プロローグ
タイトルを変更しての第二章開始です。お気にいただければ評価や登録、感想のほどをよろしくお願いします
グランディア王国での騒動から、半年が過ぎた。グランディアの西に位置する国、ベールズのとある街道では、一台の幌馬車がガラガラと音を立てて主要都市であるオルバックへと向かっている。
「出発して随分経つが、尻や乗り物酔いは大丈夫かい?」
「あぁ、問題ねぇ。クッション貸してくれたしな」
御者台で馬の手綱をひく中年の男……商人は、幌の中に居る五人組に愛想よく話しかけた。鎧で身を包んだ戦士風の男にローブと杖を装備した魔法使い。弓を携えた女エルフに軽装の猫耳獣人の男。そしてフードで顔を隠した祭服を着た女。
彼らの中の四人は、所謂冒険者だ。このご時世、街道を通る商人が盗賊や魔物に襲われて、その結果商品が入荷できないということは頻繁に起こり得る。それを防ぐために彼らは戦闘、護衛などを専門とする冒険者を雇っているのだ。
燦燦と陽光が降り注ぐ道を進む幌馬車。このどこか長閑な光景が、一刻後には商品も馬車も奪い取られて道端に死体が転がっているという凄惨な光景に代わってもおかしくはない。
「獲物が来たぜ野郎ども!! 男は殺し、女は荷物共々奪い去れぇ!!」
『『『おおおおおっ!!』』』
そしてその可能性は理不尽に訪れるのだ。背の高い草陰から獲物を待ち伏せしていた盗賊たちは、その暴虐な牙を無辜の民に突き立てようとする。
盗賊の内の一人がまず足を奪うために馬や御者台に座る商人を弓矢で狙い撃ちにし始めた。哀れ善良な商人はその鏃を身に受けて倒れるのかと思いきや、青く輝く障壁が幌馬車全体を包んで飛来する矢のシャワーを悉く防いだ。
「盗賊どもだ! 応戦しろ!!」
「「「おうっ!」」」
襲撃してきた盗賊たちに頭を抱える商人を幌の中に避難させ、冒険者たちは打って出る。剣戟の火花が散り、矢と矢が応酬し、火の魔法がならず者たちを焼き払う。
冒険者たちは五人、盗賊は二十人近く。その人数差は埋め難く、冒険者たちの健闘も無に帰すかのように蹂躙されるのかと思いきや、意外にも戦況は冒険者たちに対して一方的に有利に働いていた。
「くそぉっ!! どうなってやがるんだ!? 変な膜みたいなのに阻まれて、こっちの攻撃が通らねぇ!!」
冒険者を刃や魔法で攻撃しても、彼らの全身を覆い、動きに合わせて形状を変化させる青い障壁が全て防ぎ、人数差を活かして馬車を狙ってみても、城壁のような結界の守りを貫くことが出来ない。
初めは人数差で余裕の態度だった盗賊たちが、自分たちの攻撃が一切通じず、冒険者たちから一方的に攻撃されてどんどん数を減らされていくことへの恐怖に顔を歪める。
「て、撤退だぁ!! こんな得体の知れねぇ奴ら、相手にしてらんねぇよぉ!!」
人数が半分を切ったところで、盗賊たちのリーダーであると思われる男の声で一斉に逃げ出す無頼漢たち。その背を見送って、商人や冒険者たちがホッと一息つくと、戦闘中ずっと障壁を張って味方への攻撃を防いでいた僧侶が、そのフードを取り払う。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。助かった」
それは、この世のものとは思えないほど美しい娘だった。腰まで伸びた金糸のような髪は三つ編みで一つに纏められ、その瞳は蒼海のような碧眼だ。服の上からでも分かる豊かな胸と、それを強調するほっそりとした体は男女問わずその視線を誘導せざるを得ない。
「そうですか……良かった……」
誰一人怪我をしていない。その事を聞いて安堵の笑みを浮かべた娘……シャーロットは、ホッと一息つくのであった。
商人を無事街まで護衛した冒険者一行とシャーロットだったが、ほんの少しだけ揉めていた。
「なぁ、やっぱり俺たちのパーティに入れって! そんだけ出来るのに勿体ねぇよ!」
「ごめんなさい。私はあくまで巡礼の為に加盟しているだけなので」
否、揉めているとは少し語弊がある。正確には、冒険者一行の戦士から熱烈な勧誘を受けていた。
圧倒的人数差をものともせずに、護衛対象である商人と幌馬車どころか、冒険者たちまでも無傷で守り通したスキルを考えれば彼らの好意的な勧誘は当然と言えば当然だが、シャーロットの冒険者業はあくまで副業、巡礼の為なのだ。
聖職者は霞を食べて生きているわけではない。衣食住に旅費、生きるのにも祈りの旅をするのにも金銭というものは必要になる。ゆえに女神教の巡礼者は世界各地に点在する冒険者ギルドに加盟し、資金を確保しながら各地を転々とするのだ。
生きて祈るための資金を手に入れ、なおかつ苦難に悩む者たちを救う。女神教徒にとって冒険者は非常に利害が一致している間柄で、別に巡礼者でなくてもギルドに加盟する者も多いほど。
なのでこういった勧誘は初めてではないのだが、シャーロットは探し人を見つけるための旅でもあるので、それに彼らを巻き込むつもりは毛頭なかった。
(それにやっぱりこう……清楚で超美人な色っぽいのがパーティに居た方が、俺のやる気も……)
「?」
尤も、シャーロットの顔や体に視線を向ける戦士の男は単にパーティの利益の為だけに勧誘してるわけではなさそうだが。その意図に気付かず首を傾げるシャーロットに危機感を抱いたのか、エルフの弓兵は戦士の耳を引っ張る。
「はいはい、もう断られたんだから無理に誘わない」
「いてててっ!? ちょ、引っ張んなって! この貧乳!」
「はぁあああっ!? あんた、もう一回言ってみろ!!」
「ぶぼぉおっ!?」
エルフの容赦のない右ストレートが戦士の顎を揺らす。シャーロットは思わず魔法で戦士を回復させようとしたが、魔法使いと猫耳斥候は何時もの事とばかりに溜息を吐いて止めた。
わざわざ痴話喧嘩で魔力を減らすのは忍びないらしい。そのまま男二人で戦士の脇を抱えて引きずっていくと、エルフは片手を大きく振ってシャーロットに別れを告げた。
「それじゃあ、またどこかで会おうね!」
「女神のお導きを。皆さんの旅が、健やかなものでありますように」
受け取った依頼報酬を懐にしまい、シャーロットはオルバックの教会を目指す。
貴族籍から抜け、女神教の一介のシスターとなってから五ヶ月が経った。その内最初の二ヶ月はラブの指導を受けて旅の知識や女神教の一員としてのルールを学ぶと共に戦闘訓練まで受けていたので、実質探し人……もとい、探しキメラを求める旅は三ヶ月前に始まったばかりだ。
「あの子は今、どこで何をしているのでしょうか……?」
どこにいるかも分からない、この世で最も大切な存在に想いを馳せる。
あれから巨大なキメラの目撃情報を頼りにここまで来たが、ここから先の情報は完全に途絶えてしまっている。シャーロットとしては一刻も早く会いたいが、急いで情報を取り損なっては意味がない。
ただでさえ危険な旅。慎重な準備を心掛けろというオカマな枢機卿の事を思い出し、シャーロットは逸る心を押さえつけて教会の扉を開いた。
「……流石は主要都市の教会……グランディアの王都にも劣らず立派ですね」
まず目に入ったのは入口から正面に見えるステンドグラス。そこには女神と思われる女性と、その女性に十個の宝石を渡す一人の男の姿があった。
(これは女神とゼオニールをモデルにしたものですね)
芸術家らしく抽象的な表現となっているが、シャーロットが好きな英雄譚である《ゼオニールと二柱神伝説》の、主人公が女神の親友十人を男神の呪縛から解放したシーンを表現していることが分かる。
とりあえずこの教会の神父やシスターに挨拶してからゆっくり眺めようと、関係者を探し始めたシャーロットだが、並べられた座席からモフモフとした犬の尻尾が垂れているのを見つけ出す。
「誰か、眠っているのでしょうか?」
いずれにせよ、硬い長椅子の上で眠るのは体に良くない。シャーロットは起こすべきかどうか悩みながら覗いてみると、そこには全身が砂埃で汚れ、傷ついた裸足が目立つ、藍色の髪をした犬耳獣人の少女が体を丸めて眠っていた。
オルバックから少し離れた町で古くから店を構えている食材及び道具屋、アーウィン雑貨店の跡取り息子であるセネル・アーウィンには愛する婚約者と義妹がいた。
義妹の名前をハンナ。母の死んだ友人夫婦が遺していった一人娘で、母が好意で引き取ってセネルの義妹となった少女だ。義妹ながらも明るい茶髪を持つ文句なしの美少女であると褒められるほどで、良好な兄妹仲を築き上げてきた大事な家族だった少女。
婚約者の名前をリア・ストラウス。父が古くから契約している、爵位を持つ商人の娘でセネルの幼馴染だ。緋色の髪を持つ評判の美少女で、少々気が強いがそこが一緒に居て楽しい部分でもあり、幼い頃から「いつか結婚するんだろうなぁ」と漠然に思わせながら、親同士の利益や親交もあって本当に婚約者となった愛する少女。
ハンナは義兄妹ということもあってか、セネルを一人の男として好意を寄せていて、リアはそこの事に嫉妬しており、当のセネルは年頃になって訪れた修羅場にタジタジになっていながらも、三人の絆は綻ぶことはなかったくらいに、仲が良かったはずなのだ。
「どうして……どうしてなんだっ!? なぜこんな事をする!?」
セネルは今、燃え盛る実家と併合されたアーウィン雑貨店と、愛すべき両親の遺体の前で滂沱の涙を流しながら、全ての元凶たる三人を睨みつけていた。
その内の一人は珍しい黒髪の男だ。それ以外はこれといった特徴が無いように見えるが、溢れ出る尋常では無い魔力と残忍な加虐心を覗かせる笑みは、この男が惨劇を生み出した張本人であるということを雄弁に語っている。
しかし、セネルの叫びはこの男に向けられたものではなかった。彼の悲痛な叫びは、男の両腕を左右から媚びるように抱きしめる、見知った少女二人に浴びせられていた。
「答えろ……! ハンナっ! リアっ!!」
血の繋がりは無くても家族のように接していた義妹と幼馴染は、今まで見たこともないような酷薄な笑みを炎で照らし、両親に縋りつくセネルを屠殺場の豚を見るような目で見下ろしながら告げる。
「だってしょうがないじゃない。アンタの両親がわたしとアンタの婚約の破棄を認めないって言うんだもの。わたしの家との提携が婚約で保障されていて、ストラウス家の名前で客を集めているから、もう今更婚約破棄なんてできないとか、くだらない良い訳ばっかりするからよ。わたしは早くカズトのお嫁さんになりたいっていうのに」
「な……なぁ……!?」
パクパクと開いた口が塞がらないセネルを置き去りにするように、ハンナがさらに追い打ちをかける。
「全くです。カズトさんという素晴らしい男性のハーレムに加えられるというのに、お父さんもお母さんも反対するなんて信じられません。娘の幸せを邪魔する親なんて、カズトさんと真実の愛に目覚めた私にはもはや必要のないものです。それは兄さん、貴方にも言えることですよ?」
セネルは信じられないといった視線を二人に向ける。今まで共に過ごしてきた時間は偽りであったのかと錯覚してしまうほど変わり果てたハンナとリアにセネルは何も言えずに胸の奥から込み上げる抑えようのない感情に焼かれるのを自覚する。
「それにパパだって私とカズトの仲を認めてくれたわ! やっぱり商人としても、町の小さくてしょぼい店の跡継ぎなんかより、〝勇者〟として〝魔王〟を打ち倒し、永遠の名誉を手に入れるに相応しいカズトとの繋がりの方が大事なのよ! 性格も力も地位も何もかも劣ってるアンタとは違うわけ! 分かる?」
「ホント、聖男神教さまさまです。こうして私たちとカズトさんを出会わせてくれたのですから。……まぁ、そういう意味では貴方たち家族も少しは役に立ちましたが」
湧き上がる感情は怒りか悲しみか。血が出るほど拳を握り、下唇を噛むセネルを嘲笑いながら、カズトと呼ばれた男は見下しながら告げる。
「ははははっ! 聞いたぜ? お前、こんな美少女たちが傍に居ながら手を出さなかったんだってな? そこで転がっている小者共に似て、イチモツまでショボいんじゃねぇの?」
「お……お前ぇえええええええええっ!!」
もはや自分でも判別できないほど混濁した感情が、セネルを突き動かす。握り締めた拳を振りかぶり、憎き男を打ちのめしてやろうとするが、カズトは余裕の笑みを浮かべたまま短い鉄の筒のようなものをセネルに向ける。
「ふん。雑魚が」
「ぐああああああっ!?」
パンッ! という、いつまでも耳に響くような炸裂音が四回鳴り、セネルの四肢を小さな何かが突き抜ける。血を吹き出しながら地面に倒れこむ彼を、カズトたちは盛大に哄笑した。
「きゃはははははは! カッコ悪ーい!! 今顔から地面に倒れたわよ!?」
「ぷっ……くすくす。あんまり無様を晒さないでくださいよ……こんなみっともない人たちと暮らしていたなんて思われたくありませんから」
屈辱だった。それ以上に惨めだった。両親の仇に一矢報いることも出来ず、無様に地面に転がされる。この情けなさに実力差など関係ないのだ。
「いい加減目障りなんだよ。俺のハーレムメンバーに男の影はいらねぇんだ。いい加減ゴミ掃除させてもらうぜ」
「あぁ待って。カズトがわざわざするまでもないよ」
「こんなのでも身内ですからね。身内の恥は身内で片付けます」
そういうや否や、ハンナとリアが同時に放った爆風がセネルの体を町の外まで吹き飛ばす。文字通りゴミのように吹き飛ばされたセネルを嘲る耳障りな声を聴きながら、彼は危険地帯と認定されている森へと落下し始めた。
(くそぉ……! 呪ってやる……いつか必ずお前らに復讐してやるからな……っ!)
そしてセネルは薄い岩壁を砕いてようやく勢いが止まる。辛うじて意識はあるが、それもすぐに気絶するだろう。壁とぶつかった背中や風穴が開いた四肢が痛む。それでも何とか這い上がろうとした彼に止めを刺すかのように、一体の巨大な魔物がじっとセネルを覗き込んでいた。
(……クソ……!)
自分から全てを奪ったカズトと浮気したリア。そして家族を裏切ったハンナに復讐することも出来ずに魔物に食い殺されるのか。セネルは無念のまま意識を闇に手放した。
なんか、ダブル主人公っぽくなってるのは気のせいか?




