森の中心部へ
一ヶ月以上お待たせして申し訳ありません。ようやくスランプ脱出に動き出しました。
こんな作品でもよければ、評価や感想、お気に入り追加をよろしくお願いします。
(さて、と。とうとうここまで来たって感じだな)
セネルはゼオが作った石の器の中に溜め込まれた、毒々しい色をした泥状の物体に対して《鑑定》スキルを発動する。
【混沌の魔毒】
【数多の毒キノコや毒草、毒蟲の毒を抽出、配合して生み出された禁断の毒薬。高レベルの耐性スキルでもその猛威には耐えられず、服用すれば七日間もの間、呼吸困難や激しい頭痛、猛烈な吐き気、ネガティブな幻覚、体温の急上昇に反した寒気に尿道や括約筋の弛緩し、最後には死に至る。憎しみの果てに、相手を苦しみ抜かせてから殺すという作り手の怨念が込められた一品。通常の解毒魔法が通じず、解毒には解呪魔法も必要となる】
ゼオと出会い、共に行動するようになってから密かに材料を集め、《道具作成》のスキルを用いて生み出した和人を、リアやハンナを殺すための毒薬だ。
妙に人間臭く、言葉が分かるほど知能が高いキメラの同情を誘い、和人たちと戦わせるように仕向ける手段を、セネルは諦めた訳ではない。
しかし計画というのには失敗が付き纏う。ならばそれ以外でも、和人たちを苦しみ抜かせた上で殺す手段を整えなければならないのだ。
(ただそれだけだ。……それだけの、筈なんだ)
自分の心にそう言い聞かせながら、セネルは塒となっている洞窟の入り口辺りに目を向ける。
「グォウグォウ~♪」
そこには歌……と言うには野太過ぎてとてもそうは聞こえないが、何かの歌と思われるリズムで鳴き声を上げる巨大なキメラが、手を黒い鑢状に変化させて岩を削り、また何やら創作活動をしていた。
人のそれに近い形をした腕……その両人差し指と親指の先端をくっつけ合い、外から洞窟の入り口辺りの光景を四角形に切り取り、何か考えたかと思いきや、突然岩を二つ持って帰ってきて削り始めたのだ。
(この壁と同じで、何か彫刻……石像でも作ろうとしてるのか?)
凄まじい勢いで岩を粉塵に変えていき、ドラゴンを模したと思われる石像へと形作ろうとしているキメラ。本人……というには語弊があるが、やたらと楽しそうに作っており、その姿は趣味に没頭する人と何ら変わりがない。
「ガァアアッ!?」
「あ、折れた」
力を込めすぎて石像の首がもげた。地面に落ちたドラゴンに見えなくもない不格好な頭を涙目で見つめ、キメラは両手を地面に付ける。
「グォオオオウ! グォオオオオオオッ!!」
よほど悔しいのだろう。剛拳で何度も地面を叩いて八つ当たりする様子を見ると、実は魔物などではないのではないかという気持ちがより一層強くなった。
しかしこれ以上は認められない。洞穴が揺れて、パラパラと髪に落ちてきた砂塵を掃いながら、セネルは険しい声で告げる。
「おい、悔しいのは分かるけどあんまり揺らすな。洞窟が崩れたら洒落にならない」
「ガァ」
面目ないと、そう言っているかのように片手を頭において軽く会釈するキメラ。心なしか、青白い炎の翼も勢いが弱くなっているように見えて、セネルはそれ以上怒る気になれなかった。
(……幾ら復讐の為だからって、他の奴を巻き込むのに向いてないのかな、俺)
感情や損得がある人とは違う。相手が本能だけで生きる魔物だから免罪符すら必要にならない。そんな傲慢とも言える考えを根底から覆されそうなキメラに、セネルは深い溜息を吐かざるを得なかった。
洞窟の両脇に置かれた、一応ドラゴンを模した不格好な石像を眺め、ゼオはある程度の達成感と満足感を感じながら額を腕で拭った。
(まぁ、仮の置物としては、とりあえずこんなもんかな。何度か失敗したけど)
素人としては、形になっただけでも上等と言えるだろう。今後も練習を積み重ねて出来栄えの良いものに置き換えていくということで納得し、ゼオは洞穴の前に広がる鬱蒼としていた森を見渡す。
過去形である。今は屋根付きの台所を残すのみで、辺りは木の一本、雑草一つ残さず薙ぎ払われていた。
(《烈風の息》……うん、結構な当たりスキルだな)
風の刃を纏う竜巻ブレスは、広範囲と持続性に長けたスキルだ。速さも威力もそこそこあるし、戦力としては十分であると判断した。
弱点を上げるならば、範囲が広がれば広がるほど、距離が遠ければ遠いほど威力が分散するという事だが、風という特性上、敵を吹き飛ばして距離を置くことも可能。少なくとも、今のレベルでも地面に根付いた木よりも軽い敵なら吹き飛ばせる。
そんなスキルで辺りの植物を根元から掘り返すように吹き飛ばし、切り刻んだのは、試し撃ちの他にも理由があった。
(この空いたスペースに石畳を敷いて、庭園を造ろう)
石像に加えて噴水、植木などを設置し、左右対称を意識した庭園を住処の前に造る。加えて生活感あふれる屋根付き台所を見れば、この洞穴をただの魔物の巣と思う者はいないだろう。
最終的には畑なども設置すれば、ますます生活感がアップ。ただ廃墟となった遺跡に住み着いた魔物と言う偏見すら持たれなくなるかもしれない。
(まぁ、そんな根気のいる作業と並行してやらなきゃいけないことがあるんだけどな)
すなわち、レベル上げである。とはいっても、アビス・キメラに進化してからというもの、彼のステータスは平均五千を超える。グランディア王国に居た時に出くわした全ての生物のステータスなど、取るに足らない数値だ。
それに伴い、ゼオのレベルは上がりにくくなっている。以前出くわしたブレードライガー……《獣王候補者》の称号が無く、スキルもステータスも減った個体ではあるが……と同じレベルの個体を倒しても、レベルが上がらなかったし、似たようなステータスのモンスターを五体ほど倒しても結果は同じ。
恐らく、効率よくレベルを上げようと思うのなら、ステータスの平均が三千を超える敵でなければ話にならない。それかゲームのように取得経験値が異様に高い敵と出くわすというご都合主義が起こるか、ざまぁによるレベル上げ。
前者は現実的とは思えないし、後者をしようと思えば、人里に居るであろう和人を、図体ばかり大きくなった現状で物理的にざまぁしなければならない。
(となると、もう正攻法しかないわけだが……)
弱い敵を倒して地道に上げていくしかない…………と、決めつけるのは、実は早計である。
「よし、こんなものだな」
セネルが《妖蟷螂の鎌》で両断された、平らな岩の台の上で伸ばしていた迷彩柄の皮を魔物の爪で切り、頭巾付きのマントに仕上げる。そのマントを頭からかぶると、セネルの姿が消え、匂いも発しなくなった。
「良い出来上がりだ……これなら魔物に襲われなくても済むな」
実はマントの材料となった皮は、数日前にゼオが探索中に遭遇し、倒した魔物のものなのだが、その魔物のステータスがこんな感じだったのだ。
種族:アーミードルゴルチェ
Lv:97
HP:4301/4301
MP:4422/4422
攻撃:3511
耐久:3432
魔力:3054
敏捷:3742
スキル
《気配遮断:Lv7》《透明化:LvMAX》《消臭:Lv8》
《毒の舌:Lv5》《毒の息吹:Lv6》《硬直の魔眼:Lv3》
《超吸い込み:Lv4》《超吐き出し:Lv4》《消熱:Lv8》
《鞭撃強化:Lv5》《水属性耐性:Lv6》《毒無効:Lv--》
称号
《ヘタレなチキン》《卑劣な怪物》《毒使い》《血を舐める蜥蜴》
《暗殺者》《無貌の魔物》《レベル上限解放者》
ゼオの半分ほどの大きさの体躯を誇る、迷彩柄のカメレオン……とでも言うべき外見をした魔物であった。牙も爪も長く鋭く、角が生えて目は血のように赤かったが。
(久々に苦戦したわぁ……まぁ倒せたけど)
完全に姿を消し、毒攻撃で相手を削る厭らしい相手だったが、ゼオも姿を消しての奇襲を好んでいた。故に、攻撃された箇所から敵のいる位置を割り出すなどの対処法も分かるし、《毒耐性》のスキルもある。
それでも紛れもない強敵ではあった。そしてそれに見合う経験値を貰い、ゼオのレベルは一気に三つも上がったのだ。
(アーミードルゴルチェが現れたのは、この森の中心部に踏み込んだあたりか……今思えば、俺はこの森の外側をグルグル回ってたんだよな)
セネル曰く、この森は強力な魔物が跋扈する超危険地帯らしい。空から見渡してみればかなり広大で、ゼオとセネルが住む洞穴の上空から東を眺めれば森の外側が見えるのに対し、逆に西を眺めれば地平線の彼方まで森が続いているのが見える。
これだけ広ければ、魔物によるテリトリーがあってもおかしくはない。それこそ、中心に近づけば近づくほど強大な魔物が居るような。
何せゼオと同じ《魔王候補者》でもなければ最終進化にも至っていない、森の中心部の外側に居たアーミードルゴルチェですらあのステータスなのだ。レベル上げの為にも行ってみる価値はある。
(ただし、危険だからセネルを一人置いて行くのもどうかと思ったけど、あのマントがあれば大丈夫だろ。セネルも単独行動したい時があるだろうし)
ゼオはマントに向かって《鑑定》スキルを発動する。
【透明蜥蜴の外套】
【姿と匂いを消し去るアーミードルゴルチェの皮から作られたマント。このマントを羽織った者は、姿を消し、嗅覚、熱探知にも反応されなくなり、レベル7相当の《気配遮断》スキルを得ることが出来る】
ゼオが倒したアーミードルゴルチェの皮を利用した、セネルの《道具作成》スキルによる賜物だ。ゼオの爪の針や細い木の蔓だけであれだけ立派なものを作れるなんて、素人目のゼオから見ても大したものだと分かる。
(でもこれで俺も心置きなくレベル上げが出来る)
アーミードルゴルチェ一体だけでも、森の外側部分に生息する魔物とは一線を画する強さがあった。あの時はまだセネルを庇いながら戦うことが出来たが、中心部に行けばどうなるか分からない。
いずれにせよ、セネルにも自衛の術や一人で過ごす時間が必要だろう。
「ガアアア」
「ん? なんだ?」
という訳で、ゼオはさっそくセネルに対し、一人で森中心部へレベル上げに行くことをジェスチャーで伝えようとする。両腕で円を描いたり、その場で足踏みをしたり、強くなると言わんばかりにマッスルポーズを取ったりするゼオに怪訝な目を向け、セネルはポンッと手のひらを拳槌で叩いた。
「相手を混乱させる不思議な踊りか!!」
(いい加減踊りから離れろ!!)
結局、セネルを頭の上にのせて文字の無い図だけで理解してもらうのに一時間以上かかった。
またの名を、フラフラダンス。
他のざまぁシリーズも良ければどうぞ。