三つの事態が動き出す
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謎の超常現象により、王太子リチャードの括約筋が断裂。若くして終生オムツを履くことが約束されたグランディア王国の王子は、末永く続く後世までちょっとした笑い話にしばしば挙げられる人物として有名となることとなる。
人呼んで、《オムツ王》。謁見の最中でも、突然異臭を放ち始めることで各国から眉を顰められ、陰で笑い者にされることとなることなど想像にもせず、尻を抑えながら悶え苦しむリチャードを見舞ったリリィは、ゴテゴテとした派手な内装の私室に戻るや否や、忌々しげに椅子を蹴り倒した。
「もうっ! どうなってるのよ!? お義兄様やアーストに続いて、今度は殿下まで! あんな惨めな王子と結婚したんじゃ、いくら王妃になったって、私まで笑い者にされるじゃない!!」
防音機能の高い部屋の中は、心優しい令嬢の仮面を剥ぎ取って本性を曝け出せる唯一の場所だ。つい半刻前までは悲劇に見舞われた王子を心配して居たリリィは、部屋の中では大いに不満を零して膨れ上がった苛立ちを少しだけ発散させられる。
「全く、どういう事よ神様。私は世界一高貴で恵まれた女になれるんじゃなかったわけ? 今まではうまく回ってたのに、最近はこんなのばっかりよ」
天井に視線を向け、自分をここまで導いた何者かに問いかけるが、当然その答えは返ってこない。一体どうすれば憂さを晴らせるのか、広いベッドの上をゴロゴロと転がりながら考えていると、その脳裏に一人の女の影を映し出す。
「そういえば……シャーロットにリチャード殿下をけしかけたらこうなったよね?」
今となってはその意義も失っているが、一刻も早く王子の婚約者という立場を得たかったからそうしたのだが、その結果リチャードの美男としての魅力が根こそぎ吹き飛ばされてしまった。地位はあっても自分の価値が下がる相手との結婚は御免こうむる。
「いい加減目障りなのよねぇ……そろそろ消えて貰おうかしら」
神様から貰ったスキルがあれば、他人を誘導していくらでも手段を用意できるだろう。評価が最低にまで達したシャーロット一人葬ることなど容易い事だ。
「最後くらいは殿下にも役に立ってもらおう。シャーロットもまだ殿下の事が好きみたいだし、最後は殿下自らに裁いてもらえれば本望でしょ。それが終わったら他国の王子様に引き合わせて貰おうかしら……隣国の美形王子に見初められて、最後にはその国の王妃になる国を超えた恋愛……ロマンチックでいいじゃない! まさにヒロインって感じ!」
皮算用にもほどがある妄想に醜悪な欲望を渦巻かせながら、リリィはその嗜虐心をシャーロットに向ける。
人の悪業に限度はない。その凶悪さは悪魔などとは比べ物にならず、ひとたび権力を手に入れた愚者が際限なく繰り返す悪行は、人と国を滅ぼし、他国までも蝕もうとしていた。
家に戻ってしばらく経ち、就寝前に突然シャーロットが床に倒れた。
「あ……れ……? 私……一体どうして……?」
(お嬢!? おい、しっかりしろ!)
顔は赤く熱を放ち、息も乱れがちだ。ゼオは翼を羽ばたかせながらシャーロットの体をベッドの上に持ち上げ、体に布団を被せる。
「風邪でも引いたのでしょうか……? なら、これで……」
どうやら意識はハッキリとしているらしい。シャーロットは淡い緑色に輝く右手を自身の胸に当てた。スキルの治癒魔法を詳しく調べると、使用できる魔法の種類やその詳細を知ることが出来る。彼女が今使っているのは、病原菌を死滅させ、体の異常を正常に整える《リカバリー》という魔法だ。
(ここ最近、ずっと忙しかったからな。体調を崩しても仕方なかったかもしれん。とにかく、これで一安心……)
しかし、ゼオの安堵は続かなかった。風邪くらいならすぐさま治せるはずの魔法を使ったはずなのに、どういう訳かシャーロットの容態は目に見えて悪化し始めたのだ。
「はぁ……! けほっ! けほけほっ! ……はぁ……!」
(おいおいおい……! 良くなるどころか悪化してんぞ!? どうなってんだ!?)
赤かった顔はより赤く、荒かった息はより荒く、額には汗が滲み始めている。むしろ治癒魔法を使ったことで余計に苦しんでいるように見える。ただの風邪とは到底思えないゼオは、《ステータス閲覧》で彼女の状態を徹底的に調べ上げた。
名前:シャーロット・ハイベル
種族:ヒューマン(状態:デスコル風邪)
Lv:10
HP:20/21
MP:794/798
【デスコル風邪】
【発病例が極めて少ない奇病中の奇病。風邪に似た症状をもたらすウイルスが病原体で、進行は極めて遅く、感染力は皆無だが大抵の人間が寝て休めば治るという慢心を抱く裏をかくように、症状は治まることが無く、発病者を徐々に蝕んでやがて死に至らしめる。更に厄介なことに、魔力を吸収して活性化するため、スキルや魔法で回復を試みれば悪化する特性を持つ。現状では治療法は確立されていないが、生のモンドラゴラの根をすり潰した生薬が特効薬】
この説明を聞いて、ゼオは苛立たし気に床を殴りつけた。
(このまま放っておけば、お嬢が死ぬってか? 冗談キツイぞ……!)
この世に人の運命を定める何者かがいるとするならば、そいつは絶対にロクな奴ではない。シャーロットから家族も、友人も、婚約者も、信頼や愛も何もかも奪っておいて、最後には苦しみながら死ねというのか。
「……はぁ……はぁ……ゼオ……」
「……っ!!」
朦朧とする意識の中、ゼオの手を指先で撫でながら名前を呼ぶシャーロットに、小さな魔物は奥歯を噛みしめる。
死なせてなるものか。ゼオは《透明化》のスキルを使い、急いで水桶とタオルを拝借して濡れタオルを額において少しでもシャーロットの体温を下げようとする。そして部屋の本棚を漁り、一冊の本を猛烈な勢いでめくり始めた。
シャーロットが病によって死を突き付けられている今、唯一の希望は治療法が分かっているということだ。救護隊に志願するだけあって、シャーロットは薬草学にも興味があるらしく、部屋には薬草図鑑が置いてあるのをゼオは知っていた。
(あった! これがモンドラゴラだ!)
人型の根を持つマンドラゴラに近い物として、まるで獣の上半身のような根と、スズランのような小さな青い花が連なっているのが特徴の薬草だ。
大量の人の血液で育つマンドラゴラとはここでも対照的に、大量の魔物の血液で育つらしいが、基本魔物の血を恒常的に入手するのは難しく、栽培はされていない。入手は冒険者を雇うのが一般的。
魔物の血液という良く分からない成分で育っただけに生で服用すること自体無く、乾燥させて滋養を高める薬にするのが当たり前のようだ。
(モンドラゴラが育つ条件は大量の魔物の血……でもそんなん、幾ら魔物を殺して血を集めたとしても一朝一夕で効能を発揮するほど育つとは思えねぇ。自然に生えているのを見つけるしかねぇって事か?)
となると、魔物除けの魔道具の外に出るのは必要不可欠。図鑑の説明を見る限り、人里では乾燥したものばかりを使っている上に、冒険者を雇うことで費用も嵩むので生の物が置いてある可能性は極めて低い。
探しに行くしかない。シャーロットの傍を離れるのは気が引けるが、行かなければ彼女が死ぬのだ。ゼオは決意を胸に宿し、熱に浮かされたシャーロットが眠るのを待ってから窓から外へ飛び立つ。
(待ってろお嬢。俺が絶対にウイルスをざまぁしてやるからな!)
真丸の月が夜空に浮かぶ下で、ラブはランプを片手に無人となった民家に足を踏み入れていた。
強盗殺人が遭った家。当時は周囲に血が飛び散っていたであろう部屋は奇麗に清掃されているが、曰く付きなだけあって未だに買い手が見つかっていないという今の持ち主と接触、ちょっとした寄付金を代価に浄化するという名目で中に入ったラブが、《思念探知》のスキルを発動した瞬間、彼女は顔を顰めた。
「何て事を……これが大事に育ててくれた両親に対する所業なのかしら……」
この部屋にこびり付いた、リリィの実の両親の残留思念は娘に対する得体の知れない恐怖と絶望、最後の光景であると思われる夫の血濡れの遺体に、母の口を塞いで歪な笑みを浮かべながら包丁を振りかざすリリィの姿が鮮明に浮かんでいた。
「強盗殺人はリリィ嬢の仕業だったわけねぇん。でも一年も前で、物的証拠も捨てられている可能性は高いわねぇ」
探すだけ無駄足になるかもしれない。スキルによる証言では証拠にならない上に、下手に問い詰めれば教会とグランディア王国の条約違反と捉えられてしまいかねない。やるなら自然な状況で、リリィの口から告げさせなければならない。
「となると、手段は選んでいられないわねぇ。あんまり趣味じゃないんだけど、アレの準備をしておいた方が良いかしら」
そう呟いたラブは、家の持ち主との約束を果たすために、何よりも一人の聖職者として、ここで無残に実の娘に殺されてしまった夫婦を想い、片膝をついて目の前で両手を組み、鎮魂の聖句を唱える。
スキルにも記された破格の聖句詠唱は、部屋にこびり付いた恩讐と恐怖を祓い清める。《思念探知》のスキルでも残留思念が感じられなくなるのを確認してから外に出たラブは、一度この農村をグルリと見渡した。
(ここはコルヴァス伯爵領……オーレリア宰相が本拠地に構える王都からも、ハイベル公爵領からも遠く離れた……言ってはなんだけど農家ばかりの田舎がリリィ嬢の故郷だというけれど……だとするとますます宰相閣下が怪しいわぁ)
宰相の仕事は王宮仕えの事務官の総纏めと、国王の事務補佐だ。領地巡回は仕事ではない。多忙であるはずの宰相が意味もなく訪れるとは考えにくいし、一切経営に携わっていない孤児院に訪れる理由も謎だ。
(その上、彼女は生まれ育った村の中では随分と嫌われてたみたいねぇ)
姿格好から大いに怪しまれもしたが、女神教の神父という立場はこういう時に便利だ。話すだけで伝わる人柄のおかげで、それとなく当時のリリィの評判を村人から聞くことが出来たラブは、ハイベル公爵領との違いに大いに驚いたものだ。
『あの子って、何かにつけては農作業はダサくて疲れるから嫌だとか、私にはもっと相応しい高貴な生活があるとか、頑張って働いている皆の前で大声で不満を零してるのよ。ホント、嫌になるわ。農業が嫌なら出て行けって感じ』
『ちょっと見た目の良い男が居たらすぐに言い寄ろうとするのよね。大して可愛くもないくせに、自分は可愛いって思ってるみたいだし。しかもそれで袖にされたら罵倒とヒステリックの嵐。自意識過剰っていうか、ナルシストっていうか、とにかくウザい子だったわ』
『俺、結婚を考えながら付き合ってる彼女いるのにあの女に言い寄られたことあるんだよ。彼女いるから無理って断ったのに、自分の方が可愛いに決まってるとか、私よりあんなブスの方が良いのって……ホント、何様のつもりなんだっての。あー、思い出したら腹立ってきた』
『あの子の両親は良い人だよ。真面目で人当たりも良い。でも娘さんの教育だけは間違えたみたいでねぇ、最後が最後なだけに浮かばれんでしょう。あの夫婦には悪いけれど、ワシらはリリィが街の孤児院に移ってホッとしてる。何せ、居るだけでその場の雰囲気が悪くなってたからねぇ』
もうこれだけでも、今のリリィが普段性格を繕っているということが分かる。そんな仮初が、社交の魔窟に暮らす貴族たちに通用するとは到底考えにくい。
何かがあるはずだ。リリィをそこまで成り上がらせた何かが。リリィの罪を確信したラブは、急いでハイベル公爵領へ向かって疾走した。遠く離れてはいるが、休憩を取ったとしても明日の昼過ぎには到着するだろう。
これからしばらく、リリィに対する最終ざまぁをするために鬱展開が続くかもですが、どうか第一章を最後までお付き合いください。
ちなみに、リリィの故郷の人間にスキルの効果が及んでいない理由は、これまでのストーリーを考察すればお分かりになりますよね?




