獣王の力と意図
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獣。
その定義を唱えるのなら、例外を除けば総じて長い体毛を生やし、これまた例外を除いて四足歩行で生活する陸上哺乳類というのが一般的だろう。
では、そんな彼らの中で唯一無二、最強を名乗れる種は何であるか?
何の予備知識の無い者に問えば、百獣の王の異名を持つライオンと答えるだろう。……しかし、それは間違いである。
野生の戦いでは爪と牙と力、それらを兼ね備えた肉食獣でなければ最強は名乗れない。そう何も知らずに唱える者は熊と答えるだろう。しかしそれも間違いだ。
では知恵と膂力を兼ね備えたゴリラこそが最強の哺乳類か? 人間に最も近しい知能を誇る彼等ならば武器を持つという最大のアドバンテージを生かし、一つの生態系の頂点に立つことも不可能ではないかもしれない。……が、それでも最強からは程遠い。
ならば水陸両用で活動できるカバはどうか? 日本では真ん丸とした体と、キャラクターグッズなどの影響でファンシーな印象を持たれているが、カバは非常に気性が荒く、その顎の力はワニに次ぎ、その牙の長さによって凄まじい殺傷力を誇るうえに、外見からはとても想像できない猛スピードで敵を追い詰める、速度を兼ね備えた重量級だが、それでも最強とは呼べはしない。
ではサイならばどうだろうか? 全身が固い皮膚で覆われ、平均時速にして約五十キロで突撃し、硬質な角で敵を突き上げる猛獣。その破壊力は鉄の塊である車すら大破する、まさに生きた装甲車と言える生物。……そんなサイですら、最強には届かない。
野生動物の間で強さを要因を最も多く占めるのは体の大きさ。陸上生物の中で最大の高さを誇るキリンこそが最強という者もいるかもしれない。確かにキリンは比較的温厚な性格ではあるが、一度火が付いたが最後、馬に似た骨格から繰り出される強力無比な蹴りで、ライオンすらサッカーボールのように蹴り殺す。……が、それでも最強ではない。
野生生物にとっての強さ。それは巨体に加え、硬質な皮膚に破壊力の事を指す。そしてそれら全てを兼ね備えた、唯一最強の種……その名は、ゾウである。
ゾウが野生で生息しない日本では馴染みが無いだろうが、ゾウは決して温厚な生き物ではなく、むしろ発情期になると凶暴化する危険な生物だ。
重量、体のサイズ、皮膚の固さ、普通道路を走る車と遜色のない速度で走るなど、全てのステータスが高水準で纏まっており、いざ他の生物と戦いになろうものなら、前述したカバやサイですらも赤子の手を捻るかのように潰される。
加えて極めて高い知能すら持っており、一部ではゾウ語という、イルカのように仲間同士で言語のやり取りをしているという学説すらあるほどだ。
まさに地球では単身生身で勝てる生物など、毒蛇などの例外をを除けば存在しない、最強の生物と言える猛獣だろう。
(ス、スキルをちゃんと見る気すら起きねぇ……!)
そして、それはこの異世界ヴァースでも同じようなものらしい。
全ステータスが二十億越え。《獣王》の異名を冠し、野生では初めて見る名前を持つ魔物であるノーデスの外見は、ゾウの始祖であるマンモスによく似ていた。
長い体毛と牙を持つゾウ……そこだけ見ればマンモスそのものではあるが、その長い鼻は一本ではなく三本生えており、耳も普通の象と比べれば二倍以上大きい。
(ステータスを見てようやく遠目からでも認識できたけど……こうして見るととんでもねぇ威圧感だ)
スキルは多すぎて閲覧する気すら起きない。それは、絶対に戦ってはいけないとゼオの本能が告げているからに他ならなかった。
戦いもしない、一切の勝ち目のない相手のステータスまで詳しく閲覧するだけ時間の無駄。それでも情報を集めるのは最早癖のようなものであり、ゼオはノーデスという個体名を持つギリメカラ・エレファレスを詳しく閲覧してみた。
【《獣王》ノーデス】
【獣魔の覇者。第八の怪物。ありとあらゆる獣系魔物の頂点に立つ存在。古き言葉で貪欲を意味する名を冠された者にして、霊王たる聖女の守護者。技術から魔法に至るまで、人が習得できるあらゆる術を無意味なものとする圧倒的な力の持ち主であり、単身で星を砕くことが出来る、最も強き魔物たちの一体。普段は自身の縄張りであるベールズの大樹海で過ごしているが、課せられた使命を果たす時が来れば、一足にして大陸を割る力の全てを解き放つだろう】
またしても意味深な単語が多く出てきた。しかし、今は情報不足で理解に及ばないことに頭を悩ます時ではない。
(この世界の頂点捕食者の内の一体……その戦いが始まる……!)
様々な理由があれど、ゼオはこれまで強さを追い求めてきた。その道の果てに辿り着いた最強の魔物の内の一体が今、目の前で戦いを繰り広げようとしているのだ。
幸い、気付いていないのか、あるいは気付いていても戦意を向けられていないのか、ノーデスの視線はドラッセラム・レオにのみ向けられている。ならばこれから巻き起こる戦い、これを見逃す理由がどこにあるのか。
『グォオオオオオオオオオオオオッ!!』
(動いた! にしても、何て咆哮だ……!)
遠く離れた場所にいるゼオの鼓膜すら激しく振るわせる雄叫び。それを目の前で聞いていても、ノーデスは泰然とした姿勢を崩さない。
ドラッセラム・レオは全部で八本ある手足を地面に付け、それら全てを駆使して天高く跳躍すると、全身を体毛を漆黒に染めて体を丸める。
(何だあれは……!? もしかして、硬質化しているのか!?)
ドラッセラム・レオもまた多くのスキルを持っているため、この短い時間の間にその全てを目に通す暇もない。しかしゼオはこれまでの経験則からドラッセラム・レオの行動と変化の意味を推測する。
そしてそれは間違いではなかった。全身を硬化させて体を丸めることで、まるで一個の巨大な鉄塊のようになった六本腕の獅子。そのまま上空に浮かんでいたドラッセラム・レオは全身から灼熱の炎を噴出し始めた。
(うぉおおおおおお……!? な、何だありゃあっ!?)
そして、墜落。
まるで隕石のように斜め上からの軌跡を描いてノーデスに突撃するドラッセラム・レオ。その姿はまさに巨大隕石の襲来とも言うべき威容を為していた。
このまま地面に直撃するすれば周囲数百キロメートルが吹き飛ぶのではないかと思わせる、まさに災害となりうる一撃を前に、ノーデスはゆったりと三本ある鼻の内の一本をドラッセラム・レオに向けた。
ボッッ!!!!
そんな噴出音が遠くにいたゼオの元に届いたかと思えば、斜め上から強襲を仕掛けたドラッセラム・レオの肉体は粉々に吹き飛ばされた。
「……ホォオワァアアア……?」
再び、変な鳴き声が出た。
今のドラッセラム・レオは全身の硬質化に加え、体を丸めながら回転することで極めて高い防御性を発揮していたはずなのだ。
にも拘らず、だ。今ゼオが見たことをありのままに受け止めるのなら、ノーデスは鼻息一発でステータス百万代の化け物を消し飛ばしたことになる。
(あ……ありえねぇ……! 仮にあの二体が人間と蟻くらいの力の差があったとしても、鼻息だけで倒せるわけがねぇ……!)
しかし現実として、元はドラッセラム・レオだった無残な肉片が樹海に降り注いでいる。
何らかのスキルによるものと真っ先に疑ってステータスを閲覧してみると、ノーデスのMPが減っている様子はない。
それは攻撃から確認までの間にMPが自動回復したのか、あるいは本当にただの鼻息だったのか……いずれにせよ、ゼオの二~三百倍のステータスを誇る魔物を倒すのに、MPなど使っていないのも同然という事である。
(アレが……頂点……!)
《魔王候補者》という称号を持つゼオも、いずれはあの頂まで辿り着けるのだろうか?
ズン、ズンと、地響きのような足音を立てながら踵を返して立ち去ろうとするノーデスの後姿を眺め、途方もない道程を幻視したゼオだったが……突然ノーデスがゼオが居る方角に顔を向けた。
「…………ガウ?」
見られている。そんな感覚が、《透明化》を発動しているゼオを襲った。
臭いや音に関するスキルや、《神の眼》といった高度な探知スキルによって《透明化》したゼオの居場所を見破られるということはこれまでに何度かあったので、ノーデスがこちらを発見すること自体は不思議には思わない。
問題は、ノーデスからすれば取るに足らない路傍の石同然のゼオになぜ顔を向けたのか。その答えは、ノーデスの鼻の穴から返ってきた。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
まるで真横に吹くダウンバーストを思わせる、ノーデスの鼻息。
凄まじい烈風がゼオの全身を打ち据え、まるで大嵐のような風量に押し流されたゼオは、そのまま樹海の外へと吹き飛ばされていった。
(お、俺……何か気に入らない事でもしちゃったぁああああああああああああっ!?)
覗き見か。覗き見したのがそんなに気に入らなかったのか。それとも何か別の理由があるのか。
しかしノーデスにこれといった害意は無かったのだろう。あの距離でもゼオを簡単に殺す手段があった獣の王は、どういう理由があったのか不明だが、魔王の素質を持つ怪物を樹海の外へ追い出すと、ゆったりとした足取りで自らの住処に戻っていった。
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