復讐から一転して
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毒に対する抵抗。そういったスキルを持たない和人にとって、口の中に入れられた丸薬は、高いステータスを以てしても抗えない劇薬であった。
「て、てめぇはぁ……! うぐぅうっ!?」
リアの婚約者であり、ハンナの義兄であった男。二人を奪い、殺したつもりのセネルが目の前に現れて驚きを隠せなかったが、それ以上に腹の底から湧き上がるような吐き気と、体の芯から冷めていく感覚。そして身動き一つとれず、腹を抱えて蹲ることしかできないほどの便意と尿意。今飲まされた物が毒であることなどすぐに理解できた。
「い、生きてやがったのか……! お、お前、俺に何を飲ませて……!?」
「数多くの毒虫や毒草、毒キノコで作った毒薬だよ。毒耐性スキルだろうと、解毒スキルだろうと受け付けない特別製のな」
「そ、そんなものを俺に……!? こ、この人殺しがぁ……!」
「……人殺し? 人殺しだって!?」
セネルは身動き一つとれない和人の顔を思いっきり蹴り上げ、地面に転がった勇者の顔面を力強く踏みにじる。
「お前がそれを言うのか!? 先に俺の父と母を殺したのは誰だ!? お前と、お前が力を与えたリアとハンナじゃないのか!?」
「お、俺とお前を一緒にするな……! 俺は許されるんだよ……!」
しかし、和人は恐れるよりも先に怒りが前に出たのだろう。妄執に取りつかれたかのような血走った目でセネルを睨みつけてくる。
「俺は勇者だ! ラノベや漫画の主人公と同じような存在になったんだ! その俺をそこらにいるクソモブと一緒にするんじゃねぇ……!」
「……はぁ? お前、何を言って……」
ラノベ。漫画。モブ。地球の用語を用いられて困惑するセネルを無視して、和人は唾を飛ばしながら捲し立てた。
「俺は何をしても許されるんだよ! ゲームだってプレイヤーがNPC殺したって文句言われねぇだろうが! むしろそういうゲームだってあるんだ! 神に選ばれた俺こそが主役で、それ以外の奴は皆サブキャラかモブキャラ、見た目の良い女は全員俺のヒロインなんだ!」
「…………」
「勇者の俺がそこらへんに幾らでも居る奴をどう扱おうが俺の勝手だろうがっ! お前にしたってそうさ! 俺を差し置いて可愛い幼馴染と義妹が近くにいるなんて主人公みたいな境遇しやがって……! ムカつくんだよ! そういうのは俺の役どころだろうが!」
「…………」
「いいか、今に見てやがれ! 主人公っていうのはな……最後には必ず勝つんだよ! 毒なんて卑怯な手を使ってる奴に負けたままなんてあり得ねぇ! きっと神が……俺を選んだ神が俺を蘇生させるかなんかして、お前を倒すように……!」
ヒーロー願望。それが和人の根幹に根差す歪みだった。
初めは憧れに過ぎなかったライトノベルや漫画、ゲームの主人公たちは、異世界に召喚され、勇者という役割と、チートという言葉に見合う力を得ることで、和人の中で実現可能の存在となったのだ。
地球ではただの冴えない高校生。それが今では聖男神教の勇者であり、神にも目をかけられる、特別な優者の中でも更に特別な存在。それだけの要素があれば、主人公という偶像にあこがれる和人が「ゲームのようにどのような蛮行もシステムだから許される」と考えるようになるのも無理はないのかもしれない。
たとえ今彼らが立つこの世界が……そのような都合の良いものでないとしてもだ。
「……もういい。黙れよ」
「がっ!?」
セネルは聞くに堪えないとばかりに和人の顎を蹴る。歯で口の中を切ったのだろう……唇から血を流す彼の腹を踏みつけると、地を這うような低い声で呟いた。
「お前の言っていることなんて半分も理解できなかったけど、とりあえず下らない理由で俺から家族を奪ったということだけは分かった」
「は、離せ……! うぶぅっ!? おげぇえええええっ!?」
腹を押されて胃の中身が逆流し、口から吐瀉物を吐き出す。それだけでも主人公願望に捕らわれた和人には耐え難い屈辱だが、そこに更なる追い打ちをかけるように、今度は下半身が決壊しようとしていた。
「あ、足をどけろ……! ト、トイレに……ぐっ!?」
「行かせるわけないだろ」
セネルは和人の腹の中身を押し出すように足に力を込める。
「お前がどんなに詫びたって、もう父さんも母さんも戻ってこない……ならせめて、お前が求めていそうな輝かしい場所とは程遠い、薄暗い路地裏で、惨めに死んでいけ」
「お、お前……お前ぇええ……!!」
怒りと憎しみに煮えたぎった眼でセネルを睨みつける和人。しかし、圧倒的なステータス差があるにもかかわらず、和人はセネルを押しのけるどころか指一本すら満足に動かせなくなっていた。
毒が神経を蝕み始めたのだ。手足が弛緩し、意識も朦朧とし始め……ついには和人が必死に守り続けた最後の堤防が決壊した。
「み、見るな……! 見るなよぉおおおおおおおおっ!!」
股座から汚物をまき散らし、衣服を汚す和人。羞恥と怒りが入り混じった感情が、彼の増長しきったプライドを深く傷つけ、それを誤魔化すように大声を上げるが、そんなものはセネルにとって復讐のスパイスにしかならない。
「ははっ……! 良い様だな! このまま無様な格好のまま死ねよ……ほらっ! ほらっ!」
止めを刺すかのようにセネルは和人を何度も蹴りつける。その蹴り自体に痛みこそ殆ど感じてはいないが、格下のモブキャラクターに蹴りを入れられる……その認識が、和人の自尊心を完膚なきまでに叩き潰した。
「や、やべろ……ごぼぉおっ!?」
今度は吐瀉物と共に、粘度の高い大量の血液を口から吐き出す和人。【混沌の魔毒】に含まれていた凝血作用によるものだ。
喉や鼻が塞がれて、呼吸すらもままならなくなった和人は、窒息の苦しみにもがきながら、意識を闇の底へと放り投げた。
そこは、精神だけの世界なのか、はたまた臨死の世界なのか……ゲームに漫画、ライトノベルに美少女フィギュア、パソコンにポスターと、和人が好きな物ばかりが浮かんだ白い空間の中心で、和人は薄暗い瞳で体育座りをしながらブツブツと呟く。
「許さない……モブの分際で……俺が主人公のはずなのに……こんなの聞いてない……チートだってあったのにおかしい……許さない……許さない……!」
それは自身に起きた理不尽の全てを呪う怨嗟の言葉。己が犯してきたことは全て棚に上げ、相手の抵抗全てを許さないと宣う、どこまでも自分勝手な少年の呪詛であった。
それでも彼は立ち上がることはしない。死に抗うわけでもなく、何かを守るためでもなく、まるで初見殺しにプレイヤーキャラを倒された幼子のように不貞腐れているかのようだ。
「やれやれ、困ったものだな。せっかくこの私が目をかけてやったというのに……」
「あ、あんたは……!」
そんな時、背後からかけられた声に和人は振り返る。そこには金銀宝石の装飾を数多く付けた豪奢な祭服に身を包んだ男が、底が見えない笑みを浮かべて少年を見据えていた。
その男を和人は大いに見覚えがあった。この異世界に召喚された際、和人に目を付けて《栄光の神権》という謎のスキルを与えた、神を自称する美男だ。
「おいっ! どういうことだよ!? 俺死んじまったのか!? 俺は主人公の勇者になって俺TUEEEするんじゃなかったのかよ!?」
セネルに殺された。そんな受け入れきれない事実に和人は男に掴みかかる。一切の非が男になくても、こうして自分に力を与え、異世界へと招いた責任を取れと、和人は一切の責任を放棄した結論と怒りに支離滅裂な言葉を吐き続けるが、男は和人の剣幕に怯む様子もなく穏やかな微笑を浮かべている。
「哀れな勇者、村上和人……何一つ心配はいらないよ。君はまだ完全に死んだわけではないし……そうならない為に、死の直前にこの場所へと招いたのだからね」
「はぁっ!? 一体どういうことだ!?」
「落ち着いてお聞き、勇者よ」
静かでありながらどこまでも響く声に、興奮状態だった和人は不思議と落ち着いた気持になる。和人がゆっくりと息を整えたのを見計らい、男は優しく毒を口に流すかのように囁いた。
「君は今まで、気付かぬ内に主人公のように強くなるための試練の前にいた。そしてあの悪辣で醜い男、セネルに殺されかけたとことで、人としての進化を遂げる最後の扉が開かれたのだ」
男が一体何を言っているのか、和人には殆ど理解が出来なかった。しかし、主人公という言葉と、ご都合主義よろしくのピンチになって強くなるという展開に和人はひとまず納得してしまう。……納得してしまうだけの何かが、男の言葉には込められていた。
「さぁ、今こそ覚醒を果たし、主人公として悪を倒すのだ」
そう言って男が差し出したのは、和人も持っていた日本でも最新の携帯ゲーム機。その液晶画面には、糞尿をまき散らしながら倒れる和人と、自分を踏みつけるセネルの姿。そして進化の是非を問う【はい】か【いいえ】の選択肢が映し出されていた。
「ははは……そうだ……俺がこんなところで終わるわけが無かったんだ! あんなモブに殺されるなんて惨めな終わり方、俺に相応しくないんだ……俺にはもっと相応しいハッピーエンドが待っているんだからなぁっ!!」
カーソルを【はい】に合わせ、和人は力強くボタンを押すと、視界がまばゆい光に包まれ、彼の意識が浮上した。
その光は、現実世界でも発生していた。
「な、なんだ!?」
和人がもがき苦しみ、最後に大きく痙攣して動かなくなったかと思いきや、突如神々しいまでの光を発して体が宙に浮かぶ。それを見上げるセネルは思わず警戒するが……次の瞬間、彼は全身に無数の衝撃を受け、一瞬にして意識を刈り取られた。
「……殺さなければ……」
ボロ雑巾のようにされて気を失ったセネルの首根っこを掴み、和人はポツリと呟く。
「主役の俺を邪魔したコイツを……■■■■■の邪魔をしたコイツを……できる限り、惨たらしい死を与えなくちゃなぁ……!」
これまでの人生でも一度も浮かべたことのない、酷く残忍な笑みと共に、和人は手をかざす。すると、和人の手のひらに光の粒子が集い、角笛の形を成して彼の手に握られていた。
「まずはこの俺を散々汚い物を見るような目で見ていた、こいつの故郷の連中を皆殺しにしよう」
和人は角笛を力強く吹く。その音は何処までも遠くへ……危険地帯である樹海にまで響き渡った。
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