親方、空から男の子が
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自分の妄想で悶えていたゼオは、しばらく経ってから冷静さを取り戻し、羞恥で若干熱くなった顔を横に振って冷ましながら、購入するべきスキルを吟味し始める。
(とは言ってもな……炎魔法とか雷魔法とかは、すでに《火炎の息》とか《電撃の息》を持ってるから購入しても死蔵する可能性があるんだよな)
勿論、スキルレベルが上がれば多様な魔法が使えるだろう。しかし、バーサーク・キメラに進化するのに伴って息系のスキルが変化して強力になっており、最終的な威力面ではこっちの方が上なのではと考えると、どうしても炎、雷、氷系の魔法の魅力が半減してしまう。
(それに肉体変化系のスキルを買うSPも考えると……今買っておきたいのはこの二つだな)
《重力魔法:Lv1》 必要SP:800
《鮫肌:Lv1》 必要SP:400
(見るからに炎とか氷とかとは一線を画してそうな魔法……必要SPも高いし、汎用性も高そうだぜ)
そしてゼオは再び妄想を始める。仮想敵は異世界に強そうなタイプ。例えば、創作物では中世風が多い世界観で現代技術……主に銃などを再現して、魔物や小悪党を倒して良い気になっているいけ好かない奴だ。
そんな奴と重力魔法を極めたゼオが相対したと仮定し、妄想する戦闘場面がこんな感じである。
『はっ……またデカいだけの的が現れたな。この俺の超電磁加速式のデザートイーグルで額に風穴開けてやれば一発だぜ』
『きゃー! 〇〇様素敵ー!』
『やっぱり、〇〇は最強ね!』
異世界で無双している奴は魔物をゲームで言う倒せることが前提のNPCのように見ている節がある。そしてすぐにハーレムを作るのだ。
そんな妄想の中の〇〇さんが得意気に現代兵器を見せびらかして、余裕綽々と発砲。普通の人間なら目で追えないであろう速度で飛来する、電磁力で加速された弾丸がゼオの額を貫こうとしたその時、ゼオの全身を斥力の壁が覆う。
『やれやれ……これからは異世界の現代兵器ではなく、魔物一強であるということに気付いていないのか……その弾は返すぜ。ほらよ』
『ぐああああっ!? は、跳ね返しただと!? ならこれでも喰らえええええっ!!』
跳ね返ってきた弾丸を脇腹に受けるが、そこは仮想最強系主人公。ゼオの妄想力はさらに増長して、〇〇さんは空間魔法を使って格納していたロケットランチャーやらガトリングやらミサイルポットやらレーザーキャノンやらを怒り任せに放つが、妄想の中のゼオはそれら全てを鼻で嗤う。
『無駄だ。そんな玩具で、我が重力結界は超えられん』
『『『ぐわああああああああああああっ!?』』』
高速連射される鉄の弾丸も、爆発する弾頭も、SF兵器っぽいビームも全て圧倒的重力で叩き落とし、調子乗ってる〇〇さんとそのハーレム全員を深く地面に減り込ませる。そしてそれを圧倒的強者ポジションで睥睨するゼオ。
(…………良いんじゃなかろうか)
以上、ゼオの偏りまくった見解と都合の良すぎる妄想で綴られた仮想未来図である。理系の頭の良い人が聞けばツッコミどころ満載かもしれないが、あいにくゼオは人間の頃から文系脳だ。
(よし、じゃあさっそく《重力魔法》購入だ)
スキル《技能購入》からSPを支払って重力魔法を習得する。魔法系スキルの特徴は、レベルが上がるごとに使える魔法と威力が増していくことで、現在スキルレベルが1の重力魔法で使用可能な魔法は、下に向かう重力が増す《グラビドン》だ。
(よっしゃ! 早速人生初の魔法と言ってみようか!)
そして意気揚々に発動させた結果……ゼオを中心に途方もない重圧が掛かり、彼の体は周囲の木々ごと押し潰された。
(ちょっ!? ギブギブギブ中止中止中止!)
慌ててスキルを切って事なきを得る。ステータスを見れば200もHPにダメージが入り、地面は陥没していた。
(じゅ、重力魔法って俺にも影響あんのね……いや、ゲームじゃないんだから当たり前だろうけど)
とりあえず今後の課題は、自分が巻き込まれない程度のコントロールだなと心に留め、次のスキルに思考を切り替える。
(次は本題の、《鮫肌》スキルの購入だ)
人に敵意を向けられない魔物としての過ごし方というものをゼオなりに考えてみた。ただ大人しくしているだけは不足だ。魔物の身と言うだけでも危険視されるだろう。そこでゼオが考えたが、人に興味津々で大人しく、友好的な魔物だ。
人から歩み寄らないなら、魔物側から歩み寄ればいい。自分たちの文化を熱心に学ぼうとしていて、かつ友好的な態度を取れば、良心的な人物であれば卑下にはしないはず。幸いゼオの精神と魂、記憶は人間だ。人の感性というのは大体わかる。
(まずは衣食住の食からだ。俺は食器を作るぞ)
獣よろしく死体に齧りつくような真似をして人と友好的になれるのか。否だ。人ならば食事をする際、最低限切ったり焼いたりするくらいはしないとダメだろうと考えたゼオは、手ごろなサイズの丸みを帯びた岩、それが見つからなければ適当に断崖から《妖蟷螂の鎌》でブロック状に切り出した岩を合計十個ばかり用意する。
(これを使って鍋や丼、皿を作ってみよう)
新しく得たスキル、《鮫肌》によって変化した右手は、黒く金属製の鑢に似た感触だ。本来は触れた相手にゼオの耐久値で計算された微小なダメージを与えるスキルだが、それを応用することで岩を削り、食器に形成しようという訳だ。
(お、良い感じに削れてる)
そしてゼオの目論見は上手くいった。三千以上の耐久値なら微小ダメージでも岩を削るには十分で、削り落とされた粒子は山となり、手の動きに沿って岩が形を変えていく。
(あっ!? 割れた!?)
しかし、それでも全部が全部上手くいくわけがないのが現実だ。良い感じに器の形になっても、力を込めすぎて割れたり、陶芸のように薄さに拘ってみれば削り過ぎて穴が開いたりと、急激に上がったステータスのおかげで力加減が出来ずに悪戦苦闘する。
それでも諦めず、不貞腐れずに岩を削り続けること最後の十個目。ついにゼオの願望は目に見える形となった。
(で、出来たぁっ! 俺特製、丼! ていうか鍋!?)
手に持ってその出来上がりをじっくり眺める。それは贔屓目に見ても不格好と言えるくらいに歪み、厚みも不均一な半月状の器だが、巨体のゼオが使う丼や鍋としては十分な一品だった。
(さぁて、じゃあ出来上がった記念に、この鍋で転生後初の手料理を……)
意気込んで獲物でも狩って調理しようとした矢先、遥か上空から何かが飛来してきた。その飛来物は真っすぐにゼオの……より正確に言えば、ゼオが持っていた手作り食器に向かって行き。
(…………え?)
バキャリと、飛来物が直撃した丼兼鍋がゼオの手のひらの上で瓦礫と化したのだった。
(うわあああああああああああああっ!? 俺の食器が!? 俺の魂の力作がああああああっ!!)
不格好な出来ではあった。しかしそれでも丹精込めて作ったゼオの人に対する歩み寄りだった。それが一瞬にして砕かれる……その下手人と思われる飛来物の正体は、ゼオの手のひらで気絶する一人の若者だった。
(何だこいつは!? どこのどいつだコラァッ!!)
涙目になりながら、ゼオは若者に《ステータス閲覧》を発動する。
名前:セネル・アーウィン
種族:ヒューマン
Lv:15
HP:9/87
MP:80/80
攻撃:44
耐久:852
魔力:50
敏捷:45
スキル
《貪欲の王権:Lv--》《鑑定:Lv8》《道具作成:Lv7》
《救難の加護:Lv1》
称号
《道具屋の息子》《職人の卵》《良心に耳を傾ける者》《復讐者》
聖男神教と女神教が苛烈な宗教争いをしているこの世の中で、ベールズはどっちつかずの国だ。
国教として決められた宗派が無く、それゆえに二大宗派はこのベールズにどちらの宗教を浸透させるのか、水面下で争い続けている。
そんな国では、女神教で奉られた聖獣と聖女の間に生まれた亜人を奴隷として売買することを認めている聖男神教との争いが現在最も活発だ。聖獣と聖女という目出度い組み合わせによって誕生した彼らは女神教にとっては祝福された一族とされているが、敵対宗派である聖男神教からすれば薄汚い魔物と魔女との間に生まれた下等種族でしかない。
そんな亜人の中でも犬の耳と尻尾を持つ種族に生まれた少女、アルマが十歳の時、聖男神教の息がかかった奴隷商に攫われ、売り飛ばされそうになったことがある。
女神教では奴隷は徹底的に認めていないが、聖男神教では資金源を稼ぐために奴隷を裏商売に使っており、アルマもまたそんな利権に翻弄された哀れな被害者だった。
奴隷などという身分は、よほど変わり者な人物にでも購入されない限りはどんな相手に買われたとしても悲惨な末路しか待っていない。アルマを守ろうと抵抗した父母も殺され、絶望に暮れていた彼女は重い鉄球を足枷に嵌められ荷馬車に揺らされていた最中、馬に鞭を打っていた御者が爆音と共に吹き飛ばされた。
それに驚いた護衛たちは警戒するように外へ出たが、彼らは無数に飛来する爆裂する物体に悉く倒されていく。その正体は、冒険者たちの間で使われる対生物用の炸裂弾だ。破壊能力は低いが、衝撃と爆音で相手を気絶させることに長けた道具で、火を噴射しながら目標に飛んで行くのが特徴である。
『大丈夫?』
一体誰がそんな真似をするのだろう? そう驚いていたアルマを更に驚かせたのが、なんとそんな恐ろしい奴隷商人たちを翻弄したのが、父親が作った商品をくすねてきた、同じ年の雑貨店の一人息子だったからだ。
何処かで奴隷になって酷い目に遭っている少女……アルマの事を聞いたという少年は、子供特有の正義感で助け出そうと一人やってきたのだという。そして幸運に幸運が重なって、少年はまるで物語のヒーローのように、運よくアルマを助け出したのだ。
……もっとも、少年はその後両親にこっぴどく叱られたのだが。
そんな経緯があって、少年とその家族と親しくなったアルマ。身寄りのない彼女を気遣って、少年の両親は使っていない小屋を住居にすることを許してくれて、アルマは祖先である聖女に恥じぬよう必死に手伝いをしながら恩返しをした。
そしてアルマは成長し、いつからか手伝いから仕事に切り替えながら雑貨店家族に家賃を支払いながら暮らすようになった頃には、心身共に成長して助けてくれた少年に一人の少女として恋心を抱くようになっていたのだ。
物語ではありふれた馴れ初めだったが、成長しても心優しく、親の後を継いで実家を立派な店にしよう一途な夢を見ていて、危険も顧みずに自分を助けてくれた少年に対して抱いたある意味当然の感情。
『……でもダメ。告白なんてできないよ……』
それでもアルマはその本音を押し隠すことを選んだ。なぜなら少年には、幼馴染にして恋人である婚約者がいるのだ。自分がその間に割り込んで、彼の幸せを壊すことなど出来るわけがない。
アルマは人知れず身を引いて、友人として少年の幸せを祈り、手伝いをする。それでいいのだと自分に言い聞かせたある日、彼女の日常を木っ端微塵に変える大事が起こった。
仕事から帰って来た時には全てが遅かったのだ。燃え盛る恩人の家と、一見して死んでると分かる血の池で沈む夫婦。そして手足を何かで貫かれて倒れ伏す愛しい少年。
必死に駆け寄ろうとする足も間に合わず、少年はよりにもよって愛していた婚約者と義妹の魔法によって空の彼方へと吹き飛ばされてしまった。
失意に沈むアルマ。そんな彼女を、少年の婚約者と義妹を侍らす一人の男がこっちを見た。その男はアルマの顔や体を舐めまわすように見つめた後、獣欲に溢れた表情で笑い……。
「……はっ!?」
そしてアルマは目を覚ました。気が付けば、彼女は清潔なベットの上で眠らされており、警戒心を露に辺りを見渡すとそのベッドの脇に座っていた一人のシスターが真っ先に目に入る。
「あぁ、よかった。目を覚ましたのですね」
シスターは美しい人だった。金糸のような長い髪も、白磁の肌も、空のような蒼い瞳も、まるで美の神が丹精込めて創造したかのような、元奴隷で田舎育ちの自分とは大違いの気品溢れる女性。
「教会の長椅子の上で、傷と泥だらけで眠っていたので心配しましたが、体に異常は感じませんか? 食欲はあります?」
「へ? あ、いや……体の方は特に……あと、お腹の方は……」
対面する者全てを安心させるかのような雰囲気の年若いシスターに緊張感が解けて戸惑うアルマの腹の虫が盛大に鳴る。思わず顔を赤くして俯く彼女に、シスターはまるで遠い先祖である聖女を想像させる慈悲深い微笑みを浮かべながらスープを用意し、ゆっくりと啜るアルマに尋ねた。
「私は女神教巡礼者のシャーロット……貴女のお名前を聞いても良いですか?」
あと1話か2話くらいで細かいざまぁを挟んでいって、第二章クライマックスざまぁに持って行きたいなぁって思っています。




