キメラは恩人を守ると決意する。
一日にして500近い評価ポイント、ありがとうございます!
とりあえず、シャーロットのあだ名はお嬢でいいかなって思ってますが、日間ランキングに乗っている気配が無くて嫌な予感がします。
こんな作品ですが、お気にいただければ評価や登録のほどをよろしくお願いします。
このさも当然のように魔物らしからぬ、人間のような考えに及んでいるキメラ、ゼオについて少し語ろう。
地球と呼ばれる世界の日本という国で生まれ育った男子学生だった彼は、ある日電車に撥ねられて死亡……したかと思えば、異世界に存在するグランディア王国が有する樹海の中で目を覚まし、肉体が魔物の一種、キメラとなっていた。
(な……何じゃこりゃぁああああああああああっ!?)
自分の前足や体、そして近くにあった泉で全身を確認した時は、思わず絶叫してしまった。それもそのはず、彼にとって「死んだと思ったら魔物に転生してました」などという展開は、小説や漫画の中だけの状況に過ぎないのだから。
(うーわー……どーすりゃいいんだよ、これからぁ……)
腹這いになったり、地面をゴロゴロ転がりながら途方に暮れる。高度な文明人として十七年近く生きてきた彼にとって、いきなり人外に転生した上でのサバイバルなど、適応出来る自信などありはしない。ありはしないのだが……
(まぁ……命あっての物種か。その上意識もしっかりとしてるし、記憶もある。せめて人に生まれ変わったんなら御の字だったけど、そこまで贅沢は言えない……よな?)
しかし彼の精神は図太かった。深く考えるのはサクッと止め、とりあえず生き抜くことだけは決心し、食料を求めて徘徊し始める。
人間だった彼も今ではすっかり魔物になるという超常現象が起こるだけあって、この世界は魔物や魔法がはびこるファンタジー世界であるということは、早々に理解した。
何せ森を歩けば、何故か六本足の上に刃のような角を持つ鹿が闊歩し、平原を進めば鎧着た剣士にローブを纏って杖を構える魔法使い、耳長の種族であるエルフの弓兵や小柄で髭の生えた筋肉ダルマ、ドワーフの戦士という、いかにも冒険者っぽい一団。
湖の畔を歩けば、大の男も丸呑みできそうなほど巨大な角の生えたナマズが水面から姿を現し、空を見上げれば男子のロマンであるドラゴンが雄々しく翼を広げて飛び去って行く。
これだけ見せられれば、現状を夢と自分に言い聞かせて現実逃避できるはずもない。非現実的な光景を現実と受け止め、彼は野生に適応しようと生水を啜り、血肉を齧った。
それと並行して魔物と戦い自身を鍛え、どのような怪物や冒険者を前にしても生き抜けるようにと備えていた。
狙いは主に自分と同じくらいか、それ以下の強さを持つ魔物。堅実にひっそりと、焦らずゆっくりと強くなろうとしていた彼を嘲笑うかのように、それは現れた。
「グオオオオオオオオオオオオッ!!」
「ガァッ! ギャウギャウッ!」
三本の角と黒い体毛が生えた巨大な熊に目を付けられたのだ。大男と比較してもさらに巨大な魔物と、女の腕の中にすっぽりと収まるであろう子犬サイズの魔物である彼とでは、体格差どころかあらゆる能力値に差があり過ぎる。
それでも何とか逃げようと、時折攻撃を当てつつ逃げるのを繰り返していたが、こちらの攻撃は雀の涙ほどしか通じないし、巨大熊は尋常ではない速度と筋力、鋭敏な嗅覚で逃げ惑う彼を追い詰めていく。
「グルォオオッ!!」
「ガッ……!?」
剛腕一閃。幸いにも爪による裂傷を負うことはなかったが、筋肉の塊であるかのような太い腕は、薙ぎ払うだけでも凶器となる。
まるで子石を投げたかのように吹き飛ばされた彼は、そのまま渓流へと叩き落され、水に揉まれながらどこまでも流されていった。
尋常ではない一撃に体力はごっそりと吹き飛ばされ、川の水温は容赦なく気力を削ぎ落す。命辛々、川からの脱出が叶った時は不覚にも泣きそうになった。
そのまま極度の眠気と疲労に襲われながらも、彼はなけなしの気合で安全な場所を求めて彷徨い歩く。この睡魔に身を委ねれば命は無い……そんな確信にも似た予感が小さな魔物の四肢を突き動かしていた。
「……ガァ」
歩き続け、巨大熊に殴られた鈍痛と全身の擦り傷に苦しみながら、どうにか魔物の気配が少ない場所にたどり着いた彼は、藪の中に身を潜めるように潜り込んだ。
しかしその藪は思いの外小さく、彼の体は突き抜けるように向こう側へと飛び出した。そんな彼の目の前は、見上げるほどの大きな洋館。
(やべぇ……ここ人住んでるんじゃ……?)
今の彼にとって、人間というのは基本的に敵だ。向こうは害獣退治や素材採取という様々な名目があるが、それで命を奪われる身となった今では堪ったものではない。
この世界に転生して間もない頃、冒険者風の人間の団体が、まるで屠殺場の家畜を見るかのような目で剣を振り、魔法を撃ってきた事もあるのだ。
何とか身を起こしてこの場から離れようとするが、一度倒れた体には力が入らない。むしろ猛烈な眠気すら襲ってくるほどだ。
(俺……また死ぬのかな……?)
それは耐え切れない事だった。こうして記憶を持ったまま転生してはいるが、次はどうなる? 完全な死か、記憶を失っての転生か、いずれにせよそれは地球の日本で暮らしてきた記憶の消滅に他ならない。
「もう大丈夫ですよ」
朦朧とする意識の中、二度目の死が迫っている事を自覚しながら重い瞼に必死に抗っていると、そんな澄んだ優しい声の持ち主が彼に手を翳した。
暖かな光が全身に浴びせられる。全身の痛みが引いていくことに驚いていて傷を見ると、驚くべきことに光を浴びた傷が急速に塞がっていくではないか。
(……て、天使……?)
声の主を見上げ、そんなバカげた感想を脳裏で述べる。しかし声の主である娘は、本当に天使と見紛うばかりの美しさだった。
金糸を束ねたかのような長い髪も、蒼天を連想させる大きな瞳も、最高の職人が丹精込めて作ったかのようなビクスドールのように整った顔立ちも、テレビの中ですら見たことが無い美少女を構成している。
「ガアァ……ッ!」
しかしどんなに美しかろうと相手は人間、自身も人間としての意識が残っているにも拘らず、転生してから受けた仕打ちに思わず威嚇の声を出す。
そんな半ば魔物となった彼に対し、娘は慰撫するかのように怪物の体を毛布で優しく包み、そっと抱き寄せた。
「大丈夫……大丈夫ですから。ここに貴方を傷つける人はいません。だから今は休んでください……ね?」
その一片の打算も悪意も感じさせない声と腕の中の温もりに、閉ざされない様に堪えていた瞼が力無く下りる。
幾日も気を張り続け、遂に緊張の糸が切れた彼は抗いがたき眠りの淵へと意識を投じたのだった。
次に目を覚ましたのは、扉を開けるような音がした時だった。
自分を救った娘の部屋なのか、ベッドの上で毛布と布団で覆い隠された〝彼〟は日当たりの悪い質素な部屋の中で向き合う娘と、茶髪のメイドが向かい合っていた。
(……なぜメイド?)
この部屋にはなんともミスマッチにも思え、娘と向かい合うと不思議としっくりくる矛盾を感じる。
「では、食事をお持ちしましたので私はこれで」
「……ありがとう」
「?」
何故か憮然とした表情のメイドと、彼女を悲しそうに見つめる娘に疑問を顔に浮かべていると、娘は食事らしきものが乗せられたトレーを机の上に置き、毛布と布団を捲り上げた。
「あぁ、良かった。目を覚ましたのですね」
娘は先程とは打って変わって嬉しそうな表情を浮かべる。彼に暴れる素振りが見られないことを確認すると、竜の頭を優しく撫でた。
「私はシャーロット……といっても、分からないですよね」
言葉が通じないものと思い込んでの苦笑は、どういう訳か酷く楽しそうで、寂しそうにも見えた。
何はともあれ、この少女……シャーロットに害意は無いということは理解した彼は、傷が癒えるまでこのままこの部屋で暮らすことを決定。
それから更に1週間が経過し、ゼオと名付けられた元男子高校生で現キメラは、シャーロットの献身的な介護により体力が十全となり、ようやく周囲の状況や、シャーロットのプロフィールをある程度理解した。
ここは大きな洋館であり、シャーロットが時折やってくるメイド……と言っても、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる者ばかりだが……から「お嬢様」と呼ばれていることから、彼女が貴族や金持ちの娘であるということは明白だ。
「一体なぜ皆が私から離れていったのでしょうか……? 私に至らないところがあったのなら、それを正して元に戻りたい……」
そして、理由も分からず家族や学友、婚約者から蔑まれ始めたということも、彼女が零す自責に似た愚痴で知ることとなった。
シャーロットからすれば、人間の事情をよく理解できない魔物に話しかけているつもりなのだろうが、それは外見だけであって中身は成人間近だった日本男子。シャーロットの言葉や時折現れる使用人の態度、そしてこの大きな屋敷の隅に位置する薄暗く狭い、とても貴族の令嬢が暮らすとは思えない部屋を見れば、今の彼女が貴族としてどれだけ不遇な生活を送っているのかは想像に難くない。
(おいおい、そんなんお嬢は何も悪くないじゃん。要はポッと出の妹が、他人生贄にして媚び売るのが上手いって話だろ?)
話し相手がゼオ以外に居なくなったシャーロットは、彼が人の言葉を理解していると知ってから多くの事を語った。
貴族としての誇り。厳しくも温かく見守ってくれた両親や、尊敬する兄に可愛い弟。信頼する専属執事に愛する婚約者。次期王妃として、民にどうやって活気を与えることが出来るのか……これまでの寂しさを埋めるように、シャーロットは独白するようにゼオを腕の中に抱いて語り聞かせた。
(色々鬱憤が溜まってたんだろうなぁ……というか、さっきから頭に柔らかいのが当たって……駄目だ駄目だ、今はシリアスな場面だから)
そして、リリィという血縁上の従姉妹がシャーロットが持っていたものをどんどん奪っていったということも。
付き合いの浅いゼオが知る由もないが、シャーロットは基本的に悩みや鬱憤を抱え込み、自分で解決しようとする悪癖の持ち主だ。
そんな彼女が、原因の分からない現状に追い詰められ、相手が魔物とはいえ愚痴を零すまでに追い詰められていることを、雰囲気で察したゼオは激怒した。
(一人の意見ばっかり尊重して、もう一人の話を一切聞かない奴なんてゴミクズ同然だろ!? 少なくとも、お嬢がそんな風に見られる人には見えんぞ?)
これは何かがある。少なくともシャーロットを追い詰めようとする何かが。
なにせ突然の手のひら返しにも、人目のつかない場所で恨み節一つ零さない少女だ。悍ましいキメラにすら慈悲を与える彼女の本質を、現状この世界の誰よりも理解しているゼオは、命の恩を返す意味でも決意を固める。
(安心しろよ、お嬢。アンタを虐げる奴は、俺が一人残らず全員ざまぁしてやっから)
とはいえ相手は人間社会。こんな魔物の身で何が出来るのか。……実は出来るだけの自信が彼にはある。
「いと慈悲深き女神よ。今日も私たちの良心より、私たちをお見守りください」
首から下げている十字架を握り締めながら瞳を閉じ、朝の日課である祈りを済ませたシャーロットは、学院の白い制服に着替える。
「それではゼオ、行ってきます。ちゃんと良い子で待っていてくださいね?」
「ガァッ」
名残惜しそうにゼオの頭を優しく撫で、学院に行くために主が部屋を後にした時、ゼオは気を取り直して頭の中で強く念じる。
(いくぞ、《ステータス閲覧》!)
名前:ゼオ
種族:キメラ・ベビー
Lv:13
HP:54/54
MP:48/48
攻撃:35
耐久:33
魔力:33
敏捷:35
SP:32
スキル
《ステータス閲覧:Lv--》《言語理解:Lv--》《鑑定:Lv--》
《技能購入:Lv1》《火の息:Lv2》《電気の息:Lv3》
《冷たい息:Lv2》《透明化:LvMAX》《飛行強化:LvMAX》
称号
《転生者》《ヘタレなチキン》《令嬢のペット》
地球サブカルチャーのテンプレの権化が、明確なイメージ映像としてゼオの脳裏に浮かびあがる。
情報は武器だ。ゼオがこれまで過酷な野生を生き延びてきたのは、己を知り、相手を知っていたからこそである。
(よーし、この念じるだけで発動するスキルで、お嬢を苛める奴をざまぁしてやるぞ!)
こうして、キメラに転生した元地球生まれの高校生による、公爵令嬢の救済が始まるのであった。
書籍化作品、「元貴族令嬢で未婚の母ですが、娘たちが可愛すぎて冒険者業も苦になりません」もよろしければどうぞ。