物語、動く
タイトル略して元むすの書籍化作業などが忙しくて投稿が開いてしまいました。
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(どうしよ……とりあえず出来る治療はしてみたんだけど……)
突然空から飛んできて手製の食器を粉砕したセネルという青年を洞穴に連れて帰り、大量の葉っぱを敷き詰めた上に寝かせた後、《鑑定》スキルで見つけた薬草類をすり潰したものを大量に塗り込んでみたゼオ。
ゼオ自身も回復系のスキルは覚えておらず、《技能購入》にもそういった類のスキルは無かった故の苦肉の策だったが、幸いにも薬草は効いているらしい。
名前:セネル・アーウィン
種族:ヒューマン
Lv:15
HP:45/87
MP:80/80
HPは順調に回復し、流血も止まっている。よくよく見れば、手足に穴も開いているのでどうなるかと思ったが、杞憂で済んだようでホッと一息付けた。
(でも、まさかまた王権スキルの持ち主と会うことになるなんてなぁ)
シャーロットとその義妹、リリィを取り巻く一連の出来事を思い出す。無神論や王冠に続いて、貪欲と名の付くスキル。調べてみたらこんな感じの説明が頭の中で流れた。
【スキル《貪欲の王権》。第八権能の片割れ。今はまだ眠れる力】
まぁ予想通りといえば予想通りである。結局現段階では詳細は一切不明であることに変わらない。
(効果について一つ心当たりはあるけども……発動条件は一切不明なうえに、予想が正解かも分からないしな)
その心当たりとは、グランディアの王都でゼオと激戦を繰り広げたリリィが姿を変えたことでメタトロンとなり、HPを削り切ることで元に戻った事だ。共通点が多い以上、同じようなことが起きてもおかしくないので、もしや王権や神権といったスキルは、ああいう形で進化することが出来るスキルなのではないかと推測できるが。
(情報が少なすぎるな。他のスキルでそんなことが出来るものが無かったから消去法だし、いずれにせよ、この疑問は一旦放置だな)
情報量が不足している謎は一旦放置する。それよりも問題なのは、今ゼオの目の前で寝息を立てているセネルだ。
(これ……目が覚めた時どうすればいいんだろ……?)
中身はともかく、ゼオの外見はどこからどう見ても凶悪な魔物である。目が覚めた時、こんな姿の化け物が近くに居れば、一般人は間違いなく自分が餌にされる未来を幻視するだろう。心臓が弱い者ならショック死しかねない。自分が逆の立場だと想像してみても同じようなリアクションだ。
(一応……俺に出来ることは考えてみたんだけど……)
縦幅が二十センチはあるであろう、巨大な広葉の上に山盛りになった果物に目を向ける。どれも樹海で採取した食用の果物であり、以前シャーロットにも頻繁に渡していた栄養価の高いグランドベリーもある。
(こいつをこう……触手を伸ばして遠くからそっと差し出せば、敵意が無いどころか友好的だと伝わるんじゃなかろうか?)
更にダメ押しで、今は洞穴の前で岩を《鮫肌》スキルで削って果物を盛る器を作っている。手渡しなどではなく、食べ物が土や砂で汚れない工夫を人間と同じ道具を使ってしていれば、少なくともこっちを理性の欠片もない魔物ではないと理解できるのではないか……という願望はある。
実際は不安だらけだが、これがキメラとして生きることを決めたゼオの、人と敵対しない為のファーストステップだ。いずれ無事に人里に帰すことは決まっているので、ここで出来る限り良い印象を持ってもらわなければならない。
「う……うぅん……!」
(え!? 嘘!? もう起きちゃったの!?)
洞穴の中の様子をそっと窺うと、セネルは額を押さえながらゆっくりと身を起こしている。
(ど、どうしよどうしよ!? 器まだ完成してないよ!?)
いっその事、皿代わりにしている広葉ごと差し出すかと考えたが、すぐに無理だという結論に至る。今現在出せる触手の数は一本。とても果物が盛られた葉っぱを支えられない。
どうすればいいのか悩んでいると、更に運が悪いことにセネルが洞穴の入り口から様子を窺うゼオに存在に気付いてしまった。
「ま、魔物!? くそっ!! 俺は餌として巣に持ち帰られて……グッ!?」
(お、おい!? 無理はすんなって!)
咄嗟にその場から転がるように動いたせいで、苦しそうに傷を抑えるセネルを心配して思わず身を乗り出すが、それに対して余計に警戒心と敵対心を露にしたセネルは、両手で石を掴んでゼオに投げつける。
「死んでたまるかっ! こんなところで、魔物に食われてっ! 俺は、父さんと母さんの仇を討たなきゃ……!」
カツンッと、硬い鱗で覆われた顔に小石が当たる。威力が低すぎてダメージは一切通っていないが、心はやけに痛かった。
(お、落ち着け俺! とりあえず、こっちに害意が無い事を伝えないと……!)
言葉を発することは出来ない。ゼオにもセネルにも意思疎通を図れるスキルはない。ならば行動で示すしかないと、ゼオは背中から伸びた触手の先で、グランドベリーのヘタを器用につまむと、洞穴の外からそっとセネルに差し出した。顔と手足と触手以外をセネルから隠すその姿は、物陰から親の機嫌を伺う幼子を連想させる。
「な、何だ……? 果物……? ……はっ!? ま、まさか俺を肥え太らせてから食べようっていうのか!? よりにもよって知恵のある魔物に捕まるなんて……!」
(えぇぇっ!? ぜ、全然違うんだけど!?)
一瞬困惑の表情を浮かべるセネル。しかし魔物の善意など想像もしていないのか、どうやら狡猾な魔物に捕まって絶望の淵に立たされたと思い込んでいる様子。何とか弁明しようと、ゼオは遂に全身を露にして身振り手振りで自分の意思を伝えようとする。
(いやいやいや! 違うんだって! 俺は降ってきたお前を介抱してただけで、別に食うなんてカニバリズムでグロテスクなことは一切考えてなくて、というかこっちは丹精込めて作った食器粉々にされたことを水に流してるんだからそこらへんは察して欲しいというか、察せられるわけがないというか……)
ワタワタと両手を忙しなく動かし、グルルルル、グオオオオと、言語として伝わるはずの無い唸り声や鳴き声で必死に訴えかけるが、セネルはますます警戒心を露にするばかり。いかにも、謎の踊りで呪術でも使っているのかと疑っていそうな顔だ。
(うぅ……やっぱり、魔物の体で人との友好なんて無茶があったのかなぁ……?)
ションボリと項垂れるゼオ。ベビーキメラの時に出会ったシャーロットとは良好な関係を築けたが、あれは相手と自分の姿が良過ぎただけだったのか。半泣きになりながら暗い雰囲気を発しているゼオ。
「…………」
しかしそこでミラクルが起こった。どうにも魔物らしくないゼオの行動とリアクションを見て疑問を浮かべていたセネルが、まるで子供や卑小な人間のようにしょぼくれるゼオの姿を見て毒気が抜けたらしく、自分の元に伸ばされた触手の先でつまんでいたグランドベリーを掴んだのだ。
ハッと顔を上げるゼオ。セネルはまだ疑問や不信が入り混じった目でこちらを見据えながら、囁くような声で問いかけた。
「これ……食べていいって事か……?」
パァァッと、ゼオの表情が明るくなる。ブンブンと何度も顔を縦に振ると、セネルは小さく礼を言いながらグランドベリーを口に運ぶのだった。
「シスター・シャーロット。これはこっちでいいですか?」
「はい、ありがとうございます、アルマさん」
オルバックにある女神教の教会で目が覚めてから五日。本調子に戻ったアルマだったが、住んでいた場所を勇者に追われる形で飛び出した為に行き場所を無くし、恩人一家の生き残りである青年の行方と安否を確かめたい彼女を、教会に一時的に住むように神父たちに頼み込んだのはシャーロットだった。
アルマの事情を聞き、良心に従うことを良しとする女神教の信者である彼らはそれを快諾。心の傷が癒えて住む場所と仕事先を確保するまで居ていいと言われたが、アルマはただで世話になれる気質ではない。せめて協会の雑用くらいは役に立とうと、シャーロットと共に礼拝堂の椅子を動かしながら掃除に勤しんでいた。
「ごめんなさい。病み上がりなのに手伝ってもらって……無理をしていませんか?」
「いえ! 大丈夫です! あたしは元気が取り柄なんで!」
力こぶを作るかのように肘を曲げるが、その腕は女性らしい細腕だ。しかし元気が取り柄というのは間違いはない。健康的な小麦色の肌は熱心に働いてきた証で、女にしては筋力があるし、病み上がりにしては活力に溢れている。
本来ならばどこぞかに飛ばされたという恩人を心配して食事も喉を通らなさそうなものだが、そんな疑問を抱いたシャーロットにアルマは探し人の息災を知らせる魔道具を見せてくれた。
「これはセネル……あたしの命の恩人がスキルを込めて作ってくれたお守りなんです」
それは丸い玉石を使ったシンプルなネックレスを象った、アルマを勇者の魔の手から逃した魔道具だ。道具作成系のスキルを使い、作り手の他のスキルを込めることで完成する魔道具は、作った本人が死ぬと輝きを失う。
目覚めて三日ほどはネックレスの輝きもぼんやりとしたもので、彼女は今の快活さからは想像もつかないほど暗く沈んでいたが、今彼女が持っているネックレスは平時と変わらぬ輝きらしい。
どこに吹き飛ばされたか分からないが、少なくとも魔物蔓延る野に飛ばされた訳ではないだろう。人家や病院、他の町の教会で保護された可能性が高い。
「ところでシスター、本当にいいんですか? あたしは他の町までセネルを探しに行くから危険承知でオルバックの外に出るつもりですけど、それに付いて手伝ってもらうなんて、シスターにも迷惑なんじゃ……?」
「遠く昔の聖獣の子を導くのも修道女の役目でしょうし、なにより危険を承知ならなおさら一人で行かせるわけにはいかないと、私の良心が訴えかけてくるのです。どうか私も同行させてください」
ゼオを探す旅の途中だが、シャーロットとしてはこの犬耳獣人の少女の事が放ってはおけなかった。聞けばアルマはシャーロットと同じ年だという。年が近く、難しい相手への恋心が見え隠れしている彼女に親近感が湧いたせいだろうか、シャーロットは良心とは別にアルマの力になりたいと考えている。
「それに、打算的な話ではありますが、私も探し人がいるんです。だから、アルマさんに同行するという口実は、渡りに船だったりするんですよ? 町の外で、探している相手の情報を耳にするのではないかと」
「え? そうなんですか?」
形の良い唇に人差し指を当て、困ったような微笑みを浮かべるシャーロット。弱っていた自分を甲斐甲斐しく世話する姿から穢れを知らぬ聖女のような印象を抱いていたが、清濁併せ呑む悪戯っぽい笑顔は、清楚な美貌とのギャップもあって非常に魅力的に見える。
(どんな人なんだろ……? こんな美人なシスターに探してもらってる人って)
正確には人というには誤りがあるのだが、それを知る由もないアルマは長椅子を雑巾で磨くシャーロットをなんとなしに眺める。
(やっぱり、すごく綺麗な人だなぁ……あたしもこのくらい綺麗だったら、セネルに振り向いてもらえたのかな……?)
日焼けした自分とは正反対の、日に焼けることを知らないかのような白い肌も、三つ編みで一本にも止められた綺麗な金髪も、宝石のような碧眼も、平民から奴隷になり、また平民となったアルマからすれば、物語に出てくる憧れのお姫様のような姿だ。
有体に言えば女として非常に羨ましい。ぶっちゃけアルマの理想そのものだ。
「? どうかしましたか?」
「いえ、何でもないですよ!?」
少し見つめ過ぎたのか、首を傾げるシャーロットを誤魔化しながら掃除を再開する。すると、教会の扉が無遠慮に開けられた。
今現在清掃中という立て看板を立てたはずなのに。そんな疑問を抱いたアルマは突然の来訪に疑問を感じながら顔を上げると、彼女の心と表情は恐怖で凍りついた。
「へぇ、ここが聖男神教と敵対してるっていう女神教の教会か」
その視線の先には、恩人である夫婦を殺め、青年を痛めつけた勇者が、想い人の婚約者であるリアや義妹であるハンナと腕を絡めながら、アルマに下卑た視線を送っていた。
次回辺りでざまぁします。




