003
主人公たちのレベルは定期的に飛ぶ予定です
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「ふんがっ!!」
固く握りしめた右手の拳を、眼前に向けて全力で打ち付ける。その衝撃で周囲の空気が震え、足元に生い茂る草花は怯えるが如く騒めき、やがて何事も無かったかの様に、風に揺れる。
「神なるノーコン」
「うっせえ! ちょこちょこ動き回るんだよこいつ!」
「そりゃ動くやろ。ボケっと立っとるだけの的ぉ相手にして、何も面白いことないで」
ぴょんこぴょんこと飛び跳ねる、軟性球体の青い液体モンスターを必死に追いかける。その横で、同じモンスターを刀でバッサバッサと切り刻む旭。刀と手甲では、リーチが違い過ぎるのだ。張り合う方がおかしい。
だから俺は、神なるノーコンなんかじゃない。
気持ちを切り替えて、相手の攻撃をよく観察する。一定の間隔で体当たりしてくるモンスターの動きを見切り、躱した直後に反撃する。手甲の基本的な立ち回りはこれに尽きる。
故に手甲は、あらゆるゲームに於いて上級者向けと評価される事が多い。
考えなしに切り刻めば勝てる剣や刀とは、接近戦という分類においても訳が違うのだ。
剣は接近戦、手甲は超接近戦。すぐに勝てると思っちゃいけない。よく見て、反撃する。
「ここだっ!!」
ゴウッ! と、先程と同じく風を掻き分け打ち出された拳は、今度こそモンスターに直撃した。身体に大穴を開けたモンスターは一瞬強い輝きを見せたかと思うと、粉々に砕け散った。
直後、チリンッと鈴が鳴るような音が耳に届く。
「そろそろレベル上がったんちゃう? チーム組んで狩っとるから、俺の倒した分の経験値も、そこそこ入っとるやろ。鈴の音聞こえんかったか?」
「そういや戦闘中にも一回聞こえてたな。今ので二回目、あれレベルアップだったのか」
手馴れた動きでステータス画面を開くと、画面上部に《LvUP》のアイコンが点灯しているのが確認できた。指先で軽く触れると、ステータスのレベルが一つ上がる。
一から二。小さいけど、確実な一歩だ。
「レベルが一上がるごとに、スキルポイントが一ポイント与えられるって仕様やな。んで、各ステータスのどれかに分配して、自分好みのキャラを作ってくって訳や」
ステータスは全部で七種類。
生命力―――キャラクターの命そのものと呼べる生命力の最大値を高める。
集中力―――魔法使用時に消費される魔法ポイントの最大値を高める。
持久力―――攻撃や防御、ダッシュに必要となるスタミナの最大値を高める。
体力―――装備重量の多い武具を装備する際に必要となるステータスを高める。
物理―――物理攻撃力・物理防御力を強化する。
魔力―――魔法攻撃力・魔法防御力を強化する。
運―――アイテムドロップ率を高めたり、調合・錬金の成功率を上げる。
バランスよく振っていくのも一つの手だが、器用貧乏になって苦労するのは面倒だ。とりあえず運は省くとして、生命・持久・物理を重点的に上げていくのが理想だ。
重装備でなければ体力も必要ないし……いや、超接近戦で戦うならば重装備でないと辛いか?物理防御はともかく、これでは魔法攻撃に対して一方的にやられる可能性だって出てくる。
「ううむ……」
「物理でええんちゃう? 俺魔法剣士にするから、振らなあかんステ多くてキッツイわ」
「決めるのが速いな、そんな適当でいいのか」
「適当っちゃうよ。二か月前のステータス情報フラゲ時点から毎晩考えとったからな」
その辺りは、前情報に目ざとい旭だからこそ、と言えよう。前情報を知りすぎてゲーム開始時の楽しみが減る、と頑なに旭からの情報漏洩を防いでいた事を、少しばかり後悔する。
まあ、何はともあれ序盤は物理でいいか。レベルの低いモンスターしか出ないフィールドで生命を上げても、暫くの間は腐りやすい。手っ取り早く攻撃力を上げてレベルを上げる事に専念しなければ。
レベルをもう一つ上げて、手に入れたポイントを物理に振り込む。
これからのステ振り問題を棚上げにした状態だが、そこはおいおい考えていくこととしよう。
「あと、ステータスとは別にジョブポイントも振っといた方がええんちゃう? 技一個増えるだけで効率も上がるやろうし、何より楽しいしな」
「なにそれやりたい」
ステータス画面からスキルツリー画面へと移行し、手甲の項目を探し出す。
「はー、一撃必殺と乱打でスキルが分かれてるんだな」
「手甲は専門外やったから見てなかったけど、そんなことになっとるんか」
「通算与ダメージで見れば乱打の方が高いけど、相手の防御力が高かった場合は一発毎の与ダメージが落ちるから、その場合は一撃必殺に分があるって感じか」
「まずはどっち上げるん?」
「一撃必殺」
「迷いないな」
防御ステータスが貧弱な状態では、攻撃開始から終了まで時間を要する乱打よりも、当てて素早く後退できる一撃必殺の方が良いだろう。何はともあれ生存優先だ。
「ちなみに俺の刀の場合、《居合型》と《カウンター型》で分けられるらしい。抜刀前の、最初の構えだけは見た目一緒やけど、そこからの戦闘の型は攻めと守りで全然ちゃうらしい」
「どっちにするんだ?」
「《居合型》やなぁ、守りとかしゃらくせえし」
「お前らしいな」
リアルでも暴れまわっている旭が、守りの姿勢に入る姿が想像できない。肉食系男子を通り越して暴れん坊系将軍の肩書が似合うこの男には、そちらの方が合っていると思えた。
「こうやってスキルの事を考えてるだけで楽しくなるよな。RPGの醍醐味というか」
「わかるわ、FPS……シューティングゲームでもものによっては同じようなのあるけど、やっぱ燃える。精密射撃とか、運転技術とか、何がしたいかで自由に割り振りできるっての」
人によってはキャラクターの育成方針を考えている時が一番楽しいと豪語するくらいだが、その気持ちは分からないでもない。ゲームの本筋を完全無視した本末転倒な意見だけど、それでも楽しいものは楽しいから仕方がないのだ。
「よっしゃ、この調子でどんどん上げよう。そこらにうじゃうじゃおるしな」
「うおー!!」
こうして辺りをポヨタンポヨタン飛び跳ねるモンスターを狩り続け、二、三レベルが上がった頃には、相手の攻撃に合わせ、ダメージを喰らう覚悟でカウンターを出した方が狩りの効率が良いとの結論に至った。色々と考えて戦わなければならない武器種だと思っていたが、案外手甲こそ、頭空っぽにしてゴリ押しがマッチしているのではないだろうか。
調子づいたまま敵を倒し続けて、やがて相手から喰らうダメージに、生命の自動回復が追い付くようになると、後はただの作業と化した。RPGは基本そうだが、レベル上げは延々と同じことを繰り返すだけで、ゲームと呼べるほど楽しく出来るものではない。
楽しいのは最初の数十分だけ。
後は職業体験をしている気分で単純作業を繰り返すだけだ。
それも、VEMMOの性質から、コントローラーをぽちぽち押しながら別作業をしながら暇を潰すことも叶わないので、余計に飽きが速く回ってくる。そこは考えていなかったな。
「なあ。そろそろ場所を変えないか? この辺りでリポップ待ちながら粘るより、もう少し強いモンスターがいるところを探した方がいいんじゃないだろうか」
「じゃあ、あそこに見えとる林なんかどうや? バブルスライム辺りおりそうっちゃうか?」
「いてもオオアリクイ程度だろ。行ってみようぜ」
街がある方から正反対。平原の中にポツリと位置する、森と呼べるほど大きくもない、鬱蒼と茂る林の中へと足を踏み入れる。この程度の場所なら、モンスターのレベルが跳ね上がって初見殺しを喰らう事もまだない筈だ。
苦戦するのは精々、レベル上げをせずいきなりやってきたせっかちな冒険者か、スキルポイント系の振り分け方を知らず初期装備で武器を振り回す初心者か。
落ちている枯葉や木の枝が踏みつけられ、パリパリ、パキパキと音を立てる。足をどかして観察すると、音が鳴っただけで、踏まれた枝や葉は傷一つ付いていなかった。
こんなところまで作り込んでいては、ゲームの容量的にも収める事は難しかっただろうし、効果音が非常にリアルなだけ十分に楽しめる。本当に林の中を探検している気分だ。
近くに立っている樹木をよくよく観察してみても、目線を近づければ近づける程、ドットの集合体であることが分かってくる。
その様子を見ていた旭曰く。
「普通にプレイしとる分には、そんな近くから木ぃ見る事もあらへんやろ。気になるのは最初だけや、後は気にもならんくなるわ。木ぃだけにな」
「今のは聞かなかったことにしてやる」
確かに、未だに俺は、この仮想空間の粗探しというか、現実世界との違いを探そうと無意識にあちらこちらを観察する節がある。こういうのは、VRゲーム初心者のあるあるネタなのだろうか。
「これからは授業が終わったら急いで家に帰ってレベル上げだな」
「夜月は学校から家が近いからええわ。俺の場合電車やからなぁ」
「ログインしてなきゃ、チームメンバーに経験値って分配されないんだっけ」
「されへんな。あくまでログインして、尚且つ同じフィールドにおらなあかん」
「んじゃ、なるべく早くレベル上げて、もっと効率の良いとこ連れていけるように頑張るよ」
「おー、頼むわ」
これから始まるレベル上げ作業が苦行に変わるのが若干怖くもなりながら、しかし確実に強くなれる自分の、未来のビジョンを幻視して口元がにやける。
この程度のモンスターにてこずっていては、あの塔に臨むなど夢のまた夢だ。戦いを極めて、神の塔の頂上へ辿り着くには、もっともっと強くならなければならない。
武具は合成機能があるようだし、厳選には途方もない時間がかかるだろう。
レベルはキャップ上限を目指すのは当たり前。
各種属性攻撃の態勢を高めるアイテムや、回復アイテムも充実させなければ。
金、時間、気合。
この三つをもって漸く、あの塔への参加資格を得られるのだ。
「絶対に辿り着いてやる……!」
拳を堅く握りしめると、革と鉄で組んだ手甲がカチャリと、静かに音を立てた。