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狐少女の日常  作者: 樹 泉
三章 ユグドラシル学園二年生編
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秋休み 初めの出来事


 今年の秋休みは早期からアランとミズハが一緒に過ごすためのスケジュールが組まれていた。

 ミズハは早々に養父母と父親に連絡して今年の秋休みをアランと過ごすために調整している。

 ミズハと一緒に過ごしたい! というアランの気持ちもあるが、獣王国レオンとしては王子と婚約者の公務としての調整も組まれている。


 それぞれの生徒が各家庭に帰る為に様々な船に乗っていく。アランとミズハ、レイニードはナノハやケニスと別れて獣王国レオンの偽装船に乗った。商船に偽装された軍船、それがアラン達の護衛の為に獣王国レオンが向かわせた船だった。

 甲板に揺れながらミズハは期待と不安の混ざった気持ちで過ごしていた。


 獣王国レオンが誇る最大の港を有する王都フランツェに入港して、迎えの豪奢な馬車に乗り王城を目指す。

 王城に着いたミズハはアランとレイニードと別れて別室へと連れて来られた。荷物を置いたミズハに新年祭の時に会った侍女が着けられ、浴室で全身磨かれた。磨かれたミズハは次にドレスを着つけられてある一室に連れて来られた。

 ミズハが連れていかれた先にはアランに似た金茶の髪をオールバックにしたウルフカットの美丈夫が琥珀の瞳をミズハに向けていた。髪と同色の獅子の耳はピコピコ動いており、服の間から出ている尻尾は椅子の端で機嫌よく揺れていた。

 その姿を新年祭で見ているミズハはドレスを摘み上げ王宮で通じる完璧なカーテシーを披露した。


「ほう、相変わらず見事なものよな。面を上げよ。アランとの婚約式以来か」


「お久しぶりで御座います、獣王陛下」


 現獣王アルフレット・レオンは賢王と名高く、既に十年以上獣王国レオンの君主として君臨している。武を尊ぶ国柄の為か、その姿から相応に武芸を身に着けているのが解る。

 アルフレットはミズハに着席を薦めると側に仕える侍従から手紙を受け取った。


「現在我が国にエンジュ殿、エスタークとアリアナ殿が来訪している。そしてアリアナ殿がゲオルク殿経由でこの手紙を届けてくれた。見てみよ」


 侍従がアルフレットから手紙を受け取り、銀盆に乗せてミズハに差し出す。ミズハは一礼をしてから手紙を受け取り、送り主の名前の書かれた裏書きと家紋を見て瞠目した。送り主の名はレジーナ・ローズ・ターザ、ターザ国女人第一位の王太后からだった。

 ミズハは改めて封筒から便箋を取り出し内容を確認する。

 手紙にはミズハとアランの婚約をターザ国王太后の名において正式に認め、応援するというものだった。一国、それも獣王国レオンにとって関わり深い大国の国母からの同意書だ。ミズハとアランの婚約において、一国が後見につくという表明だった。


「レジーナ様……」


 ミズハは読み終わった手紙を涙で濡らさぬように手早く畳んで侍従の持つ銀盆に返すと、ハンカチで目元を拭った。


「そなたは以外に顔が広いのだな。考えてみればエンジュ殿の娘にしてエスターク達の義娘なのだからそれだけ人脈はあるか」


 楽しそうなアルフレットと涙ぐむミズハがいる部屋にノックと同時に入室して来る者がいた。


「よお、アルフレット。ミズハが来ているそうだな。……ミズハ! 何故泣いているんだ!? こいつに虐められたのか!?」


 唐突に侵入して来たエスタークはアルフレットの事をこいつ呼ばわりしてミズハのもとに駆け寄る。

 獣王であるアルフレットとレイニードは同年代で幼馴染に当たり、幼少の頃は一緒にイタズラした仲なのだ。

 アルフレットに敵意満載の視線を向けるエスタークの襟首を後ろから引く者がいた。アリアナだ。


「獣王様、うちの駄犬が失礼しました。エスターク、ミズハを見なさい。怯えたり悲しんで泣いている訳ではないでしょう。どう見ても嬉し泣きです」


「はい。獣王陛下に落ち度はなく、レジーナ様からの手紙に感動して泣いてしまっただけですので」


 アリアナとミズハのエスタークへの説得というにはいささかアリアナの言葉には棘があったが、その言葉で自分が早とちりしていた事に気付いたエスタークはアルフレットに謝罪した。


「ですが、獣王様におかれては親の親睦会に何故ミズハを呼びだしたのでしょうか?」


 アリアナのアルフレットを呼ぶにしては少ない敬称にアルフレットは怒ることなく余裕の笑みを浮かべている。通常アルフレットの敬称は獣王陛下や国王陛下になり、アリアナの呼ぶ獣王様とは簡素な呼び方で、最上位の貴族や側近などある程度身近な者が呼べる呼称なのだ。


「未来の息子の嫁に会ってはいけないのか?」


「我らも呼ばれているのですから一言あってよろしいかと、獣王陛下」


 不遜なアルフレッドに意見したのはアリアナに続けて入室してきたエンジュだった。


「フム、三対一か。エスタークよそんなに睨むでない。ちょっとした余興のつもりだったのだ」


「だったらもう良いだろう、話し合いがあるんじゃなかったのか? ミズハ、この部屋の近くまでアランが迎えに来ている。会いに行ってやれ」


 さすがに分が悪いと判断してかアルフレットも事実を言うと、エスタークがミズハを退出させた。

 ミズハは最上位者たるアルフレットの許しがないため逡巡したが、アルフレットがミズハを見て退出の許可を出したため一礼して部屋を出た。


 アルフレットの前を辞したミズハを部屋の前で待ち構えていたアランが迎えた。


「ミズハ! 無事だったか! 今回は父上がすまない」


「良いのよ、特に何かされた訳ではないから。少し吃驚したけれど」


 アランはミズハを抱きしめ無事を確認した。ミズハも珍しく周りを気にせずアランに身を任せホッと強張っていた身体解した。

 そしてアランに案内されミズハとアランだけの晩餐会に臨んだ。


 ミズハがアルフレットと対面した翌日、ミズハはアランとレイニード共にこの夏休みの予定を聞いていた。そこにノックが響き入室の許可が求められた。

 入って来たのは小柄な老人で見た目は好々爺然とした老臣に見える。髪は既に総白髪で、知性を思わせる茶色い瞳がただ者でない雰囲気を醸し出している。


「お初にお目にかかりますな、わたくしめは獣王国レオンの老臣の一人でユスタフ・グレンジャーと申します」


「初めましてグレンジャーさん。私はミズハ・タマモールと申します」


 ミズハとユスタフはお互いに自己紹介をして和やかな笑みをかわす。

 こういう時はアランが二人を紹介するのだが、ユスタフの唐突な訪問に固まっていた。ユスタフは夏休み前にユグドラシル学園に使者の代表としておもむき、アランと会話を交わしている。

 アランにしてみればミズハとの仲を認めぬ貴族と同様にミズハに会わせたくない臣下だった。


「アラン殿下、紹介していただきたかったですぞ。それにしても朝議が紛糾しましてな。中々面白い催しでしたわい」


 ホッホッホ、と高笑いするユスタフの顔は黒い笑みに染まっていた。

 そんなユスタフを見てアランとレイニードは朝議で何が起こったのか推察するが、なにも思いつかなかった。

一方ミズハといえばユスタフの本性を見ても慌てず、一口お茶を口に入れた。ミズハは冒険者の活動をしている時に一癖も二癖もある人物達に会った事もあるし、同じ様な貴族に会った事もある。何より優しいとはいえ癖の強い養父母に囲まれているのだ。


「今回は増援もありましてな、愉快な朝議になり申した。馬鹿者をからかうのは楽しいですのう。ホッホッホ」


 ユスタフがここまで本性を見せるのは気にいっている相手に限る。大抵の者はユスタフの罠に嵌まり裁かれる段階になり漸く気付くのだ。ユスタフの暴露をもって。

 そのような事をしていれば命を狙われる事もあるが、ユスタフは文武両道の上に魔法の扱いも上手く返り討ちにするのが常だ。そんなユスタフの油断ならない身のこなしにミズハは気付いていて余計に動揺はなかった。ユスタフはというとミズハがそれらに気付いた事を察したのだ。


「ユスタフ様、よろしければどのような事が面白かったかお聞きしてもよろしいかしら?」


「未来の王子妃様のお願いでしたら喜んで」


 猫被りモードのミズハと腹黒狸モードのユスタフの視線が重なって互いにフフフ、ホッホッホと笑みを交わすが、目は一切笑っていなかった。そんなやり取りを見たアランとレイニードは若干引きつつもミズハの神経の図太さを改めて知った。それすら美徳に思えるのはアランの惚れた弱みか。


「アラン殿下との結婚を反対する勢力がいる事はご存知ですな。朝議でわざとその話題を出して紛糾した後にターザ国の王太后様の手紙を公開しましてな。連中の青い顔といったら今思い出しても笑いが漏れますな。その後に色々突いてみまして大分恨みを買いました。真に愉快ですぞ」


 ミズハは王宮の朝議に参加などした事がないので想像するしかないが、態々議題を振って良い感じに拗れたところでカードを切ったようだ。最初から切る事もできただろうに後になってから奥の手を出したらしい。ユスタフの腹黒さと意地の悪さが透けて見える。

 が、言い逃れできる状況より言い逃れができない状況の方が御しやすい。窮鼠猫を咬むにならねばいいが……。いや、ユスタフなら嬉々として反撃して踏みにじるだろう。そう、ユスタフは究極のサドなのだ。


「それで大本は解りましたの?」


 ミズハもアランから情報上位の貴族が関わっているだろうと当たりをつけたのだ。そしてその尻尾は未だ掴めていない。


「おそらくであれば。これから証拠固めをするところですな」


「そうですか。では、宜しくお願い致します」


「任せて下され。では、御前失礼します」


 引き続き笑みなのか何なのか解らない顔でやり取りをするユスタフとミズハ。

 ユスタフが部屋を辞したところで何ともいえない苦笑がミズハの顔に上がった。


「何というか、パワフルなお爺ちゃんね」


「「……」」


 ミズハの感想にアランとレイニードは無言を貫いた。頷く事も否定する事もできなかったのだ。







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