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シャーロットとルキフグス


「困りましたね……」


 プロムテウス鉱山近郊の森の中。比較的弱い魔物ばかりが生息するその場所で、シャーロットは困ったように頬に手を当てながら、手のひらの上に置かれる爪のペンダントを眺めていた。


「最近の動き方から察するに、どうやらゼオはこの森と鉱山、アルストを往復していたようなのですが……もうこの森にはいないようですね」


 つまるところ、行き違いだ。町に到着してから時間を見つけては探しに行っているのだが、こういう行き違いが毎度の如く続いていては流石に辟易する。


(ですが……ここ最近は鉱山に居ることの方が多いようです。……いいえ、これはむしろ)


 半ば、鉱山に住み着き始めたと言っても過言ではない。なぜ自生する食料が豊かな森ではなく、荒れた岩山に住むようになったのか……その経緯は不明だが、そうと決まれば次からは鉱山を中心に探してみれば、見つかる可能性が高くなるかもしれない。


(それにしても、本当になぜあの山に?)


 あの山にはゼオの他にも巨大な魔物が半年前から生息している可能性がある。理由があるとすればそれくらいしか思い浮かばないのだが……いずれにせよ、ゼオと会うことでしか理由は判然としないだろう。


(まだ日は高い……少し、鉱山の方を探ってみましょうか)


 今日、アルストの方から通行証が届いた。明日からはルルを連れてアルストで人探しをしなければならないわけだが、その前に自分の用事を出来る限り済ませておけば良いのではと、神父たちの善意で今日一日はゼオの捜索に時間を割くことが出来た。


(ルルは少し付いて行きたそうにしていましたが)


 町に到着してからというもの、シャーロットはルルに親身になったことがきっかけとなったのか、あまり口数が多くなく、意気消沈としているのは相変わらずだが、最近ではどこに行くにしてもシャーロットの服の裾を掴んでついてくるのだ。

 特別何かをしたというつもりはないが、神父やシスター曰く、シャーロットには子供を引き寄せるオーラがあるのだとか。そのような自覚は全くないのでシャーロットとしては首を傾げるばかりなのだが、別に悪いことでは無い。むしろ嬉しい。


(やはり、子供というのは良いものですね)


 裾を掴む手を握ると、ルルはどこか恥ずかしそうにしながら懸命に足を動かしてついてくるのだ。教会の手伝いも拙いながらも率先してしてくれるし、その仕草や行動が故郷に残してきた孤児院の子供たちを彷彿とさせて、否応が為しにも懐かしく温かい気持ちを思い出させる。


「さて……とりあえず中腹まで登ってきましたが」


 ゼオやルル、その他様々なことに思考を張り巡らせながら進んでいると、いつの間にか鉱山中腹まで登っていたシャーロットは悠然と広がる大地を見下ろす。

 見ているだけで物哀しくなる風景の中、シャーロットは爪のペンダントが指し示す方角へとひたすら足を運んで行くと、その道中で不自然な大きな窪みを見つけた。


(……? これは一体……)


 自然に出来た……そう判断するには巨大すぎるし、形も不自然。気になったシャーロットは少し上の方へと昇り、その窪みを見下ろす。


「これは……足跡のようですね」


 形としては鳥の(あしゆび)に酷似しているが、指は短く、先端には何か鋭いものが食い込んだかのように深い。考えられるとしたら、巨大な昆虫型の魔物の足跡だろう。


(恐らく、半年前から棲み付いているという魔物の正体、その足跡ですね。それにしても、なんていう大きさ……)


 かなり大型の魔物だと、この足跡からでも理解できる。そんな魔物が近くの山に生息しておきながら街々に被害が無いのは、単に運が良いだけなのか、それとも何か理由でもあるのか。いずれにせよ、警戒だけは解かないようにしなくてはならないだろう。


「ギャー!」

「っ!」


 そんな時、遠くから聞こえてくる魔物の鳴き声にシャーロットは振り返る。見れば、蜥蜴の特徴を併せ持つ鳥型の魔物……クピードが三体、牙を剥きながらこちらに向かってきている。


「《フォースフィールド》!」


 すぐさま《結界魔法》を発動。レベル1で習得した、発動者を中心に全方位結界を張る《フォースフィールド》を展開した。半透明の力場に遮られながらも怒り狂ったかのように何度も引っ掻き、牙を立てようと張り付くクピードに対し、シャーロットはさらにスキルを発動させる。


「《アロセラ》」


 掲げた手のひらから強い発光が迸ると、先ほどまで半狂乱状態だったクピードたちは冗談のように大人しくなり、シャーロットを見るや否や怯えるように飛び去って行った。

 スキル《浄化魔法》によって得た、スキルの力や恐慌によって乱れた相手の精神状態を正常に戻す《アロセラ》という魔法だ。


「先ほどの魔物は……確かクピードという魔物、でしたね」


 次の目的地がアルストであると知った後、当時まだベールズに滞在していたシャーロットは図鑑でこの辺り一帯に生息する魔物の情報を頭に入れていた。その中にクピードという魔物も知識として吸収していたのだが、どうにもおかしい。


(たしかあの魔物は非常に憶病な性格で、主食は木の実や死肉、ネズミや小鳥といった小動物。成人ほどの大きさの人を見れば、怯えて逃げ出すと聞いていたのですが……)


 生息数も多く、数多の情報が集められるだけあって正確性は高い知識だ。そしてその知識が真に正しきものであると仮定した場合、あのようにシャーロットに襲い掛かるのは不自然。


(何よりもあのクピードたちは、私に襲い掛かったというよりも、何かに怯えて恐慌状態だったように見えます)


《アロセラ》が通じた時点でそれはほぼ間違いない。では一体何に怯えていたのか……考えられるとすればゼオか、件の大型魔物だろう。

 やはりこの近辺にそういった魔物が生息している。そう半ば確信しながら飛び去って行くクピードたちを見送っていると、その内の一体が凄まじい速度で地面に墜落していった。


「あれは……!」


 墜落したというよりも、まるで何かに吸い込まれたかのような墜ち方だった。ペンダントを確認してみると、クピードが墜落した場所を爪の先端が指し示している。

 シャーロットは慌ててその場所へと駆け寄る。そこには奈落の底まで続いていそうな、城一つが丸ごと収まりそうなほどに巨大な大穴が開いていた。

 

(これが話に聞いていたグランドホール……。なんという光景)


 自然が生んだのか、それとも人為的か生物的なのかは分からないが。これほどの大穴を実際に目の当たりにすると、思わず呑み込まれそうな錯覚を覚える。

 地元民……特に、鉱山関係者だった鉱夫の間では有名な場所だ。話を聞く限り、この大穴の上空を通り過ぎる者は例外なく吸い込まれ、二度と戻ってくることが叶わないのだという。試しに小石を投げ込んでみれば、本来放物線を描くはずだった小石はほぼ直角に穴に落ちていった。


「ゼオ……!」


 ゼオがこの穴の底で活動してということはペンダントの動きで理解できた。何故そんな場所に居るのかはどうでも良い。問題は、今のシャーロットがこの穴に飛び込んでも生存できる可能性は限りなくゼロに近いということだ。


「……貴方は、今でも無事なのですよね……?」


 シャーロットは自分の力不足に思わず悔し気に顔を歪めながら、膝を地面につけ、両手を組んで必死にゼオの無事を祈る。

 もうそこまで来ているのに、あと一歩が限りなく長い。しかし蛮勇を以ってこの自然の猛威に挑んでも、生きてゼオと再会することは叶わない。どうにかして降りる方法と、登る方法を考えなくてはと心に刻みながら、ゼオが居る場所が分かったことを収穫にして町に戻ろうとすると、まるで岩を割るような音が何度も聞こえてきた。……それも、穴の方からだ。

 

「まさか……!」


 岩を割りながらも一切体重を感じさせないその音を聞いた時、シャーロットは思わず戦慄した。

 登ってきているのだ。超重力が働くこの穴を、岩壁に爪か指でも食いこませながら巨大な何かが登ってきている。短い間隔で音が聞こえてくるあたり、恐らくその何者かは幾つもの手足を持つ生物なのだろう。シャーロットが思わず身構えると、それは姿を現した。


「カロロロロロロロロロロロロロッ!!」


 鰐の如き巨大な漆黒の体と頭。蜘蛛のように長い八本脚。人の女のように長い亜麻色の髪と巨大な一つ目の威容が姿を現した時、シャーロットは思わず叫んだ。


「これは魔物……いえ、悪魔!?」


 教会に属した身として幾度も伝え聞いた、異界の魔物である悪魔。伝承では魔界に生息するとされ、教会の聖騎士によって現実に何度か討滅されたとされるが、その正体と真偽の程は不明だ。教会の伝承に記された神の敵対者の姿に似た、単なる魔物をそう呼ぶという説も少なくはない。

 だが、確実に言えることは、そういった手合いはいずれも非常に手強い存在であり、この魔物もまた強大な異形であるということだ。


「ガロロロロロロロロロロッ!!」

「くっ! 戦うしか……!」


 この目の前の生物が悪魔かどうかは分からない。だがこの威圧、この魔力、間違いなく単なる魔物とは一線を画する存在であるということを瞬時に察したシャーロット。

 やっとここまで来たのに、こんなところで死ぬわけにはいかない。ギョロリと巨大な眼球がこちらに向いたと同時にその大顎を開いて呑み込もうとしてくる怪物を遮るように、シャーロットは全霊の魔力を込めて結界を展開した。


「――――――――っ!!」


 無数に並ぶ牙と結界がぶつかり合い、激しい電流をまき散らしながら辺り周辺を白に染める。だがその光は結界が軋む際に巻き起こる魔力が弾ける光だけではない。何かもっと、得体の知れない力が作用しているかのように、光は徐々に強さと大きさを増していき、シャーロットの視界は完全に白で塗り潰された。



 気が付くと、シャーロットはどこまでも雄大に広がる草原に立っていた。

 そんな自分の隣には、地面に引きずるほどの髪も、ボロボロの法衣も、何年も日の光を浴びていないような肌も、何もかもが白い少女がいて、目の前には嬉しそうに寄り添い合う、一目見ただけでも伴侶か恋人と分かる男女が立っていた。


『二人ともおめでとうございます! これでめでたく夫婦(めおと)となるのですね!』 

『ありがとう。皆に祝福してもらえるなんて、嬉しいわ』


 シャーロットは自分の意思に反してそんな言葉を口にしていた。……いや、恐らくだが、今の自分の意識は自分ではない誰かに憑依しているか、それに近い状態なのだろう。眼前の夫婦を心から祝福した女の目と耳から、この世界を観測している状態なのだ。


『■■■■■に直接祝福してくれるとは、これほど縁起の良い結婚もないな。今日この日の為に、駆け付けてくれたことを感謝する』

『いいの。それこそ気にしないで。私が祝いたくて来ただけなのだから』


 男の言葉に隣の白い女は何でもないように答える。一体何という名前だったのだろうか、吹き抜ける風の音が邪魔して上手く聞こえなかった。


『ねぇ、お腹を撫でてもいい?』

『勿論よ。私たちの子を撫でてあげて』


 会話から察するに、どうやら夫婦には既に子が設けられているようだ。心なしか、少し膨らんでいるように見える腹を白い女は壊れ物でも触れるかのようにそっと撫でると、本当に尊いものを見るかのような淡い笑みを浮かべる。


『この世界に生まれてくるこの子は、どんな風に育つのでしょうか?』

『……それは誰にも分からないわ。この子の一生は、この子自身が決めることだから』

『■■である■■■■■でも先のことは分からない?』

『私にそんな大層な力は無いもの。たとえあったとしても、それはきっと■ってはいけない力。この子の可■■を狭めるような、意味のない未来■よ』

『■■、■うだ■』

『■■■■■■■■――――』


 風の音がどんどん強くなっていく。視界がどんどん黒く塗り潰されていく。もうじきこの状態から脱することになるのだとシャーロットが漠然とした確信を得る中、白い女はどこまでも穏やかな声だけが最後に聞こえた。


『でも……この子はきっと、強くて優しい子になるって信じてるわ。その結末がとても幸福なものになりますようにって、ずっと祈っている』


 ――――かく、あれかし。

 聖職者たちが日々口ずさむ言葉が、これ以上に無いほどに似合う声を最後に、シャーロットは意識を引き戻された。




(い、今の光景は……?)


 気が付くと、シャーロットは再び怪物と相対していた。しかし、怪物の様子がどこかおかしい。あれほど血走った眼で敵意を向けていたというのに、今となっては唸り声の一つも上げず、穏やかな瞳でこちらを見下ろしてくるばかりだ。


「…………カロロロロロ」


 すると、そのまま穴の中へと戻っていく魔物。一体何がどうなったのか、先ほどの光景はなんだったのか分からない。しかし、去っていく魔物を見送ったシャーロットは、とりあえずの危機は脱したと判断して深く息を吐く。


「……とりあえず、あの魔物の事は町の方々に伝えておかなければなりませんね」


 今なお、半年前に騒がれた魔物が鉱山に棲み付いたままなら、何らかの対策はしておかなければならないだろう。頭の中の冷静な部分はそう判断し、今から町に戻ろうとしたが、心の中の感傷的な部分がシャーロットを大穴に振り返らせる。


「……気のせい、なのでしょうか? 今の魔物の鳴き声は――――」


 酷く悲しくて、苦しい。そんな心の痛みが込められていたような気がしてならない。それに何より、先ほどの光景とあの魔物に何らかの関係があるのだとしたら、それは一体何なのか……シャーロットは釈然としない感情を抱きながら山を降りていった。

   

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