表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/93

モンドラゴラを手に入れるための壁

皆様の応援のおかげで、総合評価が1万を超えました。応援ありがとうございます。

これからもお気にいただければ評価や登録、感想のほどをよろしくお願いします。


空が白み始めた。夜闇は地平線から現れる太陽に追いやられ、早朝独特の寒さが山林を包み込む。深夜直前にシャーロットの部屋から飛び出して一夜が明けようとしているが、ゼオは未だにモンドラゴラを見つけることが出来ていない。


(だぁぁあっ!! どこにあるってんだよ!?)


 元々、ゼオの目は闇に対応していない。現代地球と違って空気が途方もなく澄んでいるこの異世界では、星や月の光だけでも行動が出来るのは幸いだったが、流石に山林の中で探し物をするには困難である。


(落ち着け、俺。モンドラゴラの発生条件は大量の魔物の血……大型の魔物や群れの死体の傍が一番生えてそうな場所だ。目星はついている)


 しかし、肝心の死体がどこにあるのかは分からない。魔物の体になっても、嗅覚が特別優れるようになったわけではないのだ。


(って、嗅覚? そ、それだ! 《技能購入》でスキルを買えばよかったじゃんか!! なんでもっと早く思いつかなかった俺!? 完全に無駄足踏んでたぞ!)


 自分自身を罵りながら、《技能購入》を発動する。頭の中で明確なイメージとして浮かび上がるスキル名の中から、必要そうなスキルを二つほどピックアップした。


《嗅覚強化》 必要SP:100

《嗅覚探知》 必要SP:130


 一見すると似たようなスキルだが、実は大きく異なる点がある。嗅覚そのものを鋭敏化させる《嗅覚強化》だが、これは何の匂いであるかを嗅ぎ分けることが出来なければ探し物には向かない。同じ品種の犬が二匹並んでも、人間では臭いでどちらがどの個体であるかを嗅ぎ分けられないのと一緒だ

 一方、自分が嗅いだ事のある匂い一種類に限定し、それに対して嗅覚を敏感にする任意発動型スキル、《嗅覚探知》はゼオ向きのスキルであると言える。何せ一種類の匂いのみに集中すればいいのだ。木々や土、獣臭が混じった外気の中にある魔物の血の匂いを嗅ぎ分けることが出来るとは到底思えない。


(これを買ったら今のSPが殆ど無くなるけど、背に腹は代えられねぇ。購入だ)


 ステータスに新しくスキルレベル1の《嗅覚探知》が追加される。どうやら記憶にある匂いを思い浮かべながら発動すれば、鼻が自然と捉えてくれるらしい。これまで何匹もの魔物を倒してきたゼオは、魔物の血の悪臭を思い浮かべながら《嗅覚探知》を発動した。


(臭っ!? こ、この鉄分に腐った生ゴミをブレンドして温めたみたいな臭いは……こっちか?)


 スキルレベルが低いのでちゃんと探知できるかが心配だったが、流石に魔物の生息域なだけあって流血が多いらしい。鼻をヒクつかせて匂いの元を辿っていくゼオだが、すぐにモンドラゴラが見つかったわけではない。血の量が少ないのか、既に引き抜かれた後なのか、何度も外れを引いては悪臭に吐きそうになり、それでも歯を食いしばって探し続けていると、一際濃ゆい血の匂いを探知した。


(おぇぷっ!? こ、これは強烈……! で、でもこの先は期待してもよさそう……おえぇえっ!?)


 近づけば近づくほどに鼻に突き刺さる悪臭に耐えながらゼオは進む。そして行き着いた場所は、以前レベル上げに訪れた時に見かけた、断崖に爪で掘られた洞穴だ。

 中から漂う悪臭に耐え切れず、スキルを切って奥へ踏み込んでいくと、入り口付近では気付かなかった腐臭が鼻に突き抜ける。そしてまだ日の光が届く最奥に辿り着くと、そこは円状に開けた空間で、ところどころに血痕や魔物の腐肉や骨が散乱していた。


(あ、あった!! モンドラゴラだ!!)


 そしてついに見つけた。図鑑でも見た青くて小さな花が連なっているモンドラゴラだ。《鑑定》で確認してみても同じ結果が頭に浮かび上がる。これでシャーロットを治療できると、喜び勇んでモンドラゴラの草花を根元から鷲掴みにしたゼオだが。


「グルルルルルゥゥ……!」

「ギャウッ!?」


 背後から聞こえてくる、大型肉食獣のような唸り声に驚いて、ゼオは草花の根元を引き千切ってしまった。


(や、やべぇ!? やっちゃった! これ、すぐに根元を取り出すとか無理だろ!?)


 後ろをそっと振り返る。洞窟の入り口から照らされる光に浮かぶその姿は、3本の角と黒い体毛が生えた巨大な熊だった。


(こ、こいつ……! お嬢に会う前、俺を渓流に突き落とした角熊じゃねぇか!)



 種族:オーガベア

 Lv:31

 HP:513/513

 MP:500/500

 攻撃:421

 耐久:411

 魔力:378

 敏捷:344


 スキル

《剛獣毛:Lv7》《風刃:Lv4》《火の息:Lv5》

《木登り:Lv6》《裂撃強化:Lv7》《嗅覚強化:Lv6》

《衝撃耐性:Lv6》


 称号

《捕食者》《飢えた獣》《最終進化体》



(この状況で、ステータスだけ見れば俺のほぼ完全上位互換かよ……!)


 ゼオのステータスで上回っているのは敏捷値のみ。それもほんの僅かだけだ。出口は塞がれるような立ち位置。体格差を活かせば、四つん這いの体の下を潜り抜けるように逃げることも出来るのだろうが、ゼオは地中に残っているモンドラゴラの根に視線を向ける。

 

(他のモンドラゴラを見つけられる保証はない。それに、多分あいつは俺を逃がさねぇ)


【オーガベア】

【岩壁を掘って巣を作る習性があり、食事の際は獲物を巣穴に持ち帰って食べる魔物。ひとたび獲物を捕らえれば、地の果てまで追いかける執念深さを持つ】


《嗅覚強化》のスキルがあるので逃げ切っても追いかけ、最悪魔物除けの魔道具すら超えてくる可能性もあり得る。あらゆる意味で、この強敵との戦いは避けられない。


「ガァアアッ!!」

「グォオオオオオオッ!!」


 やるしかないと覚悟を決め、二体共に威嚇の咆哮を上げる。声量の違いに圧倒されそうになりながらも、ゼオは引き千切った花を目印になるように置いて、オーガベアに向かって四つ足で駆け出した。


(こんな所で戦ったら、モンドラゴラまで巻き込まれちまう。まずは外に……!)


 ゼオの主力は《火の息》。オーガベアも同じスキルを持っている。おまけに天井がそこまで高くないこの洞穴は、あらゆる意味でゼオに対して不利に働いている。まずは外に出なければ話にならない……そんなゼオの考えなど関係なしに、オーガベアは右腕を振り上げる。


「っ!!」


 太く鋭い三本の爪が並んだ手がゼオを切り裂こうとした瞬間、ゼオは突然加速した。その四肢は地に付いておらず、《飛行強化》のスキルで走る以上の速度を叩きだす地面スレスレの低空飛行でオーガベアの開けた体の下を潜り抜ける。


「ガアアアアアアッ!!」


 追いかけるオーガベア。しかし、ゼオが洞穴を抜けた瞬間に上昇したことにより見失ってしまう。本能的に鋭敏化された嗅覚でゼオを探しだし、オーガベアは片腕を斜め後ろに向かって振り抜いた。


(あっぶね!? そ、それだけは当たっちゃいかんやつだろ!?)


 爪から生じて飛来する、三つに並んだ風の刃。この《風刃》のスキルは、爪や牙、角などによるダメージを増やす《裂撃強化》と組み合わせることによって威力が上がるということは、《技能購入》のスキル説明で知っていたので、ゼオはオーガベアと会敵した初めからこの攻撃だけは警戒していた。


(でも速すぎんだろ……! 角がちょっと欠けたぞ!?)


 自分の角の先を少し切り飛ばし、岩の断崖に深い裂傷を刻まれるのを見て、ゼオは背筋が凍る思いをする。遠距離からの打ち合いは最初から無謀だと分かっている。MPが相手の方が多く、威力も高いのなら当然の事だ。


(でもだからって何時までも出し惜しみしてても意味は無い……長期戦は不利、この戦い短期決戦で終わらせてやる!)


 何より一人置いてきたシャーロットが心配だ。ゼオはオーガベアの口から吐き出される火球や二撃、三撃、四撃と飛来する風の刃を腕の軌跡で見極めながら上空を旋回しつつ回避。螺旋を描くようにゆっくりと近づき、体格ゆえに小回りの利かないオーガベアの背中に張り付いた。


(よしっ! マウント取った! 体の構造上背中に張り付いてる奴に攻撃は出来ねぇだろ!)


 加えてスキルを見ても、この状態で攻撃できる手段はないと確信している。残る問題はこの状態で防御スキルである《剛獣毛》を持つ敵をどうやって倒すかだが、スキルの詳細を知ることが出来るゼオは、その弱点を一目で看破していた。


(冷気や電撃、打撃とかにはとことん強いが、毛なだけあって火にはとことん弱いってことは分かってんだ! くらえっ!)


 竜の口から火球が吐き出される。爆発の衝撃と共に火炎がオーガベアの背中や後頭部に広がり、硬い毛皮は異臭を放ちながら焼け縮れていく。


「グガァアアアアアアッ!?」


 悲鳴を上げながら暴れるオーガベア。しかし攻撃に手足を用いないゼオは、両手両足でしっかりと背中に張り付くことが出来、離れることはない。


(無駄無駄! このまま一気に倒し切ってや――――)


 攻撃は当たらない。その慢心が命取りだった。ゼオを振り払えないと悟ったのか、オーガベアは岩の断崖に自分の背中を強かに打ち付けたのだ。


(そ……そう来たかぁ……!)


 

 名前:ゼオ

 種族:プロトキメラ

 Lv:25

 HP:213/451

 MP:310/448

 


 体勢的にちゃんと力が乗っていないのだろうが、HPが一撃で半分以上削られた。翼は酷く痛む。振り返ってみると、両翼がおかしな方向に折れ曲がっている。

 だが、それでもゼオは離さない。痛みを噛み殺すように歯を食いしばり、全身に嫌な汗を掻くのを感じながら、それらを振り切って火球をぶつけ続けた。

 

「グルガァアアアアッ!!」

「ギャグゥッ!?」


 再び岩に叩きつけられるゼオ。痛みで意識が飛びそうになるが、先ほどよりもダメージは少ない。爆発する火球が頭に直撃し、脳を揺らしたことで四肢の力を緩めているのだ。

 しかしダメージが大きいことには変わりない。何度も喰らい続ければ、先に倒れるのはゼオの方だ。本当なら背中から離れて仕切り直したいところだが、翼が折れて飛行出来ない状態では、《風刃》や《火の息》の良い的になってしまう。ゼオがこの難敵に勝つには、ここしか活路が無いのだ。


「グブッ……ガァァアアアアアッ!」


 ゼオは絶叫しながら火球を連発する。角熊はひたすら背中を断崖にぶつけ続ける。もはや意地と意地の張り合いだ。どちらが先に音を上げるのか、生き残りをかけた野生の戦い。


(痛い……! 苦しい……! 折れた骨が肉を抉ってる……! でも、これで倒せなきゃ負けるのはこっちだ……!)


 痛みなどに負けて堪るか。ここでモンドラゴラを手に入られなければ、誰がシャーロットを救うというのだ。その一念一つで火球を吐き出し続けるゼオだが、現実というのは非情なもので、オーガベアを倒し切れないままMP切れになってしまう。


(くっそ!?)


 それと同時にダメージが重なった影響が毛皮を掴んでいた手足にもおよび、ゼオは暴れるオーガベアに投げられるような勢いで振り払われ、木に叩きつけられる。そして怒りに任せて即座に飛来する風の刃。それをゼオは転がるように回避した。



 種族:オーガベア(状態:混乱・火傷)

 Lv:31

 HP:102/513

 MP:381/500



 相手のHPは100以上、それに対してゼオの残りHPは20を切っている。だが肉を切らせた連撃は無駄ではなかった。毛皮は焼き払われ、大きく露出した皮膚は消失、筋肉繊維が焦げているのが見える。状態異常もあってか、歩くのも覚束ない様子だ。


(あの傷口が活路になる……後は攻撃手段さえあれば……!)


 その時、ゼオの手に一本の木の枝が触れる。先ほど、オーガベアの攻撃で切り落とされた太い枝だ。斜めに切断されたその先端は尖っている。


(ラ、ラッキィー! 武器ゲット! これで……!)


 幾重に別れた枝葉が付いていて取り回しは出来ないがそれで十分。説明で聞いた執念深さを裏切らないかのように、こちらに向かって遠距離攻撃を放つオーガベアを前に、可能な限りその場から動かず回避に専念するゼオ。風の刃で背後の木は切り株になっていた。

 やがてしびれを切らした角熊は近接戦に移行するが、その突撃に合わせて振るわれた剛腕を紙一重で躱したゼオは、オーガベアの突進力を逆手にとって、切り株をつっかえにして木の枝の先端をオーガベアの顔に向け、その右目に深々と突き刺した。


「ゴガァアアアアアア!?」


 恐らくこの戦闘で一番大きなダメージが入った事だろう。抉り貫かれた右目を抑えながら悶絶するオーガベアの焼け爛れた首筋に、ゼオは力強く噛みつく。

 ステータスの耐久値、その大部分は皮膚に宿っているものだ。筋肉が露出した状態なら、オーガベアの耐久でもゼオの攻撃で貫くことが出来る。滴る血液の臭さと不味さを振り払い、全ての牙を血肉に突き刺したゼオは、オーガベアの太い血管を噛み千切った。


「ゴ……ガァ……ァ……」


 血泡を吹き、くぐもった断末魔と共に、地面に響く音を立てながら倒れ伏すオーガベア。その死体を見下ろし、ゼオもまた倒れそうになるが、それを気力一つで支えて洞穴に足を進める。


(お嬢……待っててくれよ……ていうかこの翼、時間経過で治るかな……?)




 HP回復を兼ねて慎重にモンドラゴラの根を掘り返し、途中まで徒歩で帰路についていたゼオだが、無事にHP回復と共に翼が修復されてホッと一息ついた。


(普通、添木とかしないと変な方向に曲がったままになるもんだと思うんだけど……もしや、これが噂に聞く転生特典ってやつか?)


 なんにせよ、これで急いでシャーロットの元に帰れる。すでに太陽は真上に位置し、ゼオが居ないと分かった彼女は、無理を押して探し回っているかもしれない。すぐに姿を現して安心させ、モンドラゴラをすり潰した生薬を飲まさなければ。

 ゼオはバツが悪そうな顔を浮かべながら、相変わらず日当たりの悪いシャーロットの部屋の窓から中に入る。


(お、お嬢ー? 起きてる……? ていうか、もしかして心配して怒ってたり……)


 死闘を切り抜け、特効薬が手に入ったことで何処か安心していたところがあったのだろう。そんな悠長で場違いな心配事をしていたゼオだったが、そんな杞憂は一瞬にして吹き飛ばされる。


(な、何だこれ? どうなってんだ!?)


 強引にこじ開けられてドアノブが歪んだ扉に、泥のついた幾つもの靴跡と乱れたベッドの上。明らかに荒らされた部屋の中には、シャーロットの姿はどこにもなかった。



鬱展開はまだ続きますが、せめて第一章完結までお待ちいただきたく思います。大体20話前後で終わらせますので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 同じ魔物の表記が ・角熊 ・鬼熊 ・オーガベア の三種類あります。どれか一種類にどういったした方が良いかと思います。 ご一考のほど、宜しくお願いします。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ