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セネルの選択

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人工的な明かりのない、真っ暗な樹海の夜。その中に一つだけ、松明で照らされた洞穴の中で、セネルは仰向けになって鼻提灯を膨らませながら眠るゼオの姿を何気なしに眺めていた。


「グピィー……グピィー……」

「……本当に、毒気の抜ける奴だな」


 普段は体を丸めるように眠るゼオだが、寝相で仰向けになり、大股を開くという滑稽な姿を見せている。その上、どこぞのおっさんの様に腹まで掻き始めるものだから、余計に微笑ましさが込み上げてくるというものだ。


「こんなもん渡されたら、もうどうしようもないじゃねえか」


 手のひらの上で青い琥珀を転がす。思いもしなかった魔物からの贈り物は、松明の光を反射して輝いていた。

 今まで復讐という動機を盾にしてずっと目を背けていたが、これを渡された時点で否定しようのない本心を突き付けられることとなったセネル。

 敵討ち、不義への報復、理不尽への怒り。そうした負の感情がもたらす、「何を犠牲にしてでも」という暴力的な思想すら押し退ける、キメラに対する想い。それは、青琥珀の石言葉と同じものであった。


「……っ」


 蒼琥珀を強く握りしめ、セネルは洞窟内に常備された細くて丈夫な(つる)を手に取る。 


「……ここまでされて、お前を巻き込んだら駄目だよな」 


 恐らく、ゼオの力がなければ、復讐の結末がどう転んでもセネルは無事では済まないだろう。

 失敗すれば当然のように和人に殺され、成功しても聖男神教で賓客扱いされている勇者たちの内の一人に手をかけたとして、異端審問の末に殺される。

 それらはゼオという強大な力を上手く利用すれば、どうにか免れることが出来たかもしれない事だった。

 この魔物に全ての罪を被せる形で報復を実行すれば、セネルは憎き勇者たちを始末した上で、平穏無事な生活に戻ることも出来るのだろう。


「そんなことやっちまったら、俺はもう、これを受け取る資格がなくなる」


 それでも、セネルは人では無い、魔物であるゼオに全てを押し付けるのが、正しい選択とはとても思えなくなった。

 誰かに胸を張れない自分にはなるなと、そう言い聞かせた父が居た。

 息子に後悔するような道を歩んでほしくないと、そう願った母が居た。

 いつだって、こんな平凡な自分を慕ってくれる獣人の少女が居た。

 そんな彼らの想いに応えられる男になりたいと、そう願った自分が居たのだ。

 

(あんな事があってからもうすっかり忘れてたけど、お前のおかげで思い出せたよ)


 誰かを想う心。この戦いが終わらない過酷な世界で誰かと共に生きるのに必要な当たり前のことを、この優しい怪物が思い出させてくれた。その怪物が伝えることの出来ない言葉の代わりに、この石に想いを託して友情を告げたのだ。

  

(ありがとな)


 だからこそ、セネルはもうゼオを頼るわけにはいかない。こんなに優しい魔物に、大きな罪を被せるわけにはいかないのだ。

 全ては父母の無念を晴らすために……こんな自分のことを友だと言ってくれた怪物と、今も自分の帰りを待っているかもしれない少女の想いに応えるために。

 

「……行こう」


 蒼琥珀を蔓で縛って即席のネックレスにし、服の下に隠すように首から下げると、セネルは洞穴の隅に置いておいた、自作の魔道具を身につけ始める。

 魔物の体は魔道具の素材として加工でき、高いレベルの《道具作成》スキルを持つセネルは、材料さえあればそこらへんに落ちている石や蔓を駆使して即席の魔道具を作ることが出来る。

 そしてこの樹海は強大な魔物の巣だ。品質の高い素材の調達は、ゼオが魔物を頻繁に倒してくれていたおかげで困ることはなかった。


「……履き心地は、大丈夫だな」


 ブレードライガーの爪と皮と素材とした足袋(たび)を履いて、鑑定スキルで出来栄えを確かめる。



【牙獅子の足袋】

【雷の爪牙と鋭い走りを得意とするブレードライガーの毛皮と爪から作り出された足袋。この足袋を履いた者の敏捷値は大幅に引き上がる】



 全身が軽くなったような感覚を味わう。少しその場で跳躍するだけで、天井すれすれの高さまで跳ぶことが出来た。本気で跳べば、樹木一本をそのまま飛び越えることも可能だろう。

 それに合わせて【透明蜥蜴の外套】を羽織り、勇者や幼馴染、義妹を殺害するための【混沌の魔毒】を乾燥させ、丸めた物を皮巾着に入れて全ての準備を終わらせた。


「……いや、まだだったな」

  

 セネルは洞穴の一角に置いてあった岩を退かし、その隙間に置いてあった粉末を器代わりの広葉ごと持ち上げる。



【爆睡粉】

【吸い込んだ者を深い眠りに誘う睡眠薬。ネムリハバシロという野草が原材料となっており、少量吸い込んだだけでも丸三日は起きない。更に眠っている者にも効果があり、眠りをより深くし続けることで永遠と目を覚まさせないようにすることも出来る、法律で使用制限がある薬物】



 粉末を指でつまみ、ゼオの口の中にパラパラと落とす。一瞬、異物が口の中に入って顔を歪めたのが分かるが、すぐに唾液と共に嚥下するのを確認すると、セネルはホッと一息ついて粉を地面に置いた。

 本当ならこれは、和人たちを暗殺するために用意していたものだったが、セネルはあえて眠っているゼオに服用させる。

 容易に想像できてしまったのだ。このままいつも通り、朝になって目が覚めた魔物が、近くにセネルが居ないと分かればどういう行動をとるのかを。

 きっと……いや、間違いなく探し回るだろう。言葉を理解していることは分かっているのだから、一言も告げずに傍を離れるなど無いと思って。

 そうなれば、匂いでも追って町まで来てしまうかもしれない。そうなれば実害があろうがなかろうが関係がない。人々は、凶悪な魔物が攻めてきたとしてゼオを傷つけるだろう。

 仮に町へ戻ると告げても、ゼオは心配して頑なに着いて来ようとするかもしれない。そうなってしまえば、セネルはもうゼオを突き放す自信がないのだ。


(だから、これでよかったんだ)


 これが最後かもしれない。セネルはゼオの角の感触を覚えるかのように何度も優しくなでる。


「ありがとう。……じゃあな、親友」


 魔道具の力を借りて、セネルは常人では辿り着けない速さで樹海を駆け抜けた。

 

 


 すさまじい速度で木々から木々へ跳び移り、瞬く間に樹海の外へ飛び出したセネルは、朝方には地元の町へと戻ってきていた。

 住民たちには死んだものと思われ、騒がれる可能性はない。死んだとは思われようとも、【透明蜥蜴の外套】の力で、一般人では認識できないようになっているからだ。

 いわゆる透明人間状態で町行く人々を躱しながら、勇者たちの痕跡を探していく。もしかしたら、既に町にはいない可能性も十分あるが、その時は顔を晒してでも情報を集めようと思ったその時、通行人たちから聞き流せない会話が聞こえた。


「なぁ、あの勇者様たち、どうにかなんねぇのかな? 毎日毎日周りに当たり散らしたり、商品を金も払わずに持って行ったりしてやりたい放題じゃねぇか」

「あぁ、しかも何と言っても臭いしな。近づく度に鼻が曲がりそうに臭うんだよ、あいつら」


 その会話を聞くだけで勇者たちがこの町にいると分かる情報。セネルは息を潜め、近くでその会話を盗み聞きし始める。


「知ってるか? あいつらが臭いのは、なんでも天から悪臭を放つ塊が降ってきたかららしいぜ」

「文字通り天罰ってわけか。ざまぁみろだぜ」

「でも恥ずかしくて他所の町に行けないからって、この町に居座られるの迷惑な話だ。居座るってんなら、ストラウスの家から出てくるなって話だ」

「聖男神教の勇者様は婚約者二人とその両親もろとも悪臭塗れになったんだってな? セネルの坊主までもが死んだってのに、悼みもせずに遊び惚けてるからバチが当たったんだろ」

 

 その会話から得られた情報から勇者たちの居場所に予測を立てていく。今は朝方……リアの家にいる可能性は十分高い。この田舎町には宿もないので、もはや確信ともいえる予測だ。

 セネルは毒の入った皮袋を握りしめ、通い慣れた幼馴染の家へと走り出す。……全ての決着をつけ、過去の決別とケジメを果たすために。

 


ほかのざまぁシリーズもよろしければどうぞ

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