悔恨の時、悪女の最後
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グランディア王国、王室の住居である城を擁する首都で巻き起こった、二体の巨大な魔物による戦闘は多数の死者と重傷者を出す、王国史に残る凄惨な事件となった。
誰もが生きる希望を根こそぎ奪われるような遺体と瓦礫が散乱するこの世の地獄の中で、更にもう一つ歴史に刻まれる大事件が発覚することとなる。
名門ハイベル公爵家の令嬢、リリィのスキルを悪用した王子やその他高位貴族を巻き込む精神干渉詐欺、それに伴うシャーロットへの不当な名誉棄損と冤罪死刑未遂は、多くの者たちに衝撃を与えた。
二体の魔物の戦闘が終わり、生き残ったキメラと思われる魔物が王都から飛び去った後、リリィは突然気でも触れたかのように己の罪業を包み隠さず王子の前で告白。その後の取り調べでも開き直ったかのように犯罪に及んだ心境と手口、リチャード王太子に対する侮辱を声高らかに叫び、更には隣国の王子をも毒牙に掛けようとした事が発覚した。
恐るべきリリィの本性は瞬く間に王国中に広まり、大勢の者が憤慨した。そして何よりリリィに対して怒りを覚え、同時に悲嘆に暮れたのは、リリィの言葉を鵜呑みにして自らシャーロットを貶め侮辱した、彼女の親類縁者全員である。
シャーロットには何一つ非は無かった。にも拘らず、ありったけの侮辱を彼女の目の前で叫んだ者、天誅と称して大小さまざまな嫌がらせに興じた者、どのようにして貶め、排除しようかと画策していた者、ただ侮蔑の視線と共に陰口を楽しんでいた者。
シャーロットの両親、友人、兄弟、使用人、恩恵を受けた民に至るまで、ようやく自分たちの愚かさに気が付いた彼らは、ただ茫然と彼女の名前を呟くしかできなかった。
「リリィお嬢様がそのような事をするなんて嘘です! きっとあの性悪女に騙されたに違いありません!」
勿論、彼ら全員が初めからその事実を信じたという訳ではない。抱いた感情全ては誘導されたものだとしても嘘などではないのだから。
そんな声が多く上がっていることを知ったリチャードは、地下牢に捕らえられたリリィとの面会を自由なものとし、発表された悪行が嘘であるということを証明し、彼女を慰めようと大勢の者が駆け付けた。
『何やってんのよ!? さっさと私を助けなさいよ、このクズ! それで綺麗なドレスと素敵な宝石、美味しいご飯を持ってきなさい!! クソクソクソォ!! どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!? せっかくあのシャーロットを蹴り落として名誉も富も手に入れたっていうのに、これじゃあまるで私が悪いみたいじゃない! どいつもこいつも私に逆らいやがってぇっ!! 私は未来の女帝となる女なのよ!?』
面会に来る誰に対してもこのような事を叫び続けては、最早擁護のしようもない。その上、王都で暴れた二体の魔物……天使のような化け物の正体がリリィであるという証言もあり、もはや誰も過去の彼女の姿が偽りであるという確信を捨てられなくなってしまったのだ。
その評価は人から人へ、半月もしない内に王国全土へ広がり、王侯貴族とその関係者の愚かさと共にリリィの悪行は国外にまで流出し始めた。
「……シャーロット……」
それとほぼ同時期に、ようやくシャーロットに対する誤解と偏見が解けた彼女の父であるギリアム・ハイベル公爵は、この一年に及ぶ実の娘に対する冷遇を思い返し、執務室の椅子に座って項垂れていた。
どういう訳か、今では使えなくなっているらしいが、リリィのスキルは人間に対する好き嫌いの感情を増幅させるものらしい。死んだ弟の娘ということで初めから好意的に捉えたのが間違いだったのだろうか、まんまとスキルに引っかかったギリアムはこれまでの実の娘の軌跡をなぞっていく。
慈悲深く、優しい娘だった。貴族としては不安になるくらいに。出資経営する孤児院にも足繁く通い、そこに住む少女が泥だらけの手で作った不格好な花冠を被って穏やかな笑みを浮かべていたくらいに、良い意味で貴族らしくない愛娘だった。
そんな彼女を心の底から疎ましく思ってしまっていた。どうにか縁を切れないものかと、金だけは持っている脂ぎった中年の貴族に嫁がせて政略結婚の捨て駒にしてリリィを公爵家に置いておけないかと画策してしまっていたのだ。
『うぅ……っ! ……シャーロット……ごめん……ごめんなさい……っ! あ……あぁ……っ!』
全ての真相を知った妻、エルザはあまりのショックに寝台から起き上がれなくなってしまったほど。毎日毎日夫婦の寝室で啜り泣き、夜もうなされて目を覚まし、食欲もすっかり失ってしまっていた。
エルザは言う。「夢の中で血塗れのシャーロットが怨嗟の声を零しながらにじり寄ってくる」のだと。
「……すまない……」
それは弟の子とは思えない恐ろしい娘を引き取ったことで王国を巻き込んだことに対する謝罪か、ただリリィを甘やかすことを忠告したシャーロットを煩わしく跳ね除けた過去に対する悔恨か、ギリアム自身にも区別がつかなかった。
そして公爵家の館はシャーロットの父母が作り出す雰囲気のみだけではなく、使用人全員が溜息と共に零す暗鬱で、どんよりと視覚的に暗くなっているかのように重苦しい空気が流れ続けている。
「……シャーロットお嬢様……」
この屋敷で働く使用人は、シャーロットに職を斡旋してもらって食い扶持を稼げた者も多い。彼女と出会わなければ野垂れ死んでいたという者も少なくないほどだ。にも拘らず、恩を仇で返し続ける自らの所業。料理人もメイドも庭師も御者も、敬愛しているシャーロットへの罪悪感で押し潰されていた。中にはリリィのせいだと開き直る者も居るが、そんな彼らも言い訳ごと潰されそうになっている。
そんな中で、最も酷い顔をしているのは、かつてシャーロットの専属侍女であり、親友であったケリィだ。何の非もない恩人にゴキブリを食べさせようとしたくらいに疎み、全ての元凶であるリリィに対して誠心誠意奉仕していた彼女は、一月もしない内に別人のようにやつれてしまっていた。
表情もすっかり抜け落ち、寝不足で出来た濃い隈と泣き腫らし過ぎて真っ赤になった目元を携えて、つい先月までリリィが使っていた部屋を、元のシャーロットの部屋に出来る限り戻そうと休むことなく働き続ける。
『シャーロットの部屋を元に戻してくれ。…………無駄になるだろうが、頼む。せめて目に見える願望だけでもないと、皆立ち直れそうにない』
そう指示した館の主の言葉は、使用人全員の心の代弁でもあった。一度綺麗さっぱり忘れてしまったシャーロットに関する記憶を必死になって思い出し、悪趣味な内装の部屋を落ち着いた品の良い部屋に使用人総出で改装していく。
「あ……これ……」
テラスに設置された調和も考えずに好きな花だけを植えられたプランターをどかしている最中、柵についた一本の傷がケリィの目に映る。それは幼少の頃、まだ仕事に慣れていなかったケリィがシャーロットが大事にしていた鉢植えを柵にぶつけて割ってしまった時の傷だ。
それをシャーロットに見られて、どんな罰を受けるのかと青ざめたが、シャーロットは鉢植えには目もくれずに、割れた拍子に切れたケリィの手を取って、当時はまだ拙かった治癒魔法を使ったのだ。
――――ご、ごめんなさい、お嬢様……! 私、お嬢様が大事にしている花を……
――――いいんです。花はまた植え替えればいいんですから。それより、貴女の怪我の方が心配です。
それがきっかけとなり、二人は友情を深めていった。それからというもの、シャーロットから多くの思い出の品を手にしてきたケリィ。初めてシャーロットと共に編んだハンカチに、鉢植えに咲いた花を使った押し花。シャーロットが幼い頃好きだった童話の本も保管していたし、誕生日にはシンプルで流行廃れの無いイヤリングを贈ってくれたこともある。
尤も、それら全てをゴミとして捨ててしまったが。シャーロットに関する物で、ケリィが持っている物は全て捨ててしまった。自分の黒歴史と思い込んで、本当に大切な思い出が込められた宝物を。
「ねぇ、これ物置……じゃなくて、お嬢様の部屋から持ってきた荷物なのだけれど……」
「随分拙い出来ね……子供の頃に作ったのかしら?」
同じ部屋で作業していたメイドたちが、先月までシャーロットの部屋であった物置から小さめの箱を持ってきた。中を開けて確認してみると、拙く古いハンカチと押し花が収められていた。
――――交換ですよ?
ケリィは思い出す。初めて出来たハンカチと押し花を交換し合ったことを。そんな大切な記憶まで忘れていた彼女は、ついにその涙腺を決壊させてその場に両膝をつく。
「うぁ……うああぁああああああ……!! お嬢様……! シャーロット様ぁぁあああ……!!」
以前、鍋を頭から被せられて延々と殴られたことを思い出した。もしあれがシャーロットを虐げたことに対する罰だというのなら、なんて温い罰だったのだろう。苦しんで苦しんで苦しみ抜いてから死ぬ、どうして女神はそんな罰を与えてくれなかったのだ。
嗚咽は姫風に乗って空に木霊する。悪辣な鬼女によって植え付けられたほんの少しの疑惑、向けられた無償の友愛を信じ切れなかった哀れな女が失ったのは、もう二度と元には戻らない過去の絆だった。
あらゆる被害がグランディア王国を襲った。その中でもリチャード王太子と親交が深かった者たちが受けた被害は大きかったと言えるだろう。
まずはルーファスとロイドの兄弟。種を失ったことで世継ぎの望みが無くなった兄は、片足を失ったことで騎士としての道が絶たれ、領地運営に関して勉強不足な弟を、将来の妻への種馬にすることが決定した。
血統を守るためとはいえドロドロの人間関係を構築せざるを得なくなった兄弟。兄は妻を弟の閨へ送り、弟はそんな兄の下でお情け同然に雇ってもらう。未来の妻子共にまともな関係にはなれまい。
次に騎士団長子息のアレックスは両腕を失い、足腰にも異常をきたした。現在は義手の魔道具があり、リハビリを続ければ文字を書くなどの日常生活を問題なく送れるほどの性能だが、剣の神に愛されたとまで称された男が戦場に立つ日は二度と来ない。学の代わりに鍛錬に身を捧げ続けた脳筋男は車椅子に乗り、騎士団の事務作業に勤しむ。間違いなく実家と騎士団に悪影響を与えるほどの落ち目となるだろう。
そして彼らの中で一番被害が大きかったと言えるのはエドワードだ。宰相を務めていた父、オーレリア宰相はシャーロットに敵国アインガルドとの密通の罪を告発したが、実際に密通していたのはオーレリア宰相であるというのが、リリィの境遇をハイベル公爵に伝えた経緯を調べている内に明らかとなった。
その上、国王に対して毒を盛っていたことも続けて判明。もはや一族郎党死刑として騎士団をオーレリア宰相の館に派遣したのだが、当の本人はナイフで自らの喉を切り裂いて自殺していた。一体何がどうしてそのような末路を辿ったのか、一連の犯行の真相がいったん闇に消えたまま、オーレリア家は取り潰し、エドワード含めた一家は全員毒杯を呷ることとなった。
「言えっ!! 貴様はまだ隠し事をしているんじゃないだろうな!?」
「ぎゃああああああああっ!?」
そしてシャーロットの婚約者であったリチャード王太子は、自ら地下牢に赴いてリリィを拷問を掛けていた。王族が薄汚い牢で拷問をするなど前代未聞だが、自らの手で罰しなければ気が済まないほどリチャードは怒り狂っている。
「痛いわねっ!? 何するのよクソ野郎! 私の美しい体に傷でも残ったらどうするつもり!? 命が惜しければ今すぐ私と隣国のイケメン王子を結婚させなさいよ!! そうすれば貧困街に堕とすだけで許してあげるわ!!」
「まだそのような世迷言を宣うか!? このっ! このぉっ!!」
「ひぎゃああああああああああっ!? 痛い! 痛いぃいいいいっ!!」
魔法薬の影響でまともに命乞いすることも出来ないリリィの全身がミミズ腫れになるほど延々と鞭を打つリチャード。この女さえいなければ親友も、愛する人も失わずに済んだ彼の怒りは地獄のように深い。ただ鞭打つだけでは収まらないほどに。
三角木馬に座らせ、何度も自分の一物を挿入した穴は売女の証として原型が無くなるまで傷だらけにした。体を水車に縛り、自動的な水責めを一昼夜かけて行い、足裏に塩水をかけ続けて山羊に筋肉がむき出しになるまで舐めさせ続けたこともある。
髪を根元から剃り落とし、丸ハゲになったところを真っ赤に燃える鉄の棒で己の全ての罪を背中に刻まれ、背もたれも肘掛けも棘だらけの審問椅子で全身を締め上げた。
『やだ……見てよあれ。化け物みたいになってる』
『しかもあれ全裸だぜ。見てて目が腐っちまいそうだ』
もはや尋問の為ではなくリチャードの鬱憤晴らしとして度重なる拷問と、生かさず殺さずの為に施された治癒魔法によって、何とか人の形をしていると認識できるほどに表皮がボコボコに腫れ上がったリリィは、ついに処刑されることとなる。
まずはその醜くなった体を全裸にひん剥かれ、血が滴る足裏のまま裸足で王都中を歩きまわされた。横ぎる人々からはまるで化け物を見るかのような視線と、街を滅茶苦茶にした原因の一つとしての憎悪、そして単純な侮蔑の嘲笑を向けられ、リリィは未だ元気よく本音を暴露する。
「何見てんのアンタたち!? 私をこんな目に遭わせてただで済むと思ってるの!? 私は神様に選ばれた絶世の美女なのよ!? 今に見ていなさい、私を助けに来てくれるイケメン王子が、あんたたちなんか皆殺しにしてくれるんだから!!」
そんな言葉は単なる妄言にしか聞こえないと嘲笑う人々に、リリィは羞恥と屈辱に燃える。本当なら命乞いの一つや二つしたいところだが、魔法薬はそれを許さず、リリィの本心を包み隠さず吐き出させる。
そして街を一周させ終わった後、リリィは広場に設けられた晒し台の上で両手両足を広げ縛られた状態で、最早女であることすら一見して分からないほどに変形した体を見せつける。
「この女リリィは、王国を混乱に貶めた大罪人である! 故に、この者を晒し刑から解き放った者には同様に重罰を下す! このまま死ぬまで晒すゆえに、投石と侮蔑以外の干渉を一切禁ずるものとする!!」
そんな執行人の言葉を聞いた人々は、街を壊され縁者を殺められた怒りを乗せて一斉に投石を開始した。
『この売女がぁっ!! テメェ、よくも俺たちの街を滅茶苦茶にしやがったな!!』
『アンタのせいで私のお父さんは死んだんだ!! アンタがお父さんを殺したんだ!!』
『死に晒せこのブス!!』
怒りと侮蔑の怨嗟は石と共にリリィの心身を削る。もはや避ける隙すら無いほどに横向き放たれる石の雨によって、リリィは全身血塗れになるまで痛めつけられた。
「痛っ!? 痛ぁあっ!? や、止めなさい! 止めろ! 止めろって言ってんのよぉおっ!! 私を誰だと思ってるのよ!? 誉れ高き未来の女帝、リリィよ!? 私にこんなひどい事すれば神罰が……神罰が下るわよっ!?」
「うるせぇぇえっ!! 何が神罰だ!!」
「うぎゃあああっ!?」
一人の男が投げた渾身の一投がリリィの鼻に直撃。ボタボタと絶え間なく垂れ流れる鼻血を台に垂らしながら、リリィは血走った目で叫ぶ。
「くそぉっ! 呪ってやる!! 死んでもお前ら全員呪い続けてやる!! シャーロットも、役立たず共も、お前ら能無し共も、助けれくれない神も皆! この世の全てを呪っでやるがらなぁあああああああああっ!!!!」
喉が裂け、血泡を吹きながらただ投石と罵倒を受け続けるリリィ。その叫びは三日三晩続き、遂にただ一度も反省の色を示すことなく絶命する。後世において遥か海の向こうまで末永く語り継がれる悪女の代表として、リリィは世界史にその名を刻むこととなる。それは皮肉にも、誰よりも高貴な女になりたいという彼女の願いとは正反対の結末だった。
そんなリリィとは対照的に、シャーロットの名誉は貶められた反動とばかりに名声が高まっていた。
不遇な境遇にも負けずに凛とした姿を貫き通した真の聖女。王都を襲った魔物を鎮め、退却させたのもシャーロットであるという尾ひれの付いた話が民草の間でも信じ込まれているくらいだ。
あの事件以降、疲労で体調を崩したシャーロットは女神教の神殿で匿われていた。貴族や平民、親類縁者に至るまで大勢の者が手のひらを返したかのようにシャーロットへの見舞いに訪れたが、絶対安静や本人からの面会拒否を理由に、女神教徒以外の誰しもがこの一月シャーロットの姿を見ていない。それは、一国の王族であっても同じこと。
「……シャーロットの面会許可は取れたのか?」
「いえ、それが……シャーロット様は既に貴族籍から外れ、女神教の庇護下にある難民であるため、たとえ王族の言葉でも本人が望まない限りは面会は断ると……こちらも王侯貴族の事に嘴を挟まないのだから、そちらも女神教の庇護下の者に口出ししないで欲しいと言われてはどうしようも……」
「くそっ!」
オーレリア元宰相によって父王に毒が盛られていたことを知ったリチャードは急いで女神教徒に要請を呼び掛け、解毒に成功させたものの、未だ全快には至っていない国王に代わって政務を代行していた。
そして部下である王城仕えの事務官からの報告を受け、端正な顔立ちを悲痛に歪めて、懇願するように命じる。
「なんとしても面会許可をもぎ取れるように問い合わせてくれ……私はどうしても、シャーロットを失いたくないのだ」
自分がどれだけシャーロットを傷つけたかも正しく認識していないにも拘らず、この王子は心の何処かで信じていた。誠実に謝罪すれば、心優しいシャーロットは自分たちを哀れに思って許してくれるはずだと。
……もう、許す許さない以前の問題になっていることにも気付かないままに。
ざまぁ……温かったですか? 細かく描写し続けるのもしつこいと思ってバランス考えたんですが……ご指摘いただければ幸いです。




