないことを確認してから《収縮》スキルを発動。肉体維持に必要な燃費を押さえつつ、近場に生えていた数種類のキノコを毟り取った。
【ニクアツキノコ】
【名前の通り、肉厚で食べ応えのあるキノコ。バター炒めが美味】
【オルラルドアオダケ】
【青い傘が特徴的なキノコ。発光石の光で光合成をしており、タンパク質とビタミンを豊富に含む】
【ビミテングダケ】
【焼き、鍋、蒸し、炒めと、様々な調理法があるキノコ。繁殖範囲が広く、庶民の間でも重宝される】
【ゴクエンダケ】
【炎のように隆起した傘を持つ、赤黒いキノコ。毒性が極めて高く、触れた生物を爛れさせる胞子を全体に纏っている】
(あついたぁあああああああっ!? 触っちゃったじゃないかクソ野郎!!)
誤って触れたゴクエンダケを遠くに投げ捨て、そのまま口から火炎を放射して焼き払うゼオ。ゴブマルに手のひらの治療を受けながら、安全注意を心に刻む。
とまぁ、このように、洞窟なだけあって湿度も高く、多種多様なキノコが繁殖しているのだ。流石に重力場に引っ張られただけの生物だけを捕食して、このグランドホールの生物が生活しているわけではないらしい。闘争の果てに仕留めた魔物を除けば、キノコが主食のようだ。
そんな先住生物たちに見習い、ゼオはキノコを纏めて《火炎放射》で炙ってモシャモシャと咀嚼を繰り返す。ゴブマルはゴブマルで、何気に新しく得た《火炎斬》のスキルによって燃える刀身を鉄板代わりに、スライスしたキノコのステーキを満喫している。
(ただまぁ、焼いて食えるもんがあるだけマシだけど、何というか調味料も無しだと味気が無いなぁ)
「ゴブゴブゴブゴ」
(ちょっ!? おま、それ岩塩じゃん! どこで見つけたの!?)
岩塩を手頃な薄っぺらい岩に擦り付けながら削り粉を作るゴブマルにゼオは詰め寄る。飲むのに問題もない澄んだ地底湖もいくつか確認済みで、こんな岩だらけの場所なのに、重力を除けば本当に生命活動に支障がないのだ。
(外とは比べ物にならない強い魔物もゴロゴロいる。前の住処だった樹海と同じだな)
流石に樹海ほど豊富ではないが、生きるには問題がない。ただ問題があるとすれば、ゼオの得意スキルとして確立しつつある《重力魔法》が封じられている状況だ。ただでさえ《フロート》の発動に忙しい上に、ここの魔物は総じて最大レベルの《重力耐性》スキル持ち。
(丁度いい。ちょっとブレス主体の戦い方を身につけるか……ん?)
そんなことを考えながらキノコを頬張っていると、ゼオは白い影のようなものが角を曲がっていくのを見た。あれは一体なんだろうと、焼けたキノコを片手に追いかけ、スキルで時間を止めると同時に詳細を調べてみる。
名前:マティウス・メイナード
種族:レイス(状態:幽体・落魄)
Lv:1
HP:0/0
MP:5/5
攻撃:0
耐久:0
魔力:11
敏捷:5
スキル
《以心伝心》
称号
《不変の愛》《砕かれた魂》
(え? ちょ、何あれ? 幽霊? …………あれ? ていうか、あの名前って)
初めて生で見る幽霊の存在、その次に既視感を感じる名前に驚くゼオ。メイナードと言えば、忍び込んだ屋敷でカンチョーを食らわせたルキウスと同じ名前のはずだ。ルキウスには《骨肉の勝者》を始めとした不穏な称号が数多く存在するのを思い出し、ゼオはより詳しい詳細を閲覧する。
【称号《不変の愛》。いかなる状況下においても変わることのない理念によって得たスキル。妻子に対する永遠に変わらぬ愛のカタチ。残された極僅かな意思で自身の記憶を見せる力がある】
【称号《砕かれた魂》。魂に癒着した《無感動の王権》スキルを無理矢理剥ぎ取られたことによって得た称号。魂に致命的な損傷を得た証で、生前の魔力を殆ど失う上に、永続的に落魄の状態になる】
(落魄の状態異常……自分自身の意思が無くなって、夢遊病のような状態になる状態異常か。いや、それよりも……あの幽霊が奪われた王権スキルの元の持ち主ってことか!)
カーネルによって奪われた王権スキル、その元の所有者の事は気になっていたが、まさかこんなところで幽霊になった状態で出会うことになるとは思わなかった。とりあえず数少ない情報を全て確認し終えたゼオはスキルを解除。止まっていた時間が動き出し、マティウスは奥へ奥へと進んでいく。
「ガアアアッ!」
「ゴブゴ?」
とにかく追いかけなければ。そう感じたゼオはゴブマルを呼び寄せると、その場で岩壁に矢印を刻み、焼けたキノコを両手に持ってゴブマルと共にマティウスの後を追いかけた。




