恐るべき亀(閲覧注意)
お食事中の方、申し訳ありません。先に謝っておきます。
こんな話でもよろしければ、評価や登録、感想のほどをよろしくお願いします。
高速回転する甲羅に頭の四肢を隠したタラスクは、全身から電撃を発しながらゼオに体当たりを食らわせる。
「グオオオオオオッ!?」
これまでは自分が敵に食らわせてきた電撃。全身を駆け巡る灼熱と激痛を歯を食いしばって耐えながら、ゼオはタラスクの回転を止めようと両腕で抑え込んだ。
(《真電甲羅》のスキルによる電撃……! 今まで散々電撃ブレスを敵に食らわせてきたけど、これは確かに効くわ……!)
しかし痛いには痛いが、まだスキルレベルが低いおかげで電圧はそこまで高くない。少なくとも、今のゼオの動きを完全に封じる程度には。
(むしろ問題はレベル上限まで達した《回転甲羅》の一撃……! そしてその利便性……!)
腹と胸を抉るような猛撃に耐えながら《ステータス閲覧》でスキルの詳細を確認する。
【スキル《回転甲羅》。甲羅を高速回転させながら移動するスキル。レベルを上げるごとに威力と速度は上昇。自身の筋力と敏捷の影響は受けない】
【スキル《天空甲羅》。スキル《回転甲羅》に飛行機能を付与。飛行速度は《回転甲羅》のレベルに加え、《天空甲羅》のレベルによる】
【スキル《臭炎玉》。体内の溜まった灼熱の老廃物を射出。直撃した相手は色んな意味で死ねる】
スキル所持者の筋力に影響しない威力と言っておきながら、回転と速度、タラスク自体の重量によって生み出された一撃は、まるで一塊の鋼が減り込んだかのような衝撃だ。
(うぐぐ……! なっ……ろぉ!!)
まるで擦り切らんと言わんばかりに腹に減り込みながら回転を続けるタラスクを《猿王の腕》で力一杯殴りつける。……が、回転によって拳が受け流されるように弾かれてしまった。
(攻防一体スキルとか……! 良いスキル持ってやがる!)
この威力に加えて、敏捷値の差を埋めるどころか追い越す速度。《天空甲羅》によって飛行までもが可能となり、正に万能と言っても差し支えのない、おおよそ弱点も分からないスキルとなっている。
「グルォオオオオオオオッ!!」
しかし何時までもやられっぱなしのゼオではない。未だ回転を続ける甲羅の下側に両手の指をもっていく。
(何時までも……調子に乗ってるんじゃねぇぞ、亀がぁッ!!)
タラスクの体をひっくり返すつもりだ。
地球の亀も背中を地面に付けると起き上がれなくなってしまう。短さや骨格が仇となって、手足が地面に付かないからだ。
それはこのタラスクも変わりはないのだろう。《回転甲羅》や《天空甲羅》があるので、それだけで勝率を上げることは出来ないが、少なくとも隙を作り出すことくらいは出来るだろう。
(ひっくり返ったところを腹パンだ。普段隠れてる分、少なくとも外側よりかは柔らかくなってるかも!)
鋭い岩のような突起があり、黒光りする背中よりかは断然殴りやすい。ゼオお得意の身動きを取れなくしてからの連打で一気に勝負を決めようとした矢先、ゼオの手のひらからジュウ……と肉が焼ける音が聞こえた。
「ガァアアアアッ!?」
思わず手を放し、距離を取ってしまうゼオ。よく見れば、タラスクの周囲から風景が歪むほどの熱が放出されていた。
(あっちちちちちち!? とんでもねぇ熱だ! 《オーバーヒート》のスキルか!?)
相対して初めて理解できたが、接近戦ではとんでもなく隙が無い。甲羅の硬度を上げる《鉄鋼甲羅》や《甲羅強化》のスキルも含めて防御は万全、不用意に触れた者は《真電甲羅》や《オーバーヒート》も併用して撃退するなど、これまでにないくらいの強敵だ。
「キュォオオオ……ゴォオオッ!!」
その上、距離を取ったら取ったで、今度は高圧力で口から放出される水による攻撃は地面や木々を切り裂く。《水刃》のスキルだ。
(舐めんなぁ!!)
それに対してゼオは口から冷気の突風を吐き出す。瞬く間に水の刃が口腔ごと凍てつくのを確認すると、続けざまに一直線に走る電撃、爆発する火球、切り刻む旋風のブレスをタラスクに浴びせる。……が。
「ゴォオオオオ!」
(か、堅ぇっ!? 傷一つついてねぇんだけど!?)
耐久値八千以上に加えて、各種甲羅強化スキルの前には火力が足りなさすぎる。その上、逃げようにも相手の方が早く、称号にある《執念深き亀》を見る限り、タラスクはゼオを見逃す気はないのだということを否応が無しにも理解させられる。
「ゴォアアアアアッ!!」
(っとぉ! 危ねぇっ!)
息つく暇も与えず、再び高速回転した状態で突っ込んでくるタラスク。今度はそれを横っ飛びに回避したが、タラスクはゼオに攻撃を回避されたと悟るや否や、強靭な四肢で甲羅から出し、急ブレーキ。地面に四本線を抉りながら止まった瞬間、前足二本を大きく振り上げ、地面に叩きつけた。
「ガァアアアアッ!?」
地盤が波打つように砕け、地面と接触していた体に凄まじい衝撃が走る。レベル最大まで高まった《地砕衝》のスキルとみて間違いないだろう。
このまま衝撃を受け続けるのはマズい。そう判断して空へと飛翔したゼオだが、追い打ちをかけるように《天空甲羅》で突撃してきた。
(こいつ……! 鈍間な外見のくせに行動が異常に速い!)
実際の速度というよりも判断の速さ。行動から行動へと繋げる時の速さが尋常ではない。
ゼオは高速回転で向かってくる甲羅に対して炎、氷、電撃、風刃とありとあらゆる遠距離攻撃をぶつけるが、止まる気配は見られない。
(ならコイツでどうだ!!)
スキル《重力魔法》、《グラビドン》で重力場を発生させ、タラスクを強制落下させる。
そしてその重力場を今度は自分の攻撃の補助に活用した。地面に減り込んだタラスクに自分の重量と極大化した重力を加えた渾身の拳を甲羅に叩きつけた。
バキリと、甲羅にクモの巣状の亀裂が入る。ゼオの拳からは、ブシュッ! と音を立てて血が噴き出した。
(いっってぇえええええええええええっ!? こいつの甲羅メッチャ硬い! 前に戦ったカンフーミミック思い出した!)
両者のHPを確認してみる。
名前:ゼオ
種族:アビス・キメラ
Lv:9
HP:4412/7312
MP:5002/7234
種族:タラスク
Lv:10
HP:6745/7023
MP:5241/5719
恐ろしいことにタラスクのHPはほとんど減っていない。ゼオの体力は半分に近づこうとしているというのに。むしろ甲羅を殴ったこっちがダメージを受けたくらいだ。
「ゴオオオ!!」
「ギャァォオッ!?」
しかし、当のタラスクからすれば自らの甲羅が割られるほどのダメージが入るなど相当珍しいことなのだろう。そしてそれが如何に屈辱的なことなのかも自覚している。
怒りと共にゼオの尻尾に噛みつく。その刃物状の牙は皮を突き破り、深々と肉骨を抉った。
(こ、こいつ……! 全然離れない!)
珍しく露出した頭部を殴りまくるが、タラスクは離す気配すら見せない。噛みついた相手を話さない《スッポン王》のスキルだ。
(いだだだだだっ!? 千切れちゃう! 尻尾の先が千切れちゃう……って、ちょい待てぇっ!?)
そしてゼオの顔に向けられた、管状の尻尾の先端。その根元から生じた三つの膨らみが発射口へと昇ってきているのを見て表情を青褪めさせる。
(それは洒落にならんだろぉおっ!?)
慌てて尻尾を掴む。握り潰そうとも思ったが、管状の尻尾は思いの外固く、尻尾の先端を斜め上空へと向けることにした。
ボンッ! ボッ! ぶぼっ! と、三連続で発射される《臭炎玉》は空の彼方へと消える。その事に安堵したのも束の間、タラスクはゼオの尻尾に噛みついたまま高速回転を始めたのだ。
「グルルァアアアアアアアアッ!?」
それに引っ張られ、地面に擦り付けられながらのジャイアントスイングのように振り回されるゼオ。その勢いに牙が食い込んだゼオの尻尾は耐えきれず、ブチリと音を立てて千切れた。
(ぐがあっ!? お、俺の尻尾が……!)
地面に叩きつけられながらも結果的に距離を取ることが出来たゼオは無くなった尻尾の先端を見て思わず泣きそうになる。
グッチャグッチャとゼオの尻尾を咀嚼して呑み込んだタラスクは、再び高速回転で突撃してきた。
さて、一方その頃タラスクが発射した《臭炎玉》は酸素と反応し、炎を纏いながら森の上空を飛び抜けた。
その光景はさながら隕石、もしくは流星のようではあるが、実態は凄まじい悪臭を放つタラスクの老廃物。触れた個所は長期間にわたって臭いが落ちないと言われている汚物だ。
そんな三つの《臭炎玉》は、やがて炎が消えてある程度温度が落ちると、森の外の平野を走る豪華な馬車の元へと墜落しようとしていた。
その馬車に乗っていたのが、和人とリア、ハンナの三人に加え、ストラウス夫妻である。
彼らはカズトが作り出した兵器を売買したことで一気に富裕層へと食い込み、その祝いとして仕立ての良い衣服を身に纏って都のレストランへと向かっている最中だったのだ。
勇者様万歳! アーウィン一家などと手を切って清々した! 我らの人生に栄光あれ!
おおむねそんな事を喋りながら都市へと向かう下劣五人に、まるで天からの裁きが下ったかのように、馬車と同等以上の大きさを誇る《臭炎玉》が三つ、勇者たちが乗る馬車にピンポイントで直撃した。
「ヒヒィインッ!?」
「うひゃああっ!?」
馬車を引いていた馬と、御者台に座っていた男が無事だったのは不幸中の幸いだっただろう。しかし勇者たちにとってはただただ不幸な出来事でしかない。
「く、臭ぁおぇえええええええっ!?」
「な、何よこれぇええ熱臭ぁああおぶぉおおっ!?」
「ぎゃああああああ!! は、肌が焼けるぅうううううっ!?」
「おげろろろろろろぉおおぶっ!?」
馬車の屋根や扉を破壊し、津波となって勇者たち五人を包み込む、凄まじい悪臭を放つタラスクの老廃物。しかも未だ熱湯以上の温度を保つそれらは五人の肌を焼き、悪臭は胃の中のモノを外へと強引に引っ張り出す。
脱出する間もなく小山のような汚物に全身を呑み込まれた和人たち。そこから更に運の悪いことに、直撃の勢いは馬車だけでは抑えきれず、タラスクの汚物に呑まれた五人は坂を転がった。
「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!?」
全身を汚物で包まれたせいでまともな叫び声を上げることも出来ず、勇者たちはフンコロガシに転がされる糞のように球形に形成される老廃物の中で目を回すことしかできない。
やがて下り坂が終わり、丸形の老廃物は自らの圧倒的重量と岩や木にぶつかってようやく動きを止める。
そこから顔だけを外に出すことが出来た五人。その顔や髪も凄まじい悪臭を放つ老廃物に塗れ、悲惨な状態だ。
「く、臭ぁ……! おげろろろろろっ」
「な、何れ……私たちがこんな目に……」
老廃物塗れの頭だけを出し、身動きが取れない和人たちは一斉に吐瀉物を吐き出す。
「た、大変だぁ……!」
それを見て顔を青褪めさせたのは御者台に乗っていた男だ。
彼はいくら相手が横暴でも、ここまで悲惨なことが起きれば助けてやろうと思えるくらいには善良な男である。男は共に無事であった馬にまたがり、助けを求めてギルドのある街まで走り出す。
途中、ゴブリンに襲われたり、怪我をした馬を救うために湖の精霊と邂逅したり、関所と嘯いて金品を巻き上げようとする盗賊崩れの集団を突破するために策を巡らしたり、湖の精霊の加護を受けた馬が美女へと変身を遂げたりするのだが、それはここでは語られることのない話。
そうした男の冒険もあって、ギルドに勇者たちの身に起きた悲劇が知らされ、救助されるのは、これから三日後の話だ。
その後も、和人たちは全身から発せられる悪臭に悩まされ続け、周囲を通りかかった人々から顔を顰められることになるのであった。
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