現状把握
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深い樹海の中にある巨大な洞穴。大きな家一軒分がすっぽりと収まりそうな空洞の中に、巨大な幾つもの生物の特徴を兼ね備えるキメラと呼ばれる魔物が尻尾と翼を丸めて不貞腐れていた。
硬質な鱗が生えた竜の上半身に、大地を呑み込まんとするほどに開く顎。逞しい王鳥の翼、爪牙は鉄杭のように太く鋭い。大地を踏み締める獣の足も異常に発達し、硬質な皮で覆われた尻尾の先端にはスパイク状の突起がいくつも生えている。そしてその頭部には、後ろに向かって生える二本の角と、額から前へ突き出す一本の角が威圧を示していた。
(うぅ……寂しい……)
そしてまるで人間のような……否、事実、人間としての魂と精神、記憶を有する魔物、ゼオはグランディア王国での一件以降、この樹海の洞窟に住み着いて涙目になりながらも惰性で過ごしていた。
(あの選択がお嬢の為だとは思ってる……けど、なぁ……)
もう手の届かない場所にいる少女、シャーロットの事を思い浮かべる。この半年間の殆どを暗い洞窟の中で過ごし、時たま食事の為にフラッと出てくるくらいしか動いていない。
あの温もりがもう感じられないと思うと、どうしてもやる気というものが沸いてこなかったのだ。この広い世界で、一個の魔物として過ごしていくしかないのだと思うと余計に。
(……馬鹿が。泣くなよ、俺。こうなるって分かってたことじゃねぇか)
滲んだ視界を腕で拭う。見渡す限りのそこは、かつてゼオが居た野生。周りは基本敵だらけで、眠る時すらも気が休まらない、全ての生物の祖先が初めに見る生命の揺り籠にして原初の地獄だ。
もう後戻りはできない。ゼオはこの生涯キメラとして生き、この魔物が蔓延り、闘争でしか生きる術がない残酷な世界を、悩み、苦しみ、それでも己が命の鼓動を抱きしめて懸命に生きていくしかないのだ。
(お嬢を助けた……その事だけは間違いじゃないんだ。だから俺はその結果を受けいれて、キメラとして最後まで生きて生きて生き抜いてやる)
だが、しかし。
(だからって、人間と積極的に敵対はしたくないんだよなぁ……あと一緒に過ごしてくれる相手が欲しい。喋れなくてもいいから。魔物とかでもいいから)
この世界の人型の知的生命体からすれば、基本的に魔物というのは恐怖の対象であり、討伐するべき存在だ。だからゼオは、王都で大暴れしたこともあってシャーロットの元から離れたのだが、だからといって人が嫌いなわけではない。むしろ話し相手が居てくれれば、この過酷で孤独な野生も何とか健全に過ごせそうな気がする。
(とりあえず、方針は二つ。一つは人間と敵対することのない大人しく、強い魔物であるとアピールする)
どんな大人しい魔物でも利益や娯楽の為に殺されるものだが、強ければそうそう討伐しようなどとは思わないはず。害意は無いと証明することで、互いに傷つけあわない関係が作り出せるかもしれない。
それに、遠い何処かの空の下でゼオが大暴れしているなどという噂がシャーロットの耳に入ったら、きっと彼女は心を痛めるだろうし。
(もう一つは、一緒に過ごしてくれる同居人を作ることだな)
ラブのような人型で意思疎通が出来るなどという我儘は言わない。いっそのこと魔物でもいいから、大人しくて癒してくれる生物を隣に置いて寂しさを解消したいところだ。あと出来れば賢くてモフモフしてるのが良い。流石に虫とかは勘弁だ。
(これらを踏まえて、今の俺の状態を確認しないとだな。何が出来るのかを確かめないとだし)
ゼオは頭の中で《ステータス閲覧》と強く念じる。
名前:ゼオ
種族:バーサーク・キメラ
Lv:100(MAX)
HP:3972/3972
MP:3959/3959
攻撃:3081
耐久:3086
魔力:3088
敏捷:3074
SP:1783
スキル
《ステータス閲覧:Lv--》《言語理解:Lv--》《鑑定:Lv--》
《進化の軌跡:Lv--》《技能購入:Lv3》《火炎の息:Lv1》
《電撃の息:Lv1》《凍える息:Lv1》《睡眠の息:Lv1》
《透明化:LvMAX》《嗅覚探知:Lv2》《猿王の腕:Lv1》
《妖蟷螂の鎌:Lv1》《触手:Lv1》《飛行強化:LvMAX》
《毒耐性:Lv1》《精神耐性Lv:MAX》《空間属性無効:Lv1》
称号
《転生者》《ヘタレなチキン》《反逆者》《狂気の輩》
《魔王候補者》《解放者》《勇者の卵》《王冠の破壊者》
(王都を離れてから最初の一ヶ月くらい、メッチャざまぁでレベル上げてたもんなぁ)
どういう理屈か、特定の相手が特定の行動をとった時に〝ざまぁ〟を執行すればレベルがあるという意味不明なシステムがゼオにはある。そして恐らく彼の見ていないところで相当ざまぁに相当する何かが起きたのだろう、一気にレベルがカンストし、ステータスがとんでもないことになっている。
(で……だ。まずは、称号から見て行こうか)
【称号《魔王候補者》。世界最強生物である魔物の頂、つまり魔王への道を歩みだした事で得た称号。今はまだ未熟な力】
魔王と聞けば、RPGなどでよく見る世界の支配を目論む系だと思ったが、どうやら生物として最強の個体の事らしい。ゼオはこんなにステータス上がったのに、まだ上がる余地があるのかと、自分のことながら少し呆れた。
【称号《解放者》。幾星霜の時を掛けて縛り上げられた神からの呪縛を解き放った事で得た称号。己が良心の末に得た確かな救い】
全く心当たりがない。説明もどこか抽象的だし、疑問点が増えてさらに困惑しながら首を傾げるゼオ。
【称号《勇者の卵》。臆してなお一歩踏み込んだ勇気を称えられて得た称号。今はまだ小さな救世への兆し】
魔王の候補でありながら勇者の卵にもなっているらしい。何やらあべこべ感が満載で、どう反応すればいいのか戸惑う。
【称号《王冠の破壊者》。第一の果樹、王冠の所有者を倒したことで得た称号。それは栄光への階段か、はたまた破滅への坂道か】
これはリリィを倒したことで得た称号だと容易に想像できる。おそらく、王権や神権と名の付く謎スキルの持ち主を倒せば会得できるようだが、詳細は不明のまま。あと、説明文でいちいち不安を煽るのは本当にやめてほしい。
(それからスキルに買った覚えも無ければ、進化した時に増えたり変化したりしたわけでもないスキルが混じってる。……ていうか《空間属性無効》って、こんなん活用する時あんのか?)
説明文によると、空間に干渉する魔法やスキルなどを全て無効化するスキルらしい。今の効果範囲は自分の体だけのようだが、これが役立つ日が来ること自体疑問だ。
空間系と言えば、あらゆる創作物でもたびたび登場しては、その度最強クラスの能力であると紹介される破格の能力である。そんなスキルの持ち主がそうそう現れるとは考えにくいのだが、まぁある分には越したことはないと前向きに受け取っておく。
(次は《進化の軌跡》だな。ここから先の進化先はどうなっているのか……っと)
続けてスキルを発動させる。プロトキメラの時は多くの進化先が表示されたが、それはあらゆるキメラに進化できる前段階だったかららしい。バーサーク・キメラに進化した途端、その派生は急激に狭まられて、五種しか進化先が存在しない。
【クレイジー・キメラ】 進化Lv:65 必要スキル:無し
【バーサーク・キメラの正規進化先。殺戮本能に理性が塗り潰され、嗜虐心だけが突出した生粋の化け物。命ある者を目にすれば迷わず襲い掛かり、哄笑を上げながら血肉と内臓を弄ぶ事から、S級討伐対象として人類に目を付けられるのは間違いなし】
これは無いとゼオは首を横に振る。せっかく理性が元に戻ったのに、また手放すなどありえない。
【カースブレイド・キメラ】 進化Lv:100 必要スキル:《呪いの爪牙》《剣鬼の加護》
【全身に呪われた刃を生やす合成魔獣。その刃が少し肌を切るだけでも致死性の呪いを与え、近寄る全てを切り刻む。その特性故に共生というものを知らず、常に血に飢えている危険生物】
これも無いとゼオは再び首を横に振る。
【アビス・キメラ】 進化Lv:100 必要スキル:《死霊の翼》《烈風の息》
【奈落の名を冠し、死霊の青白いオーラを纏ったキメラ。その翼は不吉と地獄の象徴とされ、巻き起こす風は魂すらも滅ぼす地獄の使者。生者を殺し、死者すら冒涜することから禁断の魔物であると恐れられている】
これも無いとゼオはまたしても首を横に振る。
【ヌエ】 進化Lv:80 必要スキル《放電》《食人嗜好》
【東洋を活動域とするキメラの一種。食人を嗜好としており、特に女子供を生きたまま足先から捕食するのが大好きで、その悲鳴を楽しむ残虐性から必滅が義務付けられている。かつては東洋民族の間で雷神の使いとして崇められていたが、聖男神教が流したプロバガンダで魔性に堕とされた】
これも無いと、ゼオはまたまた首を横に振る。
【ポイゾニック・キメラ】 進化Lv:100 必要スキル《毒の息》《毒棘》
《全身の至る所から毒を放出する害獣。あまりに多種多様な毒を使い、現在の人の技術では解毒することは出来ないとされている。その殺傷力はたったの一滴で大人を五人は殺し、居座った土地を枯らして不毛地帯にしてしまうほど》
ゼオは握りしめた両手を地面に叩きつけて項垂れた。
(今回ロクな進化先がねぇええええええええええええっ!!)
どれを選んでも積極的に狙われそうな進化先。これを用意した何者かが居るとすれば悪趣味と言わざるを得ないだろう。
(い、いったん進化の事は忘れよう……SP貯めながら、それでいて進化せずに済むようにして)
ハッキリ言ってゲテモノ枠しかない。現在のステータスでも死ぬ気がしないし、ゼオは気を取り直して《技能購入》を確認する。
(……《人化》のスキルは…………やっぱり、無いか……)
覚悟はしていたが、どこを探してみても《人化》のスキルは見つからない。その事が、ゼオに二度と人型になることが出来ないと雄弁に伝えていた。
再び落ち込み気味になりながら確認を再開する。すると、ゼオはとあるスキルを見つけ出した。
《炎魔法:Lv1》 必要SP:500
《水魔法:Lv1》 必要SP:500
《大地魔法:Lv1》 必要SP:500
《風魔法:Lv1》 必要SP:500
etc.
(ま、魔法!? 魔法だと!? ついに俺も魔法デビューできるという事か!)
これまで魔法が使える敵とは戦ってきたが、ついに自分も使えるようになるのかと思うと感慨深くなる。まさにこれこそがファンタジーであると。
(つまり、これから魔法を極めれば……)
ゼオの脳裏に年頃の少年特有の妄想が満たされ始める。
その脳内のイメージの中には、何十人もの魔法使いと対峙するゼオの姿があった。
『行くぞ皆!! 《ヘルブレイズ》!!』
『ふん……くだらん』
魔法使いたちが一斉に放った黒い炎。最上級炎魔法、《ヘルブレイズ》の津波が、ゼオが放った黒い炎に逆に呑み込まれ、彼らにダメージを与える。この際、何故ゼオが普通に喋っているのかどうかは無視するべきことだ。
『たっ……たった一体の魔法だっていうのに……奴の《ヘルブレイズ》は、俺達全員の何倍の威力があるっていうのかよ!?』
『……今のは《ヘルブレイズ》ではない……《ファイアボール》だ……』
炎属性最下級の魔法に、何十人分もの最上級魔法が撃ち負けた。その事実に魔法使いたちは凍りつく。
『そしてこれが俺の《ヘルブレイズ》……その想像を絶する威力と雄々しき形状から、人々にはこう呼ばれる……』
ゼオの手に収束された黒い炎は太陽の如き極光となり戦場を照らす。そしていまそれが解き放たれようとした瞬間、ゼオは口をモゴモゴと動かした。
『えー……あー……うぅーんっとぉ……な……なんか凄いビームっ!!』
『お前今絶対技名思いつかなかっただろギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
ゼオの攻撃。魔法使いたちは木っ端微塵に吹き飛ばされた。
(なぁんて! こういうことが出来ちゃうわけだろぉ!? や、やべぇ……この世界に来て初めて戦闘関連で楽しくなってきた!)
以上、ゼオの妄想である。最後の方は全く締まらなかったり、そもそも《ヘルブレイズ》って何だという冷静なツッコミは、舞い上がったゼオには一切届かないだろう。キメラは巨体をゴロゴロと転がしながら緩みまくる顔にささやかな抵抗をしていた。
どこの大魔王なんだ……というか、パロネタってある程度は許容されましたよね? 書籍化したら原作の方に許可貰わないとですけど。違ってたら書き直しますが。




