005
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始まりの街、《ステラ》。
ゲーム開始直後はこの街を拠点とし、周辺のモンスターを狩ってレベルを上げることとなる為、必然的に在住するプレイヤー数は多くなる。特にこの街は、LIFE WORLD中でも最大クラスの街らしく、利便性から、上級プレイヤーでさえもこの街に根を下ろす事は珍しくない。
街が大きいのは、移動が面倒という欠点が伴うものだ。しかしそれをフォローする為、馬車や人力車、飛行モンスターを飼育し飛んで移動する等の移動手段が数多く存在する。
NPCが運営する施設を利用するのも大いにありだが、俺の持つ手甲スキル《加速》の様に、スキルでステータスを上昇させて、より早く遠方まで移動するプレイヤーは多い。当然、その手を利用して金儲けを企む者もいる。
誰もいなければ殺風景に見える街でも、そういった者が賑やかせば、街の活気は一気に増すものだ。他のオンラインゲームの街での行動と言えば、メインストーリーを進める為にNPCに話しかけるか、買い物をするか、他のプレイヤーと雑談に花を咲かせる程度だった。それをこうまで活気立たせることが出来たのは、自由度の高すぎるLIFE WORLDだからこそだろう。
と、先程の話に出たメインストーリーの事だが、このゲームには驚く事にメインストーリーというものが存在していないらしく、プレイヤーに対し無条件にクエストに行くよう要求される事がない。
RPGとしてあるまじき仕様ではあるが、その代わりに、冒険だけでなく、釣りや農作、商人の営みや娯楽施設での遊戯など、様々な楽しみ方が出来る様に、圧倒的な数のサブストーリーが盛り込まれている。
《勇者》ではなく、数多き《プレイヤー》の内の一人としてこの地に立つ。
この意味は大きい。
「バックボーンは、プレイヤーがゲームにのめり込むのに邪魔になる場合があるから、それを取っ払ってゼロからのスタートとしたのは正解だと思うぜ、俺は」
「過去も、経緯も、他人の目も、何も気にする必要あらへんからな。ストーリーにすら束縛されん世界ってのは、まるで旅行やな」
「全プレイヤーが、自分と全く同じ場所から第二の人生を始めて、成長する毎に全く違う人生を歩む。進む道を、レールに乗せて無理やり押し曲げる既存のRPGとは真逆だ」
「RPGのメインストーリーって、ほとんど一方通行で、進行度合いによって装備とかアイテムとか、みんな似通ってくるもんな。そういった個性潰しが取り払われたら、残るのは純粋なプレイヤーの思想だけちゅーわけか」
「ありそうでなかったよな、そういうの」
サブクエストは、街の所々に設置された掲示板か、問題を抱えたNPCから直接依頼を受ける。アイテムの採取や、特定モンスターの討伐、落とし物・ペット探しや、アイテムの調合・錬金依頼等、多種多様。それぞれのプレイヤーが特化しているステータスで達成可能なクエストを選び出し、クリア報酬を得るシステムだ。
受けられるクエストは日によって異なる為、報酬が美味いクエストが張り出されていないか、日ごとに確認する必要がある。手間だが、これもRPGの醍醐味の一つと言えよう。
実は既に、掲示板からクエストを一つ受注している。報酬はランクの低い回復アイテムだが、金の節約の為と考えれば何という事は無い。それに、今の俺達の目的にマッチしていて、得はあっても損は無いのだ。
現在俺達が目指しているのは、街の片隅、寂れたショップが点々と構える、行き来するのに勝手が悪い不人気エリア。物好きしか集まらない場所の一角を陣取る小さな武具商店だった。
「俺達が利用しとる宿も相当年期はいっとるけど、ここは格が違うなぁ」
朝門の言う通り、そこは空き家となって何年たったかと疑う程の、手入れの欠片も行き届いていない、腐った木板で組まれた小屋であった。五歩もあれば、小屋の端から端まで辿り着けてしまえる小さな武具商店は、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
従来のRPGで登場するとしたら、建物というよりも破壊可能オブジェクトだ。
本当にこれが店なのか? と訝し気に店の様子を眺めていると、店の壁の大きな隙間から何かが見えた。一瞬、人かとも思えたのだが、にしては非常に明るい配色のモノだった様に思えた。
慎重に近づき、音を立てずに覗きこんでみると……。
「………」
真っ白の中に浮かび上がる歪な形の眼が二つ。口が裂けたかの如く大きく開かれた口。鼻は無く、何らかの記号と思しき謎の線画が張り付いていた。そして―――
「いらっしゃい」
そんな趣味の悪いお面からピョコリと顔を出したのは、齢八十は越えようかという色黒の老人であった。髪は無く、見た目だけでは男か女か判別がつきづらいが、声質からして男だろう。
「なんや。相手初対面やろ、いつも通りキョドったりせーへんのか」
「お爺ちゃんかお婆ちゃんはそんなに怖くない」
「ほー、意外やな」
「俺より弱そうだから」
「基準が分からんわ」
ギィィッと、今にも壊れそうな音を立てて扉が開く。直後。
「あ」
老人が呟くのとほぼ同時に、バキッという破壊音と共に枠から外れた扉が、地面に横倒しに倒れた。また倒れた衝撃で真っ二つに割れた為、修復も不可能だろう。
「「「………」」」
しばしの静寂。
恐らく全員が、これからの行動の是非に迷っている。進むか、帰るか、励ますか、笑うか、無視するか、離れるか、逃げるか、直すか。たっぷり十秒悩んだ末に。
「まあよくある事じゃから」
そう言って、老人は何事も無かったかのように、小屋の中へ引っ込んでいく。
朝門に目線を送り、この先どうするか指示を求めると、珍しく何とも言えない顔で俺を見つめ返していた。朝門ですら困惑させるこの老人、どうやら只物ではなさそうだ。
覚悟を決めて中へ入ると、予想を裏切らない汚さが、ところかしこでしつこい程に主張している。およそ客をもてなす為に建てられていないこの場所は、申し訳程度に吊り下げられた剣や盾を差し置いても店と評価出来るものではなかった。
これまたボロボロのカウンターの裏に歩いていった老人は、ゴギギビギッゴガッと音を立てて何かに座った。明らかに耐久力がミリしか残っていないソレは、まるで壊れたくないと悲鳴をあげている様だった。
「サブクエスト見たんですわ。なんか買い物するだけでいいんやろ?」
「ついでに話し相手になってくれると嬉しいんじゃがのう」
「長くなりそうなら帰るで」
「ちょっとだけ! ちょっとだけじゃから! 先っちょだけじゃから!」
「しょうがないにゃあ……」
「お前、人見知りせんだら案外ノリええな」
商品のリストと思われる紙を取り出して、カウンターの上に広げながらブツブツとぼやく。
「面白いって聞いたから、流行っとるゲームを買ってみたものの、なんかよく分からんし、外には変なのおるし、物は高いし、かといって他に趣味も無いから暇でのお」
「盆栽とかランニングとかゲームセンターのメダルゲームとか、色々あると思いますけど」
「嫌じゃよ。盆栽とか木切るだけじゃん」
「身も蓋も無いな……」
「ランニングとか疲れるし」
「意志が弱すぎる」
「メダルゲームは飽きたぞい」
「前二つを聞いた後だとダメ人間感半端ない」
「数年前までは美少女ゲームばかりやってたんじゃが、どんな女も儂にかしずく様になってからはあまりやらなくなっての。最近の女はチョロいのー」
「確かに最近の美少女ゲームの女の子達は無条件に主人公に対して好意を向けてくれますけれどその分だけ問題を抱えていたり悲しい過去があってその内容に深みが増したように思えますね昔の美少女ゲームのヒロインは良くも悪くも癖があるというか特徴的なケースが多くて万人受けしないキャラクターが割合的に多かった分今は誰にでも好かれる当たり障りのないキャラが増えた事で相対的に外れゲームを引く可能性が下がったうえ萌えキャラが世間に浸透した事で美少女ゲームを買うという行為への難易度というか敷居が低くなってより広い層にゲームを楽しんでもらえる様になったのはやはり良い事だと思うのです」
「んん、儂もそう思う」
「本当にちゃんと聞いてました?」
「んん、儂もそう思う」
「ロリっ娘はつるぺたに限りますよね」
「いやロリが備え持つ無邪気さに母性というギャップ萌えが加わる事でより深みが増すのは寧ろ当然である母性と言えばおっぱいおっぱいと言えば巨乳に限るのじゃ巨乳に包まれつつロリっ娘に愛されるという二重の幸せこそ至高と言えよう現在の愛に飢えた男共にこそロリは必要でありまた巨乳も必要でありロリと巨乳は男が存在するからこそ魅力が強調され引き立つものなのじゃ」
「相容れねえな」
「小僧、まだ青いな」
「頭が凝り固まってんじゃねーのか?」
「くくっ、ほざきよる」
「お前らホントは仲いいよな。つーかこれ……」
俺達を横目で見つつ、商品リストを手に取って驚愕の表情を浮かべる朝門に気付く。
覗きこんでみると、多種に渡る武器や防具が装備可能レベル順に並んでいる。レベル一、三、五、十、十三、十七、二十、二十五、三十……。
「おいおいおいおい先発組クラスの武器まで揃ってるじゃねえか! 手甲も刀もあるぞ!」
「しかも属性武器まで揃えてあるで! これあったらもうちょい先のエリア行けそうやな!」
「これどうしたんだよ爺さん!」
「どうしたも何も、安い店で買って、高く売って儲けるってのを繰り返してたらいずれはそうなるじゃろ。まあ年金暮らしで日中もやる事も無くて延々とやっとったから、他よりちっとは揃っとるかも知れんな。ほっほっほ」
「巨乳ロリ、アリだと思います」
「よかろう、好きなものを選べ」
朝門と二人してリストを嘗め回す様に眺める。頭、胴、腕、腰、脚の防具五種を二人分と、手甲と刀から攻撃力の高いものを一つずつ。値段も良心的なので所持金を気にせず買い物が出来るのも有り難い。
「あれ? でも折角こんなに揃えたのに、安価で売っちまっていいのか? ここからが一番の儲けどころなんじゃ……」
「何が悲しくて金儲けて終わりのゲームをやらねばならんのじゃ。儂はこの店で、ふらっと覗きに来た物好きな冒険者達に売りつけて、ホクホク顔のそいつらを見送って満足するだけじゃ」
「ありがたや~」
「その代わり、この店の事は誰にも話さんでくれよ。店の質が下がる」
「うっす!」
「了解しましたわ」
これはこれからの冒険がうんと楽になるぞ。他の街を拠点登録するだけで、安価な装備店を捜し歩く必要もないし、金策に悩まされる心配も薄れた。その分回復アイテムに金を割り振る事で、レベルの高いエリアでのレベル上げだって捗る。
レベル上げが捗れば、それだけ早くに神の塔を目指すことが出来るのだ。
これが嬉しくない訳がない。
「クソみたいな外観から神がかり的な品揃え! 店員が面倒な事に目を瞑れば最高の店だ!」
「「本人がおる前で言うなよ」」