力の違い
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セネルは信じられない思いで、和人を巻き込み通り過ぎる烈風を引き起こした者が居る方角を眺めた。
見間違えようのない蒼炎の翼は紛れもなく、言葉一つ交わすことの出来ない友のもの。巻き込まないよう、深い眠りに誘ったはずなのに。そもそも、どうやって自分の居る場所を突き止めたというのか。
腕の中に居る女の体をより強く抱きしめて、セネルは歯を強く噛みしめながら、混沌とした感情が宿る胸中を味わいつくしていた。
手応えはあったにも関わらず、ダメージが思ったよりも入っていない。ゼオは憎々し気にこちらを睨む和人を見下ろしながら考えていた。
ステータス差を考えれば、今の一撃でHPの半分を吹き飛ばせそうだが、そうはならなかった。その原因を和人のスキルの中からすぐさま突き止める。
(《武器創造》が《装具創造》に変わってる……武器だけじゃなくて、防具も作れるようになったってところか?)
その確信を得るために、ゼオは和人が身に着けている物を確認した。
【バリアジャケット】
【全身鎧としても機能するジャケット。装備した者が受けた全てのダメージを一割まで抑える】
(なるほど……厄介なスキル身に付けやがって)
性能としては破格と言えるだろう。そんな防具をMPの消費だけで生み出すのならば、和人の力はチートと呼ぶに相応しいだけのものがある。
(他にも色々と変更点はある……だが、一番の疑問は種族まで変わってるってところか)
外見に大きな変化があるように見られない。精々、どこか身に覚えのある匂いが漂っている程度だ。
(ラファエルって確か……キリスト教だか何だかの宗教に出てくる天使の名前だったよな? メタトロンと同じで。そいつに進化したのに伴って、ステータスが大幅に上がったってことか?)
リリィが持っていた《王冠の神権》と類似性の高いスキルから予想はしていたが、人形を保ったまま進化するのは予想していなかった。
それも種族名の後に完全体と付いている。……額面通りに見れば、正気を感じられなかったメタトロンの時とは違い、正気や人型を保っている完全体と名の付くのは正規の進化ということなのだろうが、詳しくは不明なので一旦この疑問は放棄する。
(だが、状態異常の魂縛……これは一体誰の手で?)
《鑑定》や《ステータス閲覧》などが統合された新スキル、《邪悪の樹》で詳しく調べてみれば、魂を縛られ、取るべき行動の選択権を操作されてしまう状態異常らしい。
なぜ出合い頭早々そんな状態異常になっているのか。少なくとも、この町の住民やセネルに、これほどの高ステータスと化した和人を状態異常にする芸当ができるとは考えにくいが。
「この魔物がぁ……! なに主人公様の邪魔してくれっちゃってるんだよぉおおおおおおっ!!」
ありったけの苛立ちが込められた叫びと共に、戦いの火蓋が切られる。
光の粒子と共に和人の手元や周囲に生み出されるのは、マシンガンや大型拳銃、そして合計六つものミサイルポッドだった。それらが一斉に火を噴き、無数の鉛玉やミサイルがゼオに向かって殺到する。
「グオオオオオオッ!!」
それを真っ向から食らう気は当然ないゼオは、和人の周囲を旋回するように飛翔し、回避に専念。しかし手数が手数だ、弾切れしないと思うほどマシンガンから発射された弾丸が数十発ゼオの体に直撃する。
名前:ゼオ
種族:アビス・キメラ
Lv:80
HP:15320/15320
MP:15250/15300
(……あんな豆鉄砲くらいなら鱗や毛皮で難なく防げるな)
だが、ノーダメージ。一番単発威力の弱そうな武器とは言え、その威力は決して弱いというわけではない。鱗越しに感じる衝撃から察するに、恐らく岩の壁に深く減り込むほどの貫通力があるだろう。
体感したことこそないが、地球産の兵器と何ら遜色はないと思われる。ミサイル同士がぶつかり、生じる爆風も凄まじいものだ。人間や地球の大型動物、戦車や戦闘機ならば難なく粉砕できるに違いない。
(だが、異世界の耐久ステータス1万越えの魔物には通じない)
岩を砕く一撃を受けても痛痒を感じなくなった体の経験から得た認識。この分なら、恐らくミサイルを直撃しながら特攻するという無茶な選択肢も取れるだろう。
しかし、ゼオは慢心しない。《神権》スキルは未知な部分が多すぎるのだ。不確定要素を割り込ませるのは得策ではない。
「グォオオオオオオッ!!」
ゆえに、ゼオはあえて真っ向から和人に向かって突っ込んだ。
「馬鹿が! 所詮はケダモノだな! 図体がデカい分、良い的だ!!」
マシンガンに大型拳銃、ミサイルポットに加えて無人の大型砲台までもが四門生み出される。おおよそ個人で扱える範囲を大きく逸脱した超火力の兵器たちが一斉に火を噴き、真っ向から向かってくるゼオに炸裂すると思われた直前、それら全ての軌道が逸れた。
「な、何で!? 俺の兵器がぎゃあああああああああああああっ!?」
「グルァアアアアアッ!!」
重力魔法がレベル3になった時に習得した、斥力場を発生させる魔法、《リパルション》。それを自分の体を中心として発動させたのだ。
今のゼオにまともな飛び道具は一切通用しない。そして近代兵器とはその殆どが飛び道具だ。《装具創造》スキルによって生み出された武器は、もはやゼオには通じないも同然である。
驚愕に固まる和人を間合いの内に収めるゼオ。その右腕を《妖蟷螂の鎌》に変化させ、和人の体を薙ぎ払った。
「ぐ……ぎゃあぁあああああああああああっ!? い、痛いぃい!? な、何で……!? 防具を付けてるのに……!?」
致命傷たり得る刃による裂傷。それを以て一撃で終わらせようとしたのだが、あの防具は思った以上に良い物らしい。体がくの字に折れ曲がり、地面を何度も跳ねながら吹き飛ばされたが、致命傷になるほどの傷を負っていない。……それでも脇腹が切り裂かれ、口から血の混じった涎を吐き出しているが。
「ちぐしょぉおおおおおおおっ!! ならこれでどうだぁああああっ!!」
今度は手元に剣を生み出し、それを真っ赤な顔で振り回しながらゼオに突貫する。
ゼオ自身、武道の経験は特にないが、明らかに素人丸出しの動きであるというのは理解できた。ステータスの高さもあって速さ自体は人外のそれだが、自分よりも更に高いステータスを誇るゼオからすれば、子供の癇癪のようなものだ。
【バイブレーションソード】
【振動することで切れ味を極限まで高めた剣。技に頼らずとも、触れるだけで岩をも切り裂く】
剣を鑑定してみると、どうやら無茶苦茶に振り回しても問題なく威力を発揮する武器らしい。知ってか知らずか、飛び道具が通じない斥力を前に、自らの体を支えにできる近接武器を選択したのは正解だが、これだけの体格差と近接関連のステータスを鑑みれば大きなミスだ。
「ごぶぅううっ!?」
《ステータス閲覧》スキルでもあれば、そのような選択は選ばなかっただろう。
完全にゼオの手足に意識が向いていた和人の腹を、三又の槍のような尻尾の先端で強かに突く。先端が僅かに刺さるだけで致命傷には程遠いが、肺の中の空気を一気に吐き出して両膝を付く和人に《触手》を巻き付け、勢いよく地面に叩きつけた。
「ごぎゃがあがっがががががっ!?」
そのまま地面を抉りながら擦り付け、遠くに放り投げる。追撃にすぐさま駆け付けるが、和人の苛立ちは相当なものらしい。歯が幾本が抜け、全身に擦過傷を負ってもなお、強い憎しみの籠った視線を向けてくる。
「ふざけんじゃねぇえええええっ!! 何なんだよ、このポッと出のボスキャラはよおおおお!? こんな……こんな負けイベント認められるかああああああっ!!」
また新しく、巨大な兵器が生み出される。一見すると筒状の照明器にも見えるが、今この状況でそんなものを生み出したりはしないだろう。
その確信を肯定するように、筒の穴にはめ込まれたレンズに強烈な光が収束し始める。それを見たゼオは、その光の正体が攻撃の前兆であると理解し、口内に雷電を迸らせた。
「経験値になるのが前提の魔物が、主人公様に逆らうなぁああああ!! これで死ねぇえええええっ!!」
「グルォオオッ!!」
光線と雷撃が衝突する。初めは出だしの速さで押していたようにみえた光線だが、その拮抗はあっという間に雷撃の息吹の方に天秤が傾いた。
そして、炸裂。光線を押し返した電撃の線が和人に直撃すると同時に、凄まじい音を立てながら始めるように周囲に細かい電撃をまき散らせる。
「お……ぐ、が……」
電光と砂埃が晴れると、そこには帯電しながら地面に倒れ伏し、麻痺で身動き一つ満足に取れずに痙攣する和人の姿があった。
「何で……何でなんだよ……? 俺は主人公になって……こんなところで終わる人間じゃなくなって……!」
何で、どうしてと、和人はなんの役にも立たない現状に対する不満ばかりを口にする。
先ほどまでの戦いぶりで、一つ分かったことがある。おそらく和人はこの世界に来てからというものの、途方もないチートの力で勝ち残ってきたのだろう。
特に近代兵器すらも作り出すスキルのおかげで、苦戦すらしたことがないのかもしれない。先ほどから主人公がどうのとか言っていたが、少なくとも自分が特別な存在になったと思ってしまうほどには。
(でもなぁ……この世界をゲームか何かだと思っちゃいかんだろ)
さっきから聞いていれば人のことをポッと出のボスキャラだの経験値だの、挙句の果てには負けイベントだの、まるで今この瞬間もこの世界で懸命に生きている者たちが作りものであるかのような言い草だ。
地球から突然転移して現実逃避したくなる気持ちは分からなくもないが、何時までも逃げ続けるわけにはいかないのは皆同じである。和人自身がどう考えているのかはゼオには分からないが、少なくとも相手をモブだの経験値だのと言って罪悪感もなく、大した理由も無く害するようならば救いはない。
(負ければ死ぬ……そんな当たり前のことを理解してなかったんだろうなぁ。お前の戦いからは、生への意地汚さが無かったよ、村上)
結果は見ての通り、自分よりも高いステータスを持ち、創造した兵器が通用しない相手には一方的に負けただけ。そして今、弱肉強食の理によって和人は死ぬ。
名前:村上和人
種族:ラファエル完全体(状態:魂縛・麻痺・流血・骨折)
Lv:1
HP:33/7003
MP:4002/7000
いかに優れた防具を身に着けたとしても、あれだけ攻撃を受ければ虫の息同然になるだろう。魔物の身では反省を促すことも出来ないゼオは、ここで見逃せば和人は今までと同じ……いや、それ以上の蛮行を繰り返すに違いないと確信を抱いてしまった。
せめて苦痛から解放してやるべく、口内で炎を燃やす。最大火力、《火炎の息》で一瞬で意識もろとも命を奪ってやろうとしたその瞬間。
「……嫌だ」
呆然とこちらを見上げていた和人がぼそりと呟く。その小さな声には、ありとあらゆる負の感情が詰まっているように聞こえた。
「嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁああああああっ!!」
和人の人生の中で初めて生じた、生きることへの執着。それら全てが爆発したかのような叫びを前に、ゼオは心から慈悲を追い出した。
それは意図的にそうしたのではない。本来ならばある種の美しさがある生存本能からくる叫びが、ゼオには悍ましく感じられたからだ。その理由は分からないが、今倒さなければならないと、何故かリリィの事を思い出しながら止めの火球を吐き出した。
書籍化作品、「元貴族令嬢で未婚の母ですが、娘たちが可愛すぎて冒険者業も苦になりません」もよろしくお願いします。




