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そして悪女は地獄へ落ちる

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「ひぎぃいいいいいいっ!? い、痛いいいいい! 折れた! 腰が折れたぁぁああっ!?」

(ちっ……! このビッチマジでしぶとい)


 天使の残骸が飛び散り、倒壊した街の中で元気にのたうち回るリリィを見下ろし、ゼオは舌打ちをする。



 名前:リリィ・ハイベル

 種族:ヒューマン

 Lv:8

 HP:4/8

 MP:0/8

 攻撃:8

 耐久:8

 魔力:8

 敏捷:8


 称号

《公爵家の令嬢》《恩知らず》《悪女》《絆を引き裂く者》

《親殺し》《不義の(ともがら)》《権力欲の権化》《ただのビッチ》

《元平民》《勘違い女》



 ステータスを確認してみると、メタトロンに進化した時のスキルはおろか、元々持っていた《感情増幅》や《光魔法》が、《王冠の神権》諸共消えている上に、レベルに反した魔力値やMPまで無くなっている。詳しくスキルの詳細を調べる余裕もなかったので原因が分からないが、厄介なスキルが無くなったので良しとした。


「ゼオ!」


 いっそのこと、このままリリィに止めを刺してやろうかと思っていた時、聞き慣れた鈴の音のような声がゼオの耳に届く。ラブに連れて行かれたシャーロットだ。特効薬を呑んで病原菌を取り払ったおかげなのだろうか、足元は未だフラついていながらも先ほどよりも遥かに体調の良さそうな顔色でゼオに近づいてくる。

 腕に嵌められていた魔封じの腕輪もなくなっていた。ラブがシャーロットを避難地点まで連れて行き、信頼できる部下に身柄を預けたのだ。そのついでにミスリル製の腕輪を指先で捻り千切って。

 シャーロットは自分が特効薬を服用したことを認識し、出来る限りの処置を自分に施してから残り少ない体力でゼオの元へと駆け付け、もう自分の腕では抱き上げられない巨体となったキメラを見て涙ぐむ。


「こんなに傷を負って……!」


 体を屈め、自分の体の前に下ろされたゼオの顔に抱き着くように縋りついたシャーロットは、ありったけの魔力を込めた治癒魔法で未だ血を流し続ける全身の傷を全て塞いでくれた。そして自らの血と、犠牲になった者たちの返り血で薄汚れたゼオの体の鱗を手で擦りながら、シャーロットは穏やかな瞳を少しだけ吊り上げながら言い募る。


「どうしてこのような無茶をしたのですか……! こんな傷だらけになって……実際に死にかけて……!」

「……グルルルル」


 仮にゼオが言語を発せられたとしても言い訳が出来ないといった様子で全身を地に伏せ、尻尾と翼を丸める。助けるつもりだったのに、こんなにも心労を掛けてしまっては世話が無い。何時ものようにバツが悪い時特有の体勢で、ゼオはシャーロットの言葉に耳を傾けた。


「結果助かったからよかったものの……! 貴方が斬られた時、私は目の前が真っ暗になりましたっ。貴方が死んでしまったと思ってっ!」

(ご、ごめんって! 悪かったよ、お嬢! 俺が無茶しすぎたからっ!)


 今までにないくらいの激しさで怒りを露にするシャーロットに、ゼオはタジタジになる。その声が徐々に涙声に染まっていき、ゼオの顔に幾つもの水滴が弾けた。


「本当に生きた心地がしなかったんですよ……? たとえ私が助かったとしても、貴方の命が失われたら、私はどうすればいいんですか……? それとも、私の心配など、どうでも良いというのですか……!?」

(お嬢……)

「……でも、ありがとう……ございます……! 貴方のおかげで、私は……!」


 ゼオの顔に縋りついたまま震えるシャーロット。彼女は怒るかもしれないが、絶体絶命から何とか命を繋げて良かったと思う。ゼオは何時もそうしていた時と同じように、しかし悲嘆だけではなく確かな喜びも混じった嗚咽を零すシャーロットの背中を、巨大となった鷲の翼で撫でようとしたその時、瓦礫と化した王都の広場周辺にいくつもの悲鳴が上がった。


『うわぁああああっ!? ば、化け物がまだ生きてやがるぞ!?』

『ちょっと騎士団!! 早くあんな恐ろしい化け物殺しちゃってよ!!』

『わ、分かっている! ぜ、全員、あの化け物を討ち取れ!! 近寄っては危険だ、魔法や弓矢で攻撃するのだ!』


 その正体は恐れ知らずの野次馬や騎士たちだった。女神教の信徒たちによってリリィ以外の生存者は全員広場から離れていたのだが、戦闘の終結によって様子を見に来たらしい。彼らの目には、抑えきれないほどの恐れと侮蔑がありありと浮かんでいた。


(あぁ……やっぱりこうなったか)


 ゼオは正気を失っている間、自分が何をしていたのかハッキリと覚えていた。街を壊し、騎士も民間人も関係なく原型留めずに潰し、高位貴族たちに重傷を負わせた。それでいて巨体を持つ魔物など、何も知らぬ彼らがどうして受け入れてくれるだろうか?


『おい、あそこにいるのは大罪人のシャーロットじゃないのか!?』

『奴はあの化け物を従えていると聞いたが、それは本当だったのか!?』


 だがその言葉、その認識だけは見過ごせない。ゼオは自分がなしたことと、シャーロットの未来を考え、そして一つの決断を下す。


「シャーロット嬢! アンタも重体なんだから、無理しちゃ駄目でしょっ!」


 化け物と、再び雨のように浴びせられる呪詛の中で、ただ一人だけシャーロットの身を案じる声が聞こえてきた。その声の持ち主は言わずもがなラブだ。彼はパペットエンジェルを全滅させた後、先ほどまで避難救助を行っていたのだが、部下に預けたはずのシャーロットが広場に居ると気づいて慌てて向かってきたのだ。


「ガァアアッ!!」

「っ!!」


 ゼオはラブに向かって吠える。それと同時に、「シャーロットの名誉を守る準備は出来たのか」という強烈な思念を叩きこんだ。

 それに対してラブはしっかりと頷く。ステータスを見てみれば、《思念探知》のスキルが上がっている今の彼女には、一瞬で考えていることを相手に伝えることが可能となっている。ラブは用意した秘策の全てを思念に乗せてゼオに叩き返すと、ゼオもこれから取る行動を彼女に伝えた。


「なっ……!? アンタ……それ……!」


 ラブにしては珍しく動揺する。そして葛藤するようにきつく目を瞑って震えながら俯いていると、四方を遠くから囲む騎士たちから一斉に遠距離攻撃が放たれた。弓矢に炎、風の刃に氷の礫。どれも今のゼオには大したダメージにはならないが、ゼオが攻撃されているという事実自体に耐えられなかったシャーロットは、彼を庇うように両手を広げる。


「ま、待ってください! 確かにこの子は大勢を殺め、傷付けました! ですがこの子にもう戦意は……!」


 その先をゼオは続けさせなかった。ゼオの口から吐き出された薄い水色の煙がシャーロットに浴びせられると、彼女は意識を緩やかに手放した。

 つい先ほど、《技能購入》で400SPを払って手に入れたスキル、《睡眠の息》だ。強烈な睡眠ガスを浴びて、地面に倒れそうになったシャーロットの体を大きな手でさり気なく支え、ゆっくりと地面に横たえさせると、強い思念がゼオの頭に送り込まれる。


 ――――このワタシに悪役をやらせようなんて、この貸しは高いわよぉ? いつかちゃんと返しに来なさい!


 これから発せられる言葉とは正反対の想いが、ゼオに対する返答だった。


「いやあぁああああん!! 凶悪な魔物がシャーロット嬢を殺そうとしてるわぁああああ!! 早く助けなくちゃああああっ!!」

「は……!? いや、シャーロットが魔物を従えてるんじゃ……?」

「馬鹿ねぇええん!! 魔物を使役するのってすごく難しいのよぉおおおお!? 二十歳にもなってない若輩者が出来ることじゃないのよぉおおおお!?」


 ややワザとらしい口調だが、それでも耳を覆いたくなるような広場全体に響く野太い声。それを発しているのが、女神教でも有名な奇妙な出で立ちの枢機卿であると周囲が認識すると、彼らの中で疑惑が浮かび上がる。

 シャーロットはもしや、この魔物騒ぎに何のかかわりもないのではないか? 真実はどうであれ、知名度と確かな地位を持った有力者の言葉に、衆愚はシャーロットが何らかの経緯で巻き込まれた被害者であると考え始めた。


(そうだ……それでいい)


 犯罪者の縁者に向けられる世間の冷たさを、ゼオは身を以って理解している。誤解が解ければ、シャーロットは輝かしい未来を取り戻せるに違いない。街も人も壊し、王侯貴族にすら危害を加えた魔物と関わりがあるなどと思われるわけにはいかないのだ。こんな血塗れの怪物の手では、彼女の未来に影しか落とせないのだから。


「グォオオオオッ!!」


 駄目押しとばかりに、ゼオは心に修羅を宿し、胸が張り裂けそうな想いを咆哮に乗せながら手を振り上げ、シャーロットに向かって振り下ろす。それが合図だ。


「させないわよぉおおおおお!! ふんぬぁああああああああああああっ!!」


 ゆっくりとした動作をしている間に猛スピードで間合いを詰めてきたラブの剛拳がゼオの胸を打つ。演技の必要もなく建物に背中から叩きつけられたキメラは、全身が血で濡れていることも相まって、撃退されたという名目を手に入れた。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 巨大な翼を羽ばたかせ、空に舞い上がるゼオ。眼下で眠る愛する女を辛そうに眺め、どこまでも悲しい咆哮と共に西の空へ飛び去って行った。

 これで良かったのだと自分に言い聞かせて。シャーロットがいつか、自分の幸せを見つけられると願って。たった一人の為に汚名を被って、怪物は両眼から人間のような涙を零していった。




 化け物が撃退されたと喜ぶ人々を見て、ラブはとんでもなく複雑な気持ちになった。リリィさえ何もしなければ、このような大惨事が巻き起こることもなかったであろう。

 全ての罪がシャーロットにあるかのように振舞っていた彼らが無責任に助かったことを喜んでいると思うと余計に。


(とりあえず、シャーロット嬢を安静にさせなきゃねぇ。数日間もの間、高熱で苦しみ続けたせいで体力が著しく消耗しているはず)


 あのキメラの事を想い、人知れず零れた涙を指で拭い、シャーロットを教会のベッドで寝かせる為に抱き上げようとしたその時、後ろから喧しい声が聞こえてきた。


「リリィ! 無事であったか!?」

「リチャード様ぁっ!!」


 運よく戦いの余波から逃れ、今しがた目を覚ましたリチャードが、膝を曲げずに大股開きでリリィの元へと近づいていく。尻の部分から漂う悪臭にラブもリリィも顔を顰めたが、この場で一番の権力者の登場にリリィは喜色を浮かべる。


「ウォーロット枢機卿! その悪女の身柄を渡してもらおう! その女は未来の王妃を虐げ、敵国に情報を売った罪で処刑せねばならないのでな!」

「……はぁ。今はラブで通ってるんだけどねぇ……この街や人の有様を見て、まだそんなことが言えるなんて……」


 罪人を裁くよりも、王子としてやるべきことがあるだろうと、ラブはこれ見よがしに嘆息する。しかも敵国アインガルドに情報を売った事よりも、リリィを虐げたことに対する恨みの方が強いように思える。恋は盲目とよく言うが、スキルの影響を加味しても哀れだ。


「そ、そうよそうよ! 世界で一番高貴な女になるこの私を酷い目に遭わせたのよ!? その女はこの世の地獄を味合わせなきゃきが気が済まな――――っ」


 リリィが大口を開けた瞬間、ラブは人差し指と親指で黒く小さな粒を弾き、リリィの喉奥へ放り込む。あまりの小ささ故にちょっとした違和感と共にそれを呑み込んだリリィは言葉を切るが、ラブはそれに構わず彼女に問いかけた。


「ねぇ、それはそれとして質問があるんだけどぉ……貴女のご両親ってどんな最後だったのかしらぁ?」

「? 貴様、何故いきなりそのような問いかけをする? リリィの実のご両親は、強盗によって殺されてしまったのだ! 傷心の彼女の傷を抉るような真似は、この私が許しはしな……」


 そうリリィを庇おうとしたリチャードだが、当のリリィの口から信じられない言葉が迸る。


「あのダサくてみっともない両親は私が殺したわ! だって公爵の伯父の家に養子に出してって何度もお願いしているのに、それを聞き入れてくれないから邪魔になったのよ!」


 その言葉は、傍にいるリチャードだけではなく周囲の騎士や民間人も唖然とさせる。リリィ自身も、自分が口走ったことが信じられないといった様子だ。普段の彼女であれば泣き真似の一つはするのだが、それが全くできない内に本音が大声で発せられた。


「それは酷い事をするわねぇ。じゃあもしかして、シャーロット嬢に苛められてるって噂も嘘だったりするのかしらぁ?」

「そうよ! その女が根暗で気弱で臆病なせいで、一々冤罪造らなきゃならなかったのよ!? 面倒ったらなかったわ! まぁ、仮にも貴族の女が惨めに泣き寝入りする姿は見ていて愉快だったけれどね!」


 リリィは口を抑えて言葉が出ないようにしているが、それすら徒労に終わる。ラブがリリィに飲ませたのは、尋問などでもよく使われる自白の魔法薬だ。解呪するまで延々と本音をまき散らし続けるこの薬は人心を無視する類の物であり、ラブは趣味じゃないと好まなかったが、キメラとの約束を守るためにあえてその信条を捻じ曲げる。


「リ、リリィ……? 君は一体何を……?」

「それじゃあ、シャーロット嬢から王太子を奪ったのは何故? それほどまでに彼に恋い焦がれていたのかしら?」

「そんな訳ないでしょ!? 確かに最初は私を輝かせるアクセサリーになれると思ってたけど、こんな脱糞野郎絶対にお断りよ!! せいぜい他国の美形な王子様との橋渡しくらいに使ってやるから感謝して欲しいくらいだわ!!」

「なっ……!?」


 愕然とするリチャード。そんな彼など気に留める様子もなく、リリィはラブの質問に正直に答えていく。


「育ててくれたご両親や、引き取ってくれた公爵家に罪悪感はないのかしら?」

「何でそんなもの感じる必要があるのよ? この世の全ては私を輝かせるためにあるの! 道具が使い潰されようと知った事じゃないわ」

「愛する人を奪われ、身に覚えの無い悪評を広められ、誰からも見放されるように仕向けられたシャーロット嬢に、同じ女として思うことは?」

「あるわけないじゃない! そんな私よりも美しく、育ちも良い女なんて絶対に認められない!! そういう女を絶望の底に叩き落として嘲笑ってやるのが長年の夢だったのよ!!」

「随分権力欲が強いみたいだけれど、何が貴女をそんなに駆り立てるの?」

「私は私の上に誰かが居るのが我慢ならないの! この世界は私の踏み台、座るための玉座よ! 皆が私を崇めてくれなきゃ嫌なのよ!!」


 本来なら、王侯貴族に名を連ねているリリィに魔法薬を呑ませるのは条約違反だ。しかし、それを呑ませたのがラブであるという証拠はどこにもないし、ステータスに差があり過ぎて誰もラブがリリィに服用させている瞬間を確認できていない。要はバレなければいいのである。


「リリィ……君は……いや、貴様は……!」

「はぁ……はぁ……! リ、リチャード様……?」


 墓まで持って行くつもりだった心情と真実の大半を喋ってしまったリリィは、傍から聞こえるリチャードの低い唸り声に顔を青くさせる。なんとか言い訳をしようと口を開けば……。


「何よその態度は!? この私に逆らう気!? 私は世界一高貴な女になるのよ!? 私に口答えすれば、イケメンで未来は王になる夫が黙ってないわよ、この脱糞オムツ王子!!」


 居もしない物を頼って逆ギレまでしてしまう始末。王子だけではなく、周囲からも冷め切った視線が送られる中、好感度が最低値を突き破り、スキルも魔力も何もかもを失った真に無力な小娘には、この局面を打破する力などある訳がない。


「貴様は私を……私たちを謀ったのかぁッ!?」


 王子の憤激が大気を揺るがす。リリィの苦しみと絶望に彩られた終末が始まった。



前半のイメージソングは、G線上の魔王から「ClauseyourEyes」です。

街を壊し、人々を殺し回ったゼオが、このまま何事も無かったかのように普通に過ごすなんて無理だと思い、このような結果になりました。しかし、この物語はあくまでハッピーエンドです! ゼオもシャーロットも、読者の皆さんが納得するような報われ方をするのでご安心を。

そしていよいよ、リリィの処刑が始まります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ざまぁ、ちょっとパンチが足りませんね もう2、3パンチ欲しいです。
2022/01/03 19:28 魔ハンマー
[一言] まあ、どうでもいいけどClauseyourEyesじゃなくて Close Your Eyes
2019/11/29 19:08 名無しの権兵衛
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