これを食うのはゲスのすることだと思う
(とりあえず……仮住まいとしてはこんなもんかな)
岩壁を地道に掘り進めること十数時間。辺りはすっかり夜闇に包まれ、周囲の枯れ木で作った即席の篝火……枯れ木を引っこ抜いて火を点けただけだが……が、ゼオの体がすっぽりと収まる横穴を照らしている。
(狭いけど、雨風凌いで寝る場所としては上等だ)
ちゃんとした本住まいは、これから条件の合う場所を探しに行けばいい。そう思って寝床に入ろうとした瞬間、ゼオの腹の音が盛大に鳴った。
(そういえば……ちゃんと飯を食ってなかったんだよなぁ……)
このままでは空腹が気になって寝付けないかもしれないが、今はもう夜だ。地球に居た時とは違って、空気が澄んでいる異世界であるヴァースでは星や月の明かりだけでも夜道を行くことが出来るのだが、それでも食糧採取などには向かないのは確かだ。
別に一食抜いた程度で参るような神経はしていないし、無理矢理寝て、朝になったら食料調達という手段も取れると言えば取れる。
「ギャゥゥ~……」
それでも、寝る前に少しは腹の足しが欲しいところだ。
グーグーと鳴る腹の虫。夜闇の中を無暗に探し回って徒労に終わる可能性。それらを天秤にかけてしばらく経ち……天秤は腹の虫に傾いた。
(少しだけ辺りを探してみよう。それで見つからなかったら諦めて無理矢理寝る。飯は明日の朝だ)
そんなわけで、夜の探索を開始するゼオ。しかし、この辺りは荒涼とした岩山だ。食料となる物は極端に少ない。
ゼオは《ステータス閲覧》や《鑑定》といった便利なスキルが統合された新スキル、《邪悪の樹》を発動させながら夜の鉱山を進む。
【イワヤマペングサ】
【僅かな水分と光だけで成長する多年草。俗にいう雑草である。和人やリリィのようにしぶとい。両者よりも価値は少し上だが】
【鉄鉱石】
【プロムテウス鉱山で採掘された鉄鉱石。まだ研磨前の状態】
【ムクロヤナギの枯れ木】
【内部に殆ど水分を内包せず、樹木であるにも関わらずに成木になってから僅か一~二年の間に枯れるという珍しい木の枯れた状態。飛ばした種子はすぐに芽を出し、すぐに成木になり、すぐに枯れるため、この枯れ木は世界中で燃料として重宝されている】
見渡す限り、雑草、石、枯れ木or枯れかけの生木。食べる物など何一つとしてない。
(何となく予想はついてたけど……これは酷い。期待しなかったのは正解だったかもな)
思えば、この岩山に墜落してから口にしていたのは気まぐれで現れる魔物くらいなものだ。
今味を思い返しても吐き気しかしない。……体力回復を優先したために魔物を食らってはいたが、正直に言えば体力が戻った今はあんなものを好んで食べたいとは到底思えない。むしろ忌避したいくらいである。
(うぅん……これはもう戻ったほうが良いかな……ん?)
その時、断崖の中腹の出っ張った部分に藁が敷き詰められているのを見つけた。まるで鳥の巣のような外見にゼオの期待値は必然的に高まる。
(もしかして、卵が見つかるかも! もしあったら何作ろっかな?)
オムレツ。卵焼き。スクランブルエッグ。実際に作れるかどうかはさておき、久しく食べたことのない卵料理を頭に浮かべると、急に卵が食べたくなってきた。
ゼオは蒼炎の翼を羽ばたかせ、巣がある高さまで飛翔して中を覗き込むと、そこにはゼオの期待とは裏腹に、甲高い鳴き声を必死に上げる雛鳥が三羽ほど収まっている。
(なぁんだ。もう卵じゃなくて孵ってるのか)
途端に食べる気が失せた。丸呑みにでもすれば少しは腹の足しにはなるが、どうもこの円らな瞳を見ていると手を出しにくくなってしまう。
鑑定してみると、どうやら魔物ではなく野鳥の類らしい。なら放っておいても大した害にもならないし、今日くらいは自分が我慢すればいいかと思った矢先、一羽の野鳥が飛んできて、ゼオの顔を嘴で突き始めた。
(おわっ!? な、なんだ一体!?)
ゼオを見て逃げるのなら分かる。野生とは如何に強大な生物から逃げるかで生存率が変わってくるのだから。しかしどういう訳か、人の両腕に納まる程度……ゼオの顔の半分の大きさもない鳥は、逃げるどころかゼオを攻撃し始めた。
反撃するよりも困惑して地面に着陸するゼオ。上を見上げてみると、先ほどの巣の上に仁王立ちし、雛鳥を守るように翼を広げる野鳥の姿があった。
(……もしかして、アレが親鳥だったりするのか?)
ゼオはあの威嚇の体勢を解く様子のない野鳥を鑑定してみる。
【グローニアオオツバメ】
【グローニア王国にのみ生息する大型のツバメ。非常に親子愛が強く、親鳥は雛鳥に害する存在を決して許さない。その気高い生態から、グローニア王国では国旗のシンボルとして用いられている】
どうやら、自分は雛を食らいに来たと思われていたらしい。あながち間違いではないだけに怒りも湧いてこないゼオは、同時に少し感動した。
あの親鳥は子を守るために、自分よりも遥かに強大な魔物に立ち向かっていったのだ。そんなことが出来るのは、人の中でもそう居る者ではない。まさしく、国旗に用いられるのも納得の生態だ。
(弱肉強食なんてよく言うけれど、なんかすっごい悪いことした気分。……親って凄いんだな)
高校生で死んだゼオは、当然のように人の親になった覚えはないし、母親は小金持ちの男と浮気して、その結果父を殺したも同然の女だ。異世界に来たら来たで、実際に目にした人の親というのはシャーロットを虐げる公爵夫妻の姿のみ。
だからゼオは素直にあの野鳥が凄いと思った。父が死んで以降、親というものがどういうものかを忘れてしまった彼だが、既に害意はなかったとはいえ、愛と献身一つで巨大な怪物をも退けたのだから。
時は、少し先へ進んで約一ヵ月後。ベールズを発って馬車に揺られること半月が立ち、グローニア王国へ入国を果たしたシャーロットは、御者の男の言葉に首を傾げた。
「あの鉱山の向こうには行けないのですか?」
眼前に悠然と並ぶ岩山山脈。以前までは鉱夫で賑わっていた山も、今では寂しい風の音を吹かせるだけとなっている。
そんなプロムテウス鉱山の前にある小さな町に辿り着いたのだが、山の向こうにあるグローニア王国における女神教の大神殿を擁する首都アルストへは行けないと言われたのだ。
「正確には行けないじゃなくて、鉱山を越えるルートを進めないから、あの山脈を迂回するしかない……っていうのが、正しいね」
「……鉱山に何かあったのでしょうか?」
「さぁ……そこまでは何とも。何せお触れを見ただけだからね」
思案顔のシャーロットに、御者の男は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「すまないね。本当ならアルストまで乗せていく約束だったのに……でも、流石にあの広い山脈を迂回してとなると……」
「いいえ、どうかお気になさらないでください。貴方には貴方の事情がありましょう。むしろここまで連れてきてくれたこと、心よりお礼申し上げます」
元々、アルスト方面へ行く馬車への同乗を頼んだ身。御者自身もアルスト自体に用があった訳ではなく、近くまで行くからついでに乗せていくという親切心から、シャーロットをアルストまで送り届けるという約束をしてくれただけなのだ。流石に山脈を迂回しなければならないとなれば、我が儘も言えない。
「そう言ってくれると……。おっと、そろそろ出発しなきゃな。それじゃあシスター、縁が続けばまた」
「はい。どうか貴方に、女神のお導きがあらんことを」
遠ざかる御者の男に手を振りながら別れを交わし、シャーロットは軽く溜息を吐く。
(……困りました。どうやらプロムテウス鉱山は今、立ち入りが制限されているようですね)
地図と町のお触書きを交互に確認する限り、どうやらこの町とアルストの間を馬車で移動できる、整備された山道があるようなのだが、鉱山そのものが立ち入り制限されている今、その道を通行禁止となっているらしい。
(山道の入り口辺りに検問……そこを通るには許可証が必要ですが、幸いにもその許可証自体は貰えそうです)
というのも、許可証を貰う条件として通行する本人が騎士や冒険者であれば、町長に身分証明できるものを提示することで許可証を得ることが出来るからだ。
もっとも、町長自体が許可証を発行しているのではなく、許可証を求める冒険者の軽い詳細を記した紙を持たせた伝書鳩をアルストに飛ばしてから、折り返しの伝書鳩と共に許可証が届くという形になるので、しばらくはこの町に滞在することになるのだが。
(いずれにせよ、あの山に入らなければなりませんしね)
シャーロットは服の下に隠している、ぼんやりとした輝きを放つ爪の首飾りを取り出すと、その爪先はプロムテウス鉱山を指し示した。
セネルに作ってもらった、ゼオが居る方角を知らせる魔道具が問題なく機能しているのなら、ゼオはあの鉱山か、それを越えた先に居ることになる。
巡礼者としてアルストの大神殿にも行かなければならないシャーロットにとって、プロムテウス鉱山に入るのは必須なのだ。
(とりあえず、この町の教会にもご挨拶に向かいましょうか)
この町にも小さいながらに教会があるというのは事前に調べがついている。旅人用に設置された町の見取り図を頼りに教会へと向かう最中、不意にシャーロットの祭服が引っ張られた。
「あら?」
引っ張られた位置も低く、力も弱い。その事実に服を引く者の正体に察しがついたシャーロットが後ろを振り返ると、そこには案の定、小さな子供が佇んでいた。
歳は七歳から九歳ほどだろうか……肩を超えるほどまで伸ばされた亜麻色の髪と、宝石のような翡翠色の瞳を持つ女の子だ。
「どうかしたのですか? お父様やお母様は?」
「…………」
その愛らしい表情が暗く沈んでいる。その事にいち早く気が付いたシャーロットは身を屈めて少女と視線を合わせながら優しく微笑む。
少女の姿は、これまで幾度か手を引いたことがある迷子の子供を幻視させた。所在無さげに不安そうな顔をしながら近くにいる大人を頼ろうとするあたりが共通しているので、少女が迷子なのではと辺りを付けてみたのだが、その小さな口から飛び出したのは思ったよりも重い言葉だった。
「……あの、お姉ちゃん、女神教の人?」
「はい。巡礼者……色んな町や国を行き来して祈っている、シャーロットといいます」
「あのね…………わ、わたしのお母さん……見つかった?」
眼に涙を溜める少女の言い方に、シャーロットは僅かに瞠目した。
「……お母様を探しているのですか?」
「……うん」
「見なかったか」……ではなく、「見つかったのか」……その違いが分からないほど、シャーロットは鈍感ではない。
とりあえず詳しく聞く必要がある。そう判断したシャーロットは、少女の頭を撫でながら穏やかな口調で告げた。
「私もこの町に来たばかりなので何とも。……とりあえず、今から教会に行くところなので、一緒にお母様の行方を聞きに行ってみましょうか」
「うん」
「……ところで、聞くのが遅れたのですが、貴方のお名前を聞いても良いですか?」
シャーロットの雰囲気に絆されたのか、初対面でありながら意外と素直に従う少女は、差し出されたシャーロットの白い手を小さな手で握り返す。
「わたし……ルル。よろしく……お姉ちゃん」




