世界で一番嫌な亀
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その外見は腕が四本ある巨大な蟷螂……とでも言えばいいのか。
ゼオは森の中心部で対峙した巨蟲が振るう四本の鎌を両腕で捌くが、ノコギリ状の先端が鋭い大鎌はゼオの硬質な鱗を突き破り、腕を貫通せしめた。
「ガァアッ!?」
噴き出る血に久しく忘れていた強い痛みを思い出す。両腕に突き刺さった鎌は二本、残り二本がゼオの胴体に突き刺さらんと迫るが、それよりも先に《火炎の息》を口から吐き出す。
「ギチチチチチチッ!?」
「グルォオ……!」
至近距離で炸裂し、灼熱の爆風と衝撃波を撒き散らす炎の球は、大蟷螂とゼオの両者を等しく痛めつけた。
基本的に虫は炎に弱い。内臓が詰まった胴体はともかく、表皮や足、翅といった部位が他の生物と比べて燃えやすいのだ。
しかしこの蟷螂は、森の外に現れた肉食獣のような外見をした巨獣の胴体を爆散した火球を受けてもなお、表皮を焦がすだけで済ませている。
「ゴォルァアアッ!!」
しかし確かな痛痒にはなった。爆撃の衝撃で迫る残り二本の腕を弾き、その隙にゼオは鎌で貫かれた腕を捻り、自身の血で濡れた相手の腕二本を掴む。
肉と骨が抉れる痛みで握力を緩めそうになるが、それを奥歯を噛み締めて押し殺す。そのまま両腕を《猿王の腕》に変化、鱗が生えた腕から剛毛が生え、筋力を極限まで高めるや否や、蟷螂の体を勢い良く持ち上げ、そのまま地面に力強く叩きつけた。
(……し、しぶとい……!)
地面にクレーターが出来上がるほどの衝撃。内臓が詰まった腹の一部が破け、掴んだ腕が折れ曲がるが、蟷螂の動きは未だ勢いを失うことなく、それどころか痛みで更に活発化し始めた。
種族:ハルパー
Lv:103
HP:1324/5432
MP:2549/4391
攻撃:5000
耐久:4503
魔力:2319
敏捷:4888
この大蟷螂……ハルパーは間違いなく、久しく見る強敵だ。地面に陥没するほどに倒れ伏してもなお、残った二本の鎌を無茶苦茶に振り回して、ゼオの体を切り刻んでHPをガリガリと削り取っていく。
(だがここからはもう俺のターンだ!)
相手の攻撃が十分に発揮されないマウントポジションから一気に止めを刺すのはゼオの十八番だ。
背中から生やした二本の《触手》スキルを活用し、最終的には両足で踏みつける形で残った二本の腕も拘束。四本の足で抜け出される前に、ゼオは口を大きく開いた。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
渦を巻く風の刃で体を切り刻む《烈風の息》から、放電するレーザー《電撃の息》を連射。森に轟く雷鳴と日輪の下でも辺りが白ずむ雷光は、只の人間から見れば雷神でも降りてきたのではないかと恐れ戦くほどだろう。
シュウシュウと煙を上げながらも帯電した体を僅かに揺らすハルパーに、ゼオはトドメの《凍える息》を力一杯吹きかける。
体の芯まで凍りつき、握り、踏みつけていた四本の腕が焼き菓子のように砕け散る。残った頭も叩き割ると、ゼオはようやく一息ついた。
(あー……い、一体目からこんなに強いのか。いててて……)
未だ突き刺さったままの鎌を引き抜く。栓が抜けた傷口から血が流れるが、これも少し休めばじきに塞がり、回復するだろう。ゼオは奇襲されにくい見晴らしのいい場所を見つけ出すと、その真ん中で体を丸めて休息に入った。
(初戦だけでHPが四割も削られた……回復系のスキルもないから、休みながら戦わないと)
ステータスを確認してみると、レベルが4から9に上がっている。相手が強く、相応のリスクを払わなければならないが、やはりレベル上げの為にここへ来たのは正解であったと、ゼオはほくそ笑んだ。
(ベビーキメラの時は、大抵の敵には苦戦してたもんなぁ。最近ステータス差でぬるゲー状態だったし、殺し合いの感覚をリハビリする意味でも良い修行場になりそう)
森の中心部……といっても、今いるのは森の外側との境界線付近だ。もっと奥に進めば、より強い敵が待ち構えているかもしれない。
(しかし、あの蟷螂一体とって見ても、殆ど俺並のステータスとは恐れ入る。多分この森の中心部、俺より強い魔物が結構いるんじゃなかろうか?)
ほんの半年以上前にいつも感じていた、姿が見えぬ敵の存在に背筋が撫でられるような感覚を感じる。
(少なくとも、今の俺より強い人間は見たことが無い。あの神権スキル持っているカストですら、多分今の蟷螂の相手は出来ないのでは……?)
もしこの森の魔物が一斉に外へ飛び出せば、人類滅ぶんじゃなかろうか?
そんな恐ろしい仮定の話を何となく想像すること、体感にして二時間。貫かれた腕の穴も塞がり、HPも九割ほど回復した頃、大きな足音を立てながらこちらに近づいて来る魔物の気配を感じ取った。
(敵に感づかれた……いや、こんな目立つ場所で堂々と寝転がってたらそうなるだろうけど、まぁ良い。体力も殆ど取り戻したし、次の獲物はこいつだ)
木々を薙ぎ倒し現れたのは、ドラゴンのような頭を持ち、管状の尻尾の口をこちらに向ける、巨大な亀のような魔物だ。
見るからに頑丈そうな、鋭い岩に似た突起が幾つも生えた甲羅を背負っていることから敏捷値は低いと思われるが、耐久値は異様に高いかもしれない。ゼオは真っ先にステータスを確認した。
種族:タラスク
Lv:10
HP:7023/7023
MP:5719/5719
攻撃:5230
耐久:8327
魔力:5134
敏捷:43
スキル
《回転甲羅:LvMAX》《スッポン王:Lv5》《臭炎玉:LvMAX》
《天空甲羅:Lv8》《熱探知:Lv7》《オーバーヒート:Lv5》
《真電甲羅:Lv3》《水刃:Lv6》《凍える息:Lv4》
《鉄鋼甲羅:Lv5》《噴出加速:Lv3》《地砕衝:LvMAX》
《甲羅強化:LvMAX》《鱗強化:LvMAX》《筋力強化:Lv7》
《水属性耐性:Lv9》《毒耐性:Lv5》《麻痺耐性:Lv5》
称号
《生きた堅城》《海竜の子》《大地に進出せし者》《執念深き亀》
《海王候補者》《両王候補者》《竜王候補者》《レベル上限解放者》
《世界で戦いたくない魔物ナンバー4》
強い。そう、ゼオはステータスのみならず、タラスクの威風を浴びて感じた。
敏捷値は極端に低いものの、他のステータスはゼオと大差が無く、信じられないほど高い耐久値を誇っている。
RPGで言うところの、典型的な壁役といったところだ。近接戦闘はどう考えても悪手であると理解できる。
(それに今までも何度か《〇王候補者》っていう称号持ってる魔物と戦って来たけど、こいつはそれを三つも持ってやがる)
ゼオはこれまで、候補者ではなく王という称号を持った魔物と相対したことが無い。なので《竜王》やら《獣王》やらがどれだけ強いのかがいまいち分からないのだが、仮にも王と呼称されるだけの強さがあるとは思っている。
そしてそこまで至るには、ゼオやタラスクほどのステータスの持ち主でも到達できないということも。
(……で、だ。最後の《世界で戦いたくない魔物ナンバー4》って何? どういうこと?)
敏捷の低さを見て、ゼオも知らず知らずの侮っていたのだろう。敵意を剥き出しにする敵を前にして悠長に気になることを調べようとしたゼオに向けて、タラスクは管状の尻尾の口をキメラに向ける。
尻尾の根元が膨らみ、そのふくらみが尻尾の先端へと動いているのを見て、ゼオはギリギリのところで回避行動をとれた。
(とぉっ!? あっぶねぇ!!)
ブボッ! という、くぐもった排出音と共に尻尾の先端から発射されたのは黒い塊。発射された瞬間に火が付いて飛来するソレを横っ飛びで躱すゼオだったが、次の瞬間、鼻を抑えて悶絶した。
「グギュルァアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
避けたと思っていた攻撃が当たった……という訳では決してない。ではスキルによるものかと言われれば、そうでもあるし、そうとも言えない。
(く、臭い! 臭すぎる!! 何だこのトイレの汚物と腐った魚と腐った牛乳を混ぜて更に腐らせたような臭いは!?)
実際にそんな具体的な悪臭を嗅いだことはないが、そんな例えが似合う。その臭いの元は先ほどまでゼオが立っていた場所……地面にベッチャリと潰れ、張り付いた、未だ燃え続ける黒い塊だ。
《タラスクの老廃物》
《タラスクの体内で溜まった老廃物が、特徴的な尻尾の先から射出されたもの。臭い。とにかく臭い。死ぬほど臭い。直撃すれば色んな意味で終わるほど熱くて臭い。一定量の酸素に触れれば発火する性質があり、その温度は池を一瞬で沸騰させるほど。ちなみに排泄物ではない。排泄物ではないったらない。ただ、人によっては排泄物ということになる、そんな臭さ》
(嘘だろ!? あれって垢とかそういうのの一種ってこと!? あんな危険な老廃物あっていいの!?)
排泄物などではないと二回に渡ってフォロー(?)しているが、何の気休めにもなっていない。尻に最も近い尻尾から出ているので、もはや《鑑定》スキルによる説明が大ウソに聞こえてくるほどだ。
称号にあった《世界で戦いたくない魔物ナンバー4》の意味が、よく分かった。ゼオは魔物の血の臭いで吐きそうになったことがあるが、それもタラスクの老廃物と比べたら全然マシである。
(こんなの直撃したら、色んな意味で終焉る……!)
まさに《臭炎玉》とはよく言ったものである。その上、こんな恐ろしい排泄物……もとい、老廃物を射出するタラスクよりも戦いたくない魔物が三体もいるとは。
(ここは……逃げても良いんじゃなかろうか?)
あんな恐ろしい物を射出する、耐久戦の化け物のようなステータスの持ち主相手に戦ってはいられない。効率の為にも、別の敵を探すべきだ。
そう結論付けたゼオは、タラスクの敏捷値の低さを助けにして、蒼炎の翼を広げて颯爽と飛び立つ。翼も無い愚鈍な亀には追い付けまいと高を括っていると、遠くへ飛び去るゼオの背中を見つめていたタラスクは、四本の脚と頭を甲羅の中に引っ込める。すると甲羅の穴からロケットのような炎が噴き出し、高速回転しながらゼオに向かって飛翔した。
(それ前世の特撮で見たことがあるぶげはぁああっ!?)
おそらく《回転甲羅》と《天空甲羅》、そして《噴出加速》のスキルによるものだろう。
信じられないことに、たかが二桁の敏捷値しか持たないタラスクが全力で逃げるゼオに容易く追いついたばかりか、轢き飛ばして墜落させたのだ。
それを意味することはつまり、スキル込みならタラスクはゼオの速さを上回る。……この戦いからは、逃げられないということだ。
FGOなどを見てタラスクのイメージを固める人が居ると思いますが、原典のタラスクはこれに近いですからね。ぶっちゃけ、原典の方は寿限無寿限無灼熱のう✖こ投げ機ですし。鉄拳聖裁なんてなかったんや。
そして多分……とある展開のオチを読んだ人が居るかもしれませんね。
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ




