ざまぁコンボで効率よくレベル上げ
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アースト・ワルドナーは、目の前で魔物に行商人だった両親を食い殺された経緯を持つ孤児である。
後にハイベル領の教会に預けられるのだが、平民相応の幸せと家族としての情を持ち合わせていた幼き日の彼は魔物に対する憎しみを抑えきれず、アーストは僅か十歳にして世界中の魔物を全て駆逐しようと、危険な魔物除けの外側へと鍬を持って出て行ってしまう。
その結果は当然惨敗。何の訓練も受けていない子供に倒せるほど魔物は弱くはない。命辛々逃げおおせて、裂傷と捻挫に苛まれる体を引きずって迷い込んだのは、街でも目立つ大きな屋敷。ハイベル公爵邸である。
普段は塀で囲まれている館だが、運よく荷物の搬入している最中であり、とにかく森から逃げきることしか考えてなかった彼は無断で公爵家の館に忍び込み、庭の茂みに隠れるように倒れこむ。
脇腹に受けた魔物の爪痕は思いの外深く、血は絶えず流れ続けている。このままでは命も危うい。ついには天に召された両親すら幻視しそうになったその時、一人の少女が茂みをかき分けてアーストを見つけ出した。
『大変! 怪我してる! ケリィ、他の使用人を呼んできてください!』
『は、はい!』
自分よりも少し年下見える、流麗な金髪と蒼天のような碧眼を持つ、天使と見紛う少女。ハイベル公爵家の掌中の珠であったシャーロットである。
当時まだ九歳にして抜きんでた治癒魔法の才能を開花させていたシャーロットによって一命を取り留めたアースト。これを機に、普段から教会を出入りすることも多い彼女と交流を持つようになった。
そして教会やシャーロットの価値観を通じて知ることとなる。殆どの魔物はただ生きるためにしか人を食わぬ、悪意無き生物でしかないのだと。そしてただ修羅の道を行くことだけが、両親の弔いになるという訳ではないということを。
出会いから一年。自分を大切にすることが出来るようになったアーストは、恩返しも兼ねてハイベル公爵家に使用人見習いとして働きに出ることとなる。
シャーロットの応援もあり、メキメキと頭角を現したアーストは、その一年後にはシャーロットの専属執事に抜擢されたのだ。東方出身特有の黒髪黒目を奇異の目で見られることもあったが、充実した日々を送るアースト。
『シャーロットお嬢様。私は貴女に命と人生を救っていただいた身。このご恩は、一生をかけて返させていただきます』
シャーロットに救われ恩を返すという点で共通するアーストとゼオ。この両者は人と魔物の違いはあれど、まるで鏡合わせのような存在であった。しかし、時が経つにつれて、アーストの心に不穏な影が落ちるようになる。
間近で美しく、心優しく日々成長していくシャーロットに恋い焦がれるようになってしまうのは男の性というものだろう。アーストも例外ではなかったのだが、肝心のシャーロットには既に愛する婚約者、リチャードが居たのだ。
あれほど素晴らしい令嬢には、身分も釣り合う相応の婚約者がいて当然だ。理性ではそう納得していたが、本心としてはとても納得できない。自分だってシャーロットを心から愛しているのに。
しかし自分は所詮平民の出。こうして専属執事になれていること自体、幸運に幸運が重なったようなものなのだ。公爵家の令嬢を娶るなど、それこそ夢のまた夢というものである。
ならばせめて愛人にと思いもしたが、あの誠実なシャーロットがそんな不義理な事を許すはずがない。ただ愛する女性が他の男と仲睦まじくする様子を傍で見ることしかできないなど、拷問のようなものではないか。せめて自分に身分があったならと何度も思った。
シャーロットもシャーロットだ。こんなに恋い焦がれているというのに、異性としての視線を向けるのは何時だってリチャードばかり。少しは付け入る隙を与えてくれてもいいではないかと、アーストはシャーロットに対してまで鬱屈とした思いを募らせていく。
『わぁ、奇麗で素敵な黒髪ね! 貴方にとてもよく似合っているわ!』
そんな時に表れたリリィは、アーストの心の癒しとなった。密やかなコンプレックスであった黒髪も、何時もリリィが褒めてくれるので、今では毎日手入れが欠かせない自慢の一つだ。次第にリリィに惹かれていくようになっていくアーストだったが、それに連動するかのようにシャーロットの事を疎ましく感じるようになっていった。
『お義姉様は何時も隠れて身分の低い人を虐げているの! アーストが本当の従者というのなら、私と一緒にお義姉様を諫めるべきだわ!』
目から鱗が落ちた気分だ。当時は貴族になってまだ一年も経っていなかったといというのに、真の従者としての在り方まで心得ているなんて、何て素晴らしい人なのだろう。
それに引き換え、シャーロットの心はなんと性悪なことか。自分の想いに答えなかったのも、自分を弄んで楽しんでいたに違いない。……身分差を恐れて思いを口にしなかったアーストは、身勝手にもそう思い込んだ。
『しかし、上手く隠れて悪事を働いているようだが、中々ボロを出さないな。このままでは何時まで経ってもリリィお嬢様があの性悪に虐げられてしまう』
そう信じて疑わないアースト。何時までもシャーロットを放置しておくのはよくないと、彼は強硬手段に打って出た。リリィを虐げたという罪は極刑をもって罰せられるべきならば、刑を待たずとも殺害によって排除してしまっても問題ない。
そう言う結論に至った彼は、シャーロットの紅茶に睡眠薬を溶かしたのだ。政治や陰謀でも使われることがあるという、毒耐性のスキルも通過し、今回は不要だが服用した前後の記憶も無くなるという効能の魔法薬を入手したアーストは、シャーロットに対してこう唆した。
『リリィお嬢様やリチャード殿下が貴女との和睦を求めています。先に生徒会室でお待ちいただけますか?』
『え……!? そ、それは本当ですか!?』
この一年近く、ずっと暗い表情ばかりを浮かべていたシャーロットの雰囲気がパッと明るくなるのを見て、アーストはほくそ笑む。
バカで愚かしい女だ、大罪を犯したお前が許さることあるわけないだろう。罪の無い令嬢の純真すら弄び、待っている間の一杯として差し出した睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、眠ったシャーロットの首を吊らせようと、抵抗の痕を残さぬようロープで彼女の手足を縛る。
面倒事を少なくするなら自殺に見せかけた方が好ましい。幸い、シャーロットの現在の境遇は針の筵。世を儚んで自ら命を絶ったと言われても誰も不思議には思うまい。
更に保険として、シャーロットの文字に似せたリリィへの謝罪文を含めた遺言状も用意してある。後はこの女の首に縄輪を引っかけて吊るすだけ……その時、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
自分の心音が跳ね上がるのを自覚する。一瞬で額に冷や汗を浮かべながら扉の方を振り向いてみると、そこには頭一つ分の大きさを誇る火球が眼前に迫っていた。
「ぎゃばらぁっ!?」
火球がアーストの顔面で炸裂し、爆炎をまき散らす。男にしては長めの艶やかな黒髪がチリチリのパーマになりながら、煙を巻き上げ倒れかける執事に、ゼオは低空飛行で飛び掛かった。
(テメェっ!! お嬢に何してんだぁぁぁぁあっ!!)
既にゼオのステータスは、アーストのそれの二倍近く上回っている。大きさとしてはチワワサイズだが、一般的な成人男性の七倍以上の攻撃力を誇る硬い鱗で覆われた拳が、アーストの整った顔立ちに雨あられと降り注ぐ。
(お前がっ! 泣いてっ! 土下座するまでっ! 俺のっ! ざまぁはっ! 終わらないっ!!)
「ぶべらぼばびぶべばぼがぶべぼっ!?」
端正な顔を集中的に、首が千切れ飛びそうな勢いで右へ左へブレまくる勢いで殴りながら無茶な要求を告げるゼオ。
顔面の骨に罅が入いる感触が手に伝わっても、彼は殴るのを止めない。歯が飛び、顔面が漫画のように大きく腫れ上がったところでアーストは気絶し、ようやく殴るのを止めた。
名前:アースト・ワルドナー
種族:ヒューマン(状態:気絶)
Lv:23
HP:3/142
MP:150/150
学院で人死にが出れば、それだけシャーロットの負担になると頭で理解して居たゼオは、アーストのHPが尽きるギリギリを見極めて攻撃を繰り返していた。腹いせに顔面でも蹴り上げてやれば、それだけで経験値が入りそうなほど虫の息である。
(お嬢っ! 大丈夫かっ!?)
名前:シャーロット・ハイベル
種族:ヒューマン(状態:睡眠)
Lv:10
HP:21/21
MP:798/798
ゼオはホッと一息つく。派手に暴れたので起きるかと思ったが、眠りが深いだけらしい。怪我らしい怪我もないようだ。
とりあえず手足を拘束する縄を五本の指で器用に解き、生徒会室に備え付けられいるソファーにシャーロットの体を横たえさせる。そして未だに体をピクピクと痙攣させているアーストをキッと睨んだ。
(さて……この昭和のおばちゃんみたいな髪型になった元イケメン、どうしてくれよう?)
焼けてクルクルの縮れ毛と化した黒髪に鼻血を垂れ流す腫れた顔。もはやイケメンの見る影もないが、ゼオはざまぁを止める気はない。ステータスの称号、《恩知らず》と《不忠義者》の詳細を見る限り、この男は自分と似た経緯でシャーロットに救われておきながら、彼女を裏切り、あまつさえ絞殺しようとしていたのだ。
現に脳裏に響く声もしない。その声の主が無言のまま告げている。【汝、もっとざまぁをせよ】……と。
(自分が誰に、何をしようとしたのか身を以って教えてやる……ざまぁ執行だ)
ゼオは念のために生徒会室の扉を内側から鍵を閉めてからロープを口に食わえて、《透明化》のスキルを発動させてアーストの服の背中の部分を掴んで窓から飛翔する。
スキルの持ち主共々、透明と化して空を飛ぶアーストは、街の住民誰にも気付かれることなくハイベル公爵邸へと向かっていく。
(ぐっ!? お、重……!? 流石に、この体格差持ち上げて飛ぶのはキツイな……!)
攻撃力は、あくまで相手に与えるダメージ計算の基準に過ぎない。レベルが最大値にまで到達した《飛行強化》のスキルのおかげで、自分よりも体の大きな生物を飛んで運ぶことが出来るが、それもフラフラとした蛇行飛行だ。腕も目的地に到達するまでに何度も限界が訪れ、その度に家屋の屋根で休憩を挟んでいる。
別にざまぁの執行場所は何処でも出来るのだが、学校でやれば現在一人で生徒会の仕事をしているシャーロットにどんな責任が追及されるか分かったものではない。これも必要なことなのだと、ゼオは急いで公爵邸へと向かった。
その後、三十分足らずでざまぁの準備を整えたゼオは、急いで生徒会室へ戻ってきていた。先ほど起きた事が事だけに、シャーロットの安否が不安になっていたのだが、彼女は先程と変わらずソファーで安らかに寝息を立てている。
疲れているならこのまま眠らせてやるべきか、しかし今日も仕事をするつもりだったのなら起こしてやった方が良いのか、ゼオはシャーロットの顔を見上げながら悩んでいると、身動ぎと共に彼女の閉ざされた瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「リチャード様……皆……やっと……仲直り……」
それはただの寝言に過ぎなかった。だがしかし、理性で抑圧されていない分、切なく狂おしいまでに純粋な、祈りに似た願いだった。
(お嬢……お嬢があんな連中を気にかけてやる必要なんてねぇぞ……)
いくらスキルで悪感情を極大化させられたからといって、殺そうという結論に至る者たちの所へシャーロットを置いておけない。いっそのこと勘当されて平民にでもなれれば、大手を振ってラブと協力しつつ、シャーロットは自分の幸せのために生きていけるのに。
(にしても甘かった……いくら何でもやり過ぎはしないと思ってたけど、お嬢を取り巻く環境は、俺が思っている以上に凶悪かもしれない)
いくらなんでも殺しに来るとまでは考えていなかったから余計に。まるで目に見えない強大な何かが、シャーロットに残酷な死を与えようとしているかのようにすら思えてくる。
今回助けられたのは、偶然ラブに出会ったおかげだ。そうでなかったらシャーロットは今頃死んでいた可能性が高い。ゼオは自分の判断を悔やみ、新たに方針を練り直す。
(お嬢の安全が確保できるまで、SP稼ぎは中止だ。それまでの間は、俺が四六時中お嬢の傍に張り付いて護衛してやらないとな。あのクソバカ従者の代わりに!)
そう決意して拳を握ると、シャーロットがゆっくりと上体を起こした。
「あら……? 私、どうして生徒会室に……?」
「ガァ」
「ゼオ? どうして貴方が……もしかして、私に会いにきたのですか?」
「ギャウ」
「もう……ちゃんとお留守番してないと駄目ですよ?」
シャーロットは苦笑しながらも愛おし気にゼオを胸元に抱き寄せる。ゼオはゼオで、精神が男子高校生であるとバレた場合の事を全力で棚に上げつつ、ラブの厚く毛深い胸元の口直しと言わんばかりに、シャーロットの制服越しでも分かる豊かで優しい香りの胸に顔を埋めるのであった。
一方その頃、リリィはリチャードやエドワード、ロイドといった取り巻きを引き連れて、流行の衣装や装飾類の店が立ち並ぶ高級商店街で、気に入った品を手当たり次第に強請っていた。
「きゃああ! 見てくださいリチャード様ぁ、あのネックレスとっても素敵!」
「本当だ……あれはリリィのような美しい人にこそ相応しい。店主、これを包んでくれ」
「見て見てエドワード! あのドレス凄く可愛いわ!」
「リリィ、きっと誰よりも君に似合いますよ。このドレス、この麗しい令嬢用に仕立て直してください」
「リリィ姉さま! 今日という楽しい日の記念に、このブレスレットをお受け取りください!」
富と名声を兼ね備えた麗しい貴族令息たちが、まるで傅くようにリリィに尽くす。先日はビーフシチューに混ざったゴキブリを食べてしまい、配膳を担当していた者全員を激しく痛めつけてからクビにして叩き出してやりたくなったが、優しい令嬢という印象を持ってもらわなければ危うい今の立場を本能的に理解しているリリィは、一人の時に暴れたり大声で罵倒したりすることしかできなかった。
そんな時こそ、自分の好きな事をするに限る。イケメン貴族を引き連れて、欲しい物を欲しいだけ手に入れる。これほど楽しい事をリリィは知らない。
「でも、私ばかりこんなに恵まれてて良いのかしら? 街には日々の生活に苦しんでいる人もいるのに……そうだわ! 今度炊き出しをしてあげましょう! きっと皆喜んでくれるわ!」
「それは素晴らしい考えですね!」
「流石私のリリィだ。君は容姿だけではなく、心まで美しいのだな」
勿論、《感情増幅》のスキルを併用した好感度上げも忘れない。こういうポーズさえ取っておけば、周りが勝手に自分の立場を保証してくれるのだから安いものだ。
……ただ、今自分を持て囃す取り巻きの中にアレックスとアーストが居ないのが不満ではある。アレックスは今、騎士団長を務める父、ガルバス伯爵について軍事演習に赴いているし、アーストは少し所用があって外している。
それでもゴキブリ騒動から立ち直れる程度には満足したリリィ。今日も一日絶好調、満足したとばかりに、最近スイーツの食べ過ぎで少し弛み始めた腹や尻を僅かに揺らしながら家に戻ると、奇妙なモニュメントの影が見えた。
「何だあれは?」
「父上が新しく購入した装飾でしょうか?」
大きな玄関の上に飾られた何かは、遠目からではよく見えない。近づくにつれて少しずつ露になったその正体が人間であると分かった時、彼らはこぞって悲鳴を上げた。
「い、いやあああああああっ!? へ、変態!! 何なのあれ!?」
「こ、これは酷い……! 人間のやることではありませんね……!」
頭を下にして足を上にした変則M字開脚……名付けるのならW字開脚と呼ぶべきか。ロープで両手両足を固定され、股間と尻を前面に強調するかのような体勢をとるその男は、なんと全裸であった。
艶やかだった黒髪は無残なチリチリクルクルのパーマになり、顔面は認識不能なレベルまで腫れ上がっている。しかも口一杯に雑草が詰め込まれており、露になった肛門には、庭に植えられていたと思われる棘だらけバラの花が三本も突き立てられていた。
「むー!? むぐぅー!?」
股間を隠したいが手足が拘束されていて隠せない上に、口に吐き出せないほど大量の雑草が詰め込まれて言い訳もできない。そんな醜態中の醜態を愛しい主に晒したアースト。そして憂さ晴らしして機嫌が直った直後にそんな汚物を見せつけられたリリィ。今日この日は、間違いなく二人にとって最悪の物だった。
【ざまぁをコンボで成功させたことにより、ボーナスとしてレベルが10上がりました】
(ざまぁコンボ!? そんなのあんの!?)
一方、ゼオはゼオで想像だにしていなかったレベルの上がり方に驚愕していた。
アースト君には社会的に死んでもらいました。シャーロットやゼオとリリィを始めとしたざまぁ対象との比較が大事なんだなぁと、書いてて常々思います。
ちなみに、今回のざまぁポイントは艶やかな黒髪とイケメンフェイスです。