004
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周囲には、蠢く腐った狼の群れ。
黒に染め上げられた森の中腹で、ひしめく獣に囲まれた男が二人。
一人は拳に白銀の手甲を嵌め、木々の隙間から漏れる月の光を鈍く反射している。
もう一人は、鞘に収めた一本の刀を握り締め、すぐにでも抜き放てるよう構えていた。
聞こえるのは葉の擦れる音、木の枝が軋む音、そして狼の唸り声。
先に動いたのは、刀を持つ男だった。獣の群れに駆け出し、ぶつかり合う寸前で腰に収めた刃を解き放つ。前列で唸っていた狼の内、四匹を一振りで薙ぎ払い、次いで突撃の機を伺っていた別の狼を二匹仕留めた。
それを受けて一斉に飛び出した獣の群れを相手に、手甲を構えた男はゆっくりと屈んで、瞬く間に四匹の狼に風穴を開けた。生命尽きた相手は光の粒子となり、爆散して姿を消す。それを補うように、その後ろで構えていた狼が再び二人の男に飛びかかる。
しかし最初と比べ半数にまで減少した群れは勢いを失っており、一匹、多くて二匹が同時に飛びかかるのを繰り返すばかり。その程度の攻撃であれば、二人にとっては戦闘ではなく、只の処理作業であった。
刀を振るう男は、舞うように体を回転させ、打ち上げた狼に二撃、三撃と続けざまに食らわせ、手甲を突き出す男は、速度が速くリーチの長い脚を使って、順番に襲ってくる狼を一匹、二匹といなし、蹴り飛ばす。
それでも最後まで警戒は怠らなかった。獲物を囲もうと動く相手に背中を見せぬよう、二人で背後を庇いあう。常に背後にはもう一人の闘士を据えて、不覚をとる前に、背中をぶつけて周囲の状況を再認識する。すぐさま弾かれたように飛び出すと、二人の修羅は剣と拳を振るい、自身を睨む獲物を討ち取っていく。
最期の一匹を狩り終えた頃には、辺りは幾分か静かになっていた。
森の声以外に耳に届くのは、互いの呼吸のみ。
◇ ◇ ◇
「朝門は今のでレベル上がったか?」
「一つ。月光は?」
「俺も一。今回は上手い事集められたな、経験値がかなり美味かった」
「屍狼はこの一帯じゃあ一番経験値が高いうえ、戦っとって楽しい部類やな。良モンスやわ」
「一人だとまた別なんだろうけどな。囲まれさえしなければ、適度に隙は見せてくれるし、一体一体の生命力は低いし、とはいえ油断してると結構なダメージ喰らってたりするから、適度な緊張感もある」
「黒くて獣じみた森のモンスターっつーと、良モンスになるジンクスでもあるんやろか」
逸早くレベルを上げる方法を模索していくうち、初期スタート位置のすぐ傍にある、街から二十分程歩いたところにある森が効率が良いと結論づき、森の端から端まで突っ切って、釣られて集まった屍狼を掃討する、という方法で狩りをする事となった。
ゲームを開始してから日を跨ぎ、今日で二日目になるわけだが、宿屋にスタミナを回復する為に帰った際にすれ違う冒険者達のレベルから、俺達は頭一つ出る程度になった。
「現在のレベルは、俺が十二、旭が十一か」
「今は朝門やで、月光」
訂正されて気付く。顔見知りへの慣れもあって、これまでは現実世界での本名で互いを呼び合っていたけれど、折角ゲームの世界にこれ以上なくのめり込める環境が整っているのだ。名前まで含めて最大限浸りたいと思うのは寧ろ当然の事だろう。
でも今になって、月光という名前はちょっと恥ずかしいのでは? とも思えてきた。
「名前って最初に決めたらもう変えられないんだっけ」
「無理やな。別にええやん、月光。かっこいいやん月光。惚れるわ月光」
「やめろおおおおおおおおおお!!」
意地の悪い朝門はさておいて、メニュー画面から所持金を確認する。モンスターを倒すと自動で金が手に入るシステムなので、他のRPGと同じく、気が付いたら金が溜まっていた、なんて事もある。
戦力的には初期装備で十分だったので、新調せずにここまで戦ってきたが、そろそろ装備を買い揃えてもいい頃だろう。あと、一々宿へ戻る手間を省く為にスタミナ回復アイテムや、生命回復・魔力回復アイテムも合わせて買い溜めしておきたい。
「んじゃ、一旦帰るか。武具屋まわって、安くアイテム買い揃えられる店を探して……」
商人から安く大量に購入するという案もあるが、ランクの低いアイテムを購入しても後で腐りやすいか。まずはNPCから原価で購入して、大量購入はもう二、三ランクの高いアイテムを対象としようか。
「月光ってさ、RPG以外にこれといってゲームしやんよな」
「何だよいきなり。やらねえけど」
「そういうゲームって基本一人用やん? 俺がハマっとるFPSやとオンライン当たり前みたいなとこあるから、そういう奴等に誘われたりするんよ。このゲームも誘われたし」
「コミュ力の塊みたいな奴だからな、お前は……、只でさえ知らない奴と遊ぶなんて気が休まらないのに、なんで娯楽の中ですら気を使わないといけないんだよ」
「コミュ障の代表みたいな奴やからな、お前は。二次元での交流こそオンラインゲームの醍醐味やのに勿体ないわ。せめてこのゲームでくらい積極的に話してみたらどうや?」
「俺に死ねと?」
「そんなに嫌か」
「つーかコミュ障の代表っつーなよ。流石の俺も怒るぞ」
「あながち間違ってないと思うけどなぁ」
「そんな事言ったら、コミュ障ガチ勢に申し訳が立たないだろ」
「誰に対して遠慮しとんねんお前は」
他愛ない会話で時間を潰しながら、森を出て街へ向かう。
道中すれ違うモンスターはすべて無視して、小走りで進み続ける。俺の手甲スキルに《加速》というものがあるが、攻撃動作の速度は勿論、移動速度まで上昇させられるので本気で走れば朝門を置いてさっさと帰れるのだが、人見知りの俺は一人で街に戻ったところで、NPCにすらまともに話しかけられないので結局速さは変わらないのだ。
メッセージテキストで会話出来たら俺にだって交流できる(NPC限定)のだが、口で会話するLIFE WORLDはその辺優しくない。
「チャットで会話出来たらいいのに……」
「わざわざそんな回りくどい事したい奴なんて一握りやろ。口で話せば済むのに」
「はーやれやれ、分かってないなぁ、朝門は」
「なんやこいつムカつくなぁ」
「俗にいうクソゲーとかにだって、良い部分ってどっかにあるんだよ。例えメインストーリーの内容がどれだけ意味不明でも、ゲームバランスが崩壊していても、序盤から後半までバグだらけでも、ゲームテキストで話せる時点で良ゲー」
「お前の良ゲーの基準甘すぎやろ」
「会話が成立すれば神ゲー」
「判定基準が低レベルすぎる」
「おかげで俺の部屋の棚には神ゲーがずらり」
「あのクソ棚そんな扱い受け取ったんか」
「俺のコレクションの呼び方が辛辣すぎる!」
足を止めずにステータス画面を開き、手甲のスキルツリーを確認する。
手甲に限らず、スキルはそれぞれレベル十まで上昇させることが可能で、取得レベルの低いスキルにポイントを振りすぎると、後々レベルが上がった時に強化が追い付かないという事もあるようだ。
今のところ取得したのは、行動速度上昇の《加速》、拳で四連撃を放つ《乱打》、一撃必殺の《壊撃》、クリティカルヒットの確率を高める《会心の見極め》の四つ。
将来的には、《乱打》と《壊撃》の進化形であるスキルを取得し、取得レベル四十以上の攻撃スキルに溜めこんだポイントを振りまくる予定だ。それまで戦闘で苦戦を強いられるだろうけれど、神の塔の攻略を前提としている場合、それも仕方がないと割り切る。
であれば余計に、火力の高い武器を手に入れて補う必要がある。
店売りの武器や防具に属性付与のエンチャントや、武器合成を駆使して最大まで強化する必要がある。そうして装備を整えたら……。
「………」
視線を向けた先にあるのは、高く聳え立つ巨大な塔。
その一階層に入るには、侵入を拒む門番を倒す必要がある。
今の俺達のレベルでは、到底門番を倒すことは出来ない。最低でもレベル二十までは上げなければ、負けは目に見えている。後方支援の味方がいてくれれば、今のレベルでも辛うじて行けない事は無いだろうけれど、まあ、却下ですね、当たり前ですが。
人見知りだから仕方ないよな、うん。
「こうしてゆっくり作業出来んのも今の内やろうなぁ。もうちょいしたら門番やるわけやろ」
「地獄を見る事になるかもしれないけど、これが終われば冒険は一気に楽になるからな」
「やるっきゃないよな。二人で協力すれば、大概の事は何とかなるやろ」
「なんたってソロと比較して、効率二倍だからな」
「攻撃力も二倍やな」
「生命力も耐久力も二倍」
「負ける気せえへんな」
「だな」
第一目標として、まずは門番を倒す。ゲームを購入する前日から朝門と話し合っていた事だ。
相手がどんなやつなのかは分からないし、勝てるかどうかの目星もついていない。
けれど、隣を走る男の楽観ぶりを見ていると、不思議と何でもできる気がしてくる。
よーし。
「二人なら、楽しみも二倍だな!」
「俺の知り合いのパーティーは四人でやっとるから、それの半分やけどな」
「喧しいっ!!」