復讐の時
本当なら、昨日の内に投稿がしたかった……でも、冬場の眠気という敵があまりに強すぎたんです。あと、胃袋の中身を消化する血液の動きという敵も強すぎた。脳に血が回らなくなる意味で。
そんな作者の作品でよければ、評価や感想、登録のほどよろしくお願いします。
かつては通い慣れた幼馴染の家の前まで来たセネルは、まるで実家の扉を開けるようなしぐさでドアノブを捻ろうとする。
「……開いてないか。出来れば物音は立てたくなかったんだけど」
それでも彼の動きに迷いはない。すぐさま花が枯れたまま放置されていた植木鉢をどかし、その下からドアのカギを取り出す。
最後に見た時も、それよりもずっと昔も、この家の前には植木鉢が幾つも置かれ、色とりどりの花が植えられていた。しかし最早その世話をする人間が意欲を無くし、水を得られなくなった花は無残に枯れ果てた。
(…………なんか、寂しくもあるな)
もう一つの実家と言っても過言ではないくらいに出入りした家が、まるで別の誰かの家になったかのような気がしてならない。その理由も、ここまで来る途中に盗み聞きした会話で、おおよそ知ることが出来た。
(小父さんと小母さん……あの二人まで変わってしまったんだな……)
曰く、気さくな道具屋だったのに、勇者の手を借りるようになってからは、急に物騒な兵器売買に乗り出し、性格も傲慢になったらしい。
勇者という強い光が生み出した影。自分が知る幼馴染や義妹、良くしてくれた小父と小母はそれに呑み込まれ、この世界から消えてなくなったことを理解してしまった。
(今日、ここで終わりにしてやる)
奇跡でも起きなければ、自分は無事では済まない。それを覚悟したうえで、セネルは音を立てないようにゆっくりと鍵を開け、家の中に侵入する。
「……うっ」
しかし、いきなり声を上げてしまいそうになった。見慣れた構造の家の中に、嗅ぎなれない悪臭が漂っているのだから当然だ。
「ちょっともう! 臭っ! どうにかしてよ!」
「窓を開けて窓を!」
「開けてるよ! そっちこそ、匂い消しに香水使うのやめろよ! 悪臭と混ざって吐きそうなくらい臭いんだよ!」
聞き覚えのある声で盛大に怒鳴りあっている。声の発信源はリビングだろうか……足音を立てないように近づき、リビングをのぞき込むと、そこには憎き勇者と幼馴染、義妹が唾を飛ばしあいながら醜い言い争いをしていた。
「あれから何日も経つのに全然匂いが取れない……こういう時にこそ勇者の力でどうにかできないの!?」
「出来るわけねぇだろ! 俺の勇者としてのスキルはあくまで武器を創造することだ! 消臭剤なんて作れるわけねえだろ!」
「……はぁ。なんとも微妙に使えない……どうしてもっと便利なスキルを覚えなかったんですか」
「んだとこの野郎!?」
臭すぎて気持ちまで荒んでいるのだろう。見ているこっちまで情けなるくらいの醜態を晒しているリアとハンナに、セネルは内心で深い溜息を吐いた。
いったいどういう心境でこのように変わり果てたのか……体から発せられる悪臭も相まって、セネルはこの場から離れたくなったが、その気持ちを堪えてチャンスを伺う。
このまま三人纏めて毒殺するのは不可能だ。一人でも異常が出れば他の二人も警戒する。食事にしても確実性が無いし、何時食べるのかも把握できない。
やるなら、一人になったところを見計らい、【混沌の魔毒】を盛る方が確実で手っ取り早いだろう。
「ちっ! こんな匂いを出すなんて、理想のハーレム主人公から程遠くなっちまった……! こんなんじゃ、アルマやシャーロットを口説けないじゃないか!」
「ふんっ! 匂い以前に盛大にフラれといてよく言うわ」
(っ!?)
思わずセネルは声を出しそうになった。シャーロットが誰なのかは今の彼が知る由もないが、会話から解釈すると、アルマは和人の味方になったわけじゃないらしい。
その事に酷く安心した。セネルが関わってきた全てが変わり果てた訳ではないかもしれないという、希望が生まれたから。
(でも……悪いな、アルマ)
本当なら、今すぐにでも無事を知らせに行きたい。しかし不必要に彼女に近づくことも出来ない。そうすれば、アルマまでもがこれからしようとすることの巻き添えになる。
「ちっ! 胸糞悪いっ!」
「ちょっと! どこに行くんですか!?」
「飯だよ飯! こんな臭い女と一緒に食っても不味いだけだから付いてくんなよ!?」
「はぁあああああああっ!? それはこっちのセリフなんだけど!?」
最後に見た時、ハンナもリアも和人にべったりとくっついていたとは思えない様子で勇者に唾を飛ばす姿に辟易としながら、荒々しい足音を立てながら家から飛び出す和人を、セネルはそっと追いかけた。
一番最初に狙うのなら、一番厄介であろう勇者を狙う。そう決めていたセネルは、憎しみで血走った眼付きで匂いやあからさまに悪い機嫌で周囲から避けられる和人の姿を睨みつけながら、どうやって毒を盛ろうかと考えながら。
「あぁっ!? 何で休みなんだよクソがぁっ!!」
その機会は、思った以上に早く訪れることとなる。
この小さな田舎町で飲食店など一軒しかない。その飲食店が臨時休業となり、食事を済ませる場所を失った和人はドアを蹴りつけ、唾を吐き捨ててから立ち去って行った。
ちなみに出店の類もない。基本的には各々が自給自足で、飲食店はおろか店自体が少ない土地柄なのだ。
「うぅああああああうぜぇえええええええええええっ!! 何でこんななにもねぇド田舎に押し込まれなきゃなんねぇんだよぉおおおおおおおおっ!! 俺は勇者でチートな主人公になれたってのによぉおおおおおおおおおっ!!」
どうやら相当むしゃくしゃしているらしい。頭をバリバリと掻きながら暴れる様子に町人たちは皆良い顔はしないが、それでも相手は勇者だからと極力関わらないように避けて通り過ぎていく。
それが和人にとっては面白くなかった。詰め寄ってくる者が居れば、勇者に危害を加えようとしたとか言って、憂さ晴らしに痛めつけることも出来るのにと。
「ちっ! クソ雑魚チキンモブどもが……もういい、食材屋にソーセージくらい置いてるだろ。おい、お前!」
「は、はいっ!?」
勇者は通りすがりの町人を呼び止める。
「食材……というか、肉置いてる場所は何処だ? 燻製した奴だぞ?」
「え、えぇっと……そこの裏路地を抜けた先に……」
それだけ聞くと、和人は礼の一つも告げずに裏路地の中に入っていった。
(…………しめたっ!)
セネルは地元民だから知っている。あの裏路地は確かに食材屋に通じていて、この道から近道として使う者も居るのだが、特に人のいない建物の隙間で出来た、曲がり角が二つほどあるのだ。
簡単に言えば、絶好の機会だ。人目につかない場所で、しばらくの間は騒ぎ立てられることもなく毒を飲ませることが出来る。
セネルは急いで勇者の背中を追いかけながら、小袋から球形形成した毒薬を一粒手のひらの上に置く。そして曲がり角を一つ曲がった瞬間、復讐者は動いた。
「むぐぅうっ!?」
魔道具の力によって姿と気配を隠したセネルは、後ろから和人の口を塞ぐように【混沌の魔毒】を口腔に放り込む。
「むぐぅううううっ!」
「ぐっ!? がはぁっ!?」
当然ながら、その事に驚いて暴れる和人。勇者の人外の膂力が一介の道具屋の息子を襲うが、【透明蜥蜴の外套】はそこらの鎧よりも頑丈で、体勢的に力を入れて攻撃できない背後にいるセネルを叩くことは出来ても引き剥がすことは出来ない。
「…………ごくっ!?」
吐き出させないように手で塞がれた和人の口の奥から、そんな音を確かに聞いた。そこでようやく緊張の糸が途切れて力が抜けたのか、今度は引きはがされた上に壁に叩きつけられたセネルだが、その表情は勝利の確信を得た歪な笑みだった。
「い、一体何だってんだ!? 誰なんだよ今のは……俺は今、何を飲まされ――――」
そこで和人の様子が変わった。猛烈に痛み出す腹と、強烈な寒気に顔を青くする勇者が腹を抑えながら両膝を地面につけると、セネルはフードを脱いで勇者を見下ろす。
……その二人の姿は、奇しくもセネルの両親が殺された日の二人と逆転した立場であった。
「地獄で父さんと母さんに詫びろっ!!」
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