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首皮一枚繋がる命と、失われることが約束された尊厳


 幼い頃から双子の兄と比べられて生きてきた。

 グローニア王国の重臣である、さる侯爵家に生まれた凡夫であるその男には、同じ胎から、同じ日に生まれているにも拘らず、天性の才覚を持って生まれてきた兄がいる。

 男とて、貴族として生きていくにあたって適性が無かったわけではない。しかし、比較対象が身近過ぎたために男は実の親にすら見向きもされなかったのだ。

 実際、兄に何かで勝てた記憶が一切ない。学問にしてもそう。剣術にしてもそう。魔法スキルにしてもそう。双子なだけあって兄と非常に似ていて、容姿が整っている自覚はあるが、外見が同じならば内面がより顕著に比べられてしまうのは当然の事だった。

 同じ母親の胎内にいる間、兄が良いところを全て持って行き、自分は残りカスで構成されたのではないかと本気で疑ったくらいだ。そのくらい、男と兄の間にある才能の差は歴然としていた。


『今から馬を駆りに行くが、一緒に行かないか?』


 そんな兄は何かと男に構うように育った。その真意は与り知らぬところだが、男には兄の気遣いは愚かな弟に対する上から目線の同情に思えてならず、ますます兄に対する妬みと憎しみを募らせることに。


(何故兄上ばかり……!)


 当然、当主の座は兄が継ぐことになり、自分は婿養子に行くか、兄の部下になるかといった選択肢に迫られることになる。生まれてきて二十年近くも経てば最早人生に諦めのようなものが付いて、生活の安定を求めて兄の補佐になる道を妥協で選んだのだが、ここにきて彼に転機が訪れる。


『…………お初にお目にかかります。私、■■■■■侯爵家が長女、■■■■と申します』


 とある社交界の最中、偶然挨拶をする機会を得た亜麻色の髪を揺らす美しい令嬢、その虚ろな瞳を一目見た時から恋に落ちた。

 外見の美しさもさることながら、あの空っぽの瞳を見た瞬間、彼女は自分と同じであると思ったのだ。貴族として自分の価値を見出せない、まるでどうしようもないものに全てを奪われたかのような空虚な存在。

 彼女ならば自分の苦しみを理解してくれる。天才の兄という、どうしようもない存在に打ちのめされて傷つく自分を慰めてくれる。そう考えた時、男は何とかして女を娶ろうと躍起になり始めた。

 相手は同じ侯爵家の娘。たかが当主の補佐が娶るには格上の相手だが、男は何としても女を娶りたかった。


『聞いてくれ。私はこの度、■■■■嬢との婚約を結ぶことにした』


 しかし、男の人生初とも言える足掻きは兄のそんな一言であっけなく幕を下ろすことになる。

 余りの出来事に呆然としながら話を聞くと、兄もまた女に一目惚れをしたらしい。忌々しいことに、双子の兄弟なだけあって女の趣味まで同じのようだ。


 ――――ふざけるな! 彼女は私が最初に目を付けたんだ! 才能だけではなく、私から愛する女まで奪うのか!?


 男は激怒した。しかし、幼い頃から兄に劣等感を抱き続け、本音の部分から兄には敵わないと骨身に刻み付けられてきた男には、侯爵家当主に弟とは言えたかが補佐が私情で口を挟むだけの意気地は無かったのだ。

 やがて時が経ち、兄と女が交流を深め結婚に至る頃には、男が惚れ込んだ虚ろな目は無くなっていた。そして兄と女の間に子が宿った時、診断系のスキルによってその子が娘だと知った時、歪みねじ曲がった男の恋慕は、あろうことか生まれてもいない胎児へと向けられる。


 ――――兄が彼女を奪い、彼女は私を受け入れなかったのだから、彼女の血を引く娘は、私が貰っても良いはずだ。


 愛した女すら奪われたのだから、せめて娘だけでも自分の為に寄越して、自分の為に生きてくれなければ割に合わない。男は本気でそう考えた。

 しかし、現実問題としてそれも難しい。一体どうすればいいのか……毎晩毎晩悩む男に、悪魔は微笑んだ。   




 ゼオは内心、焦っていた。


(やべぇ……()っちゃったかもしんない)


 小学生男子がやるようなカンチョー攻撃。男を止めるための咄嗟の判断だった。……が、ゼオは今の自分のステータスを完全に忘れていたのだ。

 

(今の俺の攻撃値……この状態でも千を超えてるもんなぁ。リチャードのバカ王子の野郎にやったのとは比べ物にならねぇ威力のはずだ)

 

 たかがカンチョー。しかし、成人男性の約43倍の攻撃力で放たれる指先は、男のズボンもパンツも突き破って肛門に減り込み、ブチリと筋肉繊維が千切れるような嫌な音を立てた。

 真後ろから飛び掛かるように放たれた一撃の勢いはそれだけに留まらず、男の脚では支えきれずにゼオの指が突き刺さったまま宙を飛び、壁に頭から激突。

 その結果、上半身は土壁に埋まり、下半身だけがピクピクと痙攣しながら力なく垂れ下がるという、見ている分には面白い光景が出来上がっていた。……尤も、被害者からすれば笑える状況でないのは確かだが。


(お、おおお落ち着け、冷静になれ俺。何かピクピク痙攣してるし、生死の確認だ)


 ……もし死んでいたら、埋めよう。そう内心で決意してゼオは男のステータスを確認する。



 名前:ルキウス・メイナード

 種族:ヒューマン(状態:切れ痔・括約筋断裂)

 Lv:30

 HP:1/151

 MP:162/162

 攻撃:78

 耐久:119

 魔力:145

 敏捷:101


 スキル

《水魔法:Lv5》《風魔法:Lv4》《毒耐性:Lv2》


 称号

《寝取り男》《劣等感の塊》《卑劣漢》《侯爵》

《中級魔法使い》《加担者》《簒奪者》《骨肉の勝者》

《幼女性愛者》《成り代わり》



 とりあえず、もうこの男の肛門はダメだということが分かった。恐らくこれから不便なオムツ生活を強いられることになるだろうが、称号を見た途端に申し訳なさはどこかへと消えていく。

(こいつ絶対に碌な奴じゃねーよ)


 一体どんな事をしてきたのか、称号の詳細を見て詳らかにしてやろうとも思ったが、それよりも優先するべきは鎖で繋がれた女の方だろう。松明だけが光源の薄暗い牢の中でも、女の全身に走る赤い痕はハッキリと見て取れる。 



 名前:ルアナ・リヒテナウアー

 種族:クォーターエルフ(状態:衰弱・左足麻痺)

 Lv:10

 HP:19/40

 MP:98/98

 攻撃:13

 耐久:12

 魔力:88

 敏捷:15


 スキル

《治癒魔法:Lv5》《料理達者:Lv2》《裁縫上手:Lv7》

《弓術:Lv6》《植物魔法:Lv1》


 称号

《忠義者》《養母》《良心に耳を傾ける者》《女神の信者》

《没落貴族》《森人の血統》《癒し手》《過保護》

《機織り職人》



(少なくとも悪い奴じゃなさそうだな)


 となると、なぜこんなところに閉じ込められているのかが疑問なのだが、それは後で幾らでも確認できることだ。


「な、何!? 一体何が起きているの……!?」

 

 とりあえず鎖を引き千切って助けようとしたが、当のルアナは完全に混乱状態だ。

 それもそうだろう。いきなり目の前で人が壁に減り込んだのだ。しかも下手人であるゼオは透明化している状態なので、原因も釈然としないのでは尚更だ。


『一体何の音だ!? 地下牢の方から聞こえてきたぞ!?』

(げっ!? 人が来やがった!?)


 ガシャガシャと鎧が擦れるような音が聞こえてくるあたり武装しているのだろう。とりあえずこの状況のまま、この場に居続けるのは不味いと考えたゼオは急いでルアナを繋ぐ鎖を千切ろうとするが、鎖は音を立てるばかりで傷付く気配すら見えない。


「く、鎖が勝手に……!? 何か居るの!?」

(な、何だこの鎖……すっごい硬い!! 何で出来てるんだコレ……!?)



【拘束の呪鎖(じゅさ)

【呪いが込められた拘束用の鎖。身動きを封じるだけではなく、魔法スキルを封じる効果も併せ持つ。力づくでの破壊は極めて困難であり、解錠するには専用の鍵か、スキル《浄化魔法》によって呪いを解呪しなければならない】



 鑑定してみるとそんな説明文が頭の中を流れ、ゼオは思わず歯噛みする。

 スキル購入欄には《浄化魔法》のスキルなど無かったのだ。《収縮》スキルを解除して元の体に戻れば破壊も可能かもしれないが、そうするにはこの牢は余りにも狭すぎる。

 今は鑑定発動中によりゼオの意識以外の全てが停止しているが、解決策が無いのではただ無駄に時間を止めているだけだ。ゼオは忸怩たる思いを抱きながらその場を後にすることにした。


(とりあえず入ってきた穴から……!)


 ゼオは咄嗟に《大地魔法》のスキルを購入。すぐさまその詳細を確認すると、砂や土を操って固める《クリエイト》という魔法だけが使える状態であることを知った。


(それで十分!)


 ゼオは穴に飛び込むと同時に侵入経路を誤魔化すために土で塞ぎ、地下水路を駆け抜ける。


(とは言っても気休めだよなぁ……明日も来るけど、完全に塞がってたらどうしよう)


 


 ゼオが穴を塞ぎ終わった瞬間、牢に武装した男たちが雪崩れ込んできた。


「こ、侯爵閣下ぁっ!? これは一体何事だ!?」

「と、とりあえず急いで救出するんだ!」


 上半身が壁に埋まったルキウスが数人がかりで救出される真下で、女は兵士に厳しい表情で問い詰められる。


「貴様が何かをしたのか!? 何かスキルの力で閣下に危害を……!」

「ち、違……私じゃ……!」


 突然の事に女自身も頭が回らず、明らかに下手人でもないのに犯人扱いされそうになったその時、この喧騒には似合わない穏やかな男の声が響く。


「魔封じの拘束具を嵌めている以上、彼女は何もできないよ。恐らく外部犯の仕業だが……君、何があったのか一部始終見てたね?」

「は、はい……でも私にも何が何だかサッパリで……」


 女はゼオが飛び込み塞がれた穴に視線を向けそうになり、慌てて視線を穴から逸らす。

 女自身、状況の殆どを呑み込めていない。しかし、理由はどうあれ痛めつけられる自分を救われた形になっていたし、何より……この男に話してやる情報など、ルアナは何一つ持ち合わせてはいないのだ。


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