ゼオの前世と本音
凄く今更ですが、股間に電撃五連発喰らったルーファスの末路を少し変更しています。
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シャーロットが逮捕されて牢に入れられた次の日。無理矢理襤褸に着せ替えられ、寒く冷たい石の牢獄の中に放り込まれた病身のシャーロットが、檻の外から出ることを許されるのは名ばかりの裁判の時だけだった。
「はぁ……はぁ……!」
「何をしている! 早く歩け!」
ただでさえ治ることなく発病者を緩やかに死に追いやるデスコル風邪。そんな奇病を患っていながら、悪辣な環境に放り込まれたシャーロットの足取りは酷く覚束ない。頭はまるで頭蓋の中に熱湯でも流し込まれたかのような痛みと重さで、顔が赤くなっているにも拘らず寒気が止まらない。
本来なら、どのような罪人であろうとも体調はある程度考慮されるべきなのだろう。しかし、他の誰でもない怒り狂ったリチャードの采配により、シャーロットはボロボロのまま裁判所に立たされた。
『シャーロットが風邪? だからどうした? どうせあの悪辣な女の事だ、体調不良を装って我々の目を欺こうとしているに違いない! ……いや、仮に体調不良だとしても、あの女を罰することには変わらないのだから放っておけ!』
王都の地下監獄の看守からの報告を聞いたリチャードは、本当に死に至る病に苦しむシャーロットの姿を聞いてそう一蹴したのだ。それは尻を抑えながらも、どこか憂さ晴らしに成功したかのような醜悪な笑みだった。
シャーロットもどうにかして治癒魔法で体調改善を試みたいのだが、それは右手に嵌められた腕輪がそれを許さない。
(魔法やスキルといった魔力を使用する術を禁じる、囚人用の魔封じの腕輪……これではどうしようも……)
腰に括りつけられた縄を引っ張る兵士に無理やり連れてこられた裁判所に入った瞬間、王国の名門の令嬢の裁判を見に来ていた貴族たちは、薄汚い襤褸に身を包んだシャーロットを見て、侮蔑を込めた隠し笑いを浮かべる。
そんな中、純然たる憎しみを浮かべているのはリチャードや両親、兄弟、従者たちといったリリィに近しい人物たちだ。当の彼女は、ハイベル夫人の隣で表面的には悲しそうな表情を浮かべている。
「えー、それでは、これより裁判を始める。まずは被害者、リリィ・ハイベル嬢、証言台へ」
「は、はい」
「貴方は被告人、シャーロット・ハイベルから暴行を受けていたという報告を聞きましたが、それは事実ですか?」
「はい……私、お義姉様に酷い苛めを受けていて……!」
この裁判は茶番だと、シャーロットは裁判所に入った時点でそれに気付いていた。弁護側も検事側もいない、見るからにやる気のない裁判長とリリィ側の人間だけで構成された人々、そして何を考えているのか分からないオーレリア宰相。シャーロットは今、敵だらけの裁判所に無罪のまま立たされているのだ。
そんな事を考えている内に、リリィの嘘八百の証言は続いていく。曰く、教科書を破かれた、王太子と親しくするリリィに耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を並べた、両親や国王夫婦の関心を買うリリィに嫉妬して頬を強く打擲した、全身に水を掛けられた、パーティーでわざとドレスにワインを掛けられたと、少し腹黒い貴族淑女なら当たり前のように行われている小さな嫌がらせ。
初めは耐えていたリリィだが、連行された当日の朝にシャーロットに家の階段から突き落とされたという。軽傷ではあったものの、一体どうしたのかと慌てて問い質す王太子や公爵一家の前で、リリィは我慢できないとばかりに大きな瞳から涙を零して、シャーロットに酷い苛めを受けていると告白して事件が発覚する。
義憤に燃えるリチャードたち。そこに追い打ちをかけるように、騎士団を率いてリチャードの前に現れた宰相が、シャーロットが敵国アインガルドに国内情勢を知らせる密書を送っていると告げたのだ。
「この一年、我が国に侵攻することを企てていた聖男神教を宗派とするアインガルドに、自分の身と豪勢な生活を引き換えに故国を売るような交渉をしていることは、既に調べがついています。言い逃れは出来ませんよ?」
手紙や書類の証拠もなく、証言台に立った宰相の一声だけで根も葉もない大罪まで掛けられることとなった。
冷静に事実確認をすれば、仕事に忙殺され、その証人も多く居るシャーロットがリリィを苛める時間などあるはずもないのだが、彼女によって腑抜けにされた、シャーロットよりも身分の高い者たちはあっさりとリリィの言葉を信じてしまった。
「貴様のような下劣極まりない売国奴と婚約などできるか! 私は今、この時を以って! シャーロット・ハイベルとの婚約破棄を宣言する!!」
そして、シャーロットは愛する王太子から婚約破棄を言い渡される。
身に覚えのない苛めに自分がやったという証拠を求めても全て「リリィがそう言った」という証拠にならない被害者証言を押し付けられ、終いにはリリィがどれだけ素晴らしい女性で、シャーロットがどれだけ卑しい女であるかを聞いてもいないのに、よりにもよって愛する人たちの口から聞かされた。
『君のような聡明で美しい婚約者がいて、私は幸せだよ』
『流石はシャーロットだな。お前のような妹がいて、兄は鼻が高い』
愛していた。一途に国と民を想うルーファスとリチャードを、妹として、伴侶として愛していたのに、今では嫉妬と侮蔑に塗れた視線と言葉を投げかけてくる。
「お前のような男を立てることも知らずに有能さをひけらかす女が傍にいては、私の心は休まることは無い!」
「いつもいつも妹と比べられ、追い立てられる兄の気持ちはお前にはわかるまい。消えてくれて清々するよ」
この時、シャーロットは初めて彼らの悩みと苦しみを知った。公爵家の令嬢として、王太子の婚約者として懸命に励んできたが、それが彼らを苦しめていたということを。
彼らとシャーロットが比べられることは一度や二度ではない。父がシャーロットが男であったならと、王がシャーロットとリチャードの性別が逆であったならと零していたところを聞いたこともある。
『見ていてください、姉上! ボクはいつか、兄上や姉上を守れる騎士になって見せます!』
『身寄りを無くし死を覚悟した私を、シャーロットお嬢様が救ってくれました。このご恩は、一生を掛けて報いて見せます』
透き通った瞳で慕ってくれた弟ロイドと、かつて命を救い、永遠の友情を誓い合ったケリィからはまるで汚物を見るような目を向けられた。
「姉上がそのような卑劣な行いをするとは思っていなかった! 二度と顔も見たくない!」
「貴女のような人に仕えていたことは、私の人生の汚点です。せめて苦しみながら死んでくださいね」
浴びせられる罵声と呪詛に、シャーロットの中で何かが音を立てて壊れ始めていくのを感じた。その正体が理解しきれない内に、更なる怨嗟が浴びせられる。
『あぁ、私の可愛いシャーロット。私の元に生まれてきてくれてありがとう』
『こんなに出来た娘に育ってくれて……シャーロット、お前は私たちの誇りだ』
いつだって優しく、時に厳しく、無償の愛情を注いでくれた両親は一方の言葉だけを信じ、十七年共に過ごした実の娘を糾弾した。
「うぅ……! どうしてこんな娘に育ってしまったの……!? リリィはあんなに良い娘なのに……!」
「お前はもう私たちの娘でも何でもない! 今この時を以ってお前を勘当する! 二度と我が家名を名乗るなっ!」
ここ一年近くはシャーロットを見るのも汚らわしいといった様子だった両親に久々に掛けられた言葉がこれである。その声を聴くたびに、シャーロットが大事に守ってきた想いが崩れ去っていくのを感じた。
『シャーロット様、今度我が家でお茶会が催されるのですが、シャーロット様も如何ですか?』
『シャーロット様! 貴女がお国に掛け合ってくれたおかげで、俺たちは安心して水が飲めます!』
『他の令嬢と比べても、やっぱりシャーロット様は違うなぁ。何より優しいし』
シャーロットを裁く裁判と聞いて駆け付けた、かつての友人や相談に乗った事のある住民たち。しかし、彼らがシャーロットを擁護することはなかった。
「この性悪女めっ! よくも俺たちを騙しやがったな!!」
「死刑だ! この売国奴を死刑にしろ!」
「地獄に落ちやがれ! この糞アマが!!」
「そんな女さっさと殺しちまえばいいんだ!!」
誰一人として味方の居ない法廷で家族が、婚約者が、学友が、民が、愛した人たちが過去などなかったかのように罵声を浴びせる。一瞬、まるで知らない人々に囲まれたかのような錯覚さえ覚えるほどだ。
彼らに対する愛や情が、粉微塵に砕けるのを自覚した。
シャーロットに被せられた全ての罪が嘘偽りであることは、他の誰でもない彼女自身が知っている。どんな理由があるのか分からないが、宰相まで出張ってきたあたり、どうやらグランディア王国はシャーロットの死を望んでいるらしい。罪を被せたのも王国、裁くのも王国。もはや逃げ場ない。
どうしようもない諦観。身を引き裂かれるような悲しみ。それでも、彼女は涙を堪えられた。
(……ゼオ。私がいなくても、どうか健やかに……)
最後まで一人だったら、きっと泣いてしまっていたかもしれない。涙を見せない意義すら失われてしまったが、最後の最後に矜持を守れたことだけは良かったと、シャーロットは一目だけでも会いたい魔物の事を想い、小さな祝福を送った。
「判決! 被告人、シャーロット・ハイベル……もとい、罪人シャーロットは公開で腹裂きの刑に処す!」
元から全てが出来レース。暴走した王侯貴族と醜悪な欲望に駆られた者たちの手により、被告人に弁明の余地も与えないまま、最も屈辱的な極刑が下された。
王都へ続く空を矢のように突き進む小さな魔物。人ならざる害悪と認識されている彼からすれば、シャーロット以外の全ての人間が敵である場所にあって、彼の武器はステータスとスキルのみ。
名前:ゼオ
種族:プロトキメラ
Lv:30
HP:501/501
MP:499/499
攻撃:392
耐久:393
魔力:394
敏捷:390
SP:354
スキル
《ステータス閲覧:Lv--》《言語理解:Lv--》《鑑定:Lv--》
《進化の軌跡:Lv--》《技能購入:Lv2》《火の息:Lv5》
《電気の息:Lv4》《冷たい息:Lv4》《透明化:LvMAX》
《嗅覚探知:Lv2》《飛行強化:LvMAX》《毒耐性:Lv1》
《精神耐性Lv:3》
称号
《転生者》《ヘタレなチキン》《令嬢のペット》《反逆者》
移動に全力を尽くす傍ら、残された思考能力で作戦を立てる。今から挑む戦いにおける敗北条件は、シャーロットの死だ。それを踏まえたゼオは、改めて必ず救い出すと決意する。命を助けてくれた恩人の為に……そして自分自身の為に。
(ただ恩返しがしたいからそうしてるんじゃない……俺はずっと、お嬢に同情してた)
ゼオと名付けられた魔物となる前。前世では人間だった彼について少し語ろう。
内臓に疾患を患った父の事もあり、やや貧乏ながらも、母と合わせて家族三人、彼は充実した生活を送っているとある時までそう思っていた。
簡単に言えば、母が子持ちで妻に先立たれたどこぞの小金持ちと不倫したのである。病気の事もあって安月給だった父とは違い、広々とした家で出来の良い息子一人と娘一人を養う、見るからに甲斐性がありそうで、どこか軽薄な男だった。
彼がまだ八歳だった時の事だ。彼自身も母に失望し、怒りを抱いたが、父の怒りと悲しみはそれ以上。母を愛していたからこそ憎しみも大きかった。浮気現場を抑えた父が間男に詰め寄り、その間に入った間男の仕事の部下を誤って階段から突き落とし、殺害してしまうほどに。
当然のように父は逮捕。浮気や殺人のショックが積み重なり、病状が急激に悪化。無念のまま獄中死してしまった。
母は意気揚々に間男と結婚し、間男が義父となった彼はかなり早い段階で反抗期に突入することとなる。殺人という末路だったが、優しい父を慕っていた彼からすれば、母の行いは自分たちに対する裏切りそのもの。
到底許せるものではないし、母も間男や新しい息子と娘の好感を得るのに夢中で、彼など居ないかのように振舞い続けた。これで和解など出来ようものなら、夢物語通り越してご都合主義が過ぎるというものだろう。
しかもテレビで取り上げられる情報は規制されていたものの、名字を変えた母や別の名門小学校に通っていた義兄妹とは異なり、変わらず同じ学校に通い続けた彼の旧姓を知る子供たちが多く通う学び舎で、殺人犯の息子という肩書は差別の対象となるには十分すぎた。
子供特有の大した悪意もないが故に平然と行われる陰湿な苛め。PTAやら苦情やらを恐れて何もしない教師。そんな彼の様子に気付きもしない家族。抵抗する術があるとすれば、暴力しかない。
苛められれば殴り返し、陰口を言われれば蹴り返し、そんな事を続けていく内に、彼の周りから人が居なくなっていくのは当然だ。怪我をさせたクラスメイトの親が怒り狂って母や義父を呼び出そうとした時など、「忙しいから適当に叱っておいてください」と丸投げしたした時の事は妙に記憶に残っている。クラスメイトもその親も怒りを忘れて呆然としていたくらいだ。
一人寂しく、順調に尖った性格になってもおかしくはない環境。事実、多くの問題を起こした彼だが、意外にも反撃による暴力以外の問題を起こすことはなかった。
『■■、一緒に帰ろ?』
大勢の人が彼から離れていく中、ただ一人だけ彼の傍にいた幼馴染が居たからだ。気を使われているということは、幼いながらも理解できた。なら少しずつでもいい、その友情に報いるためにもまともな人間になろう。母のような人間には死んでもなるまい。
友達は幼馴染一人だけ。彼女も引っ込み思案で極端な人見知りだったせいで苛めを受けており、その現場を助けてからすっかり懐かれたのだ。小学、中学と毎日のように共に行動し、高校も同じ学校に進学した。
そこで彼にも転機が訪れる。父の殺人から何年も経てば、肩書の効果も薄れ、高校でようやく人並みの交流を手にすることが出来た。母や義父がいる家が嫌で一人暮らしを初め、高校ではクラスメイトと雑談できるようになり、家賃や学費の為に始めたバイト先では店長の覚えも良い。
正に順風満帆。荒れていた彼を見捨てずにいてくれた幼馴染のおかげだと感謝していたのだが、ある日を境に幼馴染の方にも変化が訪れる。
急に彼と距離を置き始め、学校もサボりがちになり、良くないことを良いと軽いノリで勧める……いわゆる不良のような人種と付き合い始めたのだ。
少女はコミュニケーション能力が低い分、学力は特待生として入学できるほど極めて優秀だが、悪い遊びに夢中で他の事がおざなりになっていてしまった。
『学校としても優秀だった生徒の成績が下がって上から色々言われてんだよ。幼馴染なんだろ? お前からも説得してくんねぇか?』
明らかに保身が見え隠れする上にやる気を感じさせない担任教師の言葉が発破となり、彼は駅で少女を待ち伏せすることに。
登下校に使う路線も同じなので待ち伏せは容易く、夜の帳が下りた駅のホームで会い見えた時、少女が顔を顰めたのはやけに印象的だったが、彼は少女の事を思って説得を開始する。
『高校生になってハメ外すのは良いけど、ちゃんと学校行けよ。おばさんとか心配してるし、大学も受験するんだろ?』
言ったことを纏めれば概ねこのような言葉。しかし少女はそれが酷く煩わしかったのか、両手で彼を押しのけて叫んだ。
『……うるさい、放って置いてっ!』
背を向けて荒々しく歩き出した少女の背を見ながら、後ろに向かって踏鞴を踏む足は空を切り、体が大きく傾く。
駅のホームから落ちたのだと認識するや否や、悲鳴を上げる周囲と、それに釣られて振り返った、少女の大きく見開かれた目。
迫りくる特急電車のライトが視界を占領をする中、凄まじい衝撃と共に彼の意識は途絶えた。
それがゼオの前世の最後。結局のところ、幼馴染が何を想っているのかが最後まで理解できなかった、哀れな男の末路だった。
(お嬢……苦しかったよな……? 理由も分からず大事な人が離れて行って……寂しかったよな……?)
シャーロットと比べたら大したことはなさそうに聞こえる。実際、規模は大違いだ。しかし、それでもゼオとシャーロットは同じだった。
大事な人との縁が意味も分からず切れてしまう。母が何を想って浮気をしたのか、幼馴染が何を想って離れていったのか、それを少しでも理解し、行動に移していれば何かが変わったかもしれない。そんな悔恨がずっとゼオの心の底に刺さっていた。
(ここで何の行動も移さず、みすみすお嬢を見殺しにしたら、俺は前世と同じ馬鹿を繰り返しちまう……! それだけは死んでも我慢ならねえんだ!)
認めよう。混じりっ気なしの善意ではなく、前世の未練を晴らすための戦いでもあるということを。その為に自分と似た境遇の少女を救おうとしている、ただの自己満足であるということを。
しかし誰にも文句は言わせない。大恩あるシャーロットを救い出し、前世の未練を晴らす。それがゼオが良心と本音に従い、導き出した答えなのだから。
すみません、ざまぁは20話と言いましたがもう少しかかるかもです。思ったよりも長文になってしまって……でもできるだけ早く済ませますので、なにとぞご容赦を。
後、人化のタグを付けろと仰られる読者様がいらっしゃるのですが……とにかく、第一章を読み切ってからにしてほしいです。切に。




