ゴブリンヒーロー
『最強の魔物』第2巻が、9月5日に発売することとなりました!
詳しいことは活動報告をチェック! イラストも公開しているので是非見ていってください。
己の斬り飛ばされた指を尻目に、ゼオはすぐさま時を止め、相手のステータスを確認した。
名前:ゴブマル
種族:ゴブリンヒーロー
Lv:54
HP:2980/2980
MP:2000/2019
攻撃:1002
耐久:1000
魔力:998
敏捷:1010
スキル
《言語理解:Lv8》《仲間呼び:LvMAX》《武器使い:Lv6》
《物作り:Lv5》《逃げ足:LvMAX》《小鬼連撃斬:Lv3》
《ゴブリン彗星拳:Lv2》《ゴブリン昇竜脚:Lv2》《鎧通し:LvMAX》
《縮地:Lv5》《剣戟防御:Lv6》《スキル伝授:Lv6》
《危機探知:Lv7》《鼓舞の咆哮:Lv4》《治癒魔法:Lv7》
《大地魔法:Lv5》《毒耐性:Lv5》
称号
《聖剣に選ばれし者》《小鬼のリーダー》《小さな英雄》《最終進化体》
《レベル上限解放者》
全てが制止した世界の中、ただ一つだけ動くゼオの意識が捉えたのは、剣とマントを装備しただけの、そこらのグリーンゴブリンと変わらない姿をした個体。違いを無理矢理挙げるとするならば、歴戦の証のように体のそこかしこに傷跡を残しているというところくらいだろう。
(何だこのあり得ないくらい強いゴブリンは!?)
他のゴブリンは全ステータス50を超えない個体ばかりだというのに、この個体だけおかしい。
種族名や称号から察するにゴブリンの中でも一番強いというのは何となく分かるのだが、このゴブリンヒーローというのは野生のはず。にも拘らず、個体名までもがあるのだ。
(ゴブリンだからゴブマルってことか? なんとも安直な……とにかく、詳しく調べてみないとな)
ステータスなら、ゼオの方が圧倒的に上だ。にも拘らず、指を切り飛ばされるという大きなダメージを受ける羽目になった。
(ゴブリンで同じくらいのレベルなのに、グランディア王国に居たアレックスより大分強いしな。スキルも何か気になるものも多い)
たとえ剣を持っていたとしても、ゴブマルのステータスでそれを成せるとは考えにくい。警戒レベルを最大まで引き上げたゼオは、ステータスを含めた全ての情報を丸裸にするために、ゴブマルの詳細全てを閲覧し始める。
【ゴブリンヒーロー】
【グリーンゴブリンの間に伝わる伝説の聖剣、ゴブリンソードに選ばれた個体のみが進化できる最強クラスのゴブリン。全てのグリーンゴブリンを統括する個体であり、か弱き存在であるグリーンゴブリンたちの希望。狂暴なレッドゴブリンに伝わる伝説の魔剣、ゴブリンブレードに選ばれたゴブリンジェネラルとは永遠の宿敵だとか何とか。ちなみに、ゴブリンヒーローは代々ゴブマルという名前を受け継ぐのが慣習】
ヴァースのゴブリンにはとんでもないのが居た。何故伝説の聖剣だの魔剣だのを巡って争っているのがゴブリンなのか。まさかの展開に少し呆れながら、ゼオはゴブリンソードとやらと思われる剣を鑑定してみる。
【聖剣ゴブリンソード】
【鋼王の体の一部を用い、エドワード・クランチという人物が鍛え、グリーンゴブリンたちに与えた聖剣。選ばれしグリーンゴブリンをゴブリンヒーローに進化させ、ステータスをランダムで補正し、強力、もしくは有用なスキルをランダムで与える力を持つ。世界最高硬度の材料で生み出されたその刃は決して傷付くことなく、あらゆる敵を切り裂く】
よくよく見ると、華美な装飾こそないが、流麗な文様が刻まれた剣の説明に記された意外な単語に、ゼオは思わず瞠目する。
(エドワード・クランチ……あの隠し部屋の主の事か? それに鋼王の……体の一部?)
ニュアンスからして、恐らく獣王と似たような魔物なのだとは思う。全ステータスが20億を超える化け物の。
(でもあのくらいのステータスにもなると、肉体はどんなことやっても傷一つ付かないぞ……? どうやって手に入れたんだ? 体の一部なんて)
しかし、そこは詮索しても詮無い話だ。それよりもゼオは、ゴブマルのスキルを一つ一つ閲覧していき、最も警戒すべき指を両断した力の正体を探っていく。
【スキル《鎧通し》。近接攻撃に限り、相手の耐久値を無視した攻撃を繰り出せるようになる常時発動スキル。レベルが上がれば上がるほど、無視出来る耐久値が増えていく】
目当てのスキルはすぐに見つかった。防御力を無視できる攻撃というのは実に厄介極まりない。しかもスキルレベルは最大……恐らく、ゼオの耐久値はゴブマルを前にすれば無いも同然だろう。
(ていうか分かった。道中のミミックの攻撃がまともに効いたのは、絶対にこいつの仕業だ)
ゴブマルには、味方や服従させた魔物に自分のスキルを覚えさせることが出来る《スキル伝授》というスキルがある。恐らくこれで服従させたミミックに《鎧通し》のスキルを教え、住処への侵入者対策のトラップとして置いておいたのだろう。
(そして俺たちはまんまと引っかかったと……何だろう、頭脳戦で凄く負けた気分だ)
前世は科学技術の中で暮らしていたゼオから見れば、遺跡というある意味豪華だが、みすぼらしいにもほどがある住まいに、文化など感じさせない原始人同然の出で立ちをしたゴブリンの罠に引っかかった。人間の心が発するプライドを傷つけられた気分である。
『ゴーブゴブゴブゴブゴブ!!』
『ギャギャギャギャ!!』
『ギャー! ゴブゴブ!!』
得られる情報を全て得ると同時にステータスの閲覧を止め、再び時間が動き出すと、螺旋通路を駆け上がっていくグリーンゴブリンたちが、ゴブマルを見ながらゴブゴブ、ギャーギャーと騒ぎ始めた。
多分だが、黄色い歓声なのだろう。先ほどまでゼオを見て恐慌状態だったグリーンゴブリンたちが、今では強い希望の光を見たと言わんばかりに明るい表情を浮かべている。
「ゴブブー!!」
そしてそんな歓声に応えるかのように、ゴブリンソードを掲げるゴブマル。安全圏まで登ったグリーンゴブリンで埋め尽くされた螺旋通路は、最早観客席状態だ。声援と思われる鳴き声は爆発したかのように大きくなる。
「ゴブゴブゴブ」
そしてゴブマルが、何かゼオに喋りかけてきた。
「ギャギャギャギャギャ。ゴブゴブブ」
「…………」
「ゴブブブブ………ギャギャギャ」
「…………」
「ギャギャ!! ゴブゴブゴブブー!!」
『ギャギャギャギャギャギャ!!』
『ゴブゴブゴブブブー!!』
その後も何か話しかけて、最後にゴブマルが剣の切っ先をゼオに向けると、周りのゴブリンたちは感銘を受けたかのように一斉に騒ぎ出し、中には感涙を流したりする個体も居れば、雌と思われる個体は惚れたと言わんばかりに顔を赤く染めている。
(……何言ってるのか全然分からん)
多分前振りというか、強敵を前にして決意を表明したというか、そんな感じの事を言っているのではないかとは思うが、ゴブゴブ言われてもゼオに伝わるはずもない。スキル《言語理解》は、あくまで人の言語を理解する為のスキル。同種族間でのコミュニケーションをとるための鳴き声まで翻訳するわけではないのだ。
(なるほど……俺に勝てると思ってるわけか)
自分で言うのもなんだが、ゼオは自身が強そうな外見をしていると思う。体格も大型魔獣に引けを取らず、野生の中でゼオに襲い掛かるのは強大な魔物が蔓延る危険地帯を除けば、頭が悪い、もしくは自分に相当自信のある理知的な生物くらいなものだ。
(本当なら、スキルオーブだけ盗んで帰るつもりだったけど、そうも言ってられないか)
ゼオはスキル《妖蟷螂の鎌》を発動。指が切り飛ばされた方の腕を鋼の如き硬度を誇る大鎌に変化させた。耐久値を無効化する攻撃を放つ厄介な小鬼は、今スキルオーブを守るようにして剣を構えている。
(ステータスはこっちが断然上……だが、油断はしねぇ。その上で、倒してからスキルオーブを奪わせてもらう)
遺跡の最下層である、螺旋通路に囲まれたこの場所は、グリーンゴブリンたちが居た時は狭く感じたが、いざ空いてみるとゼオが戦っても問題が無いくらいには広い。その中で両者は睨み合い、その緊張が周囲に伝わったかのように騒がしかった鳴き声が静かになった。
「グォオオオオオオオオッ!!」
戦いの火蓋は、ゼオの一撃と共に切って落とされる。大上段から振り下ろされる刃を聖剣の刃の部分で迎え撃つゴブマル。一合、二合、三合続く刃と刃がぶつかり合い、その度に盛大な火花が散った。
(コイツ……今まで戦ったことのないタイプの魔物だ……!)
それと同時に、凄まじいステータス差があるにも拘らず、ゼオと打ち合えるゴブマルに驚愕をせざるを得ない。
恐らく正面からぶつかっている訳ではないのだろう、剣を盾にしながら体を回転させ、強烈な一撃を最小限の動作で受け流しているように見える。
(思った通り……俺がスキルで作り出す鎌や甲羅は装備扱いされるのか)
以前から疑問だったのだが、肉体が変成してもステータスが上がることが無かったのに、いざ実用してみれば確かにパワーや硬度が上がっていることから、ゼオはスキルによって変成した体は装備品という扱いに近いのではないのかと、以前から仮説を立てていた。
ゴブマルの《鎧通し》はあくまで耐久値を無視するスキル。耐久値に依存する本来の肉体から生える鱗などは切り裂けても、装備品扱いである鎌や甲羅は切り裂けないのだろう。現にゴブマルが先ほどから鎌を斬りつけるように剣を振るっているが、傷一つ付いていない。
(鎌や鱗を盾にしながら嬲り殺しにしてやる!)
力は完全にこちらが上。受け流しようのない、地面を這う横一閃に鎌を薙ぎ払うゼオ。狙いは胴だ。ゴブマルはこれを跳躍で回避したが、その行動こそが命取り。ゼオはすぐさま《猿王の腕》でもう片方の腕を強化し、ゴブマルに殴りかかる。
当然のことだが、翼の無い生物は空中では無防備だ。ステータス的に正面からの一撃を受ければそれだけで勝負は決まる。必殺を半ば確信した拳を振り抜こうとした瞬間、ゴブマルは何を思ったのか、空中で足裏をゼオの顔に向けた。
「ガッ!?」
その瞬間、なぜか龍を模った派手極まりない光を全身に纏い、空中で半ば停止状態だったゴブマルが助走も何も無しに、ゼオの顎に飛び蹴りを叩き込んだのだ。
本来ならば、気に留める必要もないダメージ。しかし《鎧通し》のスキルによってダメージと衝撃が丸々通り、ゼオは僅かに頭を揺らされながら、自身の頭上まで飛翔したゴブマルを見上げることとなる。
「ゴブブブブッ!」
一体何が起こったのかも理解できない内に放たれる一撃。太陽のように眩い極光を放つゴブマルの正拳突きから発射された、彗星の尾を彷彿とさせる極太のエネルギー弾が、ゼオの全身を呑み込んだ。