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白き夢の邂逅

特典ssの情報を更新しました。詳しくは活動報告をどうぞ。


(眠い……何だろ、全然瞼が開けそうにない……)


 暗い海の底のような眠りの淵に、ゼオは浮き上がりかけた意識を沈めていく。


(まぁ……いっか。学校もないから二度寝も自由だし、今日くらいはぐっすり昼間で寝てても……何かあればセネルが起こしてくれるだろ……)


 抗いがたい眠りへの誘い。ゼオはそれに抵抗することなく意識を手放した……その瞬間、彼も網膜が強い光に焼かれた。


「おうっ!? ま、眩しっ!?」


 まるで寝ているところに至近距離からライトを当てられたような感覚に、ゼオは跳び起きた。驚きすぎて眠気も吹き飛ばされたのか、妙にすっきりとした頭で辺りを見渡してみると、そこは辺り一面が白で覆いつくされた空間。

 そして目の前には、テレビに繋がれたゲーム機が置かれており、画面には仰向けになって腹を掻きながら眠りこけるキメラ……要するに自分の姿が映し出されていた。


「な、なんで俺はこんなところに……? それにこのゲーム機は…………ん?」


 ここにきて、ゼオは猛烈な違和感を感じ取った。人間だったころは当たり前のことだったが、キメラに転生してからは絶対にできなかったこと……そう、今自分の口から鳴き声ではなく、明確な言語が飛び出したのだ。


「な、なんで俺喋れてんの!? それにこの服って、俺の高校の!?」


 驚くべきは声だけではない。二度と人の形を成すことが出来ない……そう言われた体が、人の形を成す。そんな都合が良すぎること、ある訳がないのだ。


「もしかしてこれ……夢なんじゃ?」

「……そう。これは貴方の夢の中」


 現実的ではない事態にそういう結論を下した時、後ろから肯定する声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、そこに居たのは白い女。

 床に引きずる長い髪も、ボロボロの法衣も、日を浴びたことがないような肌も、何もかもが白い女だ。ただ、彼女の体を雁字搦めにする九本の黒い鎖だけが、女を彩っていた。


「正確には、眠りによって落ちた貴方の深層意識と私の意識を繋げた世界。世界のどこにもない、夢幻の場所。だから貴方の姿も怪物ではなく、貴方の心に最も相応しい人間の頃の姿になっている」

「……あ、あんたは……?」


 突然現れた女は、若干意味不明且つ意味深だが、なんとなく言いたいことが伝わる言葉を告げた。

 やはりというべきか、ここは夢の世界らしい。体は怪物でも心は人間のままを自称するゼオは、この夢の世界では人間の姿に……少なくとも、そう見えるようになれるのだろう。

 そんな超常現象には今更驚かない。既に剣と魔法とモンスターが溢れた世界に転生した身だ。だが一番の問題は……この女は何者で、なぜ自分をここに招いたかだ。


「久しぶりね。……こうして会うのは、貴方がプロトキメラだった時かしら?」

「プロトキメラ……そうだ、思い出した! 俺はあの時、一度この場所に来たことが……!」


 グランディア王国でバーサーク・キメラに進化する直前に見た白昼夢……しかしそれは臨死が見せた幻だと思っていたのだが、実は完全な幻ではなかったということだろうか。

 いまいち要領を得ないゼオだったが、女は少し急かすように話を進める。


「気になることは多々あるだろうけれど、時間もないの。貴方の時間ではなく、私の時間が。…………そのゲーム機のボタンを押してくれる? 外界での様子が見れるわ」

「……何でゲーム機にテレビがあるんだよ」


 コントローラーを握り、ボタンを押す。すると画面は移り変わり、無数の魔物に襲われる町が映し出された。


「これって……樹海にいる魔物じゃないのか!? どうしてこんなに!?」

「……その画面に映る光景は、あの男に誑かされ、勇者という称号を得てしまった少年の愚行によるもの。そしてそれを生み出してしまったのが他でもない……今は(・・)セネルと名乗る魂の持ち主。薬で貴方を深い眠りに誘い、全てに決着をつけるために」


 そしてさらに画面は移り変わる……血濡れの少女を抱きしめるセネルと、残虐な笑みを浮かべてセネルに迫る和人の画面へと。

 それを見た瞬間、ゼオの決断と行動に迷いはなかった。女の両肩を掴み、鬼気迫る勢いで詰め寄る。 


「ここに俺を呼んだのがあんたなら、知ってるんじゃないのか? どうやったら起きられる? どうやったら現実に戻れるんだ!?」

「助けに行くのね?」

「当たり前だろ!!」

「…………だったらその前に、少しだけ答えて」


 女は心の奥底まで見通すような、鏡のように澄んだ瞳でゼオの眼を覗き込む。


「セネルは一人目の彼女(・・・・・・)の時とは違うわ。貴方を利用しようとし、貴方に薬を盛り、友と呼んだ貴方には何も告げずに立ち去って行った、自分勝手な復讐鬼になってしまった」


 それは映像を見れば何となく気づいていた。そして合点もいった。セネルならこうするんじゃないかと。


「……それに、貴方は彼の友となりたかったけれど、彼自身はどう思っていたのかしら? 結局彼は貴方に対して報いることは一切しなかった。貴方が見えない彼の本心は、貴方にとって酷く残酷な事実しかないのではないの?」

「……まるで見てきたみたいに言うんだな」


 まるで試しているかのような口ぶり……否、女は事実としてゼオを試しているのだろう。嘘は許さないと雄弁に語る瞳が、その意図を言外に伝えていた。

 確かに、セネルの行いはある種の裏切りだ。何も語らないだけならばまだしも、重傷を負って樹海へと飛ばされた彼を庇護したゼオに対して一服盛るなどあってはならない。

 そして何より、ゼオには人の心を読み取る力はない。そんな力があれば、前世でも今生でももっと上手く立ち回っていた。女の言う通り、セネルの心にはただ我意あるだけだったのかもしれない。


「……それでもいい」


 それでも、ゼオの答えに迷いはなかった。


「今回に限っては騙されたって別にいい。普段の俺なら怒ってやり返すところだけどな」

「……どうしてか、聞いてもいい?」


 色んな理由があったと思う。友と認めたセネルを信じる心だったり、単なる開き直りだったり、女の言葉を跳ね除けたいという意地だったり。その中で、最も強くゼオを突き動かす衝動は――――。

 

「結局のところ、自分の為なんだよ。俺が決めたこと、俺の直感が決めたこと、俺の良心が指し示したこと。俺自身がこうしようって決めた生き方に従う方が、後悔も少ないかなって思ってな」


 見捨てても、助けに行っても、後悔する道しかないのかもしれない。なら、他に囚われることなく思うが儘に選択したほうが良い。……そっちの方が、どんな結果になっても後悔も小さそうだから。


「そんな生き方を、こんな化け物に教えてくれたお嬢(世界で一番良い女)が居たんだ」


 そして何より、愛する誰かの危機から目を背けるような真似をしたくない。そんな生き様を魅せてくれた人が居たのだ。ならば、彼女に胸を張れないような生き方だけはできない。誰の為でもない、自分自身の矜持の為にも。


「……そう。それでいいのね?」

「あぁ。俺はこの選択が良い」

「……なら、これを」


 女の手に光が集まり、それがゆっくりとゼオの胸の中に吸い込まれていく。


「これは私に残された最後の権能の欠片。全ての運命を覆すための小さな因子。そして、最強の魔物へ至るための道の扉、それを開けるための最後の鍵。……これで私からもう何も貴方を手助けできることはなくなったけれど……きっと貴方なら、何が起こっても大丈夫」

「お、おい! ちょっと待て!」


 光の柱に包まれたかと思いきや体が浮き上がり、ゼオは女を見下ろす形となる。夢から覚めて現実世界に戻るのだと直感が囁いた。


「ずっと伝えられなかったけれど………こんな酷い世界に連れてきて……ごめん。こんな酷い宿命を背負わせて……本当に、ごめん」

「いいから……そういうの、別にいいから!」


 聞きたいことは山ほどある。……だからゼオは、心に真っ先に浮かび上がったことだけを叫んだ。


「あんたが俺をこの世界に転生させたのか!? だとすればどうして俺を転生させた!? あんたは俺に……俺にどうしてほしいっていうんだ!?」 

「……その答えは、貴方が魔王を目指そうとすれば全てがわかる。……でも一つだけ答えるとするなら、どうするかは全て貴方が決めること」

「俺が……?」

「そう。私が与えたスキルをどう使うのか、それは全て貴方が決めなければならない。……私には、あの男のように誰かの意思や運命を操るようなことは出来ないし、したくもないから。だから、貴方の在り方に全てを託す」


 でも……と、そう短く呟いて、女は天へと上るゼオを見上げる。


「でも、もし私の願いを言っていいのなら……どうかお願い」


 その表情を、きっとゼオは一生涯忘れない。


「私はもう力も命も何も要らない……! 私の大切な人たちの魂を守って……!」


 その宝石のような瞳から流れる、涙の軌跡を。




 大地を揺らすような地鳴りと、吹き荒ぶ爆風の音にゼオは深き眠りから跳び起き、慌てて洞窟の外に出る。

 セネルの姿はどこにもなかった。その姿を探そうと上空に舞い上がれば、町の方角に向かって伸びる、魔物の死体でできた道が見える。その事実が、先ほどの夢がただの夢ではなかったと確信させた。


(この死体の道……もしかして)


 後ろを振り返と、そこには地響きを立てながら樹海の中心へと戻る巨象の姿が。

 明らかにノーデスの仕業だろう。なぜこのような形で干渉するのか、あの白い女と何らかの関係があるのか、疑問は尽きないが、ゼオはそれら全てを脇において、蒼炎の翼を翻す。

 不思議と理屈や疑いは考えなかった。ただ戦わなければならない。友のために、自分自身のために、そして己が信じた生き様の為に、今疾走(はし)らずしていつ駆け抜けるのだと、逸る心臓の鼓動と一体となった魂が叫んでいた。


 

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書籍化作品、「元貴族令嬢で未婚の母ですが、娘たちが可愛すぎて冒険者業も苦になりません」もよろしければどうぞ。

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