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交通事故にあったら異世界転生したかった?

作者: キュウミリ

お題:幸福な負傷 必須要素:バナナ 制限時間:1時間


即興小説トレーニング

http://sokkyo-shosetsu.com/


 それは突然のことだった。

 逡巡する暇もなく、それは唐突に僕を襲った。


 横断歩道を渡っていた僕は出勤途中で、いつも通り何の気なしに仕事のことを考えながらダッシュで向かっていた。

 そこで不意に胸騒ぎがして、後ろを見やると眼前に軽自動車が迫ってきている。

 避ける暇もなく僕は跳ね飛ばされたのであろう。意識を失い、目が覚めることはなかった。


 少し寝てしまったな……曖昧な記憶の中起き上がろうとするが起きれない。

 目の前はただただ真っ暗で、まだ夢の中なのではないかと錯覚した。


「だ……だれか…………」


 声を出してみる。喉はガラガラで自分のものと一瞬気付かなかった。

 すると近くに居たのだろうか、看護師さんが「先生!」と走って呼びに行ってしまった。僕は一体あのあとどうなったんだ。


 その後すぐに医者が来て、事情を説明してくれた。

 車で跳ね飛ばされた僕は意識を失い、実に二週間もの間昏睡状態だったらしい。

 容体はひどいもので下半身は麻痺し、失明をしていた。

 神経もいかれて上半身の一部も感覚がなかった。

 そして容態が良くなることはないのだと凄惨な事実を突きつけられた。



 それから幾日か経ったある日。僕は何もしなかったしできなかった。

 ただ漠然と時間の流れに身を任せ、ふわふわと落ち着かない焦燥感との日々。

 見舞いに来てくれるような家族や友人もいない。

 ただ窓からそよぐ風を受けて、植物にでもなった気分。

 植物に思考があったら、こんな気持ちなのだろうか。今まで普通に歩いて食事をしていたり楽しい記憶さえなければ、苦しむこともないはずなのに。

 この現実が突拍子もなくて、受け入れがたくて、夜中になるとなぜか涙がこみ上げた。



 無意味に無情にも時間は過ぎて行くばかり。

 そんな毎日が少し変わる日が今日だった。

「普通はこんなことするべきではないと思うのだけど、どうしてもと言うから……」


 何やら声を投げかけられた。看護師だろうか?


「あなたを跳ねた……人がお見舞いに来ているのだけど、どうされます?」


 嘘だろ? こんな状態に追い込んだ張本人がやってきたっていうのか?

 慰謝料や保険なら、たっぷり出ているし。別に逢いたい気分ではない。

 逢いたいなんて思うわけがないじゃないか。

 ――そう思ったのを飲み込んだ。

 もし、僕が相手の立場だったら同じことをしただろう。それに良心があればその呵責に耐え難いものだ。

 僕もつらいが相手もつらいはずなのだ。

 そう一生懸命に憎しみを抑え、考えを捨て辞めた。

 逢おうじゃないか。


「ど、どうされます……?」

「わかりました。その方を部屋に呼んでもらえますか?」

「はい……」


 そう言うと看護師は廊下に声を投げかけ。

 ガラガラと戸の開く音がした。


「失礼致します。まずは謝らせてください。このたびは……」


 長々と謝られても気分が良くなるわけではない。


「いえ、いいですよ謝らなくて」


 きっぱりと言い放った。声の主は若い女性であろうか、声に幼ささえある。

 そもそも謝らなくていいなんて僕自身なにがしたいのであろう。

 普通に考え開口一番、女性は謝るしかない。


「で……でも、その……」


 言葉が言い淀んでいる。声は震え今にも泣きそうだと言うのが伝わった。

 しょうがない。


「まあ、その……別にこれで会社に行かなくて済むし、悠々とこのままベッドで一生を終えるんだからいいんです」


 言うつもりはなかったのに、棘のある言葉を吐いてしまった。

 少しぐらい自虐的なことを言って困らすのだっていいだろう。


「う……うう……」


 泣き出した。まるで子供のように。

 泣きたいのはこっちだよ。誰のせいでこんな目に。


「あの……やっぱり今はお話なさらない方が……」


 看護師がこの状況に見かねて割って入ってきた。


「すいません。取り乱しました。ただ私これからも毎日ここにお見舞いに来てもいいですか!?」

「えぇ、なん……で?」


 この女はなにがしたいんだ? 別に来たくてくるわけでもないだろうに。


 その日はもう追い返した。

 ただ、その女は「また来ます!!」と力強く言ってたが。




「お前、本当に今日も来たのかよ……」

「もちろんです! 昨日の今日で約束破るわけないじゃないですか!」

「別に約束はしてねぇけどな」


 こいつ結構大物なのか? まあ人を跳ねてこんなにしたんだから。

 毎日好物でも買ってきてもらおうかな。


「じゃあさ、毎日バナナ持ってきてくれよ一房。好物なんだ」

「はい! わかりました!」


 なぜか嬉しそうに彼女はそう応えた。

 その後、結局他愛もない話をして帰って行った。


 違う出逢い方をしていれば、恋仲にでもなれてたかもな。

 会社勤めの独身サラリーマン。仕事が多忙で恋愛のことなんか考えられなかった。

 事故にあって、うつむきがちになってたけども、もしかしたらこれは良いチャンスなのかもしれない。



 ――それから半年。

 ほぼ毎日彼女はやってきた。

 僕の好物のバナナを引っ提げて。

 そして、また他愛もない話をして帰るそんな日々。



 ――事故をして一年以上経った。

 彼女は今日もまた横で話をする。

 この人は美人なのだろうか? 目が見えないためなんとも言えないが男の話は出ることなかった。



 ――そして、三年。

 月日は巡り巡る。

 身体の衰えを感じてきた。筋肉がまともに動かせないのだから無理もない。

 だけど、彼女と話すだけで元気が沸いた。






 ――五年経った。

 彼女はもうここには来ない。

 なぜなら、僕は意識がなくなったフリをしたからだ。

 彼女を縛ってはいけない。

 

一時間という制限もまた、

執筆するのには短すぎますね。

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