一体軍隊のラファエル
遅れてしまい申し訳ありません。体調不良でした。
煙を纏いながら地面に墜落するゼオから無貌の表情を外し、ラファエルは町の方角……より厳密に言えば、倒れる藍色の髪の獣人の娘の手を握るセネルに視線を向けた。
「■■■」
言語とは到底思えない、機械音のような声が発せられる。常人には内容を理解することが出来ないその言葉には……セネルに対する殺意が渦巻いていた。
きっと今、この世界に生きる人類の誰もが、ラファエルの真意、その行動原理を計ることなどできはしないだろう。ただ確かなことは、この球形の天使は討ち滅ぼすべき宿敵を討つ為だけに生まれたということ。
光と闇。男と女。陰と陽、栄光と貪欲、まるでどこまでも対局的な両者は、明確な強者と弱者に分かれ、強者たるラファエルは弱者である宿敵を凄惨に滅ぼす事ことを宿命づけられていた。
そう……何時だって、ラファエルはそうしていた。何時の時代も、そうしてきたのだ。
ゆえに今回もまた滅ぼす。ただ滅ぼすのではなく、ありったけの暴虐と力を以てして全てを破壊し、絶望に叩き落してから滅ぼす。
「……■■■」
上空に浮かぶラファエル、その周囲に無数の兵器が生み出され、担い手もなく独りでに浮かび、セネルと、その周辺の町や人に狙いを付ける。そして引き金を引こうとした瞬間――――ラファエルはそれを一旦中止し、背後に振り返った。
「グォオオオオオオオオオオッ!!」
そこに居たのは全身に火傷を負い、血を流しながらも些かも衰えぬ闘志を燃やし肉薄するゼオの姿。その姿を確認した瞬間、ラファエルは目に見えない力でゼオの元へ引っ張られる。
引力を生み出す魔法、《アトラクション》。されるがままに引っ張られるラファエルを待ち構えるゼオは、スキルによって右腕を剛毛覆い、極限まで筋力を高めた一撃を叩きこんだ。
引力+《猿王の腕》。防御に特化した装備や皮膚、甲羅でもない限り、ほぼ同ステータス相手ならば一撃で勝負を傾ける渾身の一撃だったが、その拳は前面に展開された魔法陣によって阻まれていた。
(硬い……! 俺の《火炎の息》を防いだのもこのスキルか……!?)
相手のステータスを見る限り、グランディア王国でも手こずらされた《聖壁の鎧》だろうが、その強度は比べ物にならない。スキルレベルが上がっているのもそうだが、その一番の要因はおそらく、前面にのみ障壁が展開されているということ。
(メタトロンの《聖壁の鎧》は体全体を膜のような障壁で覆って防御するものだった。だがこのラファエルは、前面にのみ障壁を展開することで力を集約させ、障壁の硬度を上げているみたいだな……っ)
自らの拳を遮る分厚い魔法陣と、ラファエルの体全体を覆うようなものが見えないのが良い証拠だろう。少なくともレベルが1の《聖壁の壁》しか持っていなかったメタトロンには見られなかった防御方法だ。
「■■■■■……」
「グルォオッ!?」
そして《聖壁の鎧》の最大の利点は、鉄壁の防御と併用し、自由に行動することが出来るということ。ゼオは自身に突き付けられた無数の銃口や砲口から逃れる為に急上昇、火を噴く兵器群の凶弾を横転飛びで回避していく。
(いだだだだだっ!? くそっ! 《リパルション》が殆ど作用していない!!)
弾数の多いマシンガンの弾がゼオの皮膚に無数の傷を付ける。最初の前包囲攻撃の際、ゼオは斥力を発生させることで窮地を脱しようとしたのだが、ラファエルになる前の攻撃と違って攻撃の軌道を逸らしにくくなったのだ。
(進化……いや、退化したのか……? とにかく、人形の時のスキルがゴッソリ無くなったかと思えば厄介なスキルを付けやがって……!)
【スキル《射線保持》。遠距離武器の軌道を維持するスキル。風や魔法の抵抗を受けにくくする】
ここにきて、斥力を発生させる魔法が殆ど役に立たなくなってしまった。出来ることと言えば精々、自分の進行方向に斥力場を発生させ、移動の補助にするくらいか。
(それにしてもなんてタイミングだよ……こんなのまるで、この戦いを見ていた誰かが、都合の良いスキルを奴に与えたかのような……)
ゼオは頭を左右に振る。今はそれを考える時ではない。今すべきなのはラファエルを討つことのみだ。
(……試しにブレス系のスキル全部使ってみるか)
まずは《火炎の息》。口から発射された巨大な火球が絶え間なく飛来する無数のミサイルに直撃し、爆発する。
続いて《電撃の息》。ゼオの攻撃手段では間違いなく最速のスキル。銃弾よりも遥かに速い直線の電撃は弾幕を貫きながらラファエルに迫るが、難なく前面にのみ展開された《聖壁の鎧》に阻まれてしまった。
更に《凍える息》を吐き出す。銃弾からミサイル、砲弾まで全てが凍り付き、重量で地面に落下するが、それでもラファエルにダメージを与えるには至らない。
最後に《烈風の息》を発射する。ミサイルや砲弾を切り刻めるものの、小さな弾丸は無数に取りこぼすし、《射線保持》のスキルのせいで逸らすことも出来ず、有効な手段たり得ない。
(遠距離攻撃は全滅……近距離攻撃も防がれたし、よしんば通用するとしても、この弾幕を潜り抜けるのはきつい……っ!)
蒼穹に火を噴く無数のミサイルと、音速の壁を貫く鉛玉。さながら戦争映画の空中戦か何かのように爆炎が空を彩っている。ゼオは必死に両翼を羽ばたかせ、縦横無尽に駆けまわり、それらを回避しながら時折隙を見て攻撃に転ずるが、いずれも有効打には程遠い。
(しかもこれ……町の方に流れ弾が行かないようにしないとだしっ!)
ミサイルを避けたらそのまま町に着弾するなど笑い話にもならない。飛行にも制限を掛けられる上に、相手のMPは無限。近代兵器共通ともいえる弾切れという弱点が存在しないのだ。
《凍える息》で迎撃していたら先にこっちがMP切れを起こして敗北は確定してしまう。オマケに氷結が通用しない切断光線、《聖光の刃》を発射する兵器までもが無数に創造され、一斉に発射される。
(持久戦になったら絶対に勝ち目はない……! 神権スキルの詳細さえわかればラファエルにすることもなかったかもなのにっ!!)
メタトロンの時も思ったが、MP無限は極めて厄介だ。そう、心の中で悪態をついていると、ラファエルは極めて変わった兵器を創造した。
二本の長い四角柱、その間に挟まれた巨大な砲丸という、一見すると銃火器にはとても見えない何か。ゼオが思わず首を傾げそうになると、四角柱は凄まじい発電を起こし、周囲に赤雷をまき散らし始めた。
《雷電》のスキルだろうと辺りを付ける。とんでもなく嫌な予感を感じたゼオはより不規則な軌道を描く飛行で逃れようとするが――――。
「グルァアアアアアアッ!?」
一瞬で右翼と右腕を引き千切られた。痛みを堪えながら背後を見ると、自分の血を纏いながら放物線を描いて落下し始める砲丸が見えた。
(今までのとは桁違いの威力と速度……これってもしかして、レールガンって奴なんじゃ……!?)
少しズレていたら死んでいたであろう、電磁加速による超兵器。まさかそんなものをこの身で受ける日が来るとは思わなかったゼオは必然的に墜落、地面に激突する。残された左腕で立ち上がり、何とか体勢を立て直そうとしたのも束の間、再びゼオの周囲一帯を取り囲む銃口と砲口の檻が形成された。
(不味い……! こんなんもう一度食らったら、今度こそお陀仏になる!)
HPは既に四割を切っている。逃げ場もないこの状況下はまさに絶体絶命と言えるだろう。誰もが絶望しそうになるこの劣勢、しかしゼオの眼は死んではいない。
(考えろ……! 今持っているスキルの中でこの状況を打破することの出来るスキルは……!)
《凍える息》でも防ぎきれない全包囲攻撃。《重力魔法》も通用しない今、有効な手段をゼオは持ち合わせてはいなかった。
せめてもっと防御向きなスキルを習得しておけば……そう考えた矢先、ゼオの脳裏に雷に似た閃きが、あの白い女の言葉と共に駆け抜ける。
――――最強の魔物へ至るための扉の鍵。
六つの便利スキルが統合された《邪悪の樹》。これが真に最強へ至るためのスキルだというのであれば、そう言わしめるだけの根拠がある。それは以前、シャーロットが病に倒れた際に薬効植物を見つける際には既にその片鱗を見せていた。
(これしか手段はない……! 間に合うかっ!? ……いや、間に合わなければ死ぬだけだ!!)
スキル、《邪悪の樹》を発動させる。その瞬間、世界の全てが停止した。火を噴く寸前だった兵器群も、天空に浮かぶラファエルも、舞い上がる砂埃やゼオ自身すらもだ。そんな止まった世界の中で、ゼオの意識と《邪悪の樹》のスキルだけが動いていた。
(まるでゲームのメニューボタンだ)
誰もが行動停止となる中、環境設定や装備の変更、敵やアイテムの詳細の確認をすることができる、ゲームでは基本的なシステム。それを体現したかのようなスキルの効果は、ゼオ自身の意思によって解除された。
「■■■■■」
その瞬間、全ての兵器が一斉に火を噴く。まるで敵を跡形も残さないと言わんばかりの一斉射撃、超連射による絨毯爆撃。天地を揺るがすほどの轟音を鳴らし、巨大なキノコ雲が立ち上った。
この攻撃を受けて最早生きてはいまい。相手は翼を失い、逃げることすらも出来なかったのだから尚更だ。障害となる怪物を排除したと認識したラファエルは、今度こそセネルを地獄に叩き落そうと再び町に視線を戻したが、そこで違和感に気付く。
「■■■?」
充満する爆煙が渦を巻いているのだ。その上で、ギュルルルルルルッと、地面に回転するタイヤでも擦れたような音が聞こえてくる。
まだゼオは死んでいない。それどころか何かを企てている。そう認識した矢先に渦巻く煙が撒き散らされ…………黒光りに輝きながら高速回転する巨大な甲羅が姿を現した。
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