レベルを上げて物理でざまぁするために
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想像を絶する真っ黒な称号一覧にゼオは愕然とする。彼の経験則上、称号というのは行動や立場によって得るものだが、ここまで腹黒い称号の持ち主が、傍から見れば無垢で人当たりの良い笑顔を振りまいていると思うと寒気がする思いだ。
(お嬢は周囲に居た奴は男を中心にリリィ……もとい、ビッチに構い倒して仕事しなくなったと言ってたけど、なるほどなぁ……あのスキルで周囲を操ってるのか)
《ステータス閲覧》には、スキルや称号の詳細を見抜く力もある。今、ゼオの脳裏にはリリィの犯した罪と、その経緯がはっきりと浮かび上がっていた。
【スキル《感情増幅》。人の好き嫌いを始めとする感情の大小を操る力。魔力でも抵抗可能だが、強い意志さえあれば問題ない】
【称号《不義の輩》。大勢の人間を騙し、貶めたことで得た称号。詐欺と悪意の象徴】
【称号《親殺し》。永遠の富と名誉を得られると唆され、実の両親すら殺めたことで得た称号。正当性は皆無】
【称号 《ただのビッチ》。美男と分かれば婚約者や伴侶が居ても誘惑することで得た称号。尻軽で自己中心的な精神の現れ】
【称号《勘違い女》。自分が世界の中心で美少女であるという過信によって得た称号。思い上がりも甚だしい(笑)】
他にも、シャーロットに便宜を図ってもらったにも拘らず貶めたとか、自分よりも上の権力の持ち主が気に入らないとか、いっそのこと清々しいまでに醜い懐の内を、知らず知らずにゼオの目に詳らかにするリリィ。
これにはゼオもドン引きである。まさかとは思ったが、ここまで下種な人間を目の当たりにするとは思いもしなかったのだ。
(それにしても、この《王冠の神権》っていうレベル非表示のスキルって何? 調べても大したことが分からないんだけど)
【スキル《王冠の神権》。第一権能の片割れ。今はまだ眠れる力】
まったくもって意味不明である。説明から察するに今はまだ力は働いていないようだが、逆に言えば何らかの力を持っていると言える説明だ。
(それに《親殺し》の称号……唆されたって言ってたけど、一体誰に……?)
《王冠の神権》のこともあり、何やら黒幕的な存在の証左に嫌な予感が浮かび上がる。しかし今は情報不足ということで、その件は一旦横に置いておく。
当面の問題は《感情増幅》のスキルだ。これは厄介であると、ゼオも警戒せざるを得ない。
(ちょっとでも良い印象を持ったら、それを肥大化させて好感度を最大値に持って行かせるっていう奴だろ? その逆もまた然りだ)
演技でもいいから好感度を上げるようなところを見せるだけで、簡単に自分に心酔させることが出来き、その後でちょっと他人の悪評を吹き込むだけで、他人を貶めることが出来る。
対人スキルとしてはかなり厄介だろう。極めつけは、ステータスを見ても変化が見られないという点だ。
(普通、毒とか催眠とかの状態異常になったら、ステータスに表れるんだけどな)
以前、ある冒険者パーティとゲイザーという巨大な目玉のような魔物の戦いを遠巻きから見たことがある。ゲイザーが《スリープマインド》というスキルを前衛の剣士に使った途端、その剣士は後衛の仲間に斬りかかったのだが、その時の彼のステータスにはこう表記されていた。
名前:ドロイ・エルジェス
種族:ヒューマン(状態:催眠)
Lv:21
実際、ゼオも毒を食らった時、自分のステータスの種族の横に、状態異常が新しく追加されていた。しかし、今リリィを持ち上げる連中には状態異常が見られない。
おそらく、リリィが操れるのは条件付きで好感度のみなのだろう。当の本人たちは自分が思うように動いているだけであって、状態異常を起こしているわけではないのだ。
(となると、お嬢の味方を見分ける方法も難しいな。なぜか魔力関係のステータスだけは爆裂高いし、これ弱い意志しか持ってない奴はもれなくビッチの奴隷だぞ?)
しかも無駄に高いMPに反して、光属性の魔法全般を操れるレアスキル、《光魔法》は全く使っていないらしい。スキルは使用回数でレベルが上がるのだが、どんだけ自分磨きをせずに男漁りや人を貶めるのに勤しんでいるのか。今MPが最大値を下回っているところから察するに、今日もまた《感情増幅》を使ったのだろう。
(俺も気を付けなきゃな……というか、何でお嬢にはそのスキル使わないんだ? いや、使っても効果が無かったのかな?)
催眠系を始めとする人の意志に介入する魔法やスキルは、使われる本人の魔力や拒絶、意志力で効果が上下するから不安定であるというのがゼオの認識だ。ドロイという冒険者も仲間のビンタ一発で正気に戻っていたし。
(さてと……もう一人も鑑定しちまうかね)
何やらリリィに対して淡く頬を染めながら慈しみの目を向けているイケメン執事だ。シャーロットがゼオに呟いた弱音を思い返せば、彼はシャーロットの専属執事だったアーストかと思われる。
名前:アースト・ワルドナー
種族:ヒューマン
Lv:23
HP:142/142
MP:150/150
攻撃:130
耐久:108
魔力:132
敏捷:287
スキル
《気配遮断:Lv6》《風刃:Lv4》《鎧化:Lv4》
《影縛り:Lv2》《脚力強化:Lv7》
称号
《公爵家の執事》《恩知らず》《不忠義者》《影に生きる者》
(……このままざまぁを決行するのは危険だな。相手のステータスは俺の数倍上だ)
このファンタジー世界の執事というだけあって護衛も仕事の内なのだろう。スピードに特化した特殊型だ。
(とりあえず、お嬢を虐げた奴は称号を見れば分かるから、レベルをサクッと上げてから物理でざまぁするとするか)
しかしそれがどうしたと、ゼオは鼻息を噴く。《感情増幅》のスキルがあるから情状酌量の余地は多少あるが、それもシャーロットに対する不信が招いた結果だ。スキルの特性上、確固たる信頼があれば防げたにも拘らず、受けた恩を棚に上げて仕える相手を虐げた彼らは相応の報いを受けなければならないだろう。
(ざまぁを執行するのが俺で良かったな。結局のところ俺はお嬢とは別人だから、お嬢に危害を加えない限りは軽くギッタンギッタンにするだけで済ませてやるよ。……まぁ、ビッチはただじゃ済まさないけどな)
何もしなければ精々殴るくらいにしといてやろう。リリィは例外として、シャーロットに対する行いはいずれ何らかの形で彼らに跳ね返ってくるだろうし、シャーロット自身も過剰に人が傷つくことを良しとしないような気がしたのだ。それどころか、そのままなぁなぁで済ませてしまいそうな甘いところがあるようにも感じられる。
(ケジメって大事だからな。魔物の俺がやって効果があるかどうかは別だけど、関係の改善には一発殴られた方が良い時だってあるわけよ。個人的には気に食わないけど、お嬢も元の関係に戻りたがってるし)
……そんな彼の寛容に対し、彼らのシャーロットに対する陰湿な行いが激化することなど、この時のゼオは気付く由もなく、館の外へと駆け出して行った。
(おっとその前に)
すると、何かを思い出したかのようにUターンをして、二人組の侍女の足元に近づくゼオ。彼女たちは先程、話のネタにシャーロットを侮辱した侍女たちだ。
透明化を維持したまま固い鱗に覆われた手を強く握り締め、ゼオは狙いを澄まして力一杯侍女の向う脛を目掛けて打ち抜いた。
「いっ……!? ぁ、ぁああああああっ!?」
「ちょっ!? ど、どうし……いっったぁああああああああいっ!?」
(はっ! ざまぁっ!)
攻撃力35。成人男性並みの力で弁慶の泣き所を殴られた二人は涙目になりながら悶絶する。その様子にすっきりした気持ちになったゼオは、今度こそ館の外へと駆け出して行った。
時は、昼頃まで遡る。
ハイベル公爵領は、代々王族が入学してきた由緒正しき学院を管理している。グランディア王国全体を見ても、王都の次の賑わいを誇る都会の中に設立された校舎は、さながら宮殿のような雅な造りとなっており、王国各地から貴族の令息令嬢が同じ学び舎で勉学に励んでいた。
『まぁ、ご覧になって。あの方、リリィ様を虐げておきながらよく平然と学院へ顔を出せますわね』
『どうせ設立者一族の娘だからって、学院内でも好き勝手横暴に振舞っているんだろ? リリィ嬢とはえらい違いだ』
『リチャード殿下もお気の毒に……あんな身分を笠に着るだけの性悪な女を娶らなくてはならないなんて』
少し前までのシャーロットは王国きっての名門の令嬢であり、学院の理事長を務めるハイベル公爵の息女という立場にありながら、どんなに家格の低い生徒でも礼節を忘れない、模範的な淑女として一目置かれていたのだが、今の彼女にとって学院は針の筵と呼ぶに相応しいだろう。
朗らかな談笑を繰り広げていた学友たちは、今では汚らわしいものを見るかのような目でシャーロットを一瞥しては陰口に興じている。
「……はぁ」
楽しく充実していた学び舎も、今ではひたすら居心地の悪い場所でしかない。目立たないよう、暗い表情で隅を歩くその姿は、栄えある公爵令嬢とは思えないほど哀れだ。
物語に出てくる悪役令嬢のように開き直れたら気分も楽なのだろうが、シャーロットの性格では傲岸にはなれそうにない。逃げ場のない状況が、何の罪もない少女を蝕んでいた。
「生徒会室に行かないと……」
本当なら、講義が終われば部屋に戻って小さな魔物に癒されたいところだが、彼女の立場がそれを許さない。
王妃教育を十五歳という異例の速さで終わらせたシャーロットは、輿入れまでの間は地元の学院や領土、ハイベルの姓を持つ者として時間を使おうと思って学院運営の一端を司る生徒会を、婚約者であるリチャードと共に勤めているのだが、リチャードを始めとする生徒会執行部員は皆リリィに入れ込んで仕事を放棄し、膨大な書類を全てシャーロットが処理しているのが現状だ。
真面目な彼女としてはそれを放置することが出来ず、一人でも毎日下校時間ギリギリまで残って仕事を終わらせているのだが、そんなシャーロットを手伝おうとする者は、やはり居なかった。
「……あ」
たった一人きりの生徒会室へ向かう最中、季節の花が咲く中庭に無邪気に笑うリリィと腕を絡め合うように組んだ、金髪の貴公子の姿が見えた。幼い頃がずっと恋い慕い続けた婚約者、リチャード・グランディアだ。
その周りには、リリィを愛おしそうに見つめる騎士団長であるガルバス伯爵の息子であるアレックスに、代々宰相を務めるオーレリア公爵家のエドワード。元専属の執事であるアーストに、弟のロイド。
彼らはアーストを除けば全員がシャーロットと同じ生徒会のメンバーであり、幼馴染といった近しい人物だった。
「……っ!」
髪をかき分けるようにリリィの頬を優しく撫でるリチャードの姿を見て、シャーロットは胸の奥が鋭く痛むような感覚に陥る。
彼女も男女として婚約者を愛している身だ。だからこそ分かる。今のリチャードの目は、男として愛する人を見る目であると。
まるで腸を掻き混ぜられているかのような気分になる。少し前まではあの視線と見つめ合っていたからこそ、それが違う女に向けられていることが堪らなく悲しいのだ。
「あの……お話のところ失礼します……」
本当ならそのまま身を翻して走り去ってしまいたい。しかし曲がりなりにも学院事務の一端を任せられる者として、幼馴染として、家族として、婚約者として、彼らの行いを見過ごすことが出来ない。
そう意を決して話しかけたシャーロットに向けられたのは、忌々しいものを見るような五つの視線と、怯えるように婚約者の背中に隠れる義妹の目だった。
「君か……一体何の用だ? 私たちは取り込み中なのだが?」
「……ここのところ、皆様は生徒会の仕事を放棄しておりますが、一体どうしたのでしょう? 最近はずっとリリィと行動を共にしておりますが」
なるべく相手の神経を逆撫でしないよう、事務的で落ち着いた言葉遣いを意識するシャーロットを、彼ら全員は鼻で笑いながら見下した。
「俺たちは貴族としての生活経験が浅いリリィに、貴族としての生活を教えているんだ。弱きを助けるのが貴族の義務というやつだろう?」
「それとも何です? 自分の分の仕事が終わらないから手伝ってほしいとでも? これだから無能な人間は……仕事を遅らせて他人の世話になるばかりなんですから。我々は上位貴族として、生徒会などとは比較にならない書類を捌くことになるんですよ? そのくらい出来なくてどうするんです?」
アレックスとエドワードのあんまりな言い分に、シャーロットは空のような碧眼を悲しげに伏せる。
一応言っておけば、シャーロットは良くやっている。本来なら既に一人で行動出来てもおかしくない時間を貴族として過ごしているリリィにかまけて仕事を放棄する彼らに代わって、書類を全て処理しているのは他でもないシャーロットなのだ。
少なくとも、任された仕事すら全うしていない彼らに、シャーロットを嘲笑う権利はどこにもありはしない。
「で、ですが、リリィが貴族となり、学院に通うようになってからもう一年が経ちます。そろそろ一人でも行動できるようになっておくべきですし、皆様にも婚約者がいらっしゃるではないですか。あまり一人の女性と行動を共にしていては、品位を疑われてしまいます」
至極尤もな言い分である。婚約者が居る者が他の異性と行動を共にし過ぎれば、双方にどのような印象を持たれるかは想像に難くはない。
今回の場合は、リチャードたちは婚約者を放り出して浮気する男、リリィは婚約者が居る高位貴族の男に言い寄る女と、既に悪い印象を持たれているのだ。
何時までも庇護し続けることが良いことではない。互いの為にも適切な距離を取ってほしい。そう願っての忠言だったのだが、突如リリィは両手で顔を覆って涙声で叫んだ。
「ひ、酷いわお義姉様! 私みたいな平民上がりは近づいただけでリチャード様や皆の品位を貶めるなんて! 絆を育むことに生まれなんて関係ないじゃない! 身分が釣り合わなければ仲良くなってはいけないなんて、どうしてそんな悲しいことが言えるの!?」
「え……? あの、誰もそのような事……」
単なる貞操観念の話をしていたはずなのに、なぜか格差問題に関する盛大な話になりつつある。
シャーロットの言い分を曲解して勝手に騒ぎ始めたリリィの誤解を解くように言葉を重ねようとしたのだが、返ってきたのは怒声だった。
「リリィ!?」
「貴様……! 義理とはいえ、それが姉の言う事か!?」
そしてパシンッ! という鋭い音と共に頬に痛みが走る。地面に倒れこんだシャーロットが見上げたのは、憤怒の表情で平手を振り抜いたリチャードの姿だった。
「姉上! リリィ姉さまに謝ってください! 私たちの絆を下世話な目で見るなんて酷いと思わないんですか!?」
「リリィ様、ハンカチで涙をお拭きください。貴方に泣き顔は似合いません」
「これだから生粋の貴族女は嫌なんだ! 言葉ばかり綺麗に繕って、心の中では人を見下す! 少しは純朴なリリィを見習えってんだ!」
「こんな醜い女とつい最近まで親しくしていたのかと思うと、我が事ながら反吐が出ますね」
弟が、従者が、幼馴染がありったけの侮蔑の視線を、正論しか言っていないシャーロットに向ける。彼らにとってリリィを泣かせた……ただそれだけで罪になるのだ。
「我々が誰と親しくなろうと勝手だろう!? いったいどうしてこんな身分を笠に着るような権力欲の塊が私の婚約者なのだろうな!? リリィのような分け隔てなく優しく接することが出来る人が伴侶ならどれだけよかったか!」
そんな彼らの中心でリリィの肩を抱きながらこちらを見下ろすリチャードの言葉は、シャーロットの心を深く傷つけた。
義妹の登場によって、愛する婚約者の心が離れていっていることは察していたが、こうもハッキリと婚約している事実を嫌悪する言葉を浴びせられたのは初めてだったのだ。
零れそうになる涙を晒さぬように俯き震えるシャーロットに気付くことなく、リチャードたちは罵声を放つだけ放ってからフンッ! と鼻を鳴らしてリリィを慰めながらその場から立ち去っていく。
……その両手とハンカチで隠された口角が、醜く吊り上がっていることに気付きもせずに。
今更なのですが、ランキングに乗る条件って何なのでしょう? 僕はずっと評価ポイントかと思っていたのですが。