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スキル求めてダンジョンへ


 それから一ヵ月近くの時が経ち、ゼオは死にかけていた。


(ヤバい……本気で腹が減った……し、死ぬぅ……)


 小屋の如き巨体は、動かずとも維持するだけでも大量のエネルギーを消費し続ける。捕食できて食いでのある獲物も樹海に比べれば非常に少なくゼオは常に胃袋の困窮に悩まされる羽目になったわけである。

 

「グルルルゥ……」


 鳴き声にも元気がない。下手に動けばその分カロリーが消耗し、動き回る気力も失ってしまったゼオは、年老いた魔物のようにジッとしながら一日の内の多くを体を丸めて過ごすようになった。


(スキル購入でも目ぼしいのが見当たらないし、効率的な狩りも出来ない……やらなきゃならない事もあるってのに)


 これでは目的を果たすことが出来ない。どうにかしなければと考えながらノロノロと新しい獲物を狩りに行こうと立ち上がった矢先、魔物と化してからは人間よりも遥かに発達した耳に、何やら人の話し声のようなものが聞こえてきた。


(やばっ)


 ゼオは咄嗟に《透明化》のスキルを発動させる。物音を立てないよう、木々に紛れるように留まっていると、少し経ってから冒険者と思われる一団が目の前を通過した。鎧に身を包んだ戦士風の男とローブを着た魔術師風の人間が一人ずつに、女エルフの弓兵が一人、軽装の猫獣人一人だ。

 魔物でも狩りに来たのだろうか? そう思って観察を続けていると、ゼオは彼らが一様に負傷している事実に気が付く。


「いってててて……油断したぜ。まさかあんな場所からトラップが飛び出してくるなんてよぉ」

「自業自得。あんたが斥候の制止も聞かずに飛び出したのが悪いんでしょ? あんなあからさまな宝箱に飛びつくなんて、新人じゃないんだから」


 血を流す腕を抑えながら呻く戦士に、女エルフは猫獣人を親指で指し示しながら嘆息する。話を聞くに、宝箱に偽装する魔物、ミミックにでも騙されたのだろうか? ゼオはグランディア王国に居た時に遭遇したカンフーミミックを思い返す。


「仕方ねぇだろ? 宝箱を見たら、男は皆飛びついちまうもんなんだよ」

(その通りだ)

「そんな馬鹿な。もしそうなら、世の男冒険者たちは皆ミミックの餌食になってるわよ」


 心の中で男の言葉に全面同意を示していると、女エルフは呆れ果てた。どうやら本当にミミックに襲われたらしい。


「しっかし、今回は無駄足踏んじまったなぁ……。せっかくスキルオーブを手に入れるチャンスだったってのによ」

「まぁ、今回は諦めましょう。また次の機会があるわよ」


 そんな時、もはや他人とは思えない戦士の男が気になる単語を口にした。


(……スキルオーブ? 名前から察するに、もしやスキルを会得することが出来るアイテムなのでは?)


 ゼオは前世の地球、娯楽大国日本で生まれ育った知識を以って、その単語の字面からその正体を推測した。  

 もしそうだと言うのであれば、空腹で弱り切った体を引きずってでも赴く価値があると判断できる。スキルオーブの正体が何なのか、ゼオの推測が正しいとしても、得られるスキルがゼオが求める類のものなのか判断できないが、この状況を打開するには僅かな可能性にでも懸ける必要がある。


「やっぱり回復担当の僧侶とかパーティーに居るよなぁ。そう考えると、ベールズで会ったシスターを勧誘できなかったのは心底痛いぞ」

「しょうがないでしょ。あの人は巡礼者……金稼ぎとかを目的にして旅をしてるわけじゃないんだから」

「まぁな。……でもやっぱりもうちょっと粘っておけばって思う訳よ。実力もそうだが、何より超美人でどこぞの誰かと違って胸もぐぇえええええ!? や、やべろぉ……! ぐ、(ぐび)()まるぅう……!」


 胸が残念な具合に平坦な女エルフが男の首をチョークスリーパーで絞めながら遠ざかって行くのを見送り、姿が見えなくなったところでゼオは《透明化》を解除する。


(俺が求める結果があるとは考えにくい……が、可能性は0じゃない筈。……いっちょ、行ってみますか!)


 ゼオは微かな希望を頼りとし、意気揚々に冒険者たちの足跡を辿っていった。




 そして辿り着いたのは、苔や蔦で壁が覆われた石造りの遺跡。地震か何かの影響で断層が地上に隆起したかのような、岩と土が交じり合った壁をトンネルのように掘ってレンガなどを敷き詰めて建築したのだろうか、その規模はゼオが想定していたよりも大きく立派な作りだった。


(何んとなーく遺跡でもあるのかなって思ってたけど、ドンピシャだったな。……しかし)


 ここで問題が一つ発生する。遺跡は本来人が中に入るための場所。したがって、その入り口は魔物が通ることを想定していない。

 つまり、ゼオの体は遺跡を通るには大きすぎたのだ。


(だがな、この程度で諦めると思ったら大間違いだ)


 ゼオは鱗が並ぶ右腕から剛毛を生やした。スキル、《猿王の腕》による腕力強化だ。


(ここで一つ、前から試してみたかったことがある)


 続いて《鮫肌》スキルで手首から先を黒い(やすり)状の皮で覆う。二つのスキルを同じ右腕に平行して発動させた、スキルの合成である。


(キメラとして、俺は多種多様な肉体変化系のスキルを使うことが出来る。だから出来そうだとは思っていたが、本当に出来たな……《猿王の腕》+《鮫肌》。これを使えば……!)


 ゼオは遺跡の入り口を手で掴むと、強化された腕力で一気に擦り上げた。すると、これまで岩を削るのに要していた時間とは比べ物にならない速さで石造りの壁は削れていき、見る見る内に遺跡の入り口が広がっていく。


(スキルの同時発動ならぬ、スキルの合成……これは楽しいっ!)


 複数のスキルを融合させることで効果を底上げできるのは実に素晴らしい発見だ。やろうと思えば、《触手》スキルに《妖蟷螂の鎌》や、《鋼の甲羅》に《妖蟷螂の鎌》などできるだろうし、これから肉体変化系のスキルを増やしていけば、組み合わせはまさに無限大だ。 


(……とは言っても、かなり地道な作業なのは間違いないんだけどな)


 今度は左腕にも《鮫肌》と《猿王の腕》を同時発動させ、両手で遺跡の入り口から通路を削り、広げていく。

 如何に石を削る速度が上がったからと言って、ゼオの巨体を狭い通路に進めていく労力は尋常ではない。せめてもの救いは、この森に生息するステータスの低い魔物から背後からの不意打ちを受けても微々たるダメージしか入らないことと、動き回ることのない座り作業になるので無駄にカロリーを消費しなくても済むということだ。


(《火炎の息》で一気に広げたくなるけど、そこはグッと我慢だな) 


 洞窟を掘った中に建てた遺跡で爆発を起こせば、崩落の危険性が極めて高い。ゼオは平気だとしても、スキルオーブとやらが無事であるという確証はない。


(ふんふふんふーん……うおっ!?)


 鼻歌混じりで作業し続けるゼオ。そんな時、レンガの一部に指が触れた途端、それが奥へと押し込まれて、壁から杭が勢い良く突き出て、ゼオの硬い鱗に当たって止まる。

 創作物でよく見た、典型的なダンジョンのトラップだ。その事に目を輝かせた瞬間、今度は脚の爪先が石畳の一部を押し込むと、ゼオが立っていた床の部分が消滅した。


「ガァアアアッ!?」


 床が消えた先には、無数の人骨が絡みつく剣山。それらを落下の自重と硬質な肉体で全て粉砕し、穴から這い出ると同時にゼオは思った。


(俺、キメラになってて良かったって、今強く思う)


 人間のままだったら間違いなく死んでいる。ゼオは確かな自信の無さと共に、今度は別のトラップを発動させた。通路の奥から矢の雨だ。無論通じはしないが。 

 そうやって、黙々と作業を進めること数時間。時にトラップに掛かり、時にトラップを粉砕しながら、かなり奥まで歩みを進めた頃には、ゼオは作業しながら別の事を考えるだけの余裕を持っていた。


(……それにしても、地球出身の俺は創作物のテンプレだテンプレだと思うくらいだったけど、こんな遺跡誰が作ったんだ?)


 それは割とどうでも良いことだ。だが、気にならないと言えば嘘になる。まるで侵入者を拒むかのような遺跡の奥に何があるのか……人間の頃から変わらず胸の中にある、男のロマンが心臓を高鳴らせる。


(さぁて、結構奥に進んだけど、そろそろ終点に着くんじゃ……おわぁあっ!?) 


 その時、手のひらを押し付けていた壁が崩れた。バランスを崩して倒れこみ、更に壁を砕くゼオ。彼にとってこの狭い通路で倒れるのは、ちょっとした破壊の嵐だ。


(いててて……いや、痛くはないんだけど。……何だここ?)


 どうやら崩れた壁の向こうは隠し部屋にでもなっていたらしい。今にも朽ちて崩れそうなベッドや机が置かれていた。


(そしてアレは……本か?)


 ゼオは威力を最低にまで抑えた《火炎放射》のスキルを天井に向けて放つことで明かりを灯し、机の上に置かれた本を傷付かないように爪先で優しく捲るが、虫食いや湿気、長い年月をかけての風化によって、全てのページはボロボロになっていて、とても読める状態ではなかった。


(せっかくこのダンジョンの秘密でも知れるかと思ったのに……唯一分かるのは、これだけか)


 ゼオは裏表紙を表にする。そこには見たこともない文字で……《言語理解》も統合された《邪悪の樹》のスキルで理解できる……この本の持ち主と思われる人物の名前が記されていた。


(エドワード・クランチ。多分この部屋の主の名前なんだろうが……んん?)


 そんな時だった。石を削る音が消えたことによって、通路の奥からキィキィと何かが無数に鳴いているかのような音が聞こえたのは。


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