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不幸な少年に送る物は

何故更新が遅れたかって?

「元貴族令嬢で未婚の母ですが、娘たちが可愛すぎて冒険者業も苦になりません」の二巻の書籍作業と、この「最強の魔物になる道を辿る俺、異世界中でざまぁを執行する」の書籍化決定に伴って色々とあったからです!

詳しくは活動報告を見てください。


(いててて……し、死ぬかと思った……)


 折れた木を杖代わりにして、ヨロヨロと拠点のすぐ近くへと戻ってきたゼオ。その姿はタラスクを倒した直後の傲慢さは欠片もなく、今にも泣きだしそうな表情すら浮かべていた。


(ま、まさかあんな埴輪と簡単にエンカウントするなんて……何て恐ろしい樹海なんだ……)


 翼と尻尾の骨は折れ、鱗や毛皮もところどころ剥がされている。全ステータス二万越え、一見間抜けな埴輪に見えたライジングは、実に恐ろしい敵であった。

 腕は巨人のように巨大化した上に十本に増えてゼオをタコ殴り。それから雷を雨のように降らせて来る恐ろしい敵なのだ。二度と関わりたくない。

 

(ほんと、逃げ切れたのが奇跡だった……なんか途中で追いかけてこなくなったし)


 一体どういうつもりだったのかは不明だが、ある程度樹海の中心部から離れると、ライジングは追いかけてこなくなった。

 元々普通の生物とは違うから捕食本能のようなものが無いのだろうか……ゼオはどちらかというと、ライジングの行動には樹海の中心に向かうのを止めようとしているかのような意図を感じた。


(侵入者を阻んでる……? 樹海の中心に、何かあるのか?)


 しばらく考えて……考えるのを止めた。答えはいずれ強くなってから直接見に行けばいい。


(ここまでくればもう大丈夫かな……少し休憩して、羽と尻尾を治してから戻ろう)


 セネルに余計な心配をかけさせるわけにはいかない。ゼオは見晴らしの良い崖の上で体を丸め、しばらくの間休息をとることとした。

 ここ最近、レベルとSPを稼ぐために連戦を重ね、心労も増している。こうして何気なく森と空の景色を眺める時間も必要だろう。

 

(多分一人だったら、そんなこと考える余裕もなかっただろうなぁ)


 一人野生の中で生きていると、心がささくれたつことをゼオは身を以って知っている。こうして明るく過ごせるのは、きっとセネルが共にいてくれるからだ。


(まぁ、セネルもいつか街に戻るんだろうけど……その前に何らかの恩返しがしたいところだ) 


 こんな魔物と共にいてくれた報いを、これから和人や義妹、幼馴染という困難に向き合おうとするセネルに返しておきたい。たとえ彼からすれば、そうしてもらう義理が無くとも、何らかの形で繋がりを残しておきたいという打算も込めて、人の世の波に揉まれる若者に激励を送る意味でも。


(となると……形に残る物とかが良いなぁ。でもそうなると、何を送るかが問題になってくる……っと、ようやく治ったか)


 折れた翼や尻尾が元通りになったかを、実際に動かしてみて確認する。特に痛みもなく、自由に動くのを確かめると、ゼオは住処である洞穴へと入っていった。


「お、戻ったか。おかえりー」

「ガア」


 ただいまー、と言わんばかり片手を上げる。洞穴の内部は篝火が焚かれ、外の屋根付き台所に置かれた石鍋からは良い臭いが漂っている。


「ギガントラビットの干し肉とキノコを岩塩、ピンクペッパーで煮込んでおいた。そろそろいい具合に煮えた頃だから、飯にするか」

「グアアアアアアアッ!!」


 踊りにも似たジェスチャーで喜びを表す。こうして、一頭と一人の夜は今日も過ぎていった。




 一方その頃、オルバックの女神教聖堂に戻ってきたシャーロットとアルマは、教会の奉仕活動の一環として他のシスターたちと共に孤児たちの服を繕い直していた。

 古今東西、子供は活発に動き回ることが多い。遊ぶのが仕事の一つとも言われるだけあるのだが、それにしたがって服もすぐに劣化してしまうのだ。

 普通なら母親が繕うところなのだが、親のいない子供たちは孤児院を管理する教会のシスターたちが代わりに繕う。そしてシスターから孤児へと技術が伝えられ、いつかその孤児たちが親になった時、彼女たちが自分の子供の服を繕うのだ。

 

「あの……ごめんなさい、シスター。その……服をあたしの鼻水とかでグチャグチャにしちゃって……」

「大丈夫ですよ。服なんて洗えば済むんですから」


 孤児である少女たちも交え、女ばかりの部屋で服を繕う中、アルマは顔を赤くしながらシャーロットに謝った。

 すっかり良い身分へと変わり果てたリアやハンナたちを見て、溢れ出る涙や鼻水を気にする余裕もなくシャーロットに抱き着いたアルマは、後になって我に返ると、酷い有様になったシャーロットの修道服を見て羞恥に顔を染める羽目になったのだ。

 女として流石に鼻水はない。しかも目元も真っ赤に腫れてしまったし、シャーロットはシャーロットで何一つ気にすることなく聖母のような微笑みと共に濡れタオルまで差し出してきたものだから、申し訳なさにまで拍車がかかった。


(うぅ……何だろう、また圧倒的な女子力の差っていうか、母性の差まで見せつけられた気分……)


 歳はそう変わらないはずなのに、何も聞かず、何も言うことなく、ただ抱きしめることの出来るその包容力。修道服越しでは分かりにくいが、決して小さくはないアルマの乳房すら押し返す圧倒的な弾力と柔らかさ。またしても女としての敗北感を味わう羽目になった。

 ……なったのだが、それと同時に感謝もしていた。下手な気休めや慰め、同情の言葉を言われようものなら、きっと直ぐに変わらない現実を思い返して余計に気分が暗く沈んでしまっていただろう。

 しかしシャーロットはただただ現実を見て、自分に出来ることをしようと促してくれた。

 思わず挫けてしまいそうになったアルマにとって、肩を貸して共に歩いてくれる存在というのがどれだけありがたいことか、他人にはとても想像できない事だろう。


「それにしても……シスターって裁縫まで上手なんですね。あたしも苦手ってわけじゃないんだけど、見比べてみるとそっちの方がやたらと縫い目が綺麗だし」


 隣に座るシャーロットの手元……破れていたはずのシャツは、その形跡が目立たないくらい綺麗に修復されている。他にも、机の上に積まれた手製の衣服は、シンプルでありながら本職が編んだかのような仕上がり。これもシャーロットが安布で繕ったものだ。

 その上、料理も上手いときた。見るからにペンより重い物を持ったことが無いってくらい育ちの良さそうなシャーロットからは想像が出来るような出来ないような、何とも複雑な印象を抱いてしまう。


「孤児院には昔から出入りしていましたから……繕い物や掃除、料理の手伝いなどをさせてもらいました」

「へぇ……どこの街でも似たようなことがあるんですね。このオルバックでも、シスターだけじゃなくて信者の人がボランティアで来てるし。聖男神教とはえらい違いだよ」


 己の良心に従うべし、というのが女神教の根本的な教えである。その信者たちは教会に属していなくても、自分たちでも何か出来ることはしようと、教会や孤児院、街の清掃や薬草摘みの手伝いに自主的に赴く者も多い。

 そうした施しの精神は心を豊かにする。現に女神教が根強いこのオルバックでは、待ち行く人々の距離感が近いようにも感じられたのだ。シスターや神父も非常に親切で、アルマの事情を知って温かく教会に迎えてくれた。 

 一方で、聖男神教の信者はどこか利己的な印象がある。アルマとセネルの地元の町には聖男神教の教会があるが、そこで働くシスターや神父はどこか事務的な対応だし、聖男神教自体も、女神教と違って孤児院や病院といった福祉的な団体に協力する素振りが見られない。


「そう言えば、シスターって巡礼者なんですよね? 出身ってどこなんですか?」

「隣国のグランディア王国です。以前言っていた探し人ともそこで出会ったのですよ」

「グランディア! へぇ、外人さんなんですね!」


 そう思うと、なんだか余計に品が良く見えるのは、初めて外国人と知りあったからか。そこまで聞くとより深く追求したくなるのが人の……より正確に言えば、お喋り好きな女の(さが)である。


「やっぱり、シスターって良いとこのお嬢様だったりするんですか? なんかそこら辺の庶民にはない品があるし」

「良いとこの……ふふ、そうですね。これでも良いとこのお嬢様だったんです、私」


 聞き慣れない平民口調に新鮮さと気軽さを感じ、シャーロットはどこか可笑しそうに微笑みながら、アルマの口調の真似をした。


「でも家からは出奔しちゃいましたけどね」


 虐げられた末に勘当された……とは言わない。それを言えば、グランディア王国に置き去りにしてきた血縁者たちを余計に貶める言動に繋がるだろう。それはシャーロットも望むものではないのだ。


「それってやっぱり……探し人を探す為だとか? その人って男の人?」

「はい……実はそうなのです」

「きゃーっ!」


 少し下を向いて、どこか恥ずかしそうに微笑むシャーロットに、アルマは歓声を上げてしまう。

 これはもう完全に男女の甘くて熱い話だろう。お嬢様のシャーロットが身分を捨てて、危険な旅路を選んでまで愛する男に会いに行こうというのだ。

 まさに恋愛小説でもなければ見ないような展開。同じく恋する乙女として、アルマは深く共感すると共に思わず興奮するのは無理もない話である。


「こ、こほんっ。……ところで、戻る前に町で何かを受け取りに行ったようですが、それはもしかしてセネルさんへのプレゼントなのでは?」

「あ……う……そ、それは……まぁ、はい。そうです」


 流石に恥ずかしくなったシャーロットによる、話題の方向転換は思わぬ反撃となって、今度はアルマの頬を染める。

 地元の町に戻った際、アルマは装飾屋からあるものを受け取っていた。それは花木の幹から稀に採取できる、紅琥珀(べにこはく)という希少な赤い琥珀石を加工、装飾を施したネックレスだ。


「これはその……セネルの新成人を迎える誕生日祝いに送ろうと思ってて……あともうちょっとでその日だから、当日に見つけられるかは分からないけど、もし過ぎちゃっても渡そうと……」

「まぁ」


 両手を合わせ、本当に尊いものを見るかのような視線をアルマに送るシャーロット。

 紅琥珀は新成人の縁起物の一つして有名な貴石で、石言葉は幸運、未来への希望、そして……男女の情愛なのである。


「ほ、本当なら友達として……あくまで友達として蒼琥珀(あおこはく)を送ろうとしたんですよっ!? で、でもそれは危険な魔物から採取しないと取れないっていうから……!」

「ふふふ、そうですね。ですが、今なら素直な気持ちで渡しても問題ないのではないでしょうか」

「……あぅ」


 不幸な出来事ではあるが、今のセネルは婚約者どころか恋人もいない。ならば紅琥珀を、アルマの素直な気持ちと共に渡したところで何の問題もありはしないのだ。

 顔をリンゴのように赤くするアルマに、シャーロットは聖職者然とした態度で語り掛ける。


「アルマさん……きっと貴女は、傷つき病んだであろう彼の心を慮り、余計な悩みを与えぬべく渡すこと自体にも躊躇っているでしょう」

「……それは……」


 事実だった。渡そうとは口で言っても、実際に会って傷ついたセネルを目にすれば、情愛という意味が込められた紅琥珀は重荷になるのではないか……本当はそんな考えに縛られていたのである。


「ですが贈り物に本当の意味を込めるのは石言葉などではなく、貴女の想い一つなのです。そして言葉にせよ物にせよ、本人に送らなければ祝福の想いは届かない……本当に彼の幸運と未来を祈っているのなら、送ってみるのも良いかもしれません」


 ただし、それら全てはアルマさんが決めることです。そしてどのような選択を選ぼうとも、私は貴女の決定を尊重しましょう。

 そう言われたアルマは、しばし手の中にあるネックレスを眺めるのであった。




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