蘇る伝説の一撃
昨晩グリーンゴブリンから与えられた大量の骨付きの焼き魚や果物、その余り物をゼオはバリバリ、シャクシャクと大量に咀嚼しては呑み込み、食い溜めする。
街まで探索に出れば夜になるまで戻ってくるつもりはないので、それまで食料の調達は困難になるだろう。《透明化》スキルを使えば盗みなどは容易いが、食糧事情が改善された今となっては、流石にそれを実行しようとは思わない。
「ギャウギャウ」
「……ゴブ~?」
ゼオは隣で眠るゴブマルを揺り起こし、一度遺跡の外まで出ると、鉱山や街の方角を指さしながら鋭い爪で岩に図を描きながら、『今日は鉱山の隣にある大きな街まで探索に行き、夜には帰ってくる』という予定を何とか伝えようとする。
言語が通じないのでセネルの時以上に意図を伝えるのが手間だ。首を傾げるゴブマル相手に七難八苦すること暫く、何とかゴブマルから理解を得られたような行動を引き出すことに成功する。
「ゴッブゥ!!」
(……伝わったってことで、良いのか? いや、とりあえずそう思うことにしよう。確認し出したら切りが無いし)
やたら良い笑顔で親指を立ててきたのだ。それ一方的に都合よく解釈したゼオは、蒼炎の翼を広げて空へ飛び立つ。
上空の気流を全身で浴びながら《透明化》を発動。森を超え、山を越え、平野を超えて街へと降り立ったゼオは、奇妙な感慨を胸に抱いた。
(俺、前まではこんな感じで町の中をうろついてたんだよなぁ)
こちらを認識できない人々との接触を避けるために、屋根の上から屋台の上、通り過ぎる馬車の上を飛び移るように移動する。グランディア王国に居た頃は、暇になった時やシャーロットが出かける時に護衛として陰ながら付いて街の中を移動したりしていたものだ。
(そんでもって、昼休みなったら学校の生徒会室で一人仕事してるお嬢の膝の上に乗せられてたなぁ)
シャーロットは利き腕で書類仕事をしながらゼオの背中や頭を撫でていた感触を思い出し、ゼオは不意に泣きそうになった。
結局、進化の過程によって巨体と化し、シャーロットと離れ離れになってしまった上に、最近までは《透明化》スキルがあってもおいそれと人で溢れかえる街に近づけなかったのだ。
(ようやくここまで戻ってきたって感じだな)
それが再び街中を移動できるようになった……人と共存を果たしたいと考えていたゼオは、またしても眼の奥が熱くなるのを感じて強引に腕で目元を擦った。人里に帰ってこれたことで人心が刺激されたのか、どうも涙脆くなっているようだ。
(しかし……活気のある街だな。規模としては、お嬢が住んでた街のちょっと上くらいか?)
建造物も立派なものばかりで、かなりの大都市だ。上空から見た規模は、かつて一度だけ見たグランディア王国の王都にも引けを取らないかもしれない。
そんな街を行きかう人々を眺め、時に店内に入り込んでウインドウショッピングを楽しむ。疑似的とはいえ、人里に溶け込んだかのような時間を過ごしていると、ゼオは大きな城の前まで来ていた。
(でっか……! 前世の地元には城なんて無かったから、生で見るのは初めてだったけど、こうして見上げてみるとでっか……!)
ちょっと感動ものだ。修学旅行で県外には幾度行ったものの、いずれも寺はあっても城がある場所ではなかったので、西洋風の城どころか、日本の城すらじっくり眺めたことの無いゼオは、しばらくの間立ち竦むように城を見上げる。
(……ちょっと、忍び込んじゃおうかな)
となれば、中にも入ってみたいと思うのが観光客気分になったゼオの心情だ。
今の自分の姿を見れるものはどこにもおらず、人の身でないが故に罪に問われることはない。……見つかれば、武器を持った兵士に追い回されるだろうが、それでも逃げ切る自信はある。
何も悪さをしようという訳ではない。誰にも気付かれず、騒ぎにならないようにしながら、少し中を見て回りたいだけだ。そう自分に言い訳しながら城壁の上まで飛翔し、敷地内にはいろうとした瞬間、ゼオの体は電流のようなものに弾かれた。
「ギャアウッ!?」
ダメージはない。しかし、それと同時にジリリリリリリッ!! とけたたましい音が鳴り響き、眼下の兵士たちが一斉に騒ぎ始める。
『高い魔力を持った生物が上空から侵入しようとしたのを確認!』
『全員、警戒態勢! 結界に阻まれたならそれで良いが、万が一侵入してきたのなら、それの討伐は我々の役目だ! 決して王家の方々に指一本触れさせるな!!』
『了解!!』
騒然とする城壁の内外。一体どういうことなのかと辺りを見渡してみると、城壁の上に菱形の水晶のようなものが等間隔で幾つも設置されていた。
【結界維持装置】
【主に城や高位貴族の屋敷などに設置されることが多い魔道具。常時結界を張り続け、人や魔物のような高い魔力の持ち主が通るのを防ぐと同時に警報を鳴らす力がある】
(これが原因かよ!)
誤って火災報知器のボタンを押してしまったような罪悪感と居た堪れなさでいっぱいになり、とりあえず逃げなければと思ったゼオは一目散に飛んで逃げるのであった。
気が付くと、ゼオは外壁の外側まで逃げていた。
(い、今思うと、俺は今透明になってるんだから、逃げなくても良かったんじゃ……?)
後から冷静に考えてみればそうなのだが、先ほどのはピンポンダッシュに似た状況だった。規模としては大きすぎてかなりの騒ぎになってしまったが、本質的には似ている。
「んー! 終わった終わった!」
「早くギルドに報告に向かおうぜ」
小学校時代に戻った気分になっていると、上空を飛行するゼオの下から人の声が聞こえてきた。下を見て見ると、そこにはグリーンゴブリンたちの拠点である遺跡を攻略しようとして失敗した、冒険者たちの姿がある。
氾濫防止のための人工的な坂を下ったところにある、街から伸びる川沿いを歩いている彼らは、地下水道から出てきたところらしい。
(…………あそこに何かあるのか?)
ちょっとした好奇心に惹かれ、冒険者たちが居なくなった後、ゼオは川沿いに降り立ち、半円状になっている大きな地下水道の出入り口へ突入する。
(おー……なんかスゲェ、迷宮って感じだな。こういうのも地球じゃお目に掛かれないよな)
内部構造はかなり入り組んだ通路が延々と続いている。複数の小さな水路が、川へと続く中心の大きな水路に収束しているらしく、その光景は人工的でありながらもどこか現実離れしていた。
(それであの冒険者たちがここに居た理由は……コレか)
恐らく大きな入り口から入り込んできたのだろう。所々に討ち捨てられた巨大ネズミを始めとした魔物の死体。その中には、ゴブリンの死体もあった。
(とは言っても、グリーンゴブリンじゃないな。赤い皮膚から察するに……こいつらがレッドゴブリンか)
ゼオはこの入り組んだ地下水路の中をずんずんと進んでいく。何も考えていないわけではなく、迷って出られなくなることが無いからだ。
小さな水路を辿っていけば最終的には川に出られる。唯一時間帯だけは分からないが、そこは体内時計でどうにかすることにした。
「ギャギャギャブギョ!?」
道中、レッドゴブリンや巨大ネズミといった魔物の残党を《触手》スキルで虫を払うように叩き潰すことを数回、ゼオは少し探索に飽きてきた。
(しっかし、こういうところには何かあると思うんだけどなぁ。遺跡とか、隠し仕掛けとか)
そんなことを考えるゼオだが、それは創作物の読み過ぎである。水の流れを整えるために建設された地下水路に遺跡や余計な仕掛けなどある訳がない。あったとしても精々水門のレバーくらいなものだが、そこでゼオはとある物を見つけることになる。
(何だこれ? 梯子? 上に続いているのか?)
マンホールの蓋を外した時、下に降りるための梯子のようなものだ。ゼオは少し気になったので翼を翻し、上昇を開始する。
このまま行けば蓋で閉ざされた穴でもあるのだろうと思っていたのだが、待っていたのはただただ土の天井。恐らく、街の発展に伴う増設などで出口が埋まってしまったのだろう。
(何だよ、せっかくここまで来たのに……って、お?)
ちょっと腹いせ触手でドスドス突いてみると、土手の天井は思ったよりも遥かに薄いということが感触で伝わってきた。
ゼオは爪を立てて天井を掘り、穴を開ける。地下水路から繋がっていたそこは、松明の明かりで照らされた、薄暗い土の牢屋、その外側だった。
(こんなところに繋がって――――)
「この愚図が!! さっさと話せ!!」
思わず鳴き声を上げそうになったを必死に耐える。一体何事かと思って声がした方を見て見ると、牢の中では金髪の男性が激しい怒号と共に鞭を振るっていた。
(何事!? こ、これはもしや、SMプレイ――――)
「とっとと誓わないか!! 私の言う通りにすると! この、このぉおおお!!」
「ああああああああああああっ!!」
バシィンッ!! と痛々しい音と共に上がる布を引き裂くような悲鳴を聞いて馬鹿なことを考えている暇はないと瞬時に察したゼオは、空きっぱなしになった牢の扉を潜り、男の後ろへと忍び寄る。
理屈はない。痛みを紛らわすような悲鳴を聞いてからの咄嗟の判断だった。ただ男を止めなければと思った時、ゼオは自身の行動の理由に思い当たる。
(……なんだろう。こいつ、あいつに似ている)
共通点など金髪くらいしか分からない。しかしどういう訳か、男の後姿がシャーロットを虐げていた彼女の元婚約者であり、グランディア王国の王太子、リチャードと被って仕方が無かった。
必然、ゼオは両手を組み、左右の人差し指を立てた。これより繰り出されるのは、悶絶必至の小学生男子が頻繁に使用する破壊拳法。
(止めろぉおおおおおおっ!!)
「ごぐぉおおああああああっ!?」
後世に語り継がれる稀代の笑い者、《オムツ王》を生み出した伝説の一撃であった。




