苦労して手にしたスキルが雑魚だった件について
『ギギャ! ゴギャギャ!!』
『ゴーブゴブブゴブ!!』
『ゴギャギャゴギャゴギャ!!』
螺旋通路を観客席とし、埋め尽くすグリーンゴブリンたちから一斉に歓声が上がる。それは勝鬨にも似た響きがあり、彼らの羨望と称賛の視線は、ゴブマルの一身に集められていた。
「……ゴブブ」
しかし、自分たちの英雄の勝利を確信しているグリーンゴブリンたちとは裏腹に、ゴブマルはゴブリンソードを両手で構え、濛々と立ち込める煙を睨みつける。
「グルァアアアアアアアアアアッ!!」
そして煙をまき散らしながら姿を現したのは、巨大なエネルギー弾を受けても尚、その鱗に傷一つ負っていないゼオの姿。
グリーンゴブリンたちはゴブマルの一撃を意にも介していないかのような姿のキメラに動揺するが、違う意味でならそれはゼオも同じこと。
(痛ぁ~……! 顎割れるかと思った……!)
物理法則を完全に無視したような跳び蹴りから、正拳突きから放たれる巨大なエネルギー弾。前者よりも後者の威力の方が強そうなものだが、実際はエネルギー弾からのダメージはほぼ無いに等しく、飛び蹴りによるダメージは無視できないものとなっていた。
名前:ゼオ
種族:アビス・キメラ
Lv:92
HP:15003/16320
MP:15856/16300
理屈は理解できる。《鎧通し》はあくまで近接攻撃時、相手の耐久力を貫通するスキルだ。遠距離攻撃であるエネルギー弾では、ゼオとゴブマルのステータス差が非常に大きく影響される。
(不可解なのはあの跳び蹴りだ……! 翼も飛行スキルもないはずのゴブマルが、空中でとんでもない速さで移動するなんて……!)
ゼオは三叉槍のような尾を振り回し、ゴブマルを薙ぎ払わんと言わんばかりに牽制してから、すかさず口と四本の触手から《火炎の息》を連射した。
爆発による倒壊を考慮し、威力はかなり抑えているが、その分連射速度は速く、それでいてゴブマル程度の耐久値とHPならば一発一発が有効打になり得る火の雨だ。
「ゴッブゥウ!! ゴブゴブ!!」
爆発する火球を見て、剣で防ぐのは危険と判断したのか、ゴブマルは回避に徹しているようだが、合計五つの砲口から放たれる攻撃全てを回避しきれるはずもない。ゴブマルは逃げるように空中へ跳躍した。
(確認してやる……! よしんば当たれ!!)
先ほどと同じ状況。空中に逃れたところを狙い澄ますかのように放たれる《火炎の息》。その軌道は間違いなくゴブマルに直撃するはずだったのだが、突如ゴブマルの全身を龍を模ったオーラが包み、またしても空中で超加速しながら回避した。
(間違いなく《ゴブリン昇竜脚》のスキルだ……! でもあのスキル、あんなことできるなんて書いてなかったはずだろ!?)
もう一度時を止めてからゴブマルのステータス、そのスキルを確認するゼオ。
【スキル《ゴブリン昇竜脚》。威力と速度の両方を強化した飛び蹴りを放つスキル。ちなみにスキル発動中は龍を模るオーラを纏うが、それは完全にハッタリである】
【スキル《ゴブリン彗星拳》。巨大な衝撃波を正拳突きと共に放つスキル。ちなみに無駄に光輝くのだが、それは完全にハッタリである。むしろ軌道が読まれて邪魔である】
このスキルを見ても、ゼオは特に脅威とは感じなかった。《鎧通し》で近接攻撃全てが無視できないダメージになるだろうし、不必要に警戒しても意味が無いと思っていたのである。
(説明文だけ見ても、空中で軌道変更が出来るなんて記されていない。多分、スキル発動時に起こる副次的な力を利用してるんだ……!)
考えられるとしたら、飛び蹴りを強化する際、もしくは無意味に竜のオーラを纏う際に、推進力となるものが全身から噴き出しているのではないだろうか?
再び空中に居るゴブマルが攻撃を回避する際に《ゴブリン昇竜脚》を発動するが、耳を澄ませてみると、まるで気体か何かが勢いよく噴き出る音が聞こえてくる。
(仮に俺が同じスキルを、同じ使い方をしたとしても、同じようにはならない。ゴブリンみたいな、小さく軽い体だからこそ出来た使い方だ)
そうこうしている内に地面に着地した瞬間、ゴブマルは信じられないほど速いスタートダッシュと爆発的な加速で間合いを詰めてくる。
《縮地》スキルによるものだ。ゼオは咄嗟に《鋼の甲羅》で斬撃を防ぎ、そのまま《触手》スキルで生やした四つの触手を手足を出し入れする穴から出し、、《回転甲羅》で高速回転を始める。
「グルォオオッ!!」
生半可な命中率のスキルがダメならと、ゼオは触手三本から《凍える息》、口と触手一本から《烈風の息》を吐き出す。回避を許さない、最下層を埋め尽くす広範囲攻撃だ。
「ゴゴゴォッ!?」
二種のブレスは殆どゴブマルには届いていない。目にも止まらぬ速さでゴブリンソードを振り回し、吹雪や真空波の渦を散らしている。最初の近接戦でもゼオの攻撃を弾いていた、《剣戟防御》だ。
凄まじいステータス差があるにも拘らず、被害を最小に抑えられるあたり、有能な防御スキルと言ってもいいだろう。
名前:ゴブマル
種族:ゴブリンヒーロー
Lv:54
HP:1698/2980
MP:1772/2019
「ゴ……ゴブブ……!?」
あくまでも、〝殆ど〟届かず、被害は〝最小〟に抑えているだけに過ぎないが。
ここまで技巧的なスキルの使い方で、凄まじいステータス差を誇るゼオを翻弄していたが、鋼鉄の甲羅で全身を守った以上、《鎧通し》のスキルがあったとしても、ゴブマルの攻撃が通ることはない。
高速回転する甲羅の穴を通す一撃を入れれるのなら話は別だが、今のゼオに有効的なダメージを与えるだけのスキルはゴブマルにはないのだ。
「グルルルルルルアアアアアアアアアッ!」
更に壁に跳ね返り、充満にする冷気は確実にゴブマルのHPを削り、機動力の妨げとなる。《烈風の息》を吐き出していた二門も《凍える息》に切り替えてやれば、最下層は白い靄に包まれ、ゴブマルの全身八割近くが氷漬けになった。
「ゴ……ゴブゴ……!」
『ゴブゥウウウウウウッ!?』
『ギャギャギャギャギャ!?』
顔は氷に覆われていないので呼吸は出来るが、身動きは取れないだろう。周囲のグリーンゴブリンたちが悲鳴らしきものを上げる中、ゴブマルは心底無念だと言わんばかりに表情を歪ませている。
(相手が悪かった……と言うか、戦う場所が悪かったな)
これがもっと広い、それこそ野外ならば、ゼオはもっと苦戦させられていたことだろう。しかしそれはあくまで仮定の話。実際に戦ったのは、上層に大勢の戦えない仲間を置いた螺旋通路の最下。ゴブマルは必然的に、上に逃げるという選択肢を奪われた形になったのだ。
(ゴブマルの意識も常に上に向いていた感じがあったし、今まで会った魔物とは明らかに違う)
ゼオはこれまで、魔物と言うのは本能任せで行動する種ばかりだと思っていた。生存本能を優先し、同族を見捨てることなど厭わないと。しかし、このグリーンゴブリンたちはどうにも違うらしい。
(俺も運が良かったな……痛てて)
スキルを全て解除し、未だに元に戻らず痛む指を抑えるゼオ。もし戦う場所が違えば、結果はもう少し変わっていたに違いない。
「ゴブ……ゴブゴブゴブゴ」
「ギャウ?」
その時、ゴブマルが何か話しかけてきた。その瞳には悲壮感と、それ以上の決意のようなものを感じ取れた。
「ゴブリ、ゴブゴブ」
「…………」
「ゴブ! ゴブブブブ、ゴブ!」
「…………」
「ゴブゴブゴブゴブ……ゴブゴ」
「…………」
「ゴブゴ! ゴブゴブゴゴ!!」
何か色々言っているようだが…………何を言っているのか、さっぱり分からない。気が付けば諦観の雰囲気を醸し出すゴブマルを、弱くて臆病なグリーンゴブリンたちが、なけなしの勇気を振り絞り、諸手を広げて庇い始めた……ように見える。
(どうしよう。これ、俺どう反応すればいいんだ……?)
完全に悪者の立場だ。戦いこそしたものの、ゼオはグリーンゴブリンたちに危害を加えるつもりはなかったのだ。正直、指を切り飛ばしたゴブマルはぶち殺してやろうかとも思ったが、何とも毒気が抜かれる集団である。
「ゴギ……ゴギャ、ァゴ」
とりあえず親指を立てながら鳴き声を真似して「危害を加えるつもりはない」と伝えてみた。しかし、勿論こんなものが通じるはずがない……そう思っていたのだが。
『『『っ!?』』』
何やらすごい衝撃を受けている様子。ゼオは余計に疑問符を浮かべるが、当初の目的であるスキルオーブを取ることにした。
(とりあえず、手にして念じてみれば新スキル習得ってわけだが……)
苦労して辿り着いたものの、それが徒労に終わる可能性もある。ゼオは恐る恐る祭壇の上の宝珠を指先でつまみ取り、スキル習得と念じてみた瞬間……視界が真っ白になった。
(…………え!? 何これ!? どこ此処!?)
どこか既視感を覚える辺り一面真っ白な空間に放り出され、首を左右に動かして見渡してみると、そこには大昔の学者を思わせる、ゆったりとした服装に身を包んだメガネの男がそこに立っていた。
『…………が…………ね』
(え!? な、何!? 何言ってるの!? ていうか、誰!?)
何かを語りかけてくるが、声が小さくてまるで聞き取れない。しかし、何か重大なことを言われているような気がしたゼオは必死に耳を澄ませて男の声を聞き取ろうとすると、徐々に男の言葉が大きく聞こえるようになっていき――――
『でもまさか、こんなクソ雑魚スキルを得るためにとっても苦労したんだろうねぇ(笑)。お・疲・れ・様(嗤)。ぷー、くすくす』
「…………」
とんでもなく小馬鹿にした表情と言葉と共に、男も空間も消え失せ、元の場所へと戻ってきたゼオ。
あまりの暴言に呆然とすること数秒。周りのグリーンゴブリンたちが呻くような声を所々で漏らし、それはやがて爆音のような歓声へと変わった。
『ゴッブゥウウウウウウウウウウウウウッ!!』
(何でだぁあああああああああっ!? いや、今はそれはどうでも良い! 雑魚スキル!? 俺は一体どんなスキルを手にしたんだ!?)
ゼオは慌ててステータスを開き、スキル一覧をチェックする。そこには新たなスキルが加わっていた。
【スキル《収縮》。自らの全ステータスを約10%にまで引き下げ、肉体を小型化させるスキル。戦闘面においてはデメリットの塊のような力、言い換えればお遊びスキルである】




