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グランドホール


 ゼオは自分よりも遥かのステータスの高い獣王を見るよりも前……それこそ、シャーロットと出会う以前から考えていた時がある。

 もしも自分より強い敵と相対した時、どうすれば自分は生き延びることが出来るのだろうと。

 かつてキメラ・ベビーだった時、自身を追い詰めたオーガベアとの戦いは重傷を負いながらも生き延びることが出来たが、それは運が良かっただけ。獣王ノーデスの時に至っては、相手にそもそも敵意すらなかったように感じる。

 そんな幸運、何度も起こるなどとは微塵も考えたことはない。だからゼオはカーネルと会敵した時、《邪悪の樹》のスキル発動に伴う時間停止の中、SPの殆どを叩いてあるスキルを購入したのだ。



【スキル《デコイ》。MPではなく、HPの4分の1を消費し、自立行動をする偽物を生み出し、自身は少し離れた場所に転移できる。スキルレベルが上がれば上がるほど、生み出した偽物は破壊されにくくなり、転移できる距離も長くなる】



 このスキルは特殊だ。何せ消費するのがMPではなく、一律のHPだ。回復系のスキルがないゼオにとってHPを自ら減らすのは自殺行為に等しいのだが、一撃で大幅にHPを削るほどの火力を持つ強敵を相手にした時は重宝すると、前々から目を付けていたのだ。


(まぁ、おかげでSPは殆どすっからかんだけどな)


 本当なら進化に必要なスキルの習得のために取っておきたかったのだが、そうも言っていられなかった。それほどまでに、カーネルは強敵だ。


(手の内は読めるけど、だからこそ真っ向勝負じゃ敵わないって分かる。搦め手を使おうにも、俺はそういうのに不向きだしな)


 ゼオの本来の姿は巨体だ。不意打ちなどできないし、《収縮》状態だとステータスが弱すぎて決定打になり得ない。

 そもそも全力で戦ったとしても敵うか怪しいし、どのみちあの場所では《収縮》も解除できなかった。ルアナのみならず、街の人々も巻き込む大惨事になっていただろう。それはゼオとしても避けたいところだ。


(……結局、ルアナも置いて逃げちまった)


 地下水路を潜り抜け、空高くに飛翔してカーネルの手から逃れるが、後ろ髪を引っ張られる気持ちは何時まで経ってもぬぐえない。しかし、それは停止する時間の中、ゼオが考えた最善手でもある。

 カーネルには探知系のスキルもあった。いくら《デコイ》で変わり身を作り、地下水路に続く穴の中へ転移したとはいえ、ルアナを回収して抱えながらでは追い付かれるか、そもそも逃亡を妨げられた可能性も高いし、何より《透明化》のようにゼオが握ったモノまで効果が作用されるのかも分からなかったのだ。

 もしもあの場でゼオが倒されていればどうなっていたのか。勿論ゼオは死んでいただろうし、ルアナの救出は最早どうにもならなかった。だから今後の事を考えれば、ゼオの撤退は決して間違った選択ではない。


(……俺の、負けか) 


 だから、どうした?

 鉱山の一角、断崖絶壁の上に降り立ち、ゼオは《収縮》スキルを解除すると、竜の顎からどこまでも響く咆哮を上げた。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 ゼオの取った行動は間違いではない。しかし、それとこれとは話が違う。幾ら合理的な考えの下、努めて冷静に下した決断だったとはいえ、ゼオは悔しくて情けなくて仕方が無かった。

 魔物に転生し、野生で生きていた頃は、生き延びることさえできればそれで勝利だった。しかし、シャーロットと出会い、人間の魂を取り戻して思い出したのだ。守ると決めて、助けると決めて、それを為せなくても敗北と同じであるという、何処までも強欲で情深い人間だった頃の在り方を。小学校時代、何時も苛められていた幼馴染を庇い、苛めっ子に一人歯向かってはボロボロにされ、それでも立ち続けた時のことを。

 二度と人の姿になれなくても、バーサーク・キメラに進化すると決めた時も似たような気持だった。助けると誓った者を助ける為に正真正銘の怪物となったというのに、ルアナを前にして、カーネルという強大な敵を言い訳に、一人みっともなく逃げてしまったのだ。

 もう誰にも負けないように……もうシャーロットのような大切な人が傷つかないよう、化け物になったのに。


(次はねぇ……次はねぇぞ)


 だからこれは理屈の話ではない。単なる感情の話だ。一度助けると決めた相手を置き去りにしてしまい、過去の自分の行いと想いの全てに泥を塗ってしまった自己嫌悪、あるいは人間だった時には持ち合わせ、魔物と言う強大な生物に転生したことで失っていた敗北感が蘇ったのかもしれない。

 どちらにせよ、得難き屈辱だ。自分自身への苛立ちに拳を握り、鉄杭のような爪が手のひらに食い込むのを厭わずに、ゼオはルキフグスの巣穴と思われる大穴がある方角を見据える。


(頭の良い奴なら、もう関わらないように過ごすのが正解だって思うだろうな。正直俺だってそんなの分かってる)


 しかしそうも言ってはいられない。カーネルは持ち前のものと思われる《理解の神権》と、奪ったと思われる《慈悲の神権》、《無感動の王権》のスキルがある。

 なぜゼオがこの異世界に転生したのか、あの白い女に関することを知るための大きな手掛かりだ。個人的にも、ゼオはカーネルと戦うことになるだろう。


(となると、やることは一つ)


 修行。レベルアップ。新スキルの習得。そして進化だ。今までの神権スキルを持つ者との戦いを鑑みれば、第二形態とか出てくる可能性が極めて高いし、それを踏まえて鍛えたいところだが、ルアナが何時まで生かされるのかも分からないので悠長にも言っていられない。

 とりあえず、最低でもカーネルと渡り合える力を手に入れたら即救出に向かおう。それだけステータスを上げれば、まだ勝機が見えてくる。ゼオは決意を新たにし、グリーンゴブリンの巣に戻る。


「ギャギャギャギャ!」

「ガアッ」


 出迎えるグリーンゴブリンたちに手を上げて軽く挨拶をし、ゴブマルにジェスチャー付きでこれから自分がどうするのか……つまるところ、彼らに別れを伝えた。


(あの鉱山にあるでっかい穴が、絶好の経験値稼ぎの場になっている可能性が高い。俺はそこで修業をしてくる。今まで色々と世話になって、ありがとな)

 

 明確に伝わらなくても好意的には取ってくれる……そんな魔法が掛かっているだけあってか、ゴブマルは神妙に頷くと、マントを羽織り、ゴブリンソードを背中に差す移動支度を始めた。

 一体どうしたのだろうと思っていると……ゴブマルが突然軽やかに跳躍し、ゼオの頭の上に乗ってきた。


(なぜ俺にライドオンしたんだ)


 もしかして付いてくる気だろうか。それは流石にちょっとと思って不満げな声を上げたが、ゴブマルは「気にするな、何処までも供するぜ」と言わんばかりに良い笑顔で親指を立ててくるし、周りのグリーンゴブリンたちはなぜか道を開けて踊り始める。どう見ても送り出しの踊りだ。


(でもまぁ……いっか)


 今のゼオの視点からすればゴブマルのステータスは心許ないが、ゴブマルはそれを補って余る巧みさがある。何が待っているのか分からない以上、助っ人が居るというのは実にありがたい。

 一人寂しくよりも二人で……というのもありがたいことだ。これっきりで別れになるのも味気が無いと思える程度に、ゼオもグリーンゴブリンたちに愛着が湧いている。


(よっしゃ。いっちょ行くか!)


 ゼオはゴブマルを頭に乗せたまま、咆哮と共にグリーンゴブリンたちの間を走り抜け、助走と共に飛び立つ。

 瞬く間に高度を上げて鉱山に到達、そして以前ルキフグスが出入りしていた穴を見つけ、そのまま翼を羽ばたかせながら穴の中に入ろうとその上に着た瞬間、何か見えない力で引っ張られるかの様にゼオは下へと墜落を始めた。


「グォオオオオオオオオオオッ!?」

「ゴブゴォオオオオオオオオオッ!?」


 そのまま穴の中へと吸い込まれるゼオとゴブマル。そのまま深い深い穴を墜落し続ける。


(この穴深すぎるだろ……!? ていうか、翼を動かしても上昇できない!)


《飛行強化》の恩恵があってもこれだ。一体どうなっているのかと混乱し、体感時間で三分くらい落下を続けていると、ついに穴の底が見えてきた。


(ぐべぇえっ!?)


 そのまま地面に叩きつけられ、HPが三割以上削られる。痛みに呻きながらも起き上がろうとしたが、まるで地面に吸い寄せられるかのような力が働き上手く起き上がることすら出来ない。


(何だコレ……どうなってんの!?)


 体の上に居たゴブマルは落下ダメージこそ免れたが、ゼオと同じように膝立ちの状態を何とか維持しているといった感じだ。一体何がどうなっているのかと困惑しながらも、ゼオは眼下で押し潰されたような鳥の死骸があるのに気が付いた。


(よく見てみれば、周りは何かの骨だらけじゃねぇか)


 砕けているのでどんな生物の骨が積み重なっているのかまでは分からないが、この躯の山は今の自分たちと同じような目に遭った生物の成れの果てだという事だろう。辺りには染みついたような死臭が漂っている。


(この地面に吸い寄せられ、減り込んでいく現象……可能性があるとすれば!)


 ゼオは《重力魔法》レベル2で習得した、無重力領域を作り出す《フロート》を発動させる。ゼオとゴブマルに襲い掛かっていた重力場と、ゼオが作り出した無重力場がせめぎ合い、全身に掛かっていた圧力から解き放たれることが出来た。


(と、とんだ初見殺しだ……《重力魔法》が無かったら、死んでたな)


 異世界ならではの現象とでも言うべきか……ゼオたちが入った穴の上空は途方もない重力が作用していたのだろう。この周りの骨は、その重力に絡め取られた犠牲者たちだ。

 ゼオは自分自身が存分に戦っても支障が無いほどに広大極まる洞窟内部を見渡す。陽の光が差さない地下洞窟にも拘らず明るいのは、そこかしこに転がっている光る岩石のおかげだろう。


(そして、重力で圧し潰された得物を真っ先に食う、完全に環境に適応したのがあいつ等だってことか)


 ゼオとゴブマルはヒタヒタと足音を立てて近づいてくる魔物を油断なく見据える。そこには全身黒い表皮で覆われた、尖った耳と避けた口に並ぶ鋭い牙が特徴的な二足歩行の魔物の群れが居た。



【デビルズフェアリー】

【世界屈指の危険地帯の一つ、グランドホールにのみ生息する妖精の一種。外見に見合った狂暴性を備え、グランドホールの重力場に囚われて落下した生物を貪り食らう地下洞窟の番人。ちなみに本物の悪魔とは無関係】



(こ、こいつら……その見た目で妖精のつもりだったのか)


 涎をまき散らしながら走り寄ってくる醜悪な妖精たち。ゼオは体制を低くしてうなり声をあげ、ゴブマルは静かにゴブリンソードを構える。


(上等……かかってこいやぁあっ!!)


 デビルズフェアリーは巨大な手のひらに潰され、聖剣による横薙ぎに一刀両断される。反響する断末魔の悲鳴と共に、ゼオたちの短くて長い日々が始まった。


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[一言] 人馬一体! 完全に相棒ですな
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