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LIFE WORLD  作者: 西森 京
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006

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 俺と朝門。二人で足を止めて、無言のままステータス画面を開き黙々と準備を進める。

 装備は最適なものを装着しているか。即座に使いたいアイテムはポーチにしまってあるか。スキルポイントの配分は問題ないか。スキルの習得漏れは無いか。そして―――

「行くか」

「そうやな」

 レベルは足りているか。

 今日までの一週間、学校から帰ってすぐにログインしてただひたすらレベル上げに勤しんできた。武器を買い揃え、防具を新調し、アイテムを買い漁った。スキルについての知識もインターネットを利用して十二分に深めてきたつもりだ。

 挑むのは、念願の《神の塔》、その第一層への入り口。

 門番『ナイトゴーレム』。

 やたらゴツゴツと角ばった黒い鎧を着こみ、錆び付き刃が欠けたボロボロの大剣を地面に突き立て、塔への入り口に立ち塞がっている。

大きさは成人男性二人分といったところか。兜は顔面を完全に覆い隠しており、今はただ、その奥に怪しく光る、紅い眼光を鋭く輝かせるのみである。

 どこを見るでもなく茫然と立ち尽くしているその様は、ある種NPCとしての風格を醸し出しているとも言える。敵を相手取っているというよりも、一歩踏み出せば侵入者を仕留めんとする不可避の罠を眺めている感覚に近い。

 レベルが低い内に覗きに来たことはあったが、しかしあの頃とは経験もレベルも段違いだ。

 最早恐れる必要はない。

 戦って勝つ。その覚悟をもって、今日はここに来たのだ。

 朝門と同時に、一歩前へ踏み出す。そして二歩、三歩………多少物怖じして、歩幅が狭くなっていた足も、次第にその速度を上げていく。不安が自信に代わり、恐怖が猛りに変わっていくのを感じた。

 決戦の時だ。

「動き出したら戦闘開始だ。そこからは全力で」

「お互いの身は自分で案じる事。打ち合わせ通りにな」

「おう」

 満を持して、漸くナイトゴーレムが動き出す。

 その瞬間、俺と朝門は弾け飛ぶが如く大地を蹴り、左右へ分散する。ゴーレムが剣を持つ右手側にはカウンタースキル持ちの朝門が。比較的隙の多い左手側には俺が回り込む。

 そして攻撃射程範囲まで近づくと、間髪入れずに最大火力を叩き込む。

「《螺旋撃》ッ!!」

「《挟閃》!」

 俺が放った、螺旋を描く魔力を伴った拳と、朝門の刀による、ほぼ同時に繰り出された二振りの斬撃が、ゴーレムにダメージを与える。小さく火花が散るヒットエフェクトに確かな手ごたえを感じながら、反撃を恐れてすぐに離れる。

 動き出した鎧から黒い瘴気が漏れ出て、周囲の空気を染め上げながら、今にも折れてしまいそうな大剣が地面から引き抜かれる。驚いたのが、剣が埋まっていた部分はものの十数センチ程をイメージしていたのに対し、軽く一メートルは埋まっていた事。これにより、大剣の長さはゴーレムの身の丈程であることが判明した。

 安易に距離を詰めれば大剣の攻撃圏内で一方的にダメージを喰らいかねない。ならば攻撃が当たる前、もしくは攻撃を避けつつ懐に飛び込むしかない。

「一気に行くぞ!」

「ちょい待ちっ!」

 言うと朝門は、刀を握っていない左手をゴーレムに向け―――

「《咲燕》!」

 叫んだ瞬間、その手が一瞬輝いたかと思うと、白く発光する、燕の姿をした魔力弾が飛び出した。燕は一直線にゴーレムの頭部を捕え、命中と同時に小規模の爆発を起こす。

「今や、行け!」

「サンキュー!」

 会敵した時と同様、二人で駆け出す。

 正直なところ、今の魔力弾にダメージは期待していない。あくまで目くらましの役割として放たれたものだ。使いこなせれば今の《咲燕》を連続して発射し、縦横無尽に飛び回るそれを制御し敵を攪乱させることも可能らしいが、今の朝門にそれ程の技術力は無い。

 だが一匹だけなら、的確に相手の頭を狙う事は容易い。それが的の大きいゴーレムであれば尚の事だろう。

 爆発により発生した軽い煙幕が晴れぬうちに、今度は俺が背面から、朝門は正面から攻撃を仕掛ける。カウンタースキルを持った朝門なら、不意の反撃にも対応できるはずだ。

 兎に角俺は攻撃が当たらない位置から正確に、確実に相手にダメージを与える役割を全うしなければならないのだ。これは既に朝門と話し合った結果であり、朝門の生死は俺に懸かっているといっても過言ではない。

 だからこそ、安全圏でいられるという安心感は、今の俺にはない。

 二人一緒に勝たなければならない。

 その為に俺達は今日まで成長してきたのだから。

「《螺旋げ―――」

 右腕を振りかぶり、再度渾身の一撃を叩きこもうとした刹那。

 煙幕に突如、紅い光が現れた。

 その光が何なのか、俺は知っている。

「ヤッッベェッ!!!」

 即座に攻撃を中断し、落下する様に地面に伏せると、先程まで首があった位置を、凄まじい速度で何かが通り過ぎた。この状態で後退するのは不味いと判断し、相手の股下を潜り抜け、低姿勢のまま疾走する。

「よう避けたな!」

「ギリ!」

 飛び出してくることを直感で悟っていた朝門がすぐさま跳ねて、飛び出してきた俺を回避する。朝門はその状態のまま刀による《挟閃》の二連撃を叩き込み、見えていた鎧の背中を蹴って距離を取っていた。そういった咄嗟の機転に、こいつはすこぶる強い。

 既に攻撃範囲から外れた朝門であったが、ゴーレムによる振り返りざまの剣戟の風圧を受けて軽く体勢を崩した。その隙を突いて、黒い巨体が地面を陥没させるほど強く地面を蹴って、距離を詰める。

「やばい、死ぬ」

 半ば諦めが入った朝門の呟きは当然のものだ。

こいつの持つ……ひいては刀使いが取得するスキルの全ては、初期取得スキルである《構え》に依存する。自分で飛んだり跳ねたり、地面に踏ん張っていたりするのなら問題ないが、相手に体勢を崩された今の様な状況では、カウンターをする為の《構え》を発動することすら敵わないのだ。

「間に合わなかったらすまん《地砕き》!」

 タイミングが合うか不安ではあったが、賭けとばかりに放った一撃。

 俺が使う手甲スキルには珍しい、足を使った間接的な攻撃技である。地面を強く踏みつけて周囲の地面を砕き、相手のバランスを崩したり、飛散した瓦礫で相手を攻撃する技。

 この技を取得する為に得た、一段階前の《地唸り》が見事に地味で低威力かつ効果範囲の狭い残念な技だったので、スキルポイントを無駄に振ったのが悔しくて意地で習得した。

 それが結果的に、この様な形で役に立つとは予想外だ。

 《地砕き》によりゴーレムの爆走が一瞬遅れ、結果として朝門はその場に踏ん張り直すことが出来た。もし俺が逆の立場であったなら、そのまま薙ぎ払われてゲームオーバーだろうか。

 しかしこのような窮地でこそ、刀は輝く。

 満を持して朝門はその手に刀の柄を、強く強く握り締め、その瞬間を今か今かと待ち侘びる。

 そして空間ごと切り裂くかの如く撃ち放たれた豪撃を受けるその間際―――

「―――《時空斬》―――」

ギンッ! と高い音が響き、次の瞬間には、ゴーレムが持っていた大剣の折れた切っ先が、上空から俺を目掛けて降ってきた。

「ちょっ………!」

 追尾性能でもあるんじゃないかと思ったくらい、的確に俺を目指してやってきたソレは、しかし少し立ち位置をずらすだけで簡単に躱すことが出来た。

 折れた剣の断面は鋼の光沢を見せ、錆び付いた外観に対し意外と強固であったのを察せられる。けれども事実、こうして折れた刃を見ても、それだけの爆発的な威力をもつスキルを朝門が使いこなしているとしか判断のしようがない。

 自分と同じ時間、同じ場所でレベルを上げているつもりだが、やはりこいつは俺以上に、ゲームのセンスがあるように感じられる。

「なっ……かなか、骨のある奴や。いや、ゴーレムやし骨とか無いんか? まあどっちでも」

 いつの間にか刀身を鞘に戻し終えた朝門が、痺れた右手をぶんぶんと振っている。現実世界とは感覚が違うので、その行為にどれだけの意味があるのかは知れないが、ゴーレムの攻撃を真正面から受け止めた反動の大きさが伺える。

 そしてそれ以上に。

「けど、これで五分五分やろ。その棒っきれは長すぎやわ」

 戦意が、これまで以上に高ぶっているのが手に取る様に……自分の事のようにわかる。

「やるで月光。当初の作戦通り、あとはハメ殺すだけや」

「………おう!」

 まず俺が先に駆け出し、その後を朝門が続く。

 ゴーレムは向かってくる俺達に向かって剣を振りかぶるが―――

「《加速》!」

 手甲の初期取得スキル《加速》を発動させる。攻撃速度・移動速度を若干ながら上昇させるバフ技であり、最初から使うことも考えたのだが、速度上昇率の低い序盤においては今こそ使い時と言えよう。

 つまりは、相手の攻撃タイミングを強引にずらすのだ。

 剣を振る予備動作を見てから加速して、攻撃判定の外へ潜り込む。後はがら空きになった胴を、真正面から、全力で、ただただひたすら無心に殴り続ければいい。

「《乱打・烈》!!!!!!」

 一撃一撃の威力は通常攻撃よりも若干下がるものの、両拳から目にも留まらぬ速さで繰り出される十六連撃はそんなマイナスを容易くひっくり返す。

 しかしそれだけでは駄目だった。

 腹に猛攻を受けたゴーレムは僅かに怯んだが、すぐに剣を俺目掛けて降り下ろしてきた。俺一人だったらこの時点で致命的なダメージを負うだろう。

 が。

 この男がいる。

「《居合》」

 火花を散らして、剣と刀が弾き合う。

 俺のすぐ後ろで攻撃を逸らし、護ってくれている。

 今使ったスキルは、先程ゴーレムの大剣を折る際に使った《時空斬》の一つ前段階のスキルだ。居合系スキルは発動による消費魔力の量が多いらしく、攻撃を弾く為の瞬間的な火力と、俺がゴーレムを倒しきるまで耐え抜く継戦力を両立させようとなると、コストパフォーマンスの良い《居合》がベストなのだろう。

 一瞬、背後を振り返る。

「へへ」

「はっ!」

 二人して、笑みをぶつけ合う。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」


 先程の《乱打・烈》で魔力を切らした俺が出来る事は、スキルを使わず殴るだけ。

 出来る限り早く、強く、堅く。

スキルを用いた、通常攻撃の規格を超えた乱打は無理だとしても、全力の攻撃は確実に相手の命を削る。強く、早く、堅く、早く、強く、堅く、強く、強く、強く強く強く強く強く!!

上空で二度、三度、四度と、鋼と鋼が打ち合う音が聞こえる。

けれどももう振り返らない。

殴れ!

殴れっ!

殴れッッッ!!

「オッッッラァアアアア!!!!!」

 そして。

 そして―――


◇ ◇  ◇

「はーーーーーーーーーーーーー………」

「お疲れさん。最後やばかったな」

「ああ、テンション上がった」

「俺もやわ。カウンターあんだけ連発して成功して、内心『うっひょおおおおおお』って感じ」

「それがなけりゃとっくに死んでたよ」

 疲弊してぶっ倒れた俺を、朝門が立ったまま覗きこんでいる。

 俺よりも朝門の方が神経を使う役割を担っていたのだから、相応に疲れているものと思っていたのだが、どうやらこの様子を見るに見当違いだったようだ。

 ナイトゴーレムはもういない。その代わり、四角い形状の、黄金色に輝くアイテムが風船の様にふわふわと、その場に留まり続けている。

 ナイトゴーレムのドロップアイテムだ。

 弱った身体に鞭打って立ち上がり、覚束ない足取りで前へと進む。

 ゆっくりと手を伸ばし、箱に触れると、眼の前に入手したアイテム名を表示するウィンドウが現れた。そこにある文字を見て、肺に溜まった空気が一気に流れ出るのを感じた。

『黒の剣の破片』。

「月光は何を拾った?」

「剣の破片」

「俺は『黒き瘴気』」

「………」

「まあ、どうせこうなるやろうとは思っとったけど」

「………うん」

「目当ての『黒の鎧』と『黒の足甲』はどちらも当たらず」

「………」

「というわけで」

「………」

「マラソンしよっか」

「嫌だあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 神の塔攻略に於いて抜群の性能を発揮する、『黒の鎧』と『黒の足甲』。

 重装備は移動速度にも影響するのだが、黒シリーズは比較的防御力が高くかつ重量値が低めに設定されている。とはいえ足甲は移動速度への影響度が大きい為、踏み止まってカウンターを狙う朝門に。速度を変えず防御力を底上げしたい俺は鎧を欲していた。

 それがドロップしなかったという事は、まあ、ナイトゴーレムの復活を待って再戦を挑み、『出るまで何度も戦う』事が要求されるわけだ。世間ではこれを、マラソンと呼ぶ。

「行くで! 経験値も高いし、副産物も取れるんやから無駄とちゃうぞ!」

「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 俺達が目指した塔の麓で、俺はしばらく、叫び続けた。

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